狂犬
王国怪奇譚 その五 墓守・亡霊剣士
王国大集合墓地にて。
斬る。斬る。斬る。
今日も、明日も。永遠に。
好敵手が現れるその日まで。
亡霊剣士は墓地にて剣を振るう。
獣のように。
今日も屍人を斬り、屍食鬼を斬り、骨魔を斬り、呪骨師を斬る。
曰く、黄泉返る亡者を断ち切る亡霊殺しの亡霊。
曰く、霊園最強の墓守。
だが彼が斬るのは亡霊だけではない。
安らかなる死者の眠りを妨げるものよ。
翌朝、汝もまた永眠を享受する者となるであろう。
或いは、体の自由を奪われ、亡霊剣士の体と成り果てるかもしれない。
曰く、亡霊剣士は死体を奪いて夜闇を駆ける。
※※※※※※
数十秒前
「ゲレン=スピメット起動。時間停止、開始」
暗闇が広がる。光の動きすら止まった空間では何も見えず、空気の動きすら止まった空間では呼吸もできず。波すら起こることのない空間では音すらない。
ゲームで想像するような光景とは遠くかけ離れた孤独な空間。或いは、概念的な時間停止であればあのような光景が広がるのかも知れないが、残念ながらレバートは物理的な時間停止しか出来ない。
刻限は少ない。空気と光の時間停止を解除。とはいえ、光は時間停止前に太陽から供給されている分しかないので、直ぐに暗闇に逆戻り。
空気だけは動く。つまりレバートも体を動かせる。暗闇だが、敵の位置は違えない。風切り音は鳴るが、停止したままの地を蹴る音は皆無。奇妙な感覚を味わう。
太刀を振る。切り裂く為の剣。過たず首を狙う。
時間停止、解除
魔力の限界を迎え、強制的に時間が動き出す。咄嗟に目を閉じる。光が差し込み、明るさが戻る。瞼越しに伝わる光は、先程まで暗闇で活動していたレバートにとっては充分眩しかった。
「だが、違えはしない。……精神誘導で偽装までして。冷やかしのつもりなら地に還れ、亡霊」
グシャアッ
首を断つ音。軟骨の隙間を駆けた刃が神託者の首を両断した。空飛ぶ首は最後の足掻きに言葉を放つ。
「ハッ。旧友と親交を深めに来ただけだってのに、薄情な奴だ。まぁいいぜ。また会おうな」
「今度は本体で顔を出せ」
時間遡行で戻った時にはもう神託者は死んでいた。死んでいる筈の者が生きている。明らかな不自然を誰もが見過ごしていた。そうなるように亡霊に仕向けられた。
「あぁ。今回も楽しめそうだよなぁ☆」
グシャリ
そして頭部は潰れた。レバートが踏み潰した。もう物は言わない。頭部は完全に地の染みと成った。
眼球がコロコロと、何処かの壁にぶつかるまで転がり続けた。
※※※※※※
(あれ、神託者の死体がない?)
