4話
あれから1時間、だだっ広い草原をあてもなくさまよっていた俺たちは道の様なものを発見した。
「これって道だよね?」
「あぁ、だがこれは…」
道なのは確かだがそこには碌に整備もされていないだろう道があった。しかも所々途切れている。
「ともかくこれに辿っていけば何かしらの手掛かりはあるはずだ。問題なのはどっちに行くかだ。」
「まぁ、普通に考えれば森とは反対側でいいんじゃね?」
「僕もそれだと思う!」
「じゃーそうしよう」
それからどれだけ歩いたのだろう。頭の上に合った太陽は気づけば沈みかけていた。
「不味いな…日が沈む前にたどり着きたかったが…」
想像以上に草原は広く、人の影すら見つからなかった。
「しょうがない。今日はここで野宿だ」
「そう、だね。じゃー準備しますかー」
そう言って適当な石を円形に置き、道中拾った木の枝で三角屋根を作るように組み立てる。
「‘’ファイヤボール‘’」
組み立てた焚火に先ほどより小さな火の玉がタカちゃんの右手から出る。
「ふむ、どうやら魔法は調節できるみたいだな」
「調節?」
「ああ、自分の感覚でどれだけ火を出すのか決められる」
「そういえばイッちゃんも光魔法できたよね?何かできる?」
一息付けたため、ヒロが思い出すように言う。そうだ、タカちゃん以外にも俺たちには魔法に適性があったイッちゃんがいた。怒涛の連続で三人ともすっかり忘れていた。
「んー、それがどう唱えればいいのか…回復魔法でしょ?別に三人ともケガもしてないし。」
「あーそっかぁ。でも光だから何か明かりを出せるんじゃね?」
「ヒロちゃんが呼んでいた小説では光魔法を使える人は何て言ってたの?」
「そりゃー、‘’光よ‘’とか‘’ライト‘’とか光る球をだしていたよ。」
「んーじゃー、‘’ライト!‘’」
瞬間、イッちゃんの手から目を突き刺す光の玉がが出現した。
「うおおおおおお!?目がああああ!!」
まともに直視したヒロは両目を手で覆いすっころんでいた。
「うわぁっ!?き、消えろ!」
そう言うとあれだけ眩しかった光る球体は忽然と消える。
「おいヒロ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫。大げさに驚いただけ…」
そう言いながらも仰向けになって両手で目を抑えている。
「ふむ、どうやら魔法には練習が必要だな。」
「だな、光はともかく火なんて加減を間違えたら、火傷じゃすまないぞ」
「あぁ、集中すれば加減できるのだが油断すると想像以上にぶれる」
タカちゃんは自分の右手を見下ろしながら冷静に分析をする。しばらく自分の右手を見てたと思ったら何か考え始めたようだ。こういう時は決まって静かに待つのが正解だ。長い付き合いでふとした動作で分かる。いつの間にか回復したのかヒロも黙ってタカちゃんの考えを待っていた。
「よし、今後の方針だが。お互いの身体能力の把握と魔法の練習をしながら道なりに歩こう。だが、限界まで知る必要はない。何ができるのか少しずつ確認する。それと睡眠時は交代交代で見張りを立てよう。交代のタイミングは一人だいたい二・三時間だ。俺の腕時計で時間を把握してくれ。順番は俺、イッちゃん、ヒロ、りゅうだ。三人は無理やりでも今すぐ寝とけ。出発は朝日が昇ったときにしよう。」
そうと決まると早かった。
異論もあるはずもなく三人が静かに眠りにつく。木が燃える音と風で揺れる草原の音が子守歌のように四人の耳を擽る。異常とも言える状況だが、俺たち四人は内心この非日常的な出来事に興奮していた。
俺は高ぶる気持ちを抑えながら静かに眠りについた。
それから数時間後。
「おいっ、りゅうちゃん交代だ。」
体を揺さぶられてようやく気付いた。
どうやら俺は思いのほか爆睡していたらしい。
「あ、あー…俺の番か…」
「すごいな。爆睡だぜ?ほんと、寝つきいいよなー流石だよ。」
若干呆れながらもヒロは苦笑しながら交代を告げる。
「知ってるだろ?俺の特技。」
「何年の付き合いだよ。そんくらい知ってるよ。じゃー俺もうひと眠りするわ。おやすみー」
「あぁ、おやすみ」
ヒロはそれだけ言うと横になった。しばらくすると規則的な寝息が聞こえ始める。
「自分も寝つきいいじゃん…」
ヒロを横目に呟く。三人の誰かが起きていればりゅうちゃんはこれ以上だからね?と突っ込みを入れられるところだが、あいにくと全員が静かな寝息を立てている。
