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集団召喚、だが協力しない  作者: インドア猫
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訓練-1

 魔国、王国、国境付近


「追っ手は!?」

「大丈夫だ。もう問題ねぇよ。やっとこさ終わったな。さて、オレたちで最後だ」


 サーシャと鍛炉が天使を振り撒き、殺し、やっとの思いで国境……とは名ばかりの荒廃地帯を越える。


「昔はここら一帯も魔族領だったんだがねぇ」

「すまないけど、未だ取り返せてはいないわ」


 鍛炉の言葉の意味を寂寥だと思ったのか、サーシャが謝罪する。が、鍛炉は首を振る。


「別にそりゃ求めねぇよ。元々、二代目魔王が矢鱈と人間から土地も命も奪って、その土地を何とかジギル陛下とレバートの奴が維持してただけだからな」


 だから元を辿れば人間の土地だし、惜しくもないと鍛炉は言う。言うがやはり、二人の魔王の努力を見てきた故か、少しの悔しさはある。


 だが、鍛炉はどうでもいいなと思考を放棄する。


「まぁ、オレは政治屋じゃなくて鍛冶屋だ。餅は餅屋。政治は政治屋。領土問題のことなんぞ知らん!そこらはレバートと……ケリー、だったか?アイツらに任せようぜ」

「それもそうね。私も、政治って柄じゃないしね。壊し屋か戦争屋だもの。細かい話はお断りよ。けーちゃんに全部押し付けるわ」

「……手前ぇ、地味に酷ぇな」


 二人顔を見合わせて笑う。死地修羅場を見事乗り越えたという安堵が押し寄せ、笑いを誘ったのだ。



※※※※※※



 魔王城 謁見の間


「母さん。今まで何やってたんだよ」

「はぁ、さっさと撤退しないから心配してたんだよ」

「昔からお前はいっつも他者に心配をかけるだけかけておいて!」


 クレルス、バウム、ケリーが、帰りが遅かったサーシャを次々に糾弾する。


「あら、その割には全員、心配よりも呆れが強い顔ね」

「皆、母さんの悪運ならまぁ生きてるだろと思っただけだろ」


 分かりきっていたことだが、サーシャは反省の欠片もない態度をとる。とうとうクレルスは呆れを隠すのを止める。


「これで欠損無く全員生き延びたか。鍛炉。御苦労」

「鍛冶屋にんな仕事任せるなっての。貸しだ。今度鉱脈に一緒に潜ってもらうぞ」

「あぁ。了解だ」


 全員の安全を見届け、皆安堵する。が、次に襲ってくるのは絶望だ。どうしようもなく、ただ絶望が重く暗くのし掛かる。


「何をしている、現魔王。貴様には事後処理が残っているぞ。もうじき、報告にくるだろう」


 気配をいち早く察知したレバートがケリーに告げる。程無くして、ゴンゴンと、大扉を叩く音が聞こえる。


「この音……酒牙の奴、また扉を拳で殴っているな。……と言うことは良くない知らせだな。はぁ。……入れ!」


 その際に、さっとジョーカス、サーシャ、バウム、クレルスは謁見の間の一段高い玉座のエリアから降り、整列したのだが、体裁も何も知ったことではない旧世代勢は玉座の近くでフラットに過ごしている。


 正確には、カイザーだけは場を弁え、気配を殺してしれっとクレルスの横に並んでいるのだが、カイザー以外の三人は胡座をかいたり、玉座にもたれ掛かったりと、割りと自由だ。


 扉が開かれる。場が凍り付いた。


 帯刀禁止のこの空間で武器隠すこともなくを持っている、魔王に敬う様子の欠片もない奴等、しかも鍛炉に至っては抜き身の武器。それが賊だと勘違いされるのに然程時間はかからない。