先程、レバートが殺したという神託者の死体がないことにクレルスは気付く。が、考える暇を与えない猛攻を前に思考を中断する。
短剣が胸の寸前を抉る。ギリギリで後ろに身を引き回避。鞭の攻撃を障壁で防ぎ、槍と剣を両手のデュランダルで防ぐ。
標高五千メートル地点での綱渡り。唯一の救いは遠山がロクに連携をとる気がないこと。遠山としては自分が殺したい、御子神は自分の手で打ち勝ちたい。
つまりどちらが早くクレルスを殺すかの競争。獲物の奪い合い。誰も自分が敗北するときのことは考えない。剣が鈍らないように意図的に思考の外へ追いやっている。
つまり、クレルスとしては誠に遺憾だが現状、クレルスは殺し合いレースの標的にして景品として扱われている訳だ。
「嘗めるなよッ‼」
剣槍を豪腕を以て強引に弾き飛ばし、飛ぶ。翼を精一杯はためかせ大空を飛翔する。短剣や魔法の数々をまるでシューティングゲームの戦闘機のように体を捻って回避し、路地裏まで逃げ込む。
「路地裏入られた。皆、警戒って!?瑠花ちゃんもう駆け出してるし‼」
「俺たちも行くぞ!」
「貴方たちもっと連携しなさいよッ!尻拭いするのが私と理恵なんだから!」
華谷が叫ぶが、もう駆け出した御子神は聞いていない。
クレルスは路地を翼を狭めながら飛翔する。【竜爪】で地面を削りながら死ノ鎖で無理矢理身体を引いての方向転換。重力に身体が悲鳴をあげる。それでも、角を曲がる……寸前
「見ぃつけた。アハッ♪」
地を削る音と肩当ての金属プレートの僅かな光の反射を頼りに、狂った愛と執念だけでクレルスの位置を探り当てる。
加速。レイコンマの秒数でトップスピードに達すると、衝撃波を纏いながら突撃する。さながら狂戦士のような愚直さ。クレルスは曲がり角を曲がった先で応戦。
「【紫電貫零】×五!」
予め準備していた狙撃用の雷魔法を放つ。タイミングは完璧。急には止まれない遠山は貫かれ、屍を晒す、筈だった。
あろうことか音速を越えて更に加速する。そして角を曲がらず、その衝撃を何処で殺しているのか不思議なほど華麗に軽やかに正面の壁を駆け上がった。くるりと宙返りし、雷撃をやり過ごす。
「待っててね。今殺してあげるからぁ!」
直ぐにクレルスを追おうとするが、その首根っこを捕まれた遠山は引き戻される。
「ッ!?邪魔ァッ‼」
愛の邪魔をされ、激昂する遠山に御子神が告げる。
「違う。よく見ろ!」
直後、曲がり角の向こうからクレルスが使い捨てのデュランダル・レプリカを投擲する。暴風の魔法を纏った剣は路地をドリルのように抉りながら突き進み、遠山のいた所を切り刻み、壁に突き刺さった。
「だが、模造品でもわざわざ武器を拵えてくれたのはありがたい。丁度刃が傷んでたし……
その剣を御子神が引き抜こうとするが、その前に遠山が蹴り飛ばした。贋作の模造品とはいえ銘剣は銘剣壁を易々切り裂いた後、風切り音を立てながら宙を舞い、プラズマのように球形に電気を放ちながら爆発した。
「そっちこそよく見て。彼処で壁に突き刺さるのは不自然。本来あの勢いなら貫いて見えなくなってるはず」
「助かった‼」
「借りを返しただけ。礼は要らない」
爽やかな声と共に紡がれる笑顔は数々の女子を魅了してきたが、遠山は全くの無関心。本来なら「どういたしまして」くらいは言うのだが、クレルスの事しか頭にない今はぶっきらぼうに答えるだけだ。
「……で、逃げられたか」
「でもクレルス君ならもう一手、二手あってもおかしくないかな」
「爆弾が仕込んであったり?一帯吹き飛ばして、瓦礫で生き埋めにしてくるかもな」
「……ふふっ。確かに」
(……ん?クレルスが離れた影響か?普通に戻ってきてる)
