彼ら彼女らの物語
「さて、どんな服がいいかしら?どこでも案内しちゃうわよ♪……と言っても、私自身も四年ぶりなんだけどね」
「そうですね。でも、一千年ぶりよりはマシでしょう?案内、よろしくお願いします」
「お、お願いします!」
任せろとばかりに胸を叩いて、サーシャが歩きだす。その後ろを静々とされど凛とした所作で歩く凉白。凉白とは対照的に、おどおどと少しばかり怯えながら歩く瑠花。
一行が向かったのは国内最大級の面積と店舗数を誇る大きな市。それはまるで切り開かれた大型スーパーマーケットだ。
地球のような階層構造の大型建築が出来ないため、面積が広くなっているが、ここに来れば大抵のものは揃う。
「服の好みはある?」
「着物を何点か。普段着用にするつもりなので、防御力は不要です。あとは……当世で流行りの服を」
「瑠花ちゃんは?いきなりこっちにきたから、ほとんど服がないでしょ?」
「ううっ……」
思い人の母親に、タダで服を買ってもらうということに遠慮と羞恥が込み上げる。が、買ってもらわなければ下着すらロクにないのもまた事実だ。
「……じゃあ、普段着を何点か」
「オッケー。じゃあ殆ど私にお任せってことね。いいじゃないいいじゃない。腕がなるわ♪」
早速市に繰り出す一行。しかし、その行く手は直ぐに阻まれることになる。
「あ、サーシャ様だ!」
サーシャを指差す子供。それにつられて一息に、周囲の者たちも反応する。
「サーシャ様!ファンです。握手してください!」
「いつも守ってくれて、ありがとうございます。これ、よければ持っていって?」
「サーシャ様、サーシャ様!おれ、どうやったらサーシャ様みたいに強くなれる?」
あちらもこちらもサーシャを呼ぶ声。サーシャは魔族にとっては英雄中の大英雄。その人気だけで言えば魔王ケリーを圧倒し、彼女の魔王即位を望むものは未だに多く、根強い。
ファンに八百屋のおばちゃん、子供と、人波に揉まれるサーシャ。あっという間に凉白と瑠花は取り残される。
無論、彼女らであれば、無理矢理サーシャを奪還することもできる。が、市街地で無理矢理力を振るうことへの躊躇や、悪評を産み出す可能性から、ただただ呆然とする他なかった。
「……えっと、どうしましょう?」
「どうって、言われても……」
「取り合えず、連絡をとりますか。【念話】」
凉白が、三人の間に念話のパスを繋ぐ。ヴォン、という音が、頭のなかに鈍く低く響き、パスの開通を告げる。
『テステス、テステス。聞こえますか、サーシャ』
『うわっ。急に繋がれるとびっくりするわね』
『それはすみません。で、抜けられそうですか?』
サーシャは周りを見回す。休日の大市の人だかりは多い。私服のため公務ではないと知った者たちが集まってきている。
『そりゃ、強引に全員吹っ飛ばしたら抜けられるけどね』
期待や喜びの眼差し。握手を求める手。子供の憧憬、老人の感謝。中にはサーシャに欲情する下卑た視線も存在するが、その数は少ない。殆どが肯定的な眼差しだ。
子供や老人の期待を裏切るというのは、心情はさることながら、体面的にも不味い。戦時中こそ、人々の柱となり、象徴となりうる英雄が必要だからだ。
『そうですか。では、服屋の大体の方角と名前だけ教えてください。我々は先に向かっておきます』
『うぅ……私から誘っておいてごめんね』
『い、いえ。大丈夫ですよ!』
『ありがとう、瑠花ちゃん。お金は私が後で立て替えるから、好きなのを選びなさい。南西の隅の方にあるヴェペロス服屋よ。偏屈なじいさんがやってるけど、腕はいいから!』
ブツンッ───。イヤホンをいきなり引き抜いたかのような音をたてて、念話は沈黙した。
「それでは、行きましょうか」
気まずい。瑠花は凉白と殆ど接点がなく、ロクに話したことすらない。ましてや一千年前の人だ。何を話題としてチョイスしていいかすら分からない。
一千年、途方もない過去。圧倒的な大先輩。戦場を凍てつかせ、全てを貫く矢を放つ戦姫。そう考えると、余計に瑠花の肩に気まずさが乗り掛かる。
「気楽にしてください。遠慮をする必要はありませんよ」
「……いえ、その、何を話していいか分からなくて」
そんなこと言われても、瑠花の緊張は直ぐにはほどけない。遠慮がちに瑠花が告白すると、凉白はクスリと笑う。
「確かに、そうですね。実のところ私も当世の事情には疎いので、何を話していいか分からなかったんです」
「私も、魔族の事情はあんまり知らないので……」
魔族の大市、建築物、民族衣装。二人にとっては全てが目新しい。凉白にとっては、多少懐かしいものもあるが、一千年の時の中でものは移ろい変わり、創意工夫が凝らされるようになっている。