「御報告に……その者らは?──まさかッ!賊だ!賊!この者らを引っ捕らえよ!魔王様をお救いする。私に続け!」

「戦後で魔力がゼロだが、運動の後は急に立ち止まらぬ方がよいと聞くからな。良かろう。相手してやる」

「喧嘩か?しゃーねーなぁ。まぁ体は動くからな。やってやろうじゃねぇか!」

「え?ちょっと、……違うから止まれ!あとお歴々も大虐殺は止めていただきたい!」


 一触即発、戦闘勃発、という寸前でケリーが玉座から転がり出て双方を制止する。あわや謁見の間が血の海に沈むかと思われたが、ギリギリで踏みとどまった形だ。


「フッ。冗談だから慌てるな。そも開戦したとて、峰打ちにするつもりだった」

「戦争じゃなくて喧嘩だからな。流石に加減するわ。死体が出ないようにすんのは当然だ。爆破と喧嘩は魔都の華ってな」


 クレルス、サーシャ、バウムが聞き覚えある言葉が何か物騒になってることに衝撃を受ける。いや、時代的には鍛炉の言った言葉の方が先なのだが。


「魔王様!転がり落ちた!?お身体はッ……」

「プハハハハ!また体張ったわねぇ。……あぁ、酒牙、流石にけーちゃんはあの程度じゃ死なないから安心しなさいな」

「笑っている場合ではない!続々と押し寄せる兵にどう説明すればいいのだか……」


 事態は終に混迷を極めることとなった。賊という言葉に反応し、参上した兵士達を退散させ、何とか一息つく。


「まさか、このようなことになるとは……」

「すみません、魔王様。つい早とちりしてしまい」

「陛下を敬愛するのはいいが、お前は少しその喧嘩腰なのを抑えろよ。……して、その者らは結局どこのどなたでしょう?」


 呆れた様子で、酒牙の横腹をゴブリン族長のクラフトがつつく。そして仕切り直し、レバートらの正体を問う。


「この方たちは、……

「三代目魔王直属特殊部隊、隊長。四代目、魔王レバート・アーラーンだ。我が復讐を成すため、この地に再び舞い戻った」

「同じく、隊員、魔王妃、凉白夜空です。よろしくお願いしますね」

「同じく、隊員、暗殺者のカイザーだ。名字はない」

「同じく、隊員、つってもオレは元々ただの鍛冶屋だがな。一応、ゴブリンの族長なんかやってた、鍛炉だ」


「「??????」」


 あまりの全く状況が飲み込めず、疑問符を大量に浮かべる二人。それもその筈。千年前の教科書に載っているような方々がこのような所にいるなど、誰が真実と素直に受け止められようか。真っ先に嘘を疑う。


「……嘘発見器は?」

「……作動していない。つまりあの者らは嘘を吐いていない」

「……自分でそう信じきってる狂者の類いの可能性は?」

「……そちらは否定できない」


 小声でコソコソと話す二人。魔王の謁見の間での行為としてはあまり宜しくないことだが、それも無理はないとケリーは寛大に許す。


(母さん、戦闘演習でもしたら信じてもらえるか?)

(それって、私にあの人たちの相手をしろってこと?それだけは勘弁願いたいわね)

(まぁ、母さん独りに押し付ける気はない。やるとなったら発案者(言い出しっぺ)の俺もやるよ)

(どうせならダーリンも巻き込んじゃうわよ♪)


 クレルスとサーシャは顔を見合わせてバウムを捕らえる。混乱し、暴れ、ささやかな抵抗をするが、抵抗虚しく全ては無意味。二人がかりで完全に封殺された。


「我が言葉を狂言妄言の類いと言うか?」

「割りと突拍子もないことですし、仕方ありませんね」

「千年前からずっと生きてたとか、我ながら嘘臭過ぎて笑えらぁ」


 どうしたものかと、旧世代勢は悩む。クレルスたちが信じたのは戦場の圧倒的に不利な状況下で味方として参戦したので、信じる以外の選択肢がなかったためだ。


 クレルスだけはゲレンの言葉でレバートたちが本物ということを知っている。が、正直、他の面子は別に本物でも偽物でもこれだけの戦力が確保できるなら構わないと思っている。


