7話
それは突然起こった。
街のいたるところから設置されてある鐘がけたましい音を鳴らしていた。
「な、なんだ!?」
昨夜、全員のレベルが15を超えたことで祝勝会を上げた俺達は今日一日オフにして惰眠を謳歌していたのだが、警報のような鐘の音に飛び起きる。
「これは何だ!鐘!?」
未だ鳴り続ける鐘の音にただならぬ雰囲気を感じた。
「とりあえずギルドに行こう!何か分かるかもしれん!」
タカちゃんの号令で俺たちは手早く装備を整え、混乱する人混みをかき分けてやっとの事で冒険者ギルドに着くと、俺たちと同じようにギルドホールには冒険者で溢れかえっていた。
この街にはこんなにも冒険者がいたのかと軽く驚いていると、ギルド職員の男性がカウンターの上に立つ。
「現在の起こった状況を説明します!今から一時間前、ゴブリンの軍勢が西の森からルミナス駐屯地に進行を開始し、第三騎士団は戦闘状態に入りました。今回の緊急事態により第三騎士団より応援要請がありました!」
第三騎士団、俺たちを街まで護送してくれたあの騎士団だろう。
そんなことを考えていると。唾を吐きながらギルド職員は声を張り上げる。
「この要請に答え、ルインズ支部は冒険者に対し緊急クエストを発令。第六等級以上の冒険者は西門に集合した後、ルミナス駐屯地に援軍に向かいます!第七等級以下の冒険者はギルドホールにて待機をお願いします!」
『緊急クエスト』、この単語にギルドホールはざわめく。ギルドからの直接のクエストだ。報酬は勿論出るが、冒険者はほぼ階級を問わず強制参加しなければならない。
「今から発表する冒険者はギルド三階の作戦会議室にー」
矢次にギルト職員の指示が出る。すると階段を上がり三階へ姿を消す高位の冒険者プレートをぶら下げる冒険者たちや西門へ走って行く者で別れる。
「ど、どうするの?」
突然の出来事にイッちゃんが顔をこわばらせながら発言する
「俺たちは第十等級、革プレートの冒険者だ。指示通りここで待機するしかない」
険しい表情でタカちゃんは冷静に言う。
「それに恐らく第七等級以下の俺たちは裏方仕事だ。出番は無いだろう」
珍しく冷や汗を流しながらタカちゃんは言うが、絶対はない。後衛部隊として俺たちは戦うかもしれないのだ。
それから1時間もしないうちにギルドホールで待機していた俺たちを含む冒険者の前にギルド職員と冒険者が立つ。
「お集まりありがとうございます。第七等級等級以下の冒険者は後方からの前衛の支援をお願いします。西門にて物資を載せた荷馬車を用意しておりますので西門に集合した後、駐屯地まで第七等級以下の冒険者は荷馬車の護衛をお願いします。」
どうやらタカちゃんの言う通り後方からの支援のようだ。すると職員の横に立っていた俺と同じ様な金属の軽装を装備した冒険者が前に出る。
「ゴールドプレート、第五等級冒険者のハンスだ。今回の後衛部隊の指揮を執る。半刻以内に西門にて集合しろ」
苛立ちを混じえながらそれだけ言うと、ハンスと呼ばれる冒険者と二人のお仲間は冒険者ギルドから出ていってしまった。
ギルド職員はそれでいいのか、お願いしますと言うと忙しなくカウンターの奥へと消えていった。
「え、それだけ?」
のようで俺たち以外の下位冒険者は三々五々にギルドホールを後にする。最後に残された俺たちは、しばらくその場に立ちつくした。
「な、なんだか不安なリーダだね...」
「まぁあれでもゴールド冒険者だ。実力はあるんだろうな」
ゴールドプレート冒険者となると、この街では最上位の冒険者だ。この世界の冒険者の殆どはゴールドからブロンズ帯でしめているらしい。