建築などは特に様変わりしている。昔は簡素な造りで、重要施設でなければ扉はなく暖簾のみ。窓は申し訳程度の木の枠があるだけで、家に梁すらロクにないというものだった。
「ですよね。……当世のことは話せませんが、一千年前の魔族事情ならお教えできますよ。まぁ、老人の過去語りなど、聞きたくないかもしれませんが」
「そんなことないです!……凉白さんは今も美人ですし、一千年前の話も興味ありますっ」
両手拳を握って全力でフォローする瑠花に、凉白はパチパチと目を見開いたあと、微笑ましい孫を見る老婆のような優しい笑みを浮かべる。
「それは、お世辞でも嬉しいですね。ありがとうございます」
「お世辞じゃないです。一千年生きてたとは思えないくらい、肌も綺麗で、若いですし」
凉白の見た目年齢は、人間で言うところの三十路手前といったところか。華奢で活気のある可愛さではなく、凛とした美しさの中に、歳を経たからこその妖艶さがある。
いくら魔族であれども、一千年もこの見た目と肉体スペックを誇ったまま生き長らえるのは不可能だ。
「私は、冷凍保存されてましたからね。私だけでなく、カイザーと鍛炉、それから、魔王陛下の肉体も」
「……へぇ。あれ?レバートさんは?」
「あの人はずっと起きてましたよ」
「え、どうやって?」
紹介からレバートが抜けていることに気付く。神でもない限り、マトモな生物が一千年の時を生きるなんて不可能だ。
「あの人は、人間どころか魔族すら辞めて、半分生物も辞めてますからね」
「……???」
「からくり仕掛け、……機械なんですよ。あの人。内蔵とかを手ずから摘出して冷凍保存。それを魔道具とかで代用して生き長らえてたんです。摘出した内蔵は今は元に戻してるでしょうけど、それでも骨は金属だったり、至るところに魔道具が埋め込まれてたりしますよ?」
サイボーグ、とでも言うべきか。万象を操作する能力の持ち主が至った、神殺しの一手は、人体改造であった。
神が生物を越えた生物であるならば、こちらも生物をやめてしまえばいい。理論としては分かるが、誰も実行しない、いや、そもそも誰も実行できない狂気の沙汰だ。
「混乱させてしまいましたね」
「いえ、ただ、ちょっと情報量が多くて。……そういえば、急に体を叩き起こして、リハビリとかは大丈夫だったんですか?」
コールドスリープの技術が地球では完成していない故に瑠花には分からないが、普通は昏睡状態など長期間活動をしなければ体は鈍っていく。
仮令、コールドスリープで全細胞を生きたまま凍結したとしても、肉体を急に動かすことはまず出来ないだろう。
「実は大変だったんですよ、リハビリ。勇者召喚が成されたタイミングでレバートに叩き起こされたのですが、体が全然動かせなくて。それで大戦にも出遅れたんです。もう少し早く参戦していれば……」
神々の呪いが瑠花や佐藤教諭に施されることはなかった。クレルスがクラスメイトを手にかけ、友らと決別する必要もなかった。勇者を全員保護し、戦と隔離することだって出来た。
未だ、決して十全とは言えない体で無理を押し通している。一千年ものコールドスリープなど前代未聞。リハビリテーションの想定が出来ていなかったのだ。
「……それは、違うと思います!」
大きな声ではなかった。決して大きな声ではなかったのだ。だが、その声は凉白の耳に確と届き、心にまで響いた。
断固とした想いがあった。これは決して、凉白らに対する慰めでもなんでもない、瑠花の想いだ。後悔だ。悔恨だ。
神々?魔族?人族?勿論彼らも要因のひとつであろう。だが、違うのだ。少なくとも、遠山瑠花にとっては違うのだ。
自分達にももっとやりようはあった。思えば、クレルスが最初に分身を見せた辺りから怪しかった。単独行動も多かった。そこにちゃんと気付いて、話し合っていれば、別の未来も開けた。
気付かなかったのは遠山瑠花の落ち度である。少なくとも、彼女自身はそう思っているのだ。クレルスに恋慕し、最も観察してきた者である彼女は。
「成る程。責任は貴女にある。だからこそ、それを誰にも奪わせないということですか。何とも身勝手で、何とも素晴らしい……」
これはクレルス・ベルクと遠山瑠花の物語。過去の物語を紡いだ主人公とヒロインは、最早ただの脇役でしかないのだ。
「ええ。ええ。彼らの物語に年寄りがでしゃばっても、何もよいことなどありませんね。過去の世代らしく、現在の世代を祝福し、見守るべきだという話です」
凉白の出した結論は、瑠花には理解できないものだった。だが、理解などされなくていい。ただ、一つ言うとすれば、凉白らの物語もまだ終わってはいないということだ。
(神々を殺す。それが我々の目標。あくまで彼らとは到着点が違うのですから)