 というか、殺す気ならとっくに殺されているから少なくとも今は敵ではないということで、別にそもそも正体を気にしていないというのが正確だ。


 旧世代勢が悩む一方、犯罪紛いの方法で、というか誘拐&脅迫とか完全に犯罪なのだけれども、何とか事情を説明し、渋るのを無理矢理言い聞かせ、バウムに……説得に限り無く遠い説得のような何か?をした。


「いやぁ。面倒なことになったねぇ。出来ればあの修羅みたいなのとは戦いたくないんだけど……」


 気乗りしないと頭を掻く。それでも、飄々としている。いつでも軽やかに。【完全竜化】でもしない限り、どんなときでもその精神は忘れない。


 軟らかに、然れど諦めず、不撓不屈たれ。そんな精神性にサーシャは惚れたわけだ。




「この銘刀、返すわ」


 サーシャが空気を全く読まずに、いや、読んだ上であえて完全に無視して、怨天愚蓮をレバートに投げ渡し、直後、木刀をレバートに向ける。


「そういえば、返却が未だだったな。で、その手の木刀は何だ?」

「我々一家一同、体もだいぶん戻ってきたし、一手御指南願いたく、ってね」

「ふん。良いだろう。魔力も段々回復してきた頃合いだ。それに、丁度貴様らには稽古をつけようと思っていた」

「おいサーシャ!?ここでやるなよ⁉せめて訓練所に行ってくれ!」



「あの、……被害報告はどうすれば?」



※※※※※※



「相手はどうするの?出来れば私は凉白さんと戦いたいかな」

「私、ですか?」

「そうそう。私、強い弓兵と戦ったことがなくてね。今後のためにも戦闘経験積んでおきたいなと思って」

「そう言うことでしたら、その勝負、受けて立ちましょう」


 先ずはサーシャと凉白の女性ペアが戦うことが決まった。残された男性ズはどうするかと視線を交錯させるが、クレルスもバウムも、レバートとカイザー、どちらとも戦いたいと思っているため、中々決まらない。


 単純に強いレバート、搦め手を以て制してくるカイザー。どちらも捨てがたい。両者どちらと戦闘しても、得難い経験を得ることが出来るだろう。


 因みに、ベルク一家は三人しかいないので、数合わせのため鍛炉は抜けている。鍛冶屋は鍛冶だ、戦闘向きじゃねぇ。とかいって、いきなり訓練所の待機所に鎚や鉄、金床出し始めた。


「迷っているならこちらから指名するか?レバートはどちらと戦いたいという希望はあるか?」

「というか、交代で戦えばいいのではないか?」

「「いえ、貴殿方と戦うと絶対全力を出しきらないといけないので連戦は無理です!」」


 協議の末、クレルスとレバート。バウムとカイザーという組み合わせで決定した。


 決定したということで、さあ直ぐにでも開戦をと思ったのだが、一つ問題が発生した。


「木刀じゃダメね。すぐ折れるわ」

「普通の弓ってこんなに弱いんですね……」


 因みに、訓練所においてある木の武器は良木を厳選に厳選を重ね、選び抜いた品を使っている。そのため、そこらの王国兵士の剣よりも余程丈夫。普通に人を殺せる品。なのだが、その筈なのだが……。


 ポンポンと、熟練の工場職員がベルトコンベアーで流れてくる物を仕分けするかのような速度で一合打ち合うごとに破壊していくサーシャと凉白に、酒牙や訓練していた兵士がドン引き。クラフトは製作者の面目丸潰れでorz状態だ。


「仕方ないから、実剣で寸止めの勝負にしますか?」


 クレルスは下手したら死ぬから出来れば提案したくなかったが、渋々提案する。


「いや、そうなると私の蜘蛛刀が折れかけなんだけど……」

「……そういえばそうだったな。鍛炉に預けておくといい。武器はまた怨天愚蓮を使え。実際の武器よりは使いにくいだろうが、先程のように慣れない武器で戦わなければならない実戦もある」

