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集団召喚、だが協力しない  作者: インドア猫
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誇りを

 たとえ幕末だって、戦時中だって、こんなに荒れてなかったであろう修羅場。サーシャの圧力に少々大人しくしていた彼女の父メラガサムが、サーシャのいない今が好機とばかりにバウムに圧力をかける。


 しかし、バウムはその程度の殺気に負けはしない。とはいえ、妻の父、つまりは義父にあたる彼を武力で黙らせる訳にもいかず、とはいえ話を聞いてくれる雰囲気でもなく、やれやれと頬を掻く。


 そんな父を呆れて見る兄妹と、慌てる母。


「……」


 無言。ただ無言でバウムを睨み、魔力を昂らせながら正座している。


「……なぁ、クレルス、出掛けるか?ほら、父さんが何でも好きなの買ってやるからさ。と、言うわけで我々もこの辺りでしつれ……」

「待てぇい!」


 強引にクレルスとともに出掛けようとするが、努力虚しく制止の声が入る。バウムは明らかに面倒臭そうな溜め息をクレルスだけに聞こえるくらいの大きさで吐き、メラガサムに向き直る。


「あのー、何ですか?何かご用でも?」

「……。」

「用がないなら行きますけど?」

「……サーシャと、別れろ」


 重々しい声。一段と増す殺気。面倒臭さを全面に出していたバウムも背筋を正す。だが、怯えはなく、堂々と、だ。


「断る!」


 目には目を、歯には歯を、覇気には覇気を以て応える。その声はまるで彼の持つ黒槍の穂先の如く鋭く、竜の爪の如く全てを貫くようだ。


「父さん!姉さんが決めた相手なんだから。それに!姉さんがいない間に話をつけようってのは卑怯だろ!?」

「そうよ。姉さんにビビってるからって、それはないんじゃない?」


 サーシャの弟と妹、シーザイクとリャーシャが抗議する。いや、リャーシャのものは抗議というよりは最早、父への軽蔑であった。


「ビビってなどないわ!」

「はぁ?図星だからキレてる訳?何ソレ。器がちっさいんじゃない。そもそも、イマドキ政略結婚だの、考え方が古いんだっての!四代目魔王のレバート様だって恋愛結婚って聞いたけど?」


 姉の擁護というよりは、自分の意思を主張している辺りは図太い。勿論、サーシャを擁護していないわけではないが、まだ見ぬ未来の自分の擁護というのが正確だ。


「だからあの魔王は貴族の秩序が分かっておらんのだ!高貴なる者は高貴なる者として務めを果たさねばならん。身内と結婚してどうするのだ!」


 現役ではない歴代のものとはいえ、堂々と魔王を糾弾するなど、本来ならば極刑に処されて然るべき暴言だ。更に言えば、


「と、言われておるが、レバート?」

「別になんとも。千年前に散々言われた話ですから、今更蒸し返されても……」


 更に言えば、直ぐ後ろに当の本人がいる。


「うわぁ……」


 思わずクレルスは呻き声を上げる。言葉は平淡だが、その気配が既に怒りを発していた。憤怒ノ魔眼を扱うに相応しい、怒りの権化であった。


「そも、私は貴様を魔王などと認めてはいない!本来ならば、ヤーレア・シルバーが魔王に成って然るべきであった!」

「そう思うのも当然だな。俺もそうは思っている。二君に仕える気はなかったが、奴ならば協力してやってもよかった」


 懐古する表情からは、先程までの怒りが嘘のように消え、穏やかであった。


「ハッ、白々しい!大方、貴様が奸計を巡らし殺したのであろう!」

「ちょっと、貴方!」


 大慌てでクレーナが止めに入るが、その言葉は止まらない。更なる修羅場、更なる混沌だ。レバートから放たれる怒気は天を貫くほどに。


「父さん、今ごろ母さんは買い物しているのかなぁ」

「息子よ、現実は非常だ……」

「いやぁ。お茶美味しい、本当に美味しい……」


 サーシャが群衆に囲まれ、サインをせがまれていた頃、クレルスとバウムは非常に穏やかな顔で茶を飲んでいた。


 端的に言うと現実逃避である。


「メラガサム、と言ったか。貴様、ヤーレアが俺の奸計ごときにかかり死ぬような間抜けだとでも言いたいのか?」


 静かな声の怒り。それは義憤であった。戦友の誇りを守るための義憤であった。


「良いか?奴は戦を駆け抜け、未練を清算し、未来を託して死んだ。死ぬ直前まで、いや、死体でさえ堂々と嵐の王の二つ名に相応しい様だった。魂の欠損による醜態を晒すことを嫌い、自らの意思で死んだのだ。その誇りは、子孫とはいえ貴様が汚していいものではない!」


 その言葉が終わる寸前、ギロチンの刃のように彼の大剣が振るわれる。猛烈な殺気。メラガサムは金縛りにでもあったように動けない。


 咄嗟にクレルスが動き、本物のデュランダルを構え、衝撃に備える。が、何時まで経っても想像していた衝撃は襲ってこない。


「そう怯えるな。ただの脅しだ。寸止めにするとも」


 あの猛烈な勢いで振るわれていた大剣を寸止めにする、慣性力と遠心力をも屈服させる筋力は見事という他ない。


 同時に、あの火山噴火のごとき猛烈な殺気と怒気が薄れ、クレルスとメラガサムからは安堵の息が漏れる。


「分かっていると思うが、……次はない。出世欲か、家を成長させるためかその両方か。どうでもいいが、奴の行いを汚すような真似だけは決してするな」

「……ハッ」


 これが魔王、これこそが魔王。この国の(いただき)であり、至高の存在なのだと、改めて場の面々は実感するとともに、このレバートが畏れ敬うジギルが如何程なのかと、好奇と恐怖に包まれていた。


「成る程、カッコいいねぇ。超カッコいい……。友達のためにあそこまで言えるか?……こりゃ、踏ん張らないとなぁ」


 バウムがおもむろに立ち上がり、メラガサムの正面にまで歩みを進める。一歩一歩を大切にするように、だ。


「なぁ、さっきの話の続き、いいか?」

「……なんだ?」


 心を落ち着かせ、なんとか厳めしい表情を取り繕うメラガサム。


「サーシャと別れるなんてあり得ない。意地でも断る!……なんかさ、それだけ伝えておこうと思って」


 その言葉に、皆各々の反応を見せる。クレルスは軽く口笛を吹き、父の行動を賞賛した。兄妹はもっとやれとばかりに応援した。レバートはどうでもよさそうに、ジギルは愉快そうに傍観していた。


 そしてメラガサムは、……今日一番の大激怒。



「何で果たし合いになってるんだろうなぁ、不思議だなぁ。ハハハハハハ。……母さん!速く帰ってきて!」


 その頃彼女らがもう一軒店を見ようとしていることを、クレルスは知らない。

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