「俺たちのことをお荷物とでも思ってるんだろうな...ともかく西門へ行こう」
目をつけられたくないからね。と付け足して門へ向かう。
門に着くと意外にも俺たち以外の下位冒険者は集合しているらしく、荷馬車に物資を積んでいた。
ハンスと呼ばれる冒険者は俺たちの姿を見るなり眉間にシワを寄せながら口を開いた。
「遅いぞお前ら!!」
苛立ちを交えた怒声を聞いて、早速目をつけられてしまったと首を縮める。顔に青い血管が浮き出るのでないかという勢いでさらに言い募った。
「さっさと物資を積めんか!」
言うだけ言って荷馬車の先頭へと消えていった。
「あちゃー早速目をつけられちゃったねー」
俺の背後でヒロは両手を頭の後ろで組んで舌を出してた。
「はぁ、ともかく物資を運ぶのを手伝おう」
ヒロの言葉聞いてタカちゃんは頭を抱えながら呟き、俺たちは最後尾の荷馬車に荷物を積み始める。後衛部隊の俺たちの荷馬車はギルドから貸し出しでもあったのか、ギルドの紋章がつけられていた。
気がつくと全部で十両近くの荷馬車の大集団が出来上がっていた。俺たちはその最後尾だ。
最後の荷物を積めるとタイミングよく先頭の方から「出発するぞ!」という声が響く。
騎士団の人間もいるのか鎧に身を包んだ騎士がそれぞれの荷馬車に乗り移り、馬車を操る。
俺たちは荷馬車を取り囲むように周囲を並走しながら、かつて連れてきてもらった駐屯地への道を歩んでいく。
「あの隊長騎士さん大丈夫かな?」
珍しく不安げにヒロが小さく言う。
この世界で右も左も分からない俺たちを結果的に助けてくれた騎士を思い出す。
「隊長クラスの人だ。少なくとも俺たちよりかは強いはずだ」
タカちゃんは険しい表情でヒロに答える。
すると荷馬車で馬を操っていた騎士が驚いた表情を浮かべ口を開く。
「君たち、隊長のお知り合いなのかな?」
金髪の俺たちとそう歳が変わらない青年が驚いたのかに問いかける。
「え、ええ一週間前にルインズの街まで護送してくれたんですよ」
突然話しかけられたことに驚いたがヒロは素早く答える。
一週間前のことを思い出したのか騎士は納得がいったような表情を浮かべる。
「ああ、もしかして四人組の迷子の学徒たち?へー冒険者になったのか」
感心するように騎士は頷く。
「今の騎士団の状況はどうなっている?」
タカちゃんはすかさず今の戦況がどうなっているのか聞き出す。
すると青年の騎士は少し顔を曇らせながら返答する。
「はっきり言ってあまり良くない。俺も見たが前例のない規模のゴブリンの軍勢が押し寄せてきている。もしかしたらルインズの街まで後退するかもしれない。」
想像していたより状況は良くないらしい。続けて青年騎士は今の状況を説明する。
「今は俺の先輩たちが第一波を退けて膠着状態に入ったが、いつヤツらが押し寄せてくるか分からない。今頃高位の冒険者が駐屯地に到着し、第二波の準備をしている頃合いだろう。」
そう言われて駐屯地の周辺の地理を思い出す。
あのだだっ広い平原の終わりに、駐屯地があった理由は平原から来るモンスターを街へ行かせないように守る役目があったのだろう。横にやけに長かったのはそう言う意味があったのだ。だが、三m近くある外壁があるとはいえモンスターの軍勢から守り続けるのは厳しいだろう。
「それに恐らく今回のゴブリンの進行の裏にはゴブリンの上位種がいるに違いない」
厳しい戦いになると小さく呟いて青年騎士は前を向く。
俺たちは顔を見合わせとんでもないことに巻き込まれてしまったと思った。