「あちゃー。やっぱり使いにくそうにしてたのバレてた?」

「まぁ、見ていれば分かる」


 怨天愚蓮と蜘蛛刀の受け渡しが行われている間、ケリーは酒牙に、今回の被害者数と損害額を問う。


「まぁ、ぶっちゃけ、かなりヤバイかと……

「……これは……確かにヤバイな。……だが、人的被害を抑えてくれたお陰で金銭をどうにか工面すれば何とかなる……筈だ」


 日本円に換算すると0が10個くらい並ぶと言えば、その絶望が理解できるだろうか。税収が落ちているこの状況下でこれは流石に不味い。


 そんなことを露知らぬ、というか知っても知らぬ存ぜぬで貫き通すようなメンバーは着々と戦闘開始の準備を始める。


 場所は第三戦闘演習場。広大な円が三等分されており、その中に草原、森林、都市が人工的に用意された場所だ。


「一組ずつやりたいところだが、流石に時間が足りないな」

「大丈夫よ。この第三戦闘演習場、便利だから量産されてるもの」

「戦闘演習場の量産ってなにそれ……」


 クレルスのつっこみに皆頷く。まだ車くらいのサイズのものを量産なら分かるが、広大な、地球で言えば某夢の国を量産するような滅茶苦茶なことを言われれば、戸惑いもする。


「サーシャの言い回しがアレなだけで、普通に五個くらい造ってあるだけなのだが」

「因みに我がクラフト家の努力の賜物でこの待機所のモニターで戦闘演習場の全てを観察することが可能だ!」



「「「まさかのテレビ中継!?」」」



※※※※※※



 各地で勝負開始、カイザー、クレルスは自らのテリトリーである都市部に潜伏。サーシャは弓での狙撃を嫌い、森に隠れる。


「さてさて、相手は本職暗殺者。昼日中とはいえ、森林やら都市なんかだと隠れられるだろうし……どっちにいるのだか」


 カイザーの潜伏先を知らないバウムは取り敢えず都市と森林を上空から飛んで見て回る。片や家屋が建ち並び、片や杉が生い茂っている。


 当然のごとく、屋根や葉が隠れ蓑となり見つけられない。とはいえ、流石に草原にいるとも考えにくい。


「釣り何て通じないだろうし、しらみ潰しに探すしかないか……」 


 暗殺者は待機には慣れている。幾ら隙を見せても、此方が疲弊するまで乗ってこないだろうと考え、怪しい場所をひたすら探索しなければいけない現状に嘆息する。


「……なら、出てこないといけない状況を造り出すまで」



※※※※※※



「中々、木が邪魔ですね。森をいっそ丸ごと全て吹き飛ばす……?いえ、そうすれば相手は都市部に移るだけでしょうね。都市も私たちの時代に比べて随分と高い建物が増えたものです」


 木々の影響で弓が当たらない。木ごと吹き飛ばしても回避される現状に辟易とする。


 だが、彼女もこの状況では身を隠せるので、場合によっては気付かれずに上手く狙撃が決まる可能性もある。


 実際、何本か射た屋も木の上から射ており、直ぐに別のポイントに移動するため、サーシャは判断が早計だったかと、少し後悔している。


 ざわめく葉の音、風に舞い上がる落ち葉の音、鳥の鳴き声。


 落葉が絨毯のように敷き詰められているにも関わらず、凉白は木の枝を身軽に移動し、サーシャは木の根が地表に出ている場所を選んで移動しているため、足音は動物のソレ以外にさ全く響かない。


「取り敢えず、訳も分からず遠距離から殺される、何て愚は防げたと思いたいわね。【幻影分身】行けっ」


 幻術で編み出した自らの分身を散開させる。


 どちらかというと、他の魔法に才能が分配されているきらいのあるサーシャ。幻術の精度はクレルスには及ばないが、この鬱蒼とした森林で僅かに見えるくらいでは、見破られることはない。


