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集団召喚、だが協力しない  作者: インドア猫
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解呪

「デュランダル、十連ッ!」


 膨大な魔力を湯水のごとく喰らい、不毀の聖剣が邪を滅する極光を放つ。その神聖なる輝きが呪いの汚泥を焼き尽くさんとする。


 だが、呪いは神々の呪い。神々の産み出した神罰の魔獣。ギリシャ神話に謳われしカリュドーンの猪もかくやの奮戦を見せる。


 下手に触れば竜の鱗、金属の表皮すら意味をなさない呪詛が体に流れ込むだろう。その制約さえなければと、レバートたちが何回悪態を吐いたことか。双方、短剣と体術による超近接戦闘を得意としている故に、その制約は大きい。


 相手は不定形の汚泥。現状効果が見られるのはデュランダルの輝きと雷撃による焼き払い。呪いに対処出来る武器もデュランダしかない。


 ……いや、あるにはある。



※※※※※※



「これは?」

「破邪の札だ。効果時間は開封後十分、使い捨ての品だが、一度貼ればどんな呪いであろうとも打ち破るだろう。俺の知る限り最も有能な呪術師が作った札だ」


 どれだけ有能でも、神の呪いに届くだろうか。そう、クレルスは疑問を抱く。確かに、鍛炉の剣などは神々にすら届いた。しかし、今回に限っては話が違う。


 神々や天使の魔力を喰らった際にクレルスが感じたあの悪寒。どうしようもない気持ち悪さ。あれは、レバートのように意図的に呪いを流し込んだ訳じゃない。


 まるで天然モノの呪詛の塊だ。全てではないにせよ、彼ら彼女らの本質の一部は呪いである。そうクレルスは考えている。


 だというなら、相手の呪いはまごうことなき一級品。聖なる泉でさえも呪い尽くし、枯渇させる究極の呪詛だ。そんなもの相手に通じる訳がないと考えたのだ。


「心配は無用だ。これを作ったのは他ならない、かつて太陽神の呪いを受けていた聖女だからな」

「……ッ!」


 遠山瑠花にとっては先駆者となる、とある呪術師の聖女の品だ。太陽神の力の苗床として、その魔眼に呪いを刻まれた聖女の作った、神々への対抗策。


「……使っても、よろしいのですか?」


 物が物。かつての聖女の作った品となれば、聖光教会に持っていけば十億は下らない。数少ない貴重な聖遺物だ。


 歴史的、文化的な価値だけでなく、魔法的にも効果が高い。故にこそ、使うことを躊躇われる一品である。


「気にするな。俺が彼女であれば、間違いなくこの局面で使っている。この製作者に恥じない使い方をしたいと思ったまでのことだ」

「では、ありがたく……」



※※※※※※




(ならば、賭けに出る!)


