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集団召喚、だが協力しない  作者: インドア猫
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代償は必ず

「結果は相討ちか。あの勇者は塵すら残らずとは、やってくれたな」

「ソレで困ることでもあるのかナ?」

「何、想定以上の脅威だ。正しく化け物だな。あの勇者は。いや、こいつもか。……何にせよ、だからこそ細工を施したかった訳だ」


 虚空の彼方で魔王レバートは冷静に語る。そして認めた。現代の勇者という脅威を。横の勇者、遠山瑠花を見て嘆息する。


「正直言って、クレルスは技術で巧くやっただけでスペックは完全に負けていた。そして技術ですら、押し負ける瀬戸際だった」

「そうだネ。キミたちとどちらが強い?」

「それは俺たち勇者という意味か?」

「モチロン。勇者を比較しているんだからネ。キミも昔は勇者だっただロ?」


 クレルスを見下ろしながら小考するレバート。彼は色々あって魔族になったが、元は人間。それも別世界から召喚された、クレルスたちと同じ勇者であった。


「勇者としての俺の弱さは知っているだろう?比較にもならんな。俺が強くなったのは復讐を誓ってから、そして魔族となり陛下に忠誠を捧げてからだ」


 人間だった頃の彼は当時、勇者として喚ばれながらも一般人に毛が生えた程度の実力しか持っていなかった。


「ソレは知ってるけどネ。他の子達は?」

「勇者勢でもトップクラスだった男。【不死】のジョナサンよりは少し下。だが、直にその評価も反転するだろう」

「そっか。じゃあ今回の子達は強いんだネ」


 強いということはそれだけ神の力を込められたということ。巫女の体質でもない限り、神の力など本来ヒトの身には余るものだ。


 人生が少し変わるかもしれないし、大きくねじ曲がるかもしれない。現段階でも波乱万丈だが、もっと酷くなるかもしれない。最悪、その身の力を暴走させるかもしれない。それは分からないが。


「……【狂犬】ロジェラ・オイヒェン。アレに比べれば劣る」

「アァー。アレかー。アレはネ~、例外かナ」

「あぁ。アレこそソレこそ化け物か妖怪変化の類いだろうな。それでもその実、あいつが最も人間らしい人間でもあったが」


 過去に思いを馳せる神と魔王。寂寥が滲むが、同時に悦びが見えるのは気のせいではないだろう。


「マァ、今回はしくじったけどサ。アノ子が出てくると分かっただけでも儲けモノだよネ。キミたちにとっては、サ」


 その言葉に首肯するレバート。


「サァ。行った行った。ボクは見守ることしか出来ないけどサ、頑張れヨ。応援してるヨ~。……ソレじゃあまた。クレルス君にも優しくするんだゾ♪どうせキミのことだから彼らを鍛えるんだロ?」

「善処する。こういうとき、なんというのだったか。そうだ。確か……待て、然して希望せよ、だったか?」

「ソレ、普通神に向かって言うカイ?」

「俺が信仰している神はただ一柱のみだ」


 遠く遥か彼方へと視線を向けるレバート。それをゲレンは愉しそうに見つめる。


「さて、行くか」

「もう少し、この世界を楽しんでもいいヨ。時間遡行して、キミは代償を払わないといけない。でもここならサ。時間も何も関係ない、世界から切り離された空間なら、今この時だけ代償の支払いを延長できる」


「覚悟はできている。夜空には迷惑をかけるかもしれんがな」

「そういえば、オフだと凉白ちゃんのこと、名前で呼んでるんだネ」

「まぁ、な」


 そう言うと、復讐者は時空の彼方、世界の外へと消え去った。


 過去を取り戻すために。



※※※※※※



 目覚めると戦っていた。全員。戦っていた。あぁ。これがそう言うこと(時間遡行)なのだろうと理解し、戦闘を続行する。戦闘の連続のせいで頭は疲れているが、総員、幸いにして体はすこぶる元気だ。