「魔法行使の気配?このタイミングで?……ッ。先程からチラチラと、高速移動でもしてるみたいに神出鬼没に……。あぁ。分身ですか」


 分身体がいることは見破った。だが、どれが本物かは分からない。弓でも射ようものなら、潜伏先を相手が察知してしまう。


「しかもこれは……大まかな見当をつけて包囲を……。攻めの手に出るとは、短気が過ぎませんか?」


 最も堅実な策はこのまま相手の気を逸らしつつ、矢と体力魔力を消耗させること。


 だが、ここにいるのは速攻を良しとするサーシャ。そんな選択肢は最初から念頭にない。馬鹿?阿呆?愚策?ならば実力で捩じ伏せるまで。


「気を付けなければいけないのは直撃と氷の爆発。それさえ避ければ、何とかいけるッ!」


 自らに喝を入れ、木々の根の上を跳びながら移動する。目安はつけた。あとは相手の出方を伺えば……


 そう思っていたサーシャは甘すぎる。


「全て、穿てばいいだけのことッ」


 氷の槍が展開される。弓兵として鍛えた鷹のごとき目は僅かに動く影を見逃さず、全てのサーシャの位置を特定する。


「行けッ」


「ちょっと、化け物!?」


 当然、その中には本物のサーシャも混じっている。ギリギリで身を捻らせ回避。


(足が滑ってッ!?)


 そんなことをしては音で直ぐに場所が特定される。木の根から滑り落ちるよりも早く抜刀。そして木に突き立てて事なきを得る。


「幻術は……無事ね。魔力を散らす系統の攻撃じゃなくて助かったわ」


 実体がある系統の分身だと思ったのか、単に幻術破りが出来ないだけなのか、……実際には後者なのだが、幻術は破壊されていない。


 クレルスのように、世界を騙し、塗り潰すレベルの幻術であれば実体を持たせることも可能だが、残念ながら彼女は息子ほど幻術は上手くない。


 だから、たかが幻影、精々が夢幻(ゆめまぼろし)。現実にひっそりとたゆたう泡沫に過ぎない。


 つまり、あるように見えるだけで、実際にはそこには何もない。当然ながら、何もない所を攻撃しても何も起きない。ノーダメージ。


「それにしてもあの攻撃、寸止めにするつもりあったのかしら……」


 訓練なのであくまで不殺がルールなのだが、凉白は内蔵の一つや二つ程度なら吹き飛ばすし、最悪死んだら運が悪かったと言うしかないと思っている。


 勿論、全力を減らすのは愚策。バウムやクレルスとまで遺恨を残しかねないのでなるべく殺しはしないように手加減はして……いるとは言い難いが死なない程度に抑えてある、……筈だ。


「でも、これで場所は分かったわ」


「直撃反応はなし……でも一つを除いて何かが揺らいだような気配。なら残った一つが敵の居場所ですね」


 サーシャは位置を何とか割り出した。だが、音を立てないようにしたサーシャの努力も虚しく、凉白もまたサーシャの位置を把握した。


 そんなことは露知らず、包囲網を狭めるサーシャ。


 手加減抜きで限界まで弓を引き絞る凉白。


「ハアッ!」


 冷気を纏った矢が立派な杉を貫き穿ち、サーシャを無惨にも貫いた。鮮血が舞い、胴の真ん中に空洞が空く。


「まさか……ここまで弱いとは………」






「とでも思った?」


 一閃。陽光を煌めかせ、風切り音を立てる峰打ちが凉白の首を目掛けて強襲する。幾ら峰打ちとはいえ、全力で振り抜かれたそれは、骨を粉砕し、死に至らしめるには十二分な力を持っていた。