それからちょうど二時間がたつ頃タイミングよく朝日が昇り始めてきた。腕時計を確認すると六時を指していた。
「よし、おーい!皆、起きろー!出発だぁー!」
そう言うな否や全員這いあがるように起き始める。
「もう朝かぁー…」
「あぁ、朝だ早いとこ出発しようぜ」
「ふぁー、皆おはよう」
「あぁ、おはよう」
「あれ?ヒロは?」
さっきまでいたはずのヒロの姿が消えていた。
「おい!皆寝ぼけてないでこっちに来てあれを見ろよ!」
いつの間にか離れたのか小高い丘にヒロが立っていた。
言われるがままヒロの隣に立つとそこには言葉を失うほどの絶景があった。
真っ白に光輝く太陽がゆっくりと上がる。たったそれだけなのに。白い太陽の光が薄い雲に反射している光景がどこか幻想的で、美しかった。俺たちはしばらく言葉を発せずにその絶景を見る。
「綺麗だろ!?」
どこか自慢げにヒロが言うが今回ばかりは素直に頷く。
「ああ…。」
「綺麗…」
俺たちはその幻想的な後景に目を奪われるように眺め続けた。
「まさにファンタジーだな!」
若干意味不明な発言だが、誰も何も言わなかった。
「もし、本当にここが異世界だとしたら——」
俺は朝日に誓う様に言葉を続ける。
「皆で自由に生きよう」
笑いあいながらお互いの顔を見て、朝日に向かって四人だけの小さな鬨の声を上げた。
ややあって、太陽が見えるまで見届けた後、行動に移すことにした。
「しっかし、水魔法で作った水でもちゃんと飲めるのな」
昨日、ヒロが喉の渇きを訴え、タカちゃんに泣きついたのだ。
「俺が水魔法を覚えていて感謝しろよ?」
「ああもう、マジ感謝!」
「軽いな…」
しかし、本当にタカちゃんが水魔法を使えていなかったら昨日はえらい目にあっただろう。あれだけ走ったのにもかかわらず、水を飲むことができないとなると脱水症状を起こしかねなかった。
そんなことを話し合いながら歩いていくと遠くに建造物が見えてきた。
「なぁ、あれって…」
先頭に立っていたヒロが気づき、それを指さす。
「町、らしいがあれは…」
そう、建造物が見えてきたのだがそれは城壁だった。しかもやけに横に長い。
「…なぁ、これではっきりしないか?ここがもう日本じゃないって…」
「のようだな。ヨーロッパでも行かん限り、あれだけ立派なものは建たない」
そう言いながら近づいていくとその城壁はかなりの大きさだった。高さだけで三メートルはありそうだ。
「なぁ、あの城壁にいる人。何か鎧着てね?」
「本当に異世界なのか…?」
流石にいざ異世界に来たという事実を目の当たりにすると。言葉を失ってしまう。
更にどんどん近づいていくと、城壁にいた鎧を着た人がどこか驚くような動作をした後、城壁から姿を消す。
「な、何かまずいことでもしちゃったかなぁ?」
「なーに、やましいことは何もしてないんだ堂々と胸を張れば大丈夫だよ。多分…」
「うぇー不安だよう…」
何の慰めにもならない言葉をヒロはイッちゃんにかける。そうこうしているうちに門の下までたどり着いてしまった。
「そういえば異世界の人とどうやって話すの!?」
今更になって重大なことに気づいた。外国人と殆どかかわらない日本に住み慣れてしまった弊害とも言えよう。
すると門の上から鎧を着た西洋風の騎士らしき人が現れる。
「おーい!お前たち!いったいどこから来たんだー?」
もろ流暢な日本語に慌てていた俺たちは唖然と立ち尽くす。
「oh…おもっきし日本語やん」
「何故に関西弁…」
想像していなかった結果に返答が遅れてしまう。
「…?おい!聞こえんのか!」
聞こえないと判断したのかよりはっきりとした日本語で騎士は叫ぶ。
「あっはい!通じてます!じゃない!聞こえてます!!」
「?お前たちはどこから来たんだと聞いている!」
これには本当に言葉が出ない。まさか異世界から来ましたー。何て言おうものなら町の中に入れてもらえない可能性もある。どうすればいいのか迷っていると、すかさずタカちゃんが叫び返す。
「森の中を迷い!草原を超えてきたんです!」
すると騎士様は少し驚いた顔を浮かべると。しばらく待たれよと告げ、門の上から姿を消す。
「な、なぁ大丈夫かな?」
「わ、分からん。だがさっきのお前の言う通り堂々としとけ。事実を言ったまでだ…」
