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第108話 友情は見返りを求めない

 家に帰った俺は、早速、アイちゃんとたまちゃんに事情を話し、予定を組んだ。


 とはいえ、いきなり現地に突っ込むのは怖すぎるので、事前のリサーチも欠かすことはできない。


 俺は放課後や休みの時間を利用し、地元と近隣の図書館をいくつか巡り、郷土史の資料を集めた。


「祐樹くん。これ、新作の初稿です」


 とある土曜日の放課後、祈ちゃんが俺の机の上に原稿用紙の束を置いた。


 祈ちゃんは、古の文豪をリスペクトしてか、手書き派なのである。


「ありがとう。すぐに読むよ」


「それと、祐樹くんが調べている佐竹河内(さたけごうち)地区に関して、集めてくれた資料を元に簡単なレポートを作ってみました」


 祈ちゃんは赤いランドセルから追加でクリップ留めされた紙の束を取り出した。


「祈ちゃん、わざわざありがとう。小説の執筆の方も忙しかっただろうに」


 資料だけは収集したものの、本業の金稼ぎの仕事が中々忙しく、資料を読み込めないでいた俺を見かねて、祈ちゃんが助け船を出してくれたのだった。


「いえ。こういうのは好きなので。ましてや、本当に呪いがあるかもしれないと思えばなおさらです」


「うん。まあ、気のせいだと思うんだけどね」


「そうですね。でも、『もしかしたら』をきっかけに想像の翼を広げるのが小説家ですから」


「なるほど……。でも、まずは、想像の前に、事実を教えてくれるかな?」


 俺は祈ちゃんの初稿を丁寧に机の引き出しにしまい、レポートに目を落とす。


「はい。元々、あの辺りには、皮革産業に従事する方々が暮らしていたようです。山の民――いわゆるサンカと呼ばれる人々との交わりも深い地域みたいですね」


「……いわゆる、被差別集落があったと考えていいのかな?」


「そういうことになるかと思います」


「……今は廃村になっているということだったけど、何があったの?」


「うーん、そうですね。廃村に至る経緯は色々複雑なんですが、一番の原因は、あそこに精神病院が建てられたことみたいですね。当時はそういった病への偏見が強い時代だったので、自然と人が離れたみたいで。病院は戦前に建てられ、昭和の中期頃までは存続しました。あの悪名高いロボトミー手術なんかも行われていたようです」


「なるほど……」


(うっわ。おいおい。商業エンタメが避けたがる地雷要素の欲張りセットかよ)


 でも、これでなおさら、香パパの事故がくもソラ関連だと確信したわ。あの逆張りおばけのカルトライターがいかにも好きそうなシチュエーションだ。


(まあ、でも、こと伝奇モノにおいては逆張りとも言えないのか? 現実世界でのタブーが、逆説的においしいテーマとなるのが伝奇ものだしなあ……)


 これらは全てセンシティブなテーマであり、表現することによって傷つく人間がいるかもしれない以上、企業が商業化しにくいのは当然である。


 しかし、創作者にとっては、現実にあった陰惨な歴史が、物語にリアリティと深みを増すのが魅力的なため、一度は取り組んでみたくなる題材なのだ。実際、名作も数多く存在する。


 例えば、文学でいえば島崎藤村の『破戒』、ギャルゲーにおいては、ゆ〇はなとかでちょっと触れられてたかな。


 精神病院関連では、『ドグラ・マグラ』が有名だろうか。ギャルゲーだと、直接的なそれではないが、CROSS†CHANNE〇なんかは文句なしに名作である。友情は見返りを求めないそうだが、俺はバリバリ求めるよ。


 ともかく、こういう難しいテーマは、上手く扱えばとんでもない名作を産むが、下手に触れば火傷どころじゃ済まず、会社ごと焼き土下座しなきゃいけない、ハイリスクハイリターンの劇物である。


 そう。被差別部落を描くことも、精神病院をテーマにすることも、決して悪ではない。全ては表現者の取り扱い次第だ。


 そして、今回の場合はーー。


(もうやだああああああああ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 行ぎだぐねえ。行ぎだぐねえよぉ。誰か助けてえええええええええ。あああああああああああ)


 俺のSAN値は既に限界を迎えていた。


 だって、本編には登場させられないほどにヤバくて、あの鬼畜ライターが本気を出した『何か』が俺を待ってるんだろ? 怖い。怖すぎるよ。


(下手すれば、俺を待っているのは、バッドらしいバッドエンドか、ハッピーエンドっぽいバッドエンドしかない絶望ゲーの可能性すらあるしな……)


 そんなゲームある訳ないだろって思う人もいるかもしれないけど、そういうのが稀によくあるのがギャルゲー業界の闇。具体的にいえば、『さよな〇を教えて』テメーのことだよ! でも大好き! ギャルゲーじゃないけどドラッ〇オンドラグーンとかも好き!


 これは尖ったゲームが好きな自分が好きだった俺への天罰だとでも言うのだろうか。


(……どうしよう。マジで行くのをやめとこうかな)


 藪を突いて蛇を出すような事態にはしたくない。でも、一般原則的には、行動しない主人公は悪である。停滞は後退と同じであり、努力と献身なしにハッピーエンドには掴み取れない。


「……祐樹くん? 大丈夫ですか。どこかわかりにくかったですか?」


 祈ちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「いや。ごめん。つい考えこんじゃったよ。そういう場所に、俺が興味本位で調査に行ってもいいのかなって思ってさ」


「香くんのお父さんの調査の手助けをするためですよね? 利己的な動機ではないんですから、もし『そういう存在』がいたとしても、きっと見逃してくれますよ」


「そうかな。そうだといいな――ありがとう。祈ちゃん。ちょっと気分が楽になったよ」


 俺は祈ちゃんに微笑む。


(楽になる訳あるかい! そんな性善説が通用する世界なら、本編でみかちゃんは死んだりしないんだよ!)


「少しでも役に立ったなら良かったです。頑張ってください――それでは、また来週」


「うん。またね。もらった初稿のフィードバックは明日までにはメールか電話でするから」


 祈ちゃんと挨拶を交わして別れる。


(大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。同人ゲーならいざ知らず、コンシューマーギャルゲーの主人公がそう簡単に死ぬはずない。我成瀬祐樹ぞ?)


 夕陽の差し込む教室で、俺は自分にそう言い聞かせながら、静かに祈ちゃんの初稿と向き合った。


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