 現状をクレルスが確認すると、天使多数。神は不在。そして一際大きく天を突く光の門。神界の門を閉じようとしている最中に戻ってきたようだ。


 みんな無事。クレルスも過去を(なぞら)えるように戦う。そんな中、記憶と違う行動をする者が一人。


 時間遡行という離れ業を成し遂げた英雄。魔王レバート。彼は憤怒の化身として燃え盛り、天使を一瞬で毛散らかしていた。


 本来ならば【憤怒】と【真狂化】の同時発動による強制特攻はもう少し後の筈だ。


 だというのに、そこにいたのは何の前触れもなく突如として怒り狂い、敵味方の判別すら不可能になった狂戦士、否、最早戦士の誇りも矜持もない、それでも復讐の為だけにただひたすら、目に映る全てを殺し続ける狂猛なる炎の怪物だ。


 災厄よ、やっと動き出したか。後は汝の思うままに。確か、シェイクスピアの作品だったか。


「これを見てそれが言えるかな?……ハハッ」


 空笑いしか出ない。今のクレルスの心境を代弁すると、「シェイクスピアにこれを見せつけた上で助走をつけてライダーキ■クしてやりたい」だ。


 それ程までに酷い有り様だった。成る程、伝説に語られる三代目魔王とその配下たちはさぞ古今東西無双したのだろう。理解がまだ足りなかったようだ。だからこそ言いたい。


「魔力濃度すら違う世界の戦いを現在に持ち込むなよ!」


 銃火器の登場や国を上げての総力戦への移行からも分かるように、古来から現代にかけて世界の戦争というものは規模を大きくしている。


 果たして北欧のスルトやメソポタミアのティアマトに通じるかは分からないが、ヒュドラや八又の大蛇、ファフニールぐらいなら裸足で逃げ出すような苛烈極まる兵器が開発されている。


 神ともなると及ばないかもしれない。それでも竜くらいなら現代人はボタンを一つ押すだけで殺せるのだ。


 だというのにこの世界は、なまじ神秘が弱体化しつつも残っているせいで、過去の戦場より現代の戦場の方が大人しいという訳の分からない状況が形成されている。


 Q.では過去に神秘の濃い時代で生きた化け物がこの現代で、我を忘れ殺戮だけを目的に戦えば?

 A.地獄が君臨する。


 感じ方は人各々。他人のことは分からないが、クレルスには如何に強い神々よりも、あの復讐鬼の方が、純然たる悪意のみによって、殺意のみによって形成されている分余程恐ろしかった。


 神々にすら存在していた人らしさをかなぐり捨てた地獄をこの世に堕とす復讐鬼。【憤怒】【真狂化】時に僅かに存在した理性すら、あるとは到底思えない。


「あんなものどうしろというのよ、全く。意味分からないまま強制タイムトラベルさせられたと思ったらその元凶が暴走だなんて、聞いてないわよ」

「でも、何故あんなことに……

「知らないわ。でもお陰で天使はみるみる減っているけれどね」


 確かに、サーシャの言う通り、天使は怒濤の勢いでレバートに狩り尽くされている。


 否。最早狩りではない。刈りだ。狩猟などではなく、雑草を処理するかのような無感動で、それでいて憎悪と怨嗟を撒き散らしながら命を刈り取っている。殺したことには何も覚えない。それでも殺したいと願う。何とも歪な光景だった。


 だが、殺戮機械などではない。生物なのだ。それは確かに憤怒と憎悪と言う感情を、心を持った存在なのだ。そうであるのに、この場にいる誰もが、神よりも遠い存在だと認識している。


 そんな憤怒の化身たるソレに向かって彼女は悠然と、凛と毅然として歩み寄った。恐怖の感情は一片も見えない。


 あるとすれば、慈しみ。慈愛というのが正しいかもしれない。魔族にありながら聖母のような様。けれどもそれをミスマッチだなんて思わない。


「アアアアァァァァ!殺す殺す殺す殺す殺す!ハハハハハ!死ねぇ。死ねェ。死ネェェェェェェ───!」


 燃えている。狂気の中、燃えている。服などとっくに焼け落ちた。纏うは金属の外皮と黒炎の衣、そして唯一生き残ったマフラー。炎上する黒衣を纏っている様は、確かに魔王と言うに相応しい。


