3話
「はははは、マジかよ…」
ヒロがやっとのことで絞り出したであろう乾いた声が出る。
無理もない。俺たちも同じ気持ちだった。
「皆、このスキルと魔法の所に何か書いてある?」
自分でもこうも掠れた声がでるのにすこし驚きつつ皆に聞く。
「お、俺はスキル欄に‘’俊足‘’って書いてて、敏捷に補正が付いてる。多分魔法?の所には何も書かれてない。」
ヒロは状況が少しずつ分かって来たのか落ち着き始めていた。
「タカは?」
「スキルはないが、魔法欄のところに火と土そして水と書かれてある」
「ぼ、僕はスキル欄に‘’癒し手‘’って書かれてあって、効果は回復魔法の効果が上昇で魔法欄に光って書かれてある」
やはり、俺だけではない。まったく同じものを見ている。頭を殴られたような衝撃がなくなってきたが、この意味不明なものが一体何なのか言葉が出ない。
「イッちゃんもすごいがタカもすげーな!三属性かよっ!しかも魔法が使える!?何かやってみて!!」
「ええい、うっとうしい引っ張るな!」
いち早く事態から回復したヒロはタカちゃんに感激したようにタカちゃんを揺さぶる。
「それに使えと言われてもどう使うんだ?やり方なんぞ知ってるわけないだろ!」
「うーん…そこは適当に‘’ファイヤボール‘’とか言えばいいんじゃね?」
「はぁ、まったく…やるぞ?‘’ファイヤボール‘’」
途端、タカちゃんが草原に向かって伸ばした右腕からこぶし大ほどの大きさの火の球が出てきた。まさか二人とも本当に出てくると思っていなかったらしく、口を半開きにして火の玉を目で追っている。俺もイッちゃんもそうだ。
全員がその火の玉の行方を追っていたがすぐに地面に落ち、ゆっくりとあたりに燃え始めた。
「ま、まずい!消火!」
俺がそう言うと三人とも思い出したかのように火を消そうとする。
「や、やばい!タカッ!‘’ウォーター‘’だ水を出せ!」
「何!?‘’ウォーター‘’だな!」
言いながら右手を火にかざして言うと勢いよく水が出始める。
やはり非現実的な後景に目を奪われながら俺は、ゲームのようなことが起きた現実にここは異世界なのかもしれないと思い始めた。
鎮火するとタカちゃんが少し疲れたように、近くの木に手をつく。
「ど、どうしたんだよっ?」
少し慌てながらヒロがタカに言う。
まるで全力で走ったかのように肩で息を切らしていたからだ。
「まるで、50m走を走ったかのような感じだ。どうやら魔法の影響だろう」
そう言いながらタカちゃんは自身のステータスを見下ろす。
「やはりMPが三分の一程減っている。MPを代償にして魔法を行使するようだな。どうやら無尽蔵に打ち続けることはでき無さそうだ」
「打ち続けたらどうなると思う?」
「分からない。良くて気絶、あるいは...」
それ以上の言葉は続かなかった。言ってしまえば本当になってしまうと思ったのかもしれないからだ。
「ま、まぁ!ともかく魔法が使える。いや、使えてしまったと言うべきか?」
沈んだ空気を無理やり和ませようとヒロが大袈裟に声を上げる。
「あぁ、少なくともここが俺たちの地元では無いという大きな確証の一つになりうるだろう。」
「な、何でそうなるのさ?」
「一から順に考えてみろ。あの高さから落ちて全員無傷、遠出しなければたどり着けない森、極めつけに魔法だ。まったく異世界に迷い込んだ気分だよ。」
ヒロもイッちゃんも押し黙る。地元では無いならここは一体どこなのだろう。本当に異世界に来てしまったのか。
「ともかくサバイバルするなら夜に備えなければならん。」
そう言ってタカちゃんは空を見上げる。
「まだ昼辺りだが、今から何も無い状態で寝床を探すのも一苦労だ」
冷静に今の状況を認識し、具体的な案を提案する。
「この状況でバラけるのは得策ではない。固まって行動しよう。まずはキャンプ地となる場所を見つけよう」