 一か八か、伸るか反るかの大勝負。失敗すれば破滅と死は免れない。……されど、賭け、駆けた。


「【強欲】ッ!耐え……ろッ!」


 呪いの毒素が凝縮されたかのような魔力を奪う。百貌の魔物の体の本体は魔力で形成されているため、みるみるうちに体積が減少する。


 が、その呪いは奪われたとて健在。汚泥がクレルスの体を蝕み、侵食していく。針を体内から刺されているような激痛、蟲の群れに身体を犯されるような嫌悪。


 こんなものが彼女の体に入っていたのかと思うと、憤慨ものである。今すぐ体内から全て消し去りたい。尽く焼き払い、抹消したい。そんな苦痛に耐え、デュランダルを振るう。


 剣先から迸る極光は、既に身体の大部分が奪われていた百貌の魔物の殆どを凪ぎ払い、蒸発させた。


「Galilyylylyylylylyly!愛シテルノニ、愛シテルノニ、なんで殺サセてックレナイの!」

「耳に障る断末魔は、……地獄で上げておけ!」


 その魔手をデュランダルで切り上げ、残った泥を直接掴む。 


「何で、何で⁉愛シテルノニイイイイィィィィ!」

「お前が、愛を、語るなッ!」


 果して、呪いとして生まれた機械のような百貌の魔物に行き着く地獄があるのかは甚だ疑問だが、最後の一欠片まで吸い付くされた魔物は消滅した。


 そして消滅と同刻、クレルスは吐血しながら膝を付いた。呪いがその体の大部分に回り、最早、痣と魔紋の差異すらなくなりつつある。黒死病どころの騒ぎではない。


「クレルス君ッ⁉どうして……。思い出したよ。私がクレルス君にやったこと。それに、戦争では敵なのに、なんでこんなこと……」

「好きだからって理由だと、ダメか?」


「……ッ⁉」


 遠山瑠花はゆでダコのように、顔を真っ赤に染める。


「かといって、そのままであれば、呪いに蝕まれ、乗っ取られ、貴様が第二の百貌の魔物になるだけだ。それは分かっているな?」

「えぇ、なのでレバートさん、使わせていただきます」


 ありがたく、などとは言ったものの、破邪の札を使う気など更々なかった。この札を自分の我が儘で消費してしまうことが、どうにもクレルスには出来なかった。


 貴重な物を使うという遠慮、自分で解決したいというプライド。そういったものが、心の中でせめぎ合って邪魔をしていた。


 だがまぁ、好きになってしまった少女を助けたいと思う心にも嘘は吐けなくて……。要は優先順位の問題。今回に限っては、彼女を助ける方が、優先順位が高かった訳だ。



※※※※※※



 日本 十年前


 最初の出会いは、隣の家の田畑理恵からの紹介だった。唐突にジャーン、と遠山瑠花を見せつけられ、長々と自慢された。


 第一印象は、物静かな読書家のような、そんな雰囲気だった。筋肉の付き方からして、運動能力はごく平均。冷酷ではなく、優しさはあるものの、どこか俯瞰していそうな、そんな印象だった。


 そして、それは大間違いだったと言えよう。


 理恵ほど騒々しくはないが、楽しそうなときは活発に笑うのだ。

 意外だった。


 好きなものには熱中できて、夜通し語り明かすことも、出来るのだ。

 微笑ましかった。


 友達のためには危険を省みず行動できる稀有な人材だ。

 少し愚かしく、されどカッコいいと思った。


 だが、悪口には傷つく弱さもある。

 守りたい。


 少しづつの感情の積み重ねが、やがて恋へと変わる。理論理屈を飛び越えた、初恋の方程式が成り立ったのだ。


 だが、クレルスは魔族。日本で暮らしていたが、いつか異世界へと、母や祖父母の故郷へと飛び立つかもしれない。


 そもそも、人間ではない。人間と人外との恋物語など、フィクションだ。だから、遠山瑠花に告白などできないと、気持ちを抑え込んだ。



※※※※※※



 聖女の破邪の札を自らに貼ると痣が引いていく。疼痛は未だに残り、嫌悪感ある寒気がする。されど、呪いは体内から消え去った。


「見事であった。さて、一人で立てるか?」


 瑠花がはっとして、手を差しのべようとする。だが、それよりも先に、体に鞭打って自ら立ち上がった。男としてのプライドだけが、両の足を支える。


 心配そうにする瑠花に笑ってみせるクレルス。が、首筋に衝撃……を感じる前にその意識は途絶えた。


「寝ておけ、馬鹿者。後に立って殺気を放っても気づかない……相当無理をしていただろう」


 カイザーの手刀が、一瞬の内にクレルスの意識を刈り取った。


 クレルスを眠らせた理由は二つ。

 一つ、クレルスを休ませるため。普段であれば絶対に受けないような、雑な一撃、明確な殺気に気付かなかった時点で、相当無理をしていることは誰の目にも明らかだった。


 二つ目は、遠山瑠花の処遇決定のため。厳しい処遇をするつもりは誰にもないが、彼女の反応の如何によっては、殺害もやむを得ない。


 だが、クレルスも彼女も、一度は狂愛の呪いをその身に入れた。もう呪いは解けたが、その残滓が何をしでかすかは分からない。よって、面倒な可能性を少しでも排除したかった。


「殺すの、ですか?」


 ナイフを握る手がカタカタと震える。


 神々の呪いから解放された【狂愛ノ魔眼】改め、真なる【慈悲ノ魔眼】により、自らを蘇生させ続けるゾンビアタック戦法をとったとしても、尚勝てない。


 ───いや、無限に蘇生しようとも殺される。そんな予感がする。


 実際にそれは間違っていない。ジギルであれば、時間をかけて慈悲ノ魔眼の術式を解析し、潰すことが可能だ。


 レバートやカイザーは、無力化して捉えた後に不治の呪いや毒を念入りに掛けて殺せばいい。鍛炉とて、不治の傷を与える武器の一本や二本は打っている。


 凉白に至ってはもっと単純。殺さずとも氷の棺に入れたまま、半永久的放置し、南極にでも置き去ればいいだけだ。


 この蘇生術は自分以外にもかけられるからこそ真価を発揮するのであって、自分一人で孤軍奮闘する用ではないのだ。


「貴様が降服、恭順を選ぶなら殺さんよ。無益な殺生ほど醜悪なものはない。それに、貴様は神々に弄ばれた同士でもある」

「でも、人間を生かすなんて……それも、一度敵対した……」


 不信感が募る。もしかすると、拷問されるのではないだろうかとさえ考える。


「安心しな、嬢ちゃん。その論理だとオレら全員処刑になるぜ?」

「……え?」


 瑠花の頭をポンポンと優しく撫でる鍛炉。鎚を握り続けた、ごわごわと硬く、マメだらけの掌が髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。


