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第102話 幕間 3倍偉大のヘルメス(4)

「はい。到着ぅー。ヘルメスさん一行ご案内ぃー」


 アドリアナの大仰なセリフが聞こえた時にはもう、ヘルメスは見知らぬ場所にいた。


(――ここは? ……家、よね。ごく普通の)


 そうとしか言い様のない場所だった。どうやらリビングらしい。


 ソファーにテレビ。椅子にテーブル。無機質な研究所と違い、木の温もりを感じる場所。


 カーテン越しに、ヘルメスは何年かぶりの陽光を拝んだ。


 こちらは日中のようだ。日の加減をみるに、早朝か、夕方か。


「お疲れ。みんな。無事――みたいだね。服以外は」


 そう言って出迎えたのは東洋人の少年。ヘルメスの知らない――いや、いつか聞いたことがある言語だ。少年の顔にはほっとしたような笑顔が浮かんでいる。


 少年は椅子にかけてあった洋服を、アドリアナたちに手渡した。


「当たり前でしょぉ? アタシが今までにしくじったことがあったぁ?」


 アドリアナが服に袖を通して言う。


「さすがだね。――っていうか、ヘルメスさん、怪我してるじゃん」


「すみません。マスター。できるだけ穏便にすませたかったのですが」


 アドリアナの部下らしき女の子が、申し訳なさそうに言う。


 その声色には、上役に失態を知られた恐怖と言うよりは、意中の男の子に気の抜いた格好を見られた乙女の気まずさのような響きがあった。


「いや、大丈夫。大体事情はわかった――アイ、手荒な真似はしないでくれって言っただろ?」


「やだぁ、マスターぁ、ちょっとした姉妹のスキンシップよぉ。そんなに怒らないでぇ」


 アドリアナが少年の腕にすがりついて甘える。


 何を言ってるか分からないが、どうやら、少年が、アドリアナがヘルメスに怪我をさせたことを不愉快に思ってるらしいことは分かった。


 アドリアナの部下たちが言ってた通り、いかにも純朴そうな感じだ。


「はあ。無駄に反感を買いたくないんだけどな。――えっと、おはよう。そっちの時間では、こんばんは、だったかな? ともかく、俺は成瀬祐樹。スペイン語は挨拶程度にしか喋れないから、英語で構わないかな。軽く状況を説明したいんだけど」


 そこで少年――ユウキは、ヘルメスの方に向き直り、ゆっくりと優しげな口調で話しかけてきた。


「……英語で問題ないわ。あんまり専門的な話になると厳しいけど」


 ヘルメスは警戒しつつ、そう答える。


「大丈夫。そんなに難しい話じゃない。端的に言うと、俺は君の研究所と対立する勢力の傭兵で、戦いの報酬として君たちをもらい受けた。それだけさ」


 ユウキは同情と諦念の入り混じったような声で言う。


「……私たちを、どうするつもり? 金を出して欲しいの?」


「生憎、お金には困ってないからなあ。それに、出所の分からない(きん)を市場に流したら、お役所に色々疑われそうだし、遠慮しておくよ」


 ユウキは肩をすくめて首を横に振った。


 ヘルメスは目を見開いた。黄金に興味のない人間がいるなんて、思ってもみなかった。


「……なら、実験台にするつもり?」


「しないよ。むしろ、その逆だね。俺は君たちにかけられた呪いを解きたいと思ってる」


(……本気? もし、本当にそんなことができるの?)


 魔女の呪いに蝕まれた子どもたちを救うこと。それは、ヘルメスの悲願でもあった。しかし、現状はその糸口すらつかめていない。


 魔女の呪いは、遅かれ早かれ、魔女の子どもたちを蝕んでいく。


 能力を使えば使うほど、そのスピードが速まることは言うまでもない。


 あの研究所で酷使された結果、発狂した子どもたちをヘルメスは何人も見てきた。


「……あなたが、ウチらを助けてくれると言うの? なんで?」


「なんで? うーん、理由。理由かぁ……。強いていえば、罪滅ぼし、かなぁ。まあ、君たちの件に関しては、俺は完全無実なんだけど、まあ、贖罪の延長、みたいな感じ? とにかく、上手く説明できないけど、俺が俺らしくあるために必要なことなんだよ」


 ユウキはしばらく逡巡してから答えた。ヘルメスには言えない秘密があるのだろうが、その真剣な様子から、誠実な人柄が伝わってくる。


「治せるの? 本当に?」


「本当です」


「事実、私たちはマスターに救われました」


「もし、マスターがいなければ、私たちは化け物にされるか、生ごみのように捨てられていたでしょう」


 そう答えたのは、ユウキではなく、アドリアナの部下たちだった。


「――なら、助けて。ウチにできることなら、なんでもするわ。本当に、何でもする」


「ありがとう。その気持ちは本当にありがたい。でも、ぬか喜びさせて申し訳ないんだけど、君の連れてきた子どもたちは、アイやこの子たちみたいには、今すぐ楽にしてはあげられないんだ。ごめんね」


 ユウキはそう言って視線を伏せた。


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