タカちゃんの具体的な考えが出てからは早かった。俺たちは再度森の中へ引き返す。なぜなら俺たちが目覚めた近くの場所に小さな川が流れていたからだ。俺たちはそのすぐ側に俺達は寝床を決めた。
「皆、石を円形に並べて焚き火を作る準備しよう。」
「焚き火って言ったってライターとか火が...あっ」
そこまで言って気づいたのか。イッちゃんは納得が言ったようにタカちゃんを指さす。
「そうだ、俺の魔法を使う。火打石なんてめんどくさいものを使うわけないだろう?」
ニヤリと笑いながら右手を上げる。
「すごい!タカちゃん冷静!頭いい!」
「ふはははっ!もっと褒めろ」
タカちゃんにしては珍しく大袈裟に声を上げて笑う。それが単に皆の元気を出させるのが狙いなのは長い付き合いで分かった。
「ともかく。拠点も決まったことだし食料を探すか。川に魚とかいないか?」
「そういえば僕たちのカバン無くなってるね。」
「あぁ、洋服以外は全部無くなってる。ポケットに入れてたスマホもだ。」
「うわっホントだ!無い!」
スマホがない事に軽くショックを受けつつ、川に向かい魚を探す。だが、浅すぎて魚がいるようには見えない。
「...いなさそうだねぇ。まぁー飲水には困らなさそうだね」
「そうだが、直接飲むと体に害があるかもしれん。川で動物や鳥が体を洗ったりするから不衛生だ。湧き水を探すか、一度沸騰させないと——」
言葉は続かなかった、何故なら俺たちとは対岸側の茂みの奥から草木を踏み倒しながら何かが俺たちの方へ近づいてきている音がしたからだ。
「ッ!クマかもしれんっ隠れろ!」
器用に小声でタカちゃんが素早く指示を出す。
俺達は木や茂みの影に隠れ、息を潜める。
やがて茂みの中から出てきたのは尋常ではない大きさのクマのような生き物だった。
(なっ!デカッ!あれがクマなのか!?)
クマに似て四足歩行ではあるが、その体躯は俺たちが知っているクマより二回り巨大だった。剛毛な黒い毛、手足は俺たちの首程度なら簡単に捻り潰してしまいそうな太さだ。
(見つかったら、殺されるっ!)
俺は茂みの隙間から見た瞬時にそう思った。他のみんなは見なくても、その存在がヤバイやつなのが音で分かるのか息を必死に殺している。
だが、その頑張りも虚しくクマのような化け物は頭をこちらに向け、鼻をひくつかせながら臭いを嗅いでいるような動作をする。
(気づくなぁっ~!!)
願いは無情にも届かなかった。
突然クマのような化け物が雄たけびを上げてこちらに突進をしてきた。
「逃げろ!!」
隠れてやり過ごすのは無理と判断するや否や俺たちはクマと反対側に駆け出した。
「ど、ど、どうしよっー!!」
「ヤツが諦めてくれるのを祈るしかないっ!全力で走れ!!」
途端、ヒロが爆発的な加速力を見せる。
「「「はぁっ!?」」」
化け物に追われながらもその超人的な速さに目を奪われる。
「うわっ!?とっとっと!!」
驚異的な走りに戸惑いながらも何とか俺たちに合わせてヒロは並走する。
「ひ、ヒロ!?いつの間にそんなに速く!?」
「わ、分からない!全力で走ろうとしたら、なんか!?」
確かに昔から俺たちの中で1番足が速かったヒロだが、ここまで巫山戯た速さではなかった。
その時、後ろからクマのような化け物が雄叫びを上げながら加速してきた。
「や、やばいっ!追いつかれる!!」
「あっ!」
タカちゃんが木の根に足を取られ躓く。それは両者の距離を一気に縮まってしまう程、致命的だった。
俺はヒロの爆発的な加速力にスキルの効果によるものと直感的に思った。
(もしそうならば——)
賭けだった。俺はその場で反転し、化け物に向かって構える。
「「りゅう(ちゃん)!!?」」
2人の悲鳴が後ろから聞こえるが、俺は構わずすくい上げるように拳を上げる。
「うおおおおおおっ!!」
化け物はまさか向かって来るとは思ってなかったのだろう。虚を突かれた様で反撃の動作は無かった。