些細な変化に気付く御子神だったが、その前に田畑から焦った様子で警告が入る。
「今すぐ離れて。崩れる!」
嫌な音がなる。御子神と遠山が顔を見合わせる。両者、お前がフラグ建てたのが悪いと責任を押し付けるような未練がましい顔をする。
「今思えば最初の雷撃、私が避けなくても大丈夫だったんじゃないかってくらいに妙な角度が付いてたような……」
「大黒柱を悉く砕いたか。で、さっきの剣がトドメと」
「もう間に合わない。手遅れ」
「だよな。……住んでた人には悪いけど。こればっかりは仕方ない」
御子神が刃零れした剣の切っ先を、ゆっくりと崩れ倒れてくる建物に向け、魔力を纏わせる。
剣の寿命を使い潰し、剣に蓄積された情報を引き出し、魔力に変換する。
数多の武具が世界を救う者の為その身を捧げる、真なる勇者と世界に認められし者のみに許される特権。
剣が光の粒子として段々と崩れていく。正真正銘最後の一撃。
名もなき剣の、然れど苦難多き一生がここに、盛大に輝く。
「吹き飛べ。【ブレイク・ライヴ・エクスペリエンス】ッ!……ありがとう。さようなら」
剣は砕け散り、淡く消えた。天を突く虹の光は雲を散らして尚突き進んだ。
「あ゛ぁー。疲れた」
「御子神君があのデュランダルを抜いてなかったら……」
「あー。いや、悪かった。すまん」
地に大の字で寝転びながら謝罪している姿はどうみても真面目に謝罪しているとは思えない。
「吹き飛んだデュランダル、ボロボロになって残ってたけど」
「何か仕掛けてあったか?」
「うん。でもこれ、何処かで見覚えが……北欧土産だったかな」
「記憶違いじゃなかったら地球の、ルーン?意味は分からないけど、なんでそんなものが……」
「これが風かプラズマを引き起こした?」
「もしくは【複製】の時に必要なのかもしれないな」
御子神が重い身体を起こして見てみると、柄の部分には地球で一般的に見られるルーンが刻んであった。間違ってもこの世界で使われている魔法スキルではない。
何年か前、クレルスが遊び半分で地球の呪いを魔力を入れて本気でしてみたことがある。結果は成功。作動した。
未だ父母にも内緒にしている切り札。咄嗟に刻めて気配も殆どないルーンは特に使い勝手がいい。それ以外にも使える物は色々覚えているのだが、それはまた別の話。
クレルスは柄まで全て砕け散ると思っていたのだが、詰めが甘かった。刀身は折れ、全体的に黒ずんでいる。墨で書いたなら兎も角、刻んでいるルーンはギリギリ見えるくらいには原型を留めていた。
「あ。消えた」
だが、剣が限界を迎え、構成していた魔力が砕けて消えて無くなる。結局、御子神と遠山は分からず仕舞い。
「でもまぁ、分かったところで対策できる訳でもないし、別に気にしなくていいだろ。それよりも、まずは向こうだ」
御子神が視線を向けた足音が近付いてくる。
「良かったぁ。生きてた!」
「だから大丈夫って言ったじゃない。……というか、さっきの虹の光線は何?」
「一発限りの一撃ってとこ。武器は失うし疲れるしで、そう易々とは使えないけどな」
外したらその後がない。流石になまくらでも武器がなければ、徒手空拳の訓練はあまりしていない御子神が素手格闘で勝てるほどクレルスは甘くはない。
「それよりも、瑠花ちゃんも光正君も本当に無事で……。んー!」
「ちょっ!?飛び付くな!」
「理恵ちゃん重いってば」
「なぁにおぅ?淑女に重いとか言うな!」
馬乗り状態で遠山とじゃれつく田畑。少し呆れながらも遠山は嬉しそうに受け入れている。いつも通りの風景。そう、本当にいつも通り。
「……はぁ、淑女は先ず飛び付かないわよ。って、瑠花、貴女もう大丈夫なの?」