上位種となると何レベルあれば倒せるのか検討もつかない。下位種の十匹程度の集団でも勝てるようになったばかりなのだ。
すると前方の方から騒がしくなっていく。前を向くといくつもの黒煙が空へ上がっていた。
「総員、警戒態勢に入れ!」
馬に乗っているハンスと呼ばれた冒険者が前から激を飛ばす。
進むにつれて戦いの戦闘音が大きくなっていく。魔法職の人たちが放った様々な魔法や大弓を構えた騎士や冒険者の弓矢が壁の向こう側へ飛んでいく。
いたるところで魔法による爆発音が戦場に鳴り響く。
俺たちはこの世界での大規模な戦闘に圧倒されていると青年騎士が俺たちに向かって叫ぶ。
「ぼさっしない!物資を下ろすぞ!」
青年騎士に怒鳴られ、我に返った俺たちは物資を指定された門の近くまで運んでいく。
「やばいっ!衝撃に備えろぉぉ!!」
その時、門の上に立っていた冒険者が叫ぶ。
同時に勢いよく門が吹っ飛ぶ。
『ウオオオォォォォ!! 』
門を盛大に壊して入ってきたソレは天に向かって有らん限り叫ぶ。
人型だが全長は二mを超えていた。
赤黒い肌、岩のような両手は人の頭など握りつぶしてしまえるほどでかく、口からは牙をはやしていた。
確かモンスター図鑑で似たような魔物を見た。名前はオーガだ。怒り狂っているのか顔面を紅潮させ、地面を踏み鳴らしす。
かと思うとイッちゃんをじっと見つめる。
「まずいっ!こいつはオーガだ!その女を狙っているっ!逃げろぉぉ!!」
近くにいた冒険者が叫ぶと同時にオーガはイッちゃんに向かって走り出す。
「え、え!?」
イッちゃんはなぜ自分が狙われるのか分かっていない様子だがオーガの習性として女を積極的に狙うのだ。それでオーガはイッちゃんを女だと勘違いしたのか周囲の騎士や冒険者を吹き飛ばしながら突進してくる。
「させん!」
オーガとイッちゃんの間に大盾を構える騎士が立ち塞がる。
オーガはお構いなしに突っ込んで吹き飛ばそうとするが大盾を構えていた騎士はかかとを地面に沈めながらもその場に踏みとどまる。
「足を止めたぞぉ!!」
その号令を皮切りに周囲にいた騎士と冒険者たちがオーガに襲いかかる。赤黒いオーガは必死に抵抗するが手練れの騎士と高位の冒険者たちに抑え込まれていく。だが、それと同時にオーガが壊した門から次から次へとゴブリンたちが雪崩込んでくる。
「みんな!」
「分かってるっ下位のゴブリンを狙うぞ!」
俺たちはひと塊になりゴブリンたちを撃退していく。
三時間ほどゴブリンたちと一進一退の攻防が続き、潮が引くようにゴブリンたちは平原の奥へ逃げていった。
「今のうちに門の修復を急ぐぞ!」
騎士の号令聞き、騎士や冒険者たちは門の修復へ取り掛かっていく。
邪魔にならないように後ろに下がった俺たちは自分たちよりレベルの高い騎士と冒険者を見ながらあらためてレベルの差を痛感した。
「つ、つえぇ...」
「魔物も大概だけどあの人たちも化け物じみた体力してるね...」
認めざるを得なかった。多少俺たちも強くなったが、俺たちよりもモンスターを倒し、その上で壊れた門や城壁の修理を行っているのだ。レベルの恩恵もそうだが、それ以上にこの世界の人たちの精強さを垣間見た気がした。
「君たち、お疲れ様」
声のした方を振り返ると荷馬車を操っていた青年騎士がいた。
「あ、ああ。どうも」
そんな素っ気ない返事しか出来ない自分に焦るが、青年騎士は気にした表情も出さずに笑顔を見せる。
「見てたよ。君たちもなかなか頑張っていたね」
「え?いやぁ邪魔にならない様に頑張っただけですよ…」
