女の子の買い物は長いのです
「情報によると確かこのあたり……」
店名も、事前情報も一致している。たがしかし、二人とも想像以上であったことは認めざるを得ない。
「これはまた、随分と古……ボロ……お、趣がある店ですね」
凉白が誤魔化した通り、とても立派な造りとは言えない。服飾を扱う店というよりは、町の寂れた古本屋、という表現が似合う建物に、これまた適当に釘で打ち付けられた看板がついていた。
意を決してドアノブを引き、暖簾を潜る。
「うわぁ……」
ところ狭しと並ぶ布、布、布。服飾品が壁を埋めつくし、最早どれがどれだか分からないくらいだ。歩く道は何とか確保されているが、まともに商品を売る気があるのかどうかすら怪しい。
見た目の印象を裏切らない、何とも雑な店であった。一応、区画分けはされているらしく、各種族ごとに服は分けられ、様々な種族の伝統服も扱っている。
更には、ハーフなど特殊なタイプ向けにオーダーメイド受け付けますという立て札もあるが、大事な宣伝用のそれですら、半分以上布で埋まっている。
「……いらっしゃい」
奥に座っていた、サーシャから伝え聞いた店主らしい老人は、ぶっきらぼうにそう言うと、直ぐに針作業に戻った。しわしわの手でも、その動きには一分の狂いもない。
「……服、見ましょうか」
「そうですね。ほら、私はあんまり伝統衣装とか知らないので教えてほしいです」
「えぇ、喜んで」
凉白の声でそろそろと歩き出す。店主や店の雰囲気から、どうも大きな音を出すことが憚られる。
まるで寂れていることを容認している。いや、それどころか望んでいるかのような雰囲気だ。どちらにしろ、商売人としてはあり得ない。
「これがオーガ伝統の服ですね。反物といって、長い長方形の布を縫い合わせて作っていて、他の服よりも着るのに技術はいりますが、構造は単純で、解体、再利用がしやすいことが特徴です」
「和服みたい……」
「ワフク?……あぁ、貴方たちの世界でも似たようなものがあるのですね。そういえばレバートも世界は違えど文化が似ているところもあるとか何とか言ってましたね」
人形で二足歩行、それでいて思考ができる生物であるが故か、文化の類似性は所々に見受けられる。例えば、王国や帝国の街並みは中世ヨーロッパ風、魔都の造りは中東風である。
「これは、ドラゴニュートのもので、布一枚を体に巻き付けるだけというのが特徴です」
例えば、インドのサリーのようなもの。
「悪魔の伝統的な服と言えばこれでしょうか。エプロンにスカートのような見た目ですね。これが男性の場合は一般的なシャツに似たカラフルな服にズボンとなります」
女性物はフランスのアルザス地方の民族衣装のコワフのような見た目。男性のものはアロハシャツのようだ。
「次は……手先の器用な種族らしく、美しい紋様が特徴的ですね。ゴブリンの伝統衣装です」
オーガと長らくいた種族だからだろうか。オーガの文化圏の風味もある、中華と和を併せ持った雰囲気の服だ。
例えば、鍛炉なんかはずっと作務衣を着ているが、アレも単純な和というよりは、中華を感じさせる装飾がある。
「サキュバスも、悪魔との共存関係でどこか悪魔に似た雰囲気がある感じですね。男性のものはかなり異なりますが、女性物なんかはそっくりです」
サキュバスの民族衣装は、悪魔の物と酷似しているが、どこか少しスペイン味がありつつ、肌の露出が多い妖艶な衣装だ。
「オークは伝統的な衣装を持ちませんね。色々と理由があるのですが、そこはまた追々……」
「へぇ……」
「残りのコボルトとゴーレムは……豪快ですからね」
彼らは元々、ふんどしにサラシとかそういうレベルの服しか纏っていない。民族衣装という概念がそもそもないのだ。
「粗方紹介は終わりましたね。何か気に入ったものなどはありますか?」
