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第110話 創作物のハイキングにおける事故率は異常(2)

 下草を払いながら、俺たちは一定のペースで歩みを進める。


 釣り目的か、山菜取りでたまに入る人がいるのか、一応、道らしきものはあることにはあるのだが、あまりちゃんとした道とはいえない。正直、小学生が登るにはきつめな勾配(こうばい)だ。


 でも、アイちゃんはもちろん、たまちゃんもガチめの修行をしてるストイック巫女なので体力はある。下手したら俺が一番雑魚かもしれない。


 二回吸って、一回吐く。


 静かな呼吸音だけが場を支配する。


 道中は至って平和なものだった。


 出てくるものといえば、虫か蛇くらいのものだ。もちろん、『キャー。虫こわーい。主人公くん助けてー』的なテンプレイベントすら発生することはない。


 ガチ田舎の人間は、いちいち虫や蛇ごときでビビっていたら暮らしていけないのだ。


 やがて正午を過ぎた頃、俺たちは香パパが被害にあった場所の周辺に辿り着いた。


 正面には元精神病院の廃墟があり、左側が沢へと続く急斜面の坂となっている。


「到着ぅー。それでぇ? 中に入るぅ?」


 アイちゃんが廃墟を一瞥して言った。


 窓ガラスが割れ、一部倒壊しているものの、廃墟は一応建物の形を保っている。


「うーん。どう? 環さん。何か感じる?」


「――はい。病院の奥。……地下でしょうか。整理されてない神性の気配を感じます。もしかしたら、そこに、廃神社があるのかもしれません」


 たまちゃんが意識を集中するように目を閉じて言う。


 なにー? まーた、コンクリ流し込まなくちゃいけない感じー?


「そうか……。それは、今の俺たちで何とかなる程度のものかな?」


「そうですね……。もし、仮に神社があるとするならば、管理者を置くか、魂抜きをして正式に廃止とするかのどちらかになるかと思いますー。できれば、時間をかけてゆっくりと御霊をお諫めしたいので、いきなり中に踏み入るような失礼な行いは避けたいですー」


「うん。わかった。俺も賛成だよ。危険性があるなら、今はやめておこう。霊障を抜きにしても、普通に建物が崩れたら危ないし。もし、やるなら、建物の強度調査も含めて万全な状態で臨みたい」


 俺は本質的にチキンですからね。


 今日の所は、ここに来ただけで、主人公としての誠意は十分に見せた。フラグ発生機である俺がここまでアクションを起こして、それでもなお何もないなら、全ては杞憂だったということだろう。


「それでは、今日の所は、漏れ出たよくない気を祓わせて頂く形でよろしいでしょうか?」


「うん。お願い」


 たまちゃんが持ってきた祭具を組立てて、儀式を行う。


 元となるうんこを取り除かずに消臭スプレーだけ撒く感じだが、まあ、やらないよりはマシだろう。


 全く手ぶらでは帰るのも情けないので、一応、香パパたちに『最低限の仕事はしました』的な報告をするための実績作りも必要である。


 あとは……、香パパもしばらく現場に滞在していただろうから、それに倣うことにするか。


「じゃあ、お昼でも食べながら、もうしばらく待ってみようか。それでも何もなければ、日が暮れない内に帰ろう」


 俺はそう言って、廃墟からちょっと離れた位置にレジャーシートを敷いた。


 リュックサックからランチボックスを取り出して開ける。


 中身はみかちゃんが作ってくれたサンドイッチだ。


「これじゃぁ、本当にただのハイキングじゃなぃ」


 アイちゃんが退屈そうに靴をポイっとその辺に放り投げると、レジャーシートに身体を投げ出す。


「何もないならばー、それに越したことはありませんー」


 たまちゃんが脚を綺麗に揃えて、レジャーシートに座る。そして、水筒から紙コップへ、みんなの分のお茶を注ぎ始めた。


「本当にそうだよね」


 俺はたまちゃんの言葉に深く頷く。


 廃墟でピクニックとか、なんかサブカルかぶれの意識高い系な休日みたいになってるけど、それはそれで悪くない。


「ぴょぴょぴょ」


「あんたぁ、ウサギならウサギらしくぅ、その辺の草でも食べてなさいよぉ」


 アイちゃんがクロウサと、ハムサンドの取り合いを始める。


「はぁー、のどかですねぇー」


 たまちゃんがちまちま野菜サンドをかじりながら言った。


 初夏の清々しい風が吹き抜ける。


 …。…。…。


「――じゃ、これを食べたら帰ろっか」


 やがて食事も終わり、俺はデザートのバナナマフィンを掴む。


 マフィンをくるむラップをはがすと、甘い匂いがふっと香った。


(みかちゃんに感謝して頂きまーす)


 パクっと。


 俺の手からマフィンが消える。


 しかし、その甘味がいきつく先は、俺の腹の中ではなく――


(ん?)


 いつの間にか隣に立っていた『何か』の口元であった。


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