しどろもどろに答えると少し青年騎士は驚いた表情を浮かべる。
「へぇ、君たちはずいぶん謙虚だね。冒険者ならもっと自慢すると思ったよ」
「いやぁ…事実だしなぁ」
ヒロが小さく呟く。
事実、俺たちよりレベルの高い騎士や冒険者の戦いっぷりに、戦線離脱した方がよいのではないかと思ったほどだ。それでもとどまり続けたのは単にレベル上げが狙いだ。森の中でゴブリンを探すよりはるかに経験値効率が良いと気づいた俺たちは邪魔にならない程度にゴブリンを狩り続けることにしたのだ。
まさかそんなことを言えるはずもなく戦々恐々しているとひと際大きな声をした騎士が近づいてくる。
「ガハハハッ!!謙遜するな若き冒険者!!見事な戦いっぷりだったぞ!!」
轟くような大声を出しながら騎士が歩いてくる。その騎士は全身を重厚な金属の鎧で覆った偉丈夫だった。
「あ、さっきの!」
イッちゃんを助けに入った騎士だ。
二m近くある騎士は兜を脱ぎ、精悍な顔をあらわにする。
「おう!さっきは危なかったな!オーガは見境無く女性を襲うからな。無事でなによりだ!」
「あ、いえ。僕、男です…」
「な、何ぃ!?男!?その顔で!?」
大笑いしていたかと思うと目が飛び出るのではないかという勢いで驚いている。コロコロと表情がせわしなく変わる人だ。
「もっと肉を食え、肉を!魔法職の人間が細いのは仕方がないが、町娘のような体では生きていけんぞ!」
ガハハハッとまた大笑いながらバシバシとイッちゃんの肩を叩く。
「ごめんなさい。悪い人では無いんです…」
青年騎士が申し訳なさそうに口を開く。
「いや、いいですよ。仲間を助けてくれたし」
汗をたらしながらヒロが辛うじて返事をする。
「それはそうとギルドへお主らのことを報告でもしよう!」
発言の意図が分からず困惑していると。中年の騎士はニヤリと笑う。
「そんなに身構えるな!ただの推薦だ推薦!おぬしらの様な冒険者が革プレートでいいはずがなかろう!」
俺たちの首からぶら下がっているプレートを指す。それでも困惑していると騎士は不思議そうに顎をさする。
「なんじゃ、知らんのか?依頼主や高位の冒険者が推薦すると下位の冒険者のランクが上がることを」
そんなシステムがあるなんて初耳だった。いや、もしかしたら当たり前のことなのかもしれない。
「推薦してくれるのですか?」
「おうともさ!あのような戦いっぷりのできる冒険者が第十の革プレートではもったいない。第八の黒曜石プレートに推薦しよう!」
二階級昇進にも驚くが、その権限があるほど高位の騎士であることにも驚いた。
いったいこの人は何者何だだと思っていると、隣にいた青年の騎士が割って入る。
「団長。そろそろ…」
「うむ。ではな新米冒険者諸君、また会おう!」
それだけ言うと青年騎士を連れ、颯爽と去っていってしまった。
俺たちは呆然と立ち尽くして、しばらくその場から動けなかった。
(団長だったのかよ…)
予想の遥か斜め上を行くほどの高位の騎士であることに今日一番驚いた。
権限があるどころではない今回の依頼主だ。
一見あんな大雑把な性格の持ち主の騎士だがオーガの突進を一人で受け止めるほどの実力者だ。
「何だか今日はもう疲れたよ…」
全く同感だが、まだこの戦いは終わっていない。
ややあって俺たちは動き出すことにした。
いつまでも休憩してはいられない、後衛部隊としての仕事があるのだ。
茜色に染まりつつある空の下、モンスターの軍団に勝つために俺たちができる精一杯ことをしていく。
この時俺は決戦が近いことを予感していた。