「ああ!本当だ。瑠花ちゃん、さっきまでのアレなに?クー…違ったンンッ。クレルスといるときだけ何か様子がおかしかったけど」
「心配かけてごめんね。魔眼の影響かなぁ。何かクレルス君を前にするとテンションが上がるっていうか、衝動が抑えられなくなるっていうか……」
「殺したくなるの」
「──ッ!?」
「死者蘇生の代償って言うなら冗談キツいぞ……」
「貴女、本当に何を言っているのか分かってるの?」
酷く冷たい声だった。狂気を孕んだ悦びがあった。
「誰にもあげない。クレルスを愛するのは私」
瞳が爛々と輝く。【狂愛ノ魔眼】が歪んだ愛を叫ぶ。
狂気はまだ抜けていなかった。
※※※※※※
「はぁっ。やッ!死ねぇッ!」
「素、出てるわよッ!」
ぶつかり、削り合う剣撃の音色が楽曲のように響く。風景を彩るは氷の華とそれに相対する魔法の嵐。
「玲、紗江はそのまま防壁魔法維持、飛鳥、もうちょっと聖女サンの強化に魔力割いて!」
「もうやってるってばぁ!ていうか敵、あれなんなん?一人なんだよ?一人なのに軍隊みたいな制圧力って」
「文句言わない。アレは化け物。OK!?柚子ッ、弓矢の残量はあと何本!?」
「五、あぁ、四!氷の礫の迎撃でだいぶ使っちゃった!」
「了解。魔法で追加三十本創るから、それで敵の本体狙って!氷の礫は私が落とす。玲、紗江も協力よろ!」
「「「「了解」」」」
佐伯菜乃花が指揮を出し凉白の攻撃を的確に迎撃。だがそれでも五人で一人を迎撃することで精一杯。現状聖女へのサポートが回っていない。精々が強化魔法だけ。
それでも強化魔法のお陰で聖女はサーシャと拮抗を保てているのだから、相手が千年前の大英雄だと言うことを加味すると、この戦場においては大活躍といって申し分ない。
「指揮系統が確りしている。【カリスマ】系統のスキルを所持している可能性が高いですね。なら、狙うは当然指揮官ッ‼」
蒼窮の矢が銀の衣を纏って駆ける。弓なり等ではなくほぼ直線。挟んでいた建物の壁を撃ち貫き、それでも尚減速せずに駆ける。
「って、当然考えるでしょうね!普通はそうする。だから「協力よろ」っていうのは防御陣営の合図。みんな!」
「【軟化防壁】弾性最大っと。でも防ぎきれないッ」
ゴムのような防壁が最大限まで伸びる。弾性力に従い、そのまま弾き返そうとするが、途方もない運動速度を持ったそれは弾性の限界を突き破り、突き進む。
「大丈夫。【炎巌流星群】。行けぇッ!」
十もの炎を纏った岩が一つの矢に押し寄せる。まるで隕石の群れ。だが、彗星のように矢の尾を描いていた銀の衣が密集し、強固に。矢を守る隔壁となって流星群を受け流す。
「防がれてるじゃない。ホントなんなんアレ!あぁ、ムカつく!でも軌道、逸れたよ。ユズリンに最大限援護送る!」
だが、質量塊と数による暴力の権化は強引にも、確かに矢の軌道を逸らした。もう菜乃花には当たらない。
「ナイス!柚子ッ、頼んだよ‼」
「了解!【鷹の目】発動!標準よろし。【実体鏡界】【爆発付与】」
「「「「「行っけぇ───ッ!」」」」」
弓なりの矢が空を抜く。
一射即脱の理念に基づき、即座に離脱していた凉白は更に加速。氷の道を滑ることによって自身の限界以上の速度を出す。
だが、それも読んでいる。クレルスやレバート、サーシャ、カイザー辺りには劣るが、充分に化け物じみたそのスピードは、戦いの中でもう見た。
ならそれを直ぐに戦術に組み込める。それこそが佐伯菜乃花の強み。【神速応手】と【軍師の勘】。
「ならば、全部撃ち落とすまでですッ」
すっ。
息を吸う。魔眼が白銀に、陽光を反射する雪のように煌めく。凉白を取り巻くように氷柱が発射体勢で大量に。自身も数本の矢をつがえる。
「撃ち落とさせない。【実体鏡界】起動!」
