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第122話 幕間 (サブ視点)ライオンは雌が狩りをする

「さぁ、さっさとかかってきなさいよぉ」


 戦いが始まっても、サードニクスは一歩も動こうとしなかった。


 余裕を誇示するように、腕組みして虎鉄をじっと見つめている。


「せっかくの試合っすから、じっくり楽しみたいっす」


 虎鉄はそう言うと、後ろに跳躍してサードニクスと距離を取った。


「そうなのぉ? 昔の虎子ならぁ、『全力でかかってくるがいいっす!』って、アタシを受け止めてくれたじゃなぁい! なにビビってるのぉ? 虎子じゃなくてぇ、鶏子(チキン)になったのぉ?」


「小生だって馬鹿じゃないっす。強くなったってわかってる相手にいきなり突っ込んで行ったりする訳ないっす」


 ちょっとイラっときたが、虎鉄は耐えた。


 昔の虎鉄ならまんま挑発に乗せられていたかもしれない。だが、研究所の訓練で鍛えられたのだ。数日の間、心にジクジクと残る、京都弁女の陰湿な嫌味に比べれば、この程度の直接的な煽りなど大したことない。


(サードニクスの炎は小生には効かない。なら、接近戦と風の力だけに気を付けていればいいだけっす)


 雷が発生させる圧倒的な熱量。時にプラズマとも呼ばれるほどのそれを扱う虎鉄は熱にはめっぽう強い。警戒すべきは、サードニクスの風の力による遠距離攻撃と、速度を増した肉体による直接格闘だけのはず。


 幸い、梅雨である。


 雨雲が生み出す雷エネルギーを利用できる上に、雨水を電気の伝導体として使える。しかも、炎は弱まる。これは、雷使いである虎鉄には圧倒的に有利な状況のはずだ。これを利用しない手はない。

全力で遠距離攻撃に徹する。


 虎鉄はサードニクスへ、四方八方から雷撃を繰り出した。

 

「拳で語るんじゃなかったのぉ? ずっと遠くからチマチマショボイ雷を打ってるだけで満足ぅ?」


 サードニクスは浮遊して、圧縮された空気塊(くうきかい)を身に纏ったようだ。さすがに強くなっている。これだけの絶縁体を張られると、雷撃は通らない。


「ヤクザは負けたら終わりなんっすよ。ヤクザは強いから勝つんじゃなくて、勝てる戦いしかしないから強いんっす!」


 女の自分が男社会の組で跡を継ぐには、力が必要だった。


 他の組員全てに、『こいつについていけば勝てる』思わせるような圧倒的な力が。


 だから、虎鉄は自らあの研究所に(おもむ)いた。


「その発想は好きよぉ。でも楽しくないわねぇ! 嫌でも殴り合いたくなる状況にしてあげるぅ!」

サードニクスが右手を天に掲げる。


 巻き起こった颶風(ぐふう)が雲の一部を吹き飛ばし、梅雨の晴れ間を強引に作り出す。さらには彼女から放出された熱風が、空気中と地面の水分を、瞬く間に乾燥させた。


「くっ。さすがの炎っすね!」


 近くの水分と電気エネルギーを奪われ、遠距離から雷撃を放ちにくくなる。


 必然的に長距離を中距離にまで詰めて攻勢に出ざるを得ない。


 だが、それでも直接戦闘を避ける程度の距離はある。


 根気比べだが、ヒドラの虎鉄と蛭子の壁を越えられなかったサードニクスでは、地力に相当の差があるはずだった。


 持久戦なら、虎鉄は負けない。


 虎鉄は、無尽蔵かとも思える能力を持つダイヤや他のヒドラと、日夜訓練に励んでいるのだから。


「退屈ぅ! 退屈ぅ! 退屈ぅ! そんなルーチンワークでアタシを倒せると思ってるのぉ!?」


 サードニクスが両腕を下に向ける。



 ズ、ズ、ズ、ズイっと、地面から無数の円錐(えんすい)がせり出してきた。


(ま、まさか、土の能力まで身に着けて!? ――い、いや、違うっす。冷静になるっす。あれは、あらかじめ準備してあったんっすね)


 地中を円柱状に切り取り、焼成することで固めたものだろう。


 今は、それを地面の底から押し出しただけだ。


「くっ。避雷針っすか」


 雷撃が避雷針に吸われ、サードニクスに届かない。


 これでは、虎鉄が消耗するばかりだ。


「さあ。ここまでお膳立てしてあげたのよぉ? かかってきなさいよぉ。虎子ぉ! 見下してたアタシにここまでナメられてぇ、あんた悔しくない訳ぇ!?」


 サードニクスが手のひらを上に向けて、虎鉄を招く仕草をした。


 研究所にいた時、多くの人間は、あまりにも暴力的で狂気的なサードニクスを嫌っていた。


 だけど、虎鉄は密かに彼女を好ましく思っていた。


 才能に恵まれないのに、上を目指して努力する姿が、自分と重なったから。


 虎鉄はそれを親愛の情だと思っていた。だけど、確かに彼女の言う通り、そこに憐憫が含まれてなかったといえば、嘘になるだろう。


「上等っす! そんなにぶっ飛ばされたいなら、お望み通りにしてやるっす!」


 実を言えば、虎鉄は近距離戦が苦手ではない。むしろ、一番の得意だ。なるべく安全に勝ちたかったから、遠距離戦を挑んだものの、いざとなれば相手の懐に飛び込むことに躊躇などない。