「天使、聖職者、神々、スベテ。俺は忘れない。あの屈辱を。痛みを。我が復讐を思い知れ!」


 慟哭する。地獄の亡者もドン引きする程の、憤怒と憎悪に少しの悲しみを混ぜた、暗澹として濁った魂を絞り出したかのような絶叫。


 叫びと共に黒炎が周囲を焼く。天使の体躯がボロボロと焼け落ち、塵も残さない。地面は硝子に、武器の類いはレバートのそれを除いて全て融解した。


 金属が沸騰、蒸発した蒸気は猛毒。黒炎の呪詛と混合し、天使の頑健な肺や肝臓さえも蝕み、犯す。


「嗚呼!王亡き世界に殺戮を。地獄よ堕ちろ。この世を穢せ‼」


 そんな中、冬をその身に纏い、地面から唐突に生える鉄杭を飄々と回避し、死の空間にて生を勝ち得る。凉白夜空。


「流石に無謀がすぎるッ‼」


 幸い周囲の天使は片付き始め、天界の門は遠く、サーシャ(母親)一人でも対処は可能だ。持ち場を離れ、駆け出す。


 金属蒸気の霧が行く手を阻む。まるでそこは霧の都ロンドン。いや、かのロンドンは硫酸の霧に覆われていたというが、それよりも更に酷い。竜の強靭なる内蔵ですら耐えられるかどうか。


「邪魔だ。吹き飛べよ。【嵐濫天旋(らんらんてんせん)】──!」


 風の爆弾とでも言うべき、球状に圧縮された空気が目に見えるほどに渦巻き、解放された。一息に蒸気が吹き飛ぶ。


 視界がクリアに。気休め程度に、最後に着けた日から程無いと言うのに、随分と久し振りな気がする神具の仮面を装着する。マスクの機能もある。多少は霧を遮る。


 そんなことをしている間に、凉白はもう既にレバートと至近距離。武器すら持たずに弁舌を以てその激怒を治めんとする。


「レバート。レバート。聞こえますか?」

「■■■───ッ⁉……凉、白?」


 少し、冷静さを取り戻す。杞憂だったかとクレルスが安心するが、それも束の間。直ぐに黒炎と怨雷が放出される。


「やっぱり、多少強引にでも……正気に引き戻す!」


 護国の大英雄にして最強の復讐者。竜王でありクイーン的存在である彼をここでむざむざと死なす訳にはいかないと覚悟を決める。


 自分と建物を繋ぎ止め、クレルスは上空から素早く死ノ鎖を展開、そして捕縛する。もがき足掻き、強靭な鎖を引き千切るレバート。それでも、クレルスは更に多く、更に早く、死ノ鎖の網を重ねていく。