しばらくすると門が左右に分かれる。そこにはさっき門の上にいた騎士様以外にも十数名の騎士がいた。
「持ち物検査と身分を聞く!ついて来い!」
そう言うや否や俺たちの周りを騎士たちが囲みながら連行するような形で誘導する。
緊張のあまりイッちゃんに至ってはもう泣きそうだ。
先頭にいた隊長風の騎士から順に門の中の右手にあった建物の中に入っていく。
「よし、まずは軽い持ち物検査だ。それにしてもお前たちずいぶんと奇妙な格好をしているな…これは何の衣装だ?」
俺たちの学生服を指さし、不可思議そうに周りの騎士たちもジロジロと見る。
「こ、これは学生服です。」
恐る恐るといった風にタカちゃんが告げると尋ねた騎士の目が驚いたように目を見開く。
「な、なんとっ!これが学生服なのか!?では、お前たちは学徒なんだな!?それを早く言わないかまったく」
納得と言わんばかりに目の前の騎士様は頷く。
訳が分からないが、とりあえず下手なことを言わないように黙り続ける。
すると俺たちの様子に気づいたのか、いかつい欧米人顔の騎士様が笑いかける。
「安心しろ!別に学徒のお前たちに危害は加えん。大方貴様ら、薬草の研究で森に入り迷ってしまなったのだろう?まったく本当にこんな学徒がいるんだなぁ。噂は本当であったか」
よくわからないが都合の良い解釈をしてくれたらしい。あはははーと乾いた笑い声が俺たちの喉から出る。
「よし!迷子の貴様らに現在地を教えよう!現在地はルミナス平原駐屯地だ。お前たちは学徒であるからな。ルインズの街まで護送しよう。」
そもそもここは町ですらなかっかことにも驚いたが、街まで護送してくれることに驚きを隠せなかった。
「い、いいんですか?」
あまりにも都合のよさにヒロが声を裏返しながら聞き返す。
どうやらこの世界、もといこの国では学徒は保護対象らしい。
「おう!学徒の保護、護送は騎士の仕事の一つだ。お前たちのような存在は学園から常時協力依頼が来ているからな。保護し安全な町まで護送するのは当たり前だ」
男前な笑顔でそう告げる。が、途端に表情を厳しくさせる。
「だがな、お前たち。そんな装備で森に入ったのか!お前たち森を舐めすぎだ!我々でも油断したら魔物に殺され、命を落とすんだぞ!以後、このようなことが起こらないよう気をつろ!ではルインズの町まで護送する!」
隊長風の騎士はお父さんのように手早くしかりつける。実際はやや事実と異なるのだが黙って返事をする。
それからというもの馬車の荷車に乗せられ、入ってきた門の反対側の門を抜け、3時間かけてルインズと呼ばれる町についた。
「次からは気を付けるのだぞ~!」
馬に乗った隊長風の騎士は部下を引き連れながら駐屯地へと去っていった。
俺たちは門が閉じるまでその背中に見続けた後、顔を見合わす。
「な、なんだかよくわからないけど、どうにかなったね」
「あ、あぁ。一時はどうなると思ったが…」
「ひ、ひとまずは安心だね!しかもあの騎士の人、僕たちがお金無いのわかると結構たくさんくれたし!」
そう言いながら貰ったお金の小さな袋を持ち上げる。
「何だか騙したみたいで良心が痛むな…」
「言わないでよ…僕だって分かってる」
そんな姿に俺は苦笑しつつ、今後の方針を聞く。
「ヒロ、小説では主人公はこの後どういった行動をするんだ?」
とりあえず今後の行動をさっさと決めたかった。
「まぁ、物語によっていろいろだけどほとんどは冒険者になるために冒険者登録のできる施設に行ってるな」
「その冒険者って何だ?」
「そりゃー依頼されたモンスターを狩ってその依頼の報酬で、ってまさか…」
俺は決心した。となると皆に確かめなければならない。
「皆、俺たちは今日、明日を生きていかなければならない。そのためには手っ取り早く手に職をつけなけばならない。さっきは都合よく学徒として勘違いされてうまくいったが、今後はそんなにうまくはいかないだろう」
全員を見渡しながら告げる。皆も事の重大さが分かるのか押し黙って聞く。
「俺は、皆で冒険者になってこの世界を見て回りたい」
ここが異世界ではないかと思った瞬間からずっと考えてきたことを話す。
皆でこの世界で旅をし、見た風景。うまいご飯。全てを一緒に感じ、喜び、楽しみたい。
今朝のあの風景以上の感動を味わいたい。
黙っていた皆は顔を見合わせ、笑う。
そんなこと、聞かなくても分かっていたことだ。
答えは決まっている。