「んー。どれも素敵だったけど……一応悪魔ってことになってるし、王道にフランス風のにしようかな」
「フランス風?悪魔の民族衣装のことですか?」
「はい。可愛いですね、これ」
一面のコスモス畑のようにはにかみあう二人。それぞれが各々の好きな服を手に取り、会計に行く。カウンターには、偏屈そうな老人ただ一人だ。
「併せて35000だ」
「ではここは私が」
「じ、自分の分は自分で出しますッ!」
財布に手を入れる凉白に待ったをかけるように、瑠花もごそごそと財布を漁る。両者、急いて硬貨をカウンターに叩き付ける。
メキッといういけない音が鳴ったような気がするのはここだけの秘密だ。
「嬢ちゃんら、悪いんだがどっちも使えないよ」
「「え?」」
聞き返しても首を振る老人。しかし、カウンターの上にはぴったり35000が出されている。ある一つの問題を除けば、の話だが。
「鬼の嬢ちゃんのこれは何百年前の硬貨だ……?それから、悪魔の嬢ちゃんは王国貨幣なんか出して、冷やかしじゃないだろうな」
千年以上眠っていたのだ。凉白の手持ちは当然、千年前の硬貨。そして、貨幣など権力者の都合によってホイホイと変わるもの。
大体どの店も一代前の硬貨までなら対応しているが、それよりも前とならば質屋に入れて換金でもするしかない。
そして瑠花は王国で暮らしていたが故に王国貨幣と帝国貨幣以外に持ち合わせがない。現代でも使われている加平なのだが、むしろこちらの方がまずい。
「何で王国貨幣なんて持ってるんだい?」
猜疑の目。降り注ぐ眼差しが語っている。問うている。貴様は何者か、と。
「失礼。我々は軍人でして。彼女は長きに渡る王国潜入任務から帰還したばかりなのですよ」
「……ふん。まぁ妥当か。筋肉のつき方からして軍人だとは思っていたが、敵方のスパイだとすれば余りに間抜けすぎる」
一先ず猜疑は解けた。だが、肝心の問題が解決していない。
「その金ではうちの商品は買えないぞ……」
「「……あ」」
凉白と瑠花が顔を見合わせる。互いに、一騎当千、万夫不当の戦乙女とは思えない間抜けっぷりだ。
凉白が急いで鞄や服を漁るが、換金できそうなものもロクにない。かといって、鍛炉手製の武器を質に入れる訳にはいかない。そんなことをしよう日には、鍛炉に殺される。
諦めて帰るかと考えていた二人の前に、
───ドゴォ!
「私、参上ッ!」
某赤い弓兵のごとく天井を突き破り、サーシャ・ベルクが空から墜ちてきた。
※※※※※※
「オイくそがき。いつになったらお前は大人しく登場するんだ。あ゛ぁ?」
「何よ偏屈ジジイ。客なんて殆どいないイメージ最悪の店なんだからちょっとくらい壊してもいいじゃない」
「客いねぇとか言うな!四年も顔だしとらんお前に何がわかるんがじゃ!」
「流行に取り残されて弟子に越された老いぼれの店なんてどうせ閑古鳥が鳴いてるに決まってるでしょ」
相互、胸ぐらを掴み合っての大喧嘩。いつ殴り合いに発展してもおかしくない。そして殴り合いになれば、当然サーシャの一人勝ち。ほぼいじめのような光景が繰り広げられること間違いなしだ。
慌てて割ってはいる凉白と瑠花。どうどうどう、と馬を宥めるようにして二人を引き剥がす。が、それでも唾を盛大に飛ばしながら罵声を上げている。
「なぁに、お爺ちゃん。まぁた客ともめてんの?だから客足が遠退く……って、サーシャちゃんやん。久しぶりやなぁ。生きとおってのは知っとったけど、やっぱり生で見んとなぁ」
「おひさー。ちょっと婚活して息子こさえてきたわ♪」
「もぅ、乙女がそんなこと言わへんの。……おかぁさーん!サーシャちゃんが来たでー!」
そこからは服屋家族全員を巻き込んで、てんやわんやの大騒ぎ。
「こんなワシの商品をバカにするヤツなぞ追い出せ!永久追放!」