「オレも昔、オレを殺しに来た暗殺者を逃がしたな。その後は茶会などしたものだ」

「私は人間、しかも聖女を魔族側に引き入れましたし……」

「我らは偽装工作やらを手伝った故に共犯だな」


 明かされる衝撃の過去話。若い頃の勲章のように、なぜだか誇らしげに笑いながら、懐かしい日々のことを語る。


「それを言えば俺が一番不味い」

「あぁ。確かに、貴方、人間ですものね」


「元……だがな」と、付け足して目を伏せるレバート。しかし、他人の懐古とは違い、その表情にはどこか怒りが混じっている。


 だが、それを首を振って振り払うと、瑠花に優しく微笑みかけた。


「元人間、元勇者、レバート・マクロン改め、四代目魔王、レバート・アーラーン。先代の勇者の一人。つまり、貴様らの先輩となる」


「……???」


 情報量の多さに脳がパンクを起こす。


「さて、クレルス。起きているのだろう?」

「……」


 カイザーの手刀に倒れた筈のクレルスがむくりと起き上がる。通常ならば、こんなにも早く気絶は解けたりしない。が、魔眼がクレルスを突き動かし、起こしたのだ。


「さて、降服か、抗戦か。好きな方を選ぶとよい。オレは、どちらでも構わん」



※※※※※※



「瑠花ちゃん。取り合えず、メイクして、レッツショッピング!服を買いに行きましょう。伝統的な意匠とかも着せてあげるわ♪」

「……え、あ、サーシャさん⁉」

「サーシャさん何て固いわよ。お義母さん、でいいのよ?」


 ───ブハッ!


 リビングでコーヒーを吹き出すクレルス。ソファにかかってしまい、バウムやケリーのつけた世話役の者たちと一緒にあたふたと慌てながらシミをとる。


「いえ、……サーシャさんでお願いします」

「あらそう。残念……。まぁいいわ。凉白ちゃんも行くわよね?」


 レバートらは一度魔王城に住まうことも考えたが、国の方針は現魔王のケリーの采配に任せる故と、政争に巻き込まれないよう、やけに広かったベルク家に住んでいる。


「私……私ですか?」

「えぇ。昔のお洒落な衣装は結構あったけど、当世風のはないでしょ?折角だし、買いに行きましょうよ♪」

「いえ、私は……いいえ、そうですね。レバートにもたまには目にもの見せないといけませんし。折角なのでありがたく、同行させて頂きます」

「そうこなくちゃ!」


 サーシャが両手で瑠花、凉白の両名を引っ張り、鏡の前に座らせる。何処からかシュババッと筆やらパウダーやら、クレルスやバウムからすれば何が何だか分からない道具を取り出す。


「瑠花ちゃんは、大人っぽいメイクにしてみるわね」

「いえ、自分である程度は……」

「いいの、いいの。まっかせて!私、メイクには自信あるのよ」


 事実、サーシャ自身のメイクは綺麗に決まっている。瑠花としては、全部任せてしまうことに抵抗があるが、サーシャが瑠花よりも上手いのは紛れもない事実だ。


「あら、では私もお願いできますか?」

「いいわよ~。って、肌綺麗だし、顔整ってるし、これ何処にメイクしたらいいのよ……。薄めに、あくまで補佐として、地顔の良さを引き立てるようにして……」


 顔の綺麗さは、サキュバスの血を引くサーシャも相当なものだ。が、凉白は表情が美しい。顔が穏やかさと清楚さに包まれた結果、美しく見える。




 降服勧告を受け入れた瑠花。そのまま種族を魔族に変えてしまうことも出来たが、親に貰った大切な体。今はまだ人間のままだ。


 とはいえ、クレルスと付き合うならば、寿命の問題が立ちはだかる。結婚まで考えるなら、人間と魔族では子供ができないという大きな壁もある。


 いずれは種族を転換する可能性も、瑠花は視野に入れているが、今はまだいい。一先ずは、顔に魔紋モドキを塗り、髪を染めることで、悪魔風に装い、誤魔化している。


 先ずはこの強い思いが本物かどうかを確かめなくてはならない。神授の呪いの残滓の影響で、未だ少し、言動に支障をきたしている。


「メイク完了!それじゃあ、行きましょうか♪」

これからしばらくはほのぼのすると思う。

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