 死ノ鎖の先端部の短剣がレバートの体を地に縫い付けようとする。しかし、その鋼鉄をも優に越える肉体を貫くことは叶わない。精々、浅く表層を切り裂くぐらいだ。


 だが、切り裂いた表層の隙間。偶然にもクレルスは奇妙なものを見た。黒金の色をした骨。直ぐに表層の傷は塞がった。もしかするとただの勘違いかもしれない。


 だが、勘違いでなければ、クレルスの目にはまるで改造人間(サイボーグ)のように映った。


「とりあえず、大人しくなれ!」


 鎖を辿って電流を流す。対応の仕方が完全に猛獣相手のものだが、それは許してもらう他ない。


「Aaaaa■■■───ッ‼」


 効いたかと思い、思わず手を握りしめる。が、それは直ぐに覆された。


「駄目!今の彼は、“復讐鬼”です!」


 単に相性が悪かった。相手が最高レベルの雷電耐性を所持しているだなんて、想像しろと言う方が間違っている。


 しかし、理不尽な世の中において不条理など日常茶飯事。クレルスの紫電を喰らい潰して、ドス黒い怨雷が鎖を辿り、駆ける。自分のされたことをそっくりそのまま相手に返す。


 復讐鬼に堕ちた。故に復讐だけは忘れない。何があろうとも。


 察知。直ぐに手を離そうとするクレルスだが、電流の方が当然ながら速い。電流と怨念が同時に流れ込む。


「ぐッ⁉がぁぁぁ───ッ⁉」


 痛い。熱い。焼ける。だが、それよりも酷いのが怨念。純然たる怒りの感情。呪術混じりの精神に影響を与えるイカヅチが身体を駆け巡り、クレルスの脳を犯す。


 意識を喰われる程の激しい怒り。流れ込むレバートの真っ赤に染まった記憶がその理由を物語る。


 が、突如その追体験から現実に引き戻される。


「カハッ!?」


 地面に高所から叩き付けられた。クレルスの体は無数の黒紫の鎖に絡め取られている。


「目には目を、歯には歯を。電流には電流で鎖には鎖。本当に怒りと復讐だけで動いてるのかよ……」

「ええ。今の彼にはそれしかない。理性を捨て去り、怒りに身を委ねた彼には」

「ええっと、凉白さん?様?殿?」

「好きな風に呼んでいいですよ」


 いつのまにか、隣に来ていた凉白に吃驚するクレルスだが、今はそんな暇はない。まるで、クレルスが鎖を触媒に仕掛けていた【強欲】スキルのように、体から力が奪われている。


 ここまで再現してくるとはと思いつつ、鎖を分析する。


 其は呪詛によって編まれた鎖だ。レバートは普段、呪いを込めた炎や電流を用いるが、呪術師としても一級品の手腕を持つ。


 物理的な束縛と魔法的呪縛を掛け合わせた鎖はクレルスを縫い留めるだけでなく、圧殺せんとその呪縛を強める。


 力を込めてもびくともしない。デュランダルを突き立てれば斬れるものの、直ぐに再生する。その間にもレバートは破壊を進め、人を殺す。


「仕方ないですね。少し勿体ないですが……


 鎖に禍々しい札が貼り付けられる。先程までの強固さが、まるで嘘のように砕け散る鎖。


「どこぞのツンデレ聖女の造った破魔札です。効果は見ての通り、絶大ですから」


 聖女と言う聞き捨てならない言葉が聞こえたものの、感謝を述べる。


「さて、私が彼をどうにか正気に戻します。情けないですが、援護を。道を切り開いて下さい」

「それはいいですけど、何故あんなことに?」

「確かに、もっともな問いです。……ああなったのは、時間遡行のために感情のエネルギーを用いて魔眼から力を引き出しすぎた結果ですね」


 つまり要約すると時間遡行のために死力を尽くした結果、暴走に至った訳だ。


「了解。では、御武運を」

「はい。貴方も。頼みましたよ!」


 その言葉を口火に、一気に駆け抜ける凉白。赤黒い魔槍を取りだし、炎を放つレバート。その炎をクレルスは散らす。


「冬よ。纏え!」

「【嵐濫天旋】、【クァッドボルト】ッ!」


 氷気を纏い、散らされても尚灼熱を誇る空気の中を凉白は駆け抜ける。飛び散る怨雷を半分はクレルスが雷電で相殺し、半分は凉白が走りながらも長い和弓を巧みに使い、撃ち落とす。