「もぅお爺ちゃん。そんなことずっと言ってるからダメなんやよ」
「アレンジ苦手すぎて流行に取り残された耄碌ジジイが何言ってもねぇ♪」
サーシャが煽る煽る。
「誰がアレンジ得意な弟子にすら起き去られた老いぼれくそジジイじゃ!」
「なんだ、自覚あったのね」
ぶちんッと、老人の堪忍袋の緒が斬れる音がする。老人とは思えない身のこなしで、素早くカウンターの下から直剣を取りだし、斬りかかる。
「叩き斬る。今日という日がおまんの命日じゃああああ!」
「何でカウンターの下から剣!?」
瑠花の疑問はもっともだが、こういうギャグ時空的雰囲気の時は突っ込むだけ無駄である。
「お爺ちゃん!全盛期でもサーシャちゃんに敵うわけないじゃん!」
「しれっと失礼ですね。まぁ、事実なのでしょうが」
老人の動きは巧い。そして速い。更に気迫も合格ライン。だがしかし、まだ足りない。不十分だ。速いのは一般人に比べたら、というだけで、サーシャには圧倒的に及ばない。
サーシャがひらりとかわすと、遅れて剣が地面に叩き付けられる。がぁんという衝撃。そして、
───グキッ
老人の腰が死んだ瞬間であった。
※※※※※※
「これとこれ、あとこれも。そっちの人に似合いそう。サービスしとくから、また寄ってね~」
「了っ解♪それじゃ、また!」
「またのご来店、お待ちしております」
友人とは言えど、最後はプロ意識。きっちりと締め括る。サーシャらも気持ちよく店を後にする。
いつの間にか会計は終わり、当初の予定よりも多い商品を両肩に下げて帰路に着くことになった。
「ごめんねー。騒がしくてさ」
「いえいえ、いい商品を買えましたし」
「だよね。凉白ちゃんなら気に入ると思った!あの店さ、古風なのを取り扱ってるって言うか、あの偏屈ジジイ、アレンジとか苦手で昔ながらのばかり作ってるから」
「古風、と言っても、私からすればかなり新しファッションですけどね」
確かにと、屈託なく笑うサーシャ。
「瑠花ちゃんは?どう、気に入った?」
「そうですね。凉白さんじゃないけど、私からすれば全てが目新しくて、ウキウキしました」
今日一番の笑みを更新しながら、そう語った。その笑みは決して服飾だけに向けられたものではない。
「瑠花ちゃん、何かあった?」
そこを目敏くサーシャが見つける。ぼかすことも回り道することもなく、直裁的に質問を投げ掛ける。
「いえ、何でもないんです」
「そう?」
「うん。何でもない。ただ……
───普通だなぁって思って。
「王国とか帝国だと、魔族は絶対悪で、こんな風に普通に暮らしてるなんて考えられてもないと思うから」
事実、人族からすれば魔族の差違など種族と強さくらいのもの。民族衣装があることすら知らないだろう。
魔族からすれば、これは生存競争である。しかし、人族からすれば聖戦なのだ。しかも、宗教どうしの対立などではなく、ただ悪魔を、悪霊を、祓い、殺す。それだけなのだ。
十字軍遠征とは違い、街を攻撃しても燃やすだけで、食料以外はロクに持ち帰ろうともしない。いや、愚かなことに、食料すらも嫌悪するものたちすらもいる。
しかし、魔族とて知的生命体。国民意識を皆が持ち、共に助け合いながら文明を築いて暮らしている。
平和なこともあれば事故や犯罪、事件もある。普通の村で、町で、街で、国なのだ。
夕日が沈む。その光景を美しいと思い眺める。それはこの瞬間、魔族も人族も同様に。
「あ、弟子の方の店、行ってみる?」
「でももう夕暮れだし……
「いいのいいの。女の子の買い物は長いって、昔から決まってるもの♪」
※※※※※※
一方その頃。
(うぅ、気まずい……。はやく帰ってきてくれ、……母さん)
サーシャの父メラガサムとバウムの決闘が行われようとしていた。