(増えた!?……全て、幻影ではなく本物?馬鹿な……)
鏡写しに矢が増える。一が二に、二が四に、四が八に。16、32、64、128、256、512、1024
「まだ増えるのですか!?」
2048、4096、8192、限界数、16384。その段幕はもはや雲。氷柱と矢が撃ち落とそうとするが、
「爆発した。誘爆までッ」
【爆発付与】の力で全てがまるで爆発弾頭。矢という名の榴弾。確実滅殺を極めた業。
「貴女がクレルスやあの暴れ回ってた魔王みたいなスピード型なら当たらなかった。でも貴女の役割は砲台で、近接なら待ち構えて戦う将兵。戦場は蹂躙できても、おいかけっこじゃ勝てない‼」
出来うる限りの厚い層を。氷の大壁を。少ない時間で最大限の防御をと、防壁を張り、氷柱を射出してなるべく早めに矢を誘爆させる。
「少しでも、数をッ」
「いよぉし、そんまま身ィ屈めて息止めてな。レバートじゃなくて悪りィが、アイツがいてもこの状況じゃどうしようもねぇ」
軽めの口調。着流した和風の作業衣と外套。颯爽と現れ、
「鬼よ蛇よ龍よ、いざ勝負ッ。飲み干せるなら飲み干して見せよ。全力解放、魔力持ってけ!───【瀧酒】ッ!」
大津波が全てを呑んだ。たかだか小型ミサイル程度の爆発など大海を前には意味をなさず、一万五千を越える驚異を以てしてもただ少し波が荒れただけ。全部見事に洗い流した。
凉白は弓兵。多少面制圧が出来てもしょせんは一人の弓兵。だが鍛炉は面制圧、対多数戦闘に特化した、天使殺し戦績では三代目魔王に並ぶ最強の魔剣使い。
つまり、圧倒的数量差を覆すことこそ鍛炉の本懐。
「鍛炉!持ち場はどうしたのですか」
「あっちの退避はもぅ終わった!あとは手前ェとそこで暴れてる女だけだ。レバートは教会爆撃して帰ったし、あの小僧もそろそろ街抜ける」
「クソッ。あともうちょっとだったのに」
「てな訳で悪りィな。嬢ちゃん方。こっちもチームなんでな」
※※※※※※
「十閃!」
「バカの一つ覚えみたいにッ。鬱陶しい!」
十の剣が同時に襲う。それを予定調和の如く流す。そして流す刀から攻撃へ流動的に移り変わる。
「日魔流闘術 刀術 柳返し」
「邪魔だァッ」
剣で弾く。そして互いに蹴り。強化もあって筋力は互角。だが僅かな体幹の差でサーシャが押し勝つ。崩れた聖女の腹に蹴りの回転を活かした二撃目の回し蹴り。
「裏独楽!」
「カハッ⁉……──ッ!【セイクリットバースト】ッ」
「何でも神聖とか名前に着ければいいってものじゃないでしょうがッ」
聖なる炎の爆発。眩く煌めく炎で身を隠す。苦し紛れの悪態をつくが、聖女を逃がしてしまったのも事実。
だがサーシャにとっては問題ない。あの聖女は間違いなく、来る。血塗れの華は愚直にも嵐を踏みにじり、いつも自分の下へやって来る。
「ア゛ア゛ッ。我突弾敵───ッ!」
「猪かっての。岩無空前・遡上鯉!」
自身の身体を弾丸のように投げ出す神速の一突きと、巌のように腰を据えた一撃必殺の切り上げ。双方が交わり突きが僅かに逸れ、サーシャの肩の上を通過する。
だが、自身の身体を擲ったその一撃は止まらない。このスピードであればタックルも充分に脅威。サーシャはそれを避けるでもなく、
ゴッ
鈍い音が響く。互いの額が割れる音。頭突きだけで聖女の体重×速さのエネルギーの全てを相殺した。頭蓋骨を補強するように障壁を体内に貼っていたお陰で脳に骨が突き刺さらずに済んだ。
互いに脳が揺れる。平衡感覚を失い、ふらつく両足と気合いだけで大地を踏み締める。
「まだまだッ」
「こっちはもう帰りたいんだけど!」
聖剣が煌めいた。怒濤の連撃。的確に捌くサーシャ。全て受け流す。だが聖女もさるもの。受け流される前提で攻撃を組み立てる。
