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集団召喚、だが協力しない  作者: インドア猫
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神授の呪い

 何処までも続く果てしない連続性を体現したかのような暗闇の世界に、少女は目覚めた。それと同時に、武器を確認。懐にナイフがないことに気づいた。


「……ここは、どこ?」


 永久に広がる閑散とした世界にて、異邦より来訪せし少女は呟いた。その声は誰にも聞かれることなく、この暗黒世界に消えていく。


 ここは一人ぼっちの世界だと彼女が認識するのに、そう時間はかからなかった。


「ウっ……頭が……」


 感じたことはないが、二日酔いはこんなものなのだろうか、などと考えつつ頭に手をやる。ズキズキとした疼痛が酷い。何よりの違和感は、時間が経った間隔はあるのに、その間の記憶がないことだ。


 気分がよくない、訳ではない。何故か恍惚とした甘露が身体中を駆け巡っている。疼痛と快楽が同時に存在するだなんて、酷い倒錯だ。快楽の根源、湧き出る気持ち。


 愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて、……


(……おかしい。前はこんな感じじゃなかった!)


 身体が疼く。愛が、止まらない。愛が理性を超越するという話はよく聞くが、これはまるで、自分ではない誰かに、何かに、体を乗っ取られているかのようだ。


「違う、そうじゃない!」


 叫んだ。虚空に消えゆくだけのはずの言葉が、暗黒世界に響き、反芻する。


「私は彼を愛してる、でも、お前は私の愛じゃない!」


 その抵抗の声に呼応するようにして、眼球が熱くなる。燃えるような熱さに、思わず呻き声が出る。それでも少女は、負けじと叫んだ。


「出てけ、出てけ、出てけ!」


 瞳から、涙の代わりに泥水のような濁り切った膿が排出される。汚泥、そう表現するしかない黒々としたそれは、暗黒世界の中だというのに、それでも尚黒々として存在を主張する。


 やがてそれは溜まりに溜まり、そして、無数の人面を持つ蠢くスライムへと変わり果てた。あまりにおぞましく、瀆神的ですらあるそのスライムは、無数の口から数多の声を繰り、話始めた。


「「「「「愛してる、殺したい」」」」」


 完璧なる論理破綻。そして、一刻後に狂気の象徴のような哄笑が響く。


 気味の悪いそれに思わず後ずさる。が、力を込めて無数の顔を睨む。決して目を反らさない。目を反らした瞬間に狩られる、その思いが恐怖に打ち克つ。


 カタカタと歯が震える。武器の一つもない非力な少女が相対するには、余りに大きすぎる脅威が蠢き、彼女を今にも捕食せんとしている。


「激励の一つでもくれてやろうと思えば、何だ。随分と威勢がいいな。これでは助け甲斐があるのか無いのか……」


 限界まで高まり、張り詰められた緊張の糸。その静寂を打ち破る声が閑散とした世界にあってもハッキリと聞こえてくる。


 恐らくは魔族の……キメラのように混ざりあって最早判別のつかない種の男が堂々と、暗闇の中でも明確に認識できるほど煌々としたオーラのようなものを纏い、そこに佇んでいた。


「さて、オレはあまり干渉できない故な、武器くらいはくれてやろう。後のことは、そこな小僧に任せる」


 男が投げ渡したのは刃渡り15㎝程のナイフ。見たことも、持っていたも記憶無いと言うのに、懐かしいそれをパシリと小気味いい音を立てて受け取る。


 それは異様な程に手に馴染み、少女は、ノータイムで逆手に構えた。百貌の魔物に改めて向き直る。どこを切り落とすか、そう考えていた瞬間、怪物の体がずれた。


 べちゃり


 不快感を与える音と臭いが、この広々とした解放空間の中、五メートルは優に離れた少女の鼻孔にまで届く。


 人形をとっていたものが、スライムのような粘液状だった体に戻り、地に叩き付けられる。タールのような体液が撒き散る。断面はまるで沸騰しているかのようにブクブクと泡立っている。


 少女が切る前に、もうとっくに斬られていたのだ。いったい誰が?その問いは問うまでもない。その答えは、少女の目の前にとっくに出ている。


 嗚呼、何と頼もしい背中だろうか。服越しであろうとも、筋肉の存在を感じさせる広い背、雄々しく広がる二対の翼。それはこの暗闇ですら一凪ぎで払ってしまいそうなほどだ。


 振り返れば、金の魔眼が輝きを放つ。身に余る程の強欲なる野望を秘めたその瞳は、捉えたものを惹き付けてやまない。


(あぁ、あぁ……好きだ)