『グコォッ!?』
ボクサーのように右腕をクマの顎に振り上げると、その巨大な化け物が漫画のように飛んだ。
「「「えぇぇぇぇぇっ!?」」」
1m程飛び、その巨大な体躯はひっくり返り、地面に沈んだ。
「構わず早く逃げろぉ!?ぶっちゃけ倒せた気がしない!」
俺がそう言うと3人は一目散に走る。
それからどれだけ走っただろうか。森を抜け、草原をひたすら走り続けた。
やはり一番体力の無いタカちゃんが音を上げる。
「す、すまないっ...ちょっと待ってくれ...」
もう走れないと言わんばかりにタカちゃんは地面に膝をつく。
「はぁはぁ、...どのくらい走ったとおもう?」
「あー、分からん。二、三キロ程度じゃないことは確かだな…」
「つ、疲れたぁー...」
全員がその場で倒れ込む様に座る。すると全員の顔が俺を見る。
「さっきの怪力は何なのさ!化け物が吹っ飛んだよ!」
興奮したようにイッちゃんはまくし立てる。ヒロの足の速さも驚いたがそれ以上に化け物をぶっ飛ばした俺の怪力に関心があるようだ。
「多分俺のスキルが発動したんだろう。俺のスキル名は‘’仲間思い‘’の効果は仲間がピンチの時に力と耐久が上昇するらしい。ちなみにピンチの度合いによっても変動するみたいだ。」
俺のスキルと効果を聞くと皆、納得と言わんばかりに頷く。
「なるほどねぇ。だからあんな力が」
「納得だ」
「いやー本当にすごかったなぁー!あっはっは!」
とりあえず危機から脱した俺たちはお互いの無事にひとまずは笑いあった。
「しかし状況は厳しいぞ。飲水の確保も優先すべきだが、あんなものがいると分かれば力をつけねばならない」
一転、険しい表情でタカちゃんは分析する。
「力をつけるってどうやって?」
当然の疑問だ。急に力がつく訳では無い。それぞれ特殊な能力はあれど、さっきのような化け物以上のものが現れたら対抗出来ないだろう。
「決まっているだろう。レベルアップだよ。レベルアップ!」
当然と言わんばかりにヒロは言う。
そうだ、俺たちはもう以前の俺たちではない。ステータスの概念がありスキルと魔法がある。だがそれはファンタジーゲームよろしく何かを殺さなければならない。
「ヒロの言う通りだ。あんなものに一々逃げてたら、いつか殺される。そうならないように全員がレベルアップして強くならなければならん」
そこでタカちゃんは深い息を吐く。何かを決意するように。
「皆、まず落ち着いて聞いてくれ。まずは認識しなければならない。恐らくここは俺たちが知っている世界ではない」
俺たちは静まりかえる。全員がその予想をしていたが、それぞれが口にするのを避けていた。
「な、何でそうだと分かるの?」
恐る恐るといったようにイッちゃんは聞く。
タカちゃんはイッちゃんの目を見つめ、吐き出すように言葉を言った。
「あんな品種のクマは少なくとも知らない。品種改良でもしない限り無理だ。あんな角が生えたクマなんてな」
あまりの巨大さに見落としてが、どうやら角が生えていたようだ。俺を含めた三人は信じられないと言わんばかりに押し黙る。
「ま、まじで?」
聞き返さずにはいられない。
「あぁ、大まじだ。俺は倒れた時にやつの顔を見てな。やつの額の毛の間から白い角が見えたんだ。それ程大きくはなかったがな」
よく考えればありえない事の連続だ。落下時の傷は無し、目覚めたら森の中、半透明のモニターのようなもの、そこに書かれたステータス、スキルと魔法の効果、そして角が生えたクマのような化け物。
むしろ否定できる要素が上がらない。
「だがそれでも、はいそうですかと納得できまい。」
俺たちが今どこにいるのか。本当にここは異世界なのか。知らなければならない。
「だから人工物でもなんでもいい。とにかく人の住んでいる街に行こう。それで白黒つくはずだ。」
俺たち四人は確かめなければならない。
この世界で生きぬくために。