「いいえ。全く。一度も貴女を侮った覚えはありませんので。予想通りです」

「このアマ……全て想定済って顔ね」


 幻術に釣られたフリも罠。隙がないように見えて一瞬、他の木に飛び移る時のみ隙を見せたのも罠。


 凉白の腰に挿した太刀が引き抜かれ、サーシャの峰打ちを完全に止めている。サーシャが押し込めども、ピクリとも動かないのは流石の腕力というべきか。


「遠距離では弓と魔法。近距離では太刀……ホントに隙がないわねッ‼」


 弓兵に上をとられるのは流石に不味い。サーシャは怨天愚蓮を縦横無尽に走らせる。まるでカッターナイフで紙でも切るみたいに、何の抵抗もなく、杉を細切れにする。


 地球の普通の山で見かけるソレの倍ほどの大きさ。形状は杉以外の何物でもないが、その巨大さはメタセコイヤだと言われても信じてしまいそうな程。それを野菜のように切り裂くは流石、匠の銘刀だ。


 二人揃って落下。その最中にすら魔法戦。


「【暗鎖】!」

「【白雪】!」


 闇の鎖が凉白を球状に囲い、高速で回転、圧殺せんとする。まるで、息子のお株を奪うかのような攻撃だ。


 対して、冬の陽光を反射する白雪の輝きが闇魔法の力を減衰させる。そして凉白は、勢いが削がれ脆くなった鎖などもろともしない。その筋力で強引に引き千切る。


 素早く受け身。サーシャが蹴る。足を狙い、相手を転がさんとする。が、立ったばかりだというのに、その足腰は強靭。蹴っても全く動きはしない。


 それどころか、片足でサーシャの全力の蹴りを受けきり、逆にサーシャの足を掬う。


(やばっ。斬撃が来る‼)


 大上段の一撃。本来ならば斬鉄の威力。つまり聖女にサーシャが行ったことを、今度はサーシャがされていると言う訳だ。


 が、事実はそうはならなかった。


「業物で助かったわね。首の皮一枚ってとこかしら?」

「そういえば、怨天愚蓮でしたね。……全く、鍛炉も面倒なことをしてくれるものです」

「不平不満は無しよ?そっちだって、相当な代物でしょう。魔法増強の魔剣かしら。しかも氷系統に特化しているタイプね」


 それきり、無言で見つめ合う。最も、凉白が戦闘のみに思考を割いているのに対し、サーシャは睫毛白くて綺麗とか、瞳が大きいとか、全く関係のないことを考えているが……



「今回は引き分けでいいでしょう」

「あら、スティルメイト?……チェックメイトの間違いじゃなくて?もう私、完全に詰んでると思うんだけど?」


 サーシャは地に転がされ、太刀を受け流した状態で固まっている。両手が塞がれたこの状況では、蹴りくらいしか頼る手段がない。


 だが、蹴るよりも速く蹴られるなり、魔法で穿たれるなりして潰されることは、待機所のモニターを見ている者たちから見ても確定的に明らかだ。


「といいつつ、貴女、自爆準備しているでしょう?どさくさに紛れて自爆後に更に追撃まで用意している」

「バレてた?」

「……殺せば死ぬ。面倒極まりないですね。貴女を殺すなら暗殺に限ります」

「あー、あのシャドウの人なら余裕で殺されるわね、私。あの人と戦ってもよかったかしら♪」


 未だ刃が直ぐ横にあるというのに、緊張感なく平常心でのうのうとしているサーシャに調子を狂わされる凉白。


「……でもまぁ、殺し合いだったら私の負けよ。……だって私の自爆で貴女が死ぬ保証がないし、というか割りと魔力がすっからかんだからたぶん無理。だから殺し合いなら負け、訓練なら引き分けってとこかしらッ‼」


 魔法と蹴りの同時攻撃。卑怯の謗りは免れないがそれがどうした。一矢でも報いてやると泥臭く粘る。故に、サーシャは本番に強いという性質をもっている。


「それも、予想通りです」

「バレてた?」

「というか、寧ろそうしてくれなければ鍛え甲斐がないです」

なんで戦争一旦停止したのにまた戦闘してるんだろ。

思いつきって怖い。

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