 少女の鼓動が高まる。瞳が蕩け、恍惚とした視線を送る。自分の高揚で顔が深紅に染まる様子が、鏡がなくとも少女にもありありと浮かぶ。


 彼が、彼こそが狂愛の対象。少女が愛した少年。故にこそ、百貌の魔物も、仮令他にいかなる理由があろうとも、彼に注目せざるを得ない。


 小僧に任せる。先の男の言葉だ。それは言い換えれば、彼には資格があり、男には資格がないと言うことだ。


 さあさあ諸兄よ特と御照覧。遠からんものは音に聞け。近くば寄って目にも見よ。これよりは少年と少女が神の呪詛を破る一世一代の大演目。


 世紀の破邪なれば見ずは一生の損なり。


『なんてネ。頑張りたまえヨ?』



※※※※※※※



 転移後 魔王城……?


 

「……平原?」


 クレルスたちが転移したそこはだだっ広い野原だった。ところどころにあるクレーターや焼け後からして、魔族と人族の国境に近い位置にあると考えられる。


「ふむ、……我がシグラットに転移したと思ったのだが」

「今の魔王城は魔王霊廟の隣に建てられているのですよ」


 神々相手にも堂々と啖呵を切っていたレバートの敬語に、クレルスがえも知れぬ感慨を抱く。


ジギルやレバートの幾代か後の魔王の時代、シグラットの老朽化と戦争による城壁の損傷によって建て替えを余儀なくされたとき、国境線近くから霊廟のそばに城と首都を移したのだ。


 以前までは戦争における便利さを優先していたが、当時は戦争する金がないという事情から、侵攻に有利な位置ではなく、防御に有意な位置に変えたという経緯だ。


 無論、当時の代々の土地を捨てるということに対する反発は大きかった。だが、今では日本の首都が京都から東京に変わった、というくらいの感覚で慣れ親しまれている。


「なるほどな。フン。その結論に異議申し立てをす気はないが、些か、寂しいものだな」


 クレルスからすれば全くついていけない話だ。そもそも場所が違ったというだけでなく、西洋風の城でなかったことにも、驚きを隠せない。


 興味深い話だ。だが、クレルスにとってはもっと重要な話題がある。


「……で、そこな少女を何故転移に巻き込んだのですか?」


 凉白の指差す方向には倒れ伏す遠山瑠花がいた。彼女に意識は無く、依然、その体は暗黒色の拘束具に包まれている状態だ。


「……さてな、オレにも分からん」

「それは無責任では……」


 思わず突っ込みかけ、口をつぐむ。敵対するとヤバイという感覚が身体中に電流のように走り、訴えてくる。クレルス自身もその直感に異論はない。あれは別格の存在だと認識している。


「そも、そこな女はオレでさえ見上げる程の執念で無理矢理着いてきた。このオレを驚かせた一千年以上ぶりの人間だ」

「……執念?」


 執念があることは否定しないが、執念だけでここまで出来るとは些か信じがたい。


「貴様や俺の瞳を鑑みてみろ」


 クレルスやレバートの瞳、すなわち魔眼は生物の想い、それこそ執念によって生み出された産物である。それが存在しうるというなら、執念で不可能を可能にすることも、あってしかるべきだ。


 という説明の原理は分かるものの、やはり納得のいかなそうな顔をするクレルス。だが、強固な想いや記録というものが強大なエネルギーであることは事実だ。


「貴様の知り合いであろう、生かすか、殺すか、好きに決めよ」

「生かすって選択肢、アリなんですね」

「ハッ。オレが人類を殲滅しようとしているとでも思ったか?一部狂信者を除けば皆神に弄ばれし同類。そこまで憎んではおらぬ」


 そう言われるなら、彼の答えは決まっている。


「呪いを解く」


 生かすか、殺すか、それを決めるのはその後だ。全員にかけてあるような低レベルな洗脳なら兎も角、強固な呪いに侵された状態で戦っている者を、クレルスは敵とは言わない。



※※※※※※



 精神世界


 呪いを断つは絶世の剣。壱、弐、参、肆、伍、陸!次々に黒い液体めがけて剣が突き刺さる。そのすべては極細の鎖に繋がれており、一気に電流が駆け巡る。


 電流の主へと伸ばされる汚泥の手。それを断つはナイフの一閃。


 かつて殺し合ったもの同士が、此度は共闘する。

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