次こそは。次こそは。それは何十何百と積み立てる。もっと速く。もっと華麗に。聖剣を使いこなせば、負けるはずがないと信じて。
「聖剣エクスカリバー。それは対軍であって対人じゃない。デュランダルのように不毀でもなければゲイ・ボルグやグングニルみたいに必中や追尾の性能も持っていない。……そもそもの使い方が間違ってるのよ」
「何をッ」
「エクスカリバーに選ばれたなら大人しく砲台にでもなってなさいって言ってるのよ」
今まで技で流していたが、急激に、武器の耐久力に任せて聖剣を跳ね上げる。
「怨天愚蓮。いい武器よね。神を殺すための刃。確かに神は沢山いる。それでも私たちが勝つには一対一で葬らなければならない。対神兵装ってのはどれも対単体用に作ってあるのよ」
筋力勝負で押し負けたことに驚愕する聖女に告げる。
「鍛炉だっけ。あの人の目指したコンセプトは全ての武器で共通。副次効果があれどもね」
足をかけられ、それを避ける。足にどうしても意識を持っていかれた瞬間。勝負は決した。サーシャは足を払いながらも真っ直ぐ正面だけを向いていた。
本来の聖女なら絶対にしないミス。
「絶対に壊れないデュランダルのような武器を。痛いほどの努力が滲んで、完成したのがこれ」
サーシャの構え。迎撃は間に合わない。防御の体勢、腰を落として聖剣を掲げる。
「岩無空前・斬鉄」
これは武器破壊のためだけに振るわれる剣。本来、切り下ろしの岩無空前は他にあるが、今この一時、聖剣を断つためだけに振り下ろす。
「……嘘ッ!」
嘘ではなく真実。
「そんなわけが……」
ありうるのだ。過去にも何度も聖剣は折れている。その度に当代随一のドワーフの職人が打ち直している。
聖剣を断ち切った勢いそのまま、聖女の肩を刃は切り裂いた。
「コフッ。……まだッ!まだッ‼」
「しつこいわねぇ。そろそろ愛しのダーリンの下へ帰りたいんだけど。自爆なんて考えない方がいいわよ。まだ若くて綺麗なんだし、人生これから……」
「うるさいッ!お前なんかに」
(不味いわね。そろそろこっちも体力は大丈夫でも気力に限界が……)
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。
「何者ッ!?」
聖女が血を撒き散らしながらも、猛犬のように反応する。
「聖剣両断いやお見事!オレの打った刀でやってくれるとは、嬉しいねぇ。さて、夕焼けこやけでまた明日。帰る時間だ。撤退はアンタで最後だぞ」
鍛炉が武装も無しに悠々と歩いてくる。
「ごめんなさい。この子しつこくて」
「まだ終わってない!」
「いや、終わりにさせていただく」
雷光が聖女の前を遮る。構わず突撃しようとする聖女だが、物理的な障壁に阻まれ、電流によって気絶させられる。
「あら。殺さなくていいの?」
「聖女を殺すとこれまた厄介なことになるんだよなぁ。下手したら神々側の陣営を強化しかねない。てな訳で、出来れば引き込みたいんだが」
「まぁ、無理ね。アレは」
「ウチはそれでも頑張って引き抜いた実績があるぞ?」
「えっ、昔って聖女を仲間につけてたの?」
「まぁ、そこらの話は帰ってからおいおい、な」
※※※※※※
(遠山も撒ききった。これで一安心……ふぅ)
「楽しめたか?」
「ッ!?」
一瞬亡霊のような人物が現れて、直ぐに消えた。だというのに嫌にその印象が残っている。
狂犬のような瞳も、獣のたてがみのようなオールバックも、隆々とした筋肉も、何故か脳裏に染み着いて離れない。
生存本能がアレを覚えていろとクレルスに叫ぶ。
亡霊剣士こと【狂犬】ロジェラ・オイヒェンを。
長かった。王都戦乱変やっと終わった。




