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第131話 カバン持ちと太鼓持ち(1)

「ゆーくん、今日の納豆チヂミおいしかった?」


「ああ。やっぱり、米以外に合わせるのもアリだな」


「ぷひゅひゅー。そうなの。ゆーくんに、納豆が合うのはご飯だけじゃないってわかってもらえてよかったー」


 雨がしとしと降り続く朝、朝飯を終えた俺は、長靴を履いてぷひ子家を出る。


「おはようございますっす! マスター、美汐嬢(みしおじょう)


 玄関前で虎鉄ちゃんが、腰を落とした『お控えなすって』スタイルで出迎える。


「おはよう」


「おはようー。そんなにお尻突き出したら、濡れて風邪ひいちゃうよ?」


 ぷひ子が見慣れない所作に首を傾げる。


「心配無用っす! 小生、頑丈だけが取り柄っすから! 悪さをやらかしたら、真冬に親父に裸で庭に放り出されたりしてたっすし!」


「ええー、かわいそう」


「全然っす――それじゃあ、マスター、おカバンお持ちするっす!」


 虎鉄ちゃんは両腕を突き出してきた。


「うん。ありがとう」


「っす! 命に換えてもブツは守るっす!」


 虎鉄ちゃんはランドセルを前に抱えて、丁寧にビニール袋をかけはじめた。


「いや、そんなに大事な物は入ってないから。――よし、じゃあ、代わりに虎鉄ちゃんのランドセルは俺が持つね」


 俺は虎鉄ちゃんが背負っているランドセルに手をかける。


 女の子ではあるが、虎鉄ちゃんのランドセルの色は黒。ただし、なんか『夜露死苦』とか、『喧嘩上等』とか『天上天下唯我独尊』とか、族っぽい標語が書かれた派手な色のシールが張ってある。


「ええー、マスター! それだと、仕事にならないじゃないっすか!」


 虎鉄ちゃんが困惑したような声を上げた。


 そう言われても、主人公として女にランドセルを持たせて平然としている訳にはいかないんだよ。分かれ。


「そんなことないよ。一回、ランドセルを渡した時点で、俺と虎鉄ちゃんの業務関係は成立した。で、今は仕事としてではなく、ただの一同級生として、手を貸してるんだ」


「よくわからないっすけど、マスターがそう言うなら従うっす! シャバの(おきて)も中々、難しいっすね!」


 虎鉄ちゃんがランドセルを降ろし、俺に渡す。


「じゃあ、行こうか」


「マスター――では、代わりに傘をささせてもらうっす!」


「いや、自分でできるし、そもそもそれをしたら、俺のランドセルが濡れちゃわない?」


「あー、そうっすね! 小生としたことがうっかりっす!」


 虎鉄ちゃんは『しまった!』といったような顔で、頭を掻いた。


「いいなー。私もゆーくんと取り換えっこしたいなー。ね、学校まで傘、交換しよ?」


「あ? いやだよ。そんな女っぽいやつ」


「えー、だめー?」


「……ちっ、しゃーねーな」


 俺はぶっきらぼう主人公キャラとして一回拒否しつつ、最終的にはぷひ子の要求を呑む。


 俺の傘を渡し、ぷひ子のそれを受け取る。一見、水玉プリントのかわいらしい傘。しかし、よく寄ってみると、実は一粒一粒が納豆というグロ仕様である。


「わーい。ゆーくんの傘、ちょっと私のより大きいねー」


 ぷひ子は傘をさしてクルクル回して喜んでいる。


「はあ。いいから行くぞ」


「出発っすか? では、小生は控えさせてもらうっす」


 俺たちは連れ立ってぷひ子家を出た。


 虎鉄ちゃんは半歩下がってついてくる。


「ゆうくん、おはよう」


「おはよう。みか姉、みんなも」


 すぐ先で、みか姉や部下娘ちゃんたちと合流する。


 アイちゃんはまたサボリか。梅雨時は特にひどいな。


「あら、今日のゆうくんはなんだかオシャレね?」


「はは、からかわないでよ。みか姉」


 世間話をしながら、登校路を進む。


 分かれ道の向こうから、祈ちゃんと香・渚兄妹がやってくるのが見えた。


 シエルは――いないか。多分、今日も車で登下校だな。あの洋館から学校までは結構距離があるし、雨の日に徒歩で舗装されてない田舎道を歩くと、オシャレお洋服が汚れちゃうからね。


「おはようございます。皆さん」


 祈ちゃんはそう挨拶して、俺のランドセルを一瞥して華麗なスルーを決め込んだ。


「おはよう。――祐樹、中々大胆な改造だね。それ」


 香は突っ込んできた。彼の場合は空気が読めない訳ではなく、突っ込んだ方が、俺が楽になると思ってのことだろう。


「俺のじゃねえ。虎鉄ちゃんのだ」


「ねえねえ、祐樹お兄ちゃん」


 渚ちゃんが俺の服の袖を引く。


「うん? なにかな。渚ちゃん」


「渚は結構、そういうワルいのも好きだよ?」


「そう……」


 将来、DQN(死語)とかに引っかからないようにね。渚ちゃん。


 俺たちはそんなこんなでワイワイ喋りながら、学校を目指す。


「あのマスター、一つ質問していいっすか?」


 一瞬会話が途切れた瞬間、虎鉄ちゃんが口を開いた。


「なにかな?」


「なんかいっぱいスケ()がいるんっすけど、どれがマスターのイロ(愛人)っすか? お仕えするなら知っておきたいんっすけど」


 虎鉄ちゃんが無垢な笑顔を浮かべてそう言い放つ。


 ピクっと反応したのは博識な祈ちゃんくらいで、他は首を傾げている。どうやら、イロの意味が分からないようだ。


 まあ、ヤクザ用語を熟知している小学生とか嫌だよね。


(ちっ。これだから無神経な脳筋キャラは)


 ノーモーションで悪意なく爆弾を放り込んできやがる。


「全員イロではないよ。みんな俺の大切な友達で仲間だけど」


 俺は平坦なトーンでそう答える。


「マジっすか! 意外っす! マスターは純情なんっすね!」


「――そうは言っても、虎鉄ちゃんの親父さんも一途でしょう」


「っす? 確かに、親父が愛してたのはおふくろだけっすけど、イロはたくさん持ってったっすよ? 女にモテるのは極道のステータスっすから」


「……そうなんだ」


 やっぱりヤクザってそうなんだ。ふーん、そうなんだ(血涙)。


 この世界線においては、俺はやりたくても女遊びなんてできないからな。


 やっぱり、ハーレムルートがあるかないかが、泣きゲーと萌えゲーの境い目だと思う今日この頃です。


「あっ、そろそろ学校っすね! 小生、上履きを用意してくるっす!」


「そこまで気を遣わなくてもいいのに」


「いえいえ、仕事は自分で見つける物っすから!」


 虎鉄ちゃんが校舎へと駆けていく。


「うふふ、ゆうくん。なんか妹ができたみたいね?」


「そうかなあ……」


 妹というよりは、忠誠心だけ高いけどアホっぽいブルドックを飼ってる気分だ。


 そして、今日も小学生生活が始まる。


 虎鉄ちゃんは、社会と国語はそこそこだが、他は壊滅的な感じだった。


 だが、根が素直なタイプなので、懇切丁寧に教えてやると意外と飲み込みは早い。


 脳筋キャラだが、地頭はいいタイプなのかもしれない。まあ、東雲組長も学歴とはともかく、キレ者だしね。

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