 電磁力を使って、一瞬で加速する。


 リニアモーターカーの原理だと、座学の時間に教わったが、虎鉄はよく理解していない。


 能力は所詮(しょせん)、実践で身に着けるものだ。


 拳にまとったプラズマで、サードニクスに殴りかかる。


 炎の拳が、虎鉄の拳を弾いた。


「これよこれぇ! やっぱり殴り合いは楽しいわねぇ!」


「っす! 三日三晩でもお付き合いするっすよ」


 力と技術がぶつかり合う。


 サードニクスは、異能の力はもちろん、格闘技術も研究所にいた頃とは段違いに成長していた。だが、圧倒的というほどじゃない。虎鉄でも、なんとかついていける。


「三日三晩? それはごめんよぉ。アタシ、飽きっぽいからぁ」


「だったら、さっさと諦めてもらってもいいっすよ! 小生、速さだけは絶対に負けないっす!」


 速さとは物理エネルギーである。手足を使った直接戦闘において、攻撃力=速さといっても過言ではない。


「確かに虎子は世界一速いかもしれないわぁ」


「そうっす!」


「――でも、頭の回転は遅いみたぃ」


 サードニクスはニヤリと笑って右手で手刀を切った。


 肉と骨を瞬断するかまいたちの一撃を、虎鉄は頭を下げてかわす。


「隙ありっす!」


 甘い挙動を見逃さず、虎鉄は正拳を繰り出した。


「あらぁ、やられちゃったぁ」


 サードニクスは左腕でそれを受ける。


 しかし、虎鉄の全力の一撃の勢いを完全には殺し切れず、後ろによろめいた。


 (体勢が崩れた。追撃を――)


 虎鉄が身を乗り出したその刹那、


 ババババウン!


 と強烈な爆発音が周囲に木霊する。


 視界が一瞬で黒煙に覆われた。


(臭いっす! まさか、この臭い――ガソリンっすか!?)


 息を止め、慌てて火元から距離を取ろうと加速する――しかし、一向になぜか身体が前に進まない。


(風の壁っすか。なんて、厚い……)


 もがいてももがいても異能が通らない。


「あはははははははは! 苦しぃ? 苦しぃわよねぇ? 火事ってぇ。焼死よりも酸欠で死ぬ人の方が多いのよぉ? 前にチュウ子の二酸化炭素にやられてむかついたからぁ、似たようなことができないかってずっと考えてたのぉ」


 サードニクスの高笑いが聞こえる。


 炎が虎鉄の服を一瞬で燃やし、身体を焼く。虎鉄には熱耐性があるので、それ自体は大したことはない。


 問題は――。


(くっ。そろそろ、息が――。サードニクスは風の力があるから、余裕で呼吸を確保できるっすね)


 虎鉄も訓練をしているから、三分程度までなら息を止めることはできる。だが、永遠にはもたない。


(くっ。避雷針は、電撃を分散させるためだけではなく、地下に貯蔵していたガソリンを守るためだったんっすか)


 サードニクスは炎の力と風の力の両方を使える。それでも、風の異能に集中し、炎の異能の労力を減らすために、ガソリンを利用したのだ。


 事実、仮にこの風の壁が半分程度の力なら、虎鉄は強引に突破できていただろう。


(梅雨時だから、小生が有利? そんな訳ないじゃないっすか! 地の利は、始めから向こうにあったのに。アホっす! 小生はアホっす!)


 あばら骨あたりが痙攣し始めるのを感じながら、虎鉄は自責する。


 後悔してももう遅い。


 虎鉄にはそもそも、この空き地以外で戦うという発想がなかった。


 もちろん、雷雲に乗ってこの街に来る時、上空から周辺の地形を見ているので、他にも戦場として使える場所があることは把握している。


 ここは田舎であり、当然、山も森も川もある。それは知っている。


 だが、それでもこの空き地しかないのだ。


 なぜって?


 まず、山林だと山火事の恐れがある。


 河原は、虎鉄の雷撃が伝導したら、知らない所で釣り人などが感電する恐れがあった。


 その点、この空き地は人払いがされて、周りに監視の兵士もおり、明らかに安全の確保がなされている。


 すなわち、一般人に迷惑をかける可能性がない。


 それは、虎鉄にとっては、とても、とても大切なことであった。


 なぜなら、()()()()()()()()()()()のが任侠道の基本であるから。


(わかってやってるっすね。小生が任侠道に背けないってことを)


 悔しさに歯噛みする。しかし、負けは負け。油断は油断だ。ここは環境が固定された研究所とは違う、外の世界だったのに。


 目がくらむ。吐き気がする。


 遠ざかる意識の中、やがて、虎鉄の頭は考えることをやめた。


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