 近付かれることを拒むように、憤怒が暴走を望むように、徐々にこちらへの反撃が多くなる。


 クレルスの欲望ならまだいい。だが、本来一過性である筈の憤怒が常時湧き続けるというのは、そしてそれを理性を以て抑え込むというのは想像を絶するほどの苦痛だ。


 数多の無念。数多の執念。数多の怨念。


 そんなものはコントロールなどせずに魔眼に宿る亡霊たちの想いに身を委ねたいと根本で思ってしまっているのだ。


 それでも正気に引き戻そうと、理性を以て抑え込めという凉白とクレルスは、レバートからすれば悪魔を越えて魔神や邪神に思えるだろう。


「ッ。あと、少し!」


 凉白が和弓から大太刀に武器を変える。地面から突き出す杭を斬り、炎を払う。だが、杭の密度が上昇し、徐々に身体を掠めるようになる。


 太股。二の腕。頬。脇腹。脹ら脛。直撃は避けるが、軽装の防具を越えて肌の表面を切り裂かれる。


「もう少しですから。大人しく、しなさい!」


 世界を塗り替える程の吹雪。一面が煉獄から銀世界に変わる。雪が舞う。互いに前が見えない。それでいい。凉白はレバートの位置を違えない。


 が、クレルスは見た。勝利に浸る獣の笑みを。


 風で無理矢理身体をジェット噴射。さながら空気銃の弾丸。吹雪の中、気流で砲身を造り、一息に駆け抜ける。


 【簒奪者の勘】が告げる。合理的な位置を。かの復讐鬼であれば何処を狙うかを。根拠のない勘だけれども、それを信じて、極寒の世界に飛び込む。


 何の対策もしていない。精々風と雪を少し遮っただけ。息が、喉が凍る。銀髪が白く染まっていく。筋肉が萎縮するのを強引に動かす。ともすれば凍死しそうな環境下で、己に喝。


「デュランダルッ──‼」


 極光が弾ける。剣の名を叫び、二十や三十を越える本数の杭を一息に叩き斬る。凉白とて、レバートの位置は違えないが、銀世界の全てを把握しているわけではなかった。


「感謝を!」


 黒炎は辺りを照らし、雪を溶かすが、極地の吹雪は直ぐ様積もる。


「■キ太陽ヨ!」


 片言の咆哮。禍々しい黒槍、アベンジ・ヌスクから間欠泉のように噴き出す黒炎を集め、それは球形を成そうとする。が、時既に


「遅いッ。……年貢の納め時です。ハアッ!」


 氷で固めた拳がレバートの鳩尾に突き刺さる。単純な筋力であればレバートをも上回る凉白の正真正銘全力の惚れ惚れするようなストレートが岩盤を穿つパイルバンカーのように繰り出される。


「──ッ⁉」


 声を出すことすら叶わず。ただ血と何も入っていない胃液と空気が飛び出る。そんな隙にも次の動作に移る凉白。胸ぐらを掴み、ビンタ。


「何ですか。この体たらくは」


 普段のレバートであれば絶対に喰らわない筈のビンタを振り抜く。金属製の牙が飛び出る。唇を切り裂いてまた血が吹き出る。


「王無き世であろうとも理性を以てかの王の臣下として生きなさい。それに、王は必ず黄泉返ります」


 紅い氷が振り撒かれる。クレルスは凍死寸前で朦朧とした意識ながら、それを単純に美しいと思った。あぁ、もっと詩吟の勉強をしておくのだったと、下らないことを考える。


「夜、空……」

「はい。そうですよ。随分と駄々を捏ねてらっしゃいましたね」


 諭すようにしながら、胃液と血液にまみれた唇に、構わず接吻をした。凍りついて離れなくなってはいけないので、ほんの一瞬だったが、羞恥で顔を鮮血のように染め、一気に現実に引き戻される。


「……悪い。迷惑をかけた」

「いえ、仕方ありませんが、その分は働いてもらいますよ?」

「ゥッ!?」


 聖母の笑みは悪魔の笑みだった。いや、実際に凉白には悪魔の血が入っているのだが、小悪魔というか、大悪魔というか。何にせよ、レバートには悪魔の笑みに見えた。


 銀世界は消滅し、何とかクレルスは凍え死なずに済んだ。【魔纏】で炎を纏い、暖をとる。


「貴様にも、迷惑をかけたな。さて、退却だ。戦勝とはいかなかったが、情報を持ち帰るということで痛み分けとしよう」



※※※※※※



「何とか、退却できるみたいだ。殿(しんがり)はオレがやる。魔剣ひたすらぶっ放しとくから、さっさと尻尾巻いて逃げとけ。命あっての物種ってなぁ!」


 閃光が迸り、天使と勇者を行かせまいと線引きする鍛炉。籠に入った武器の数々が出番を今か今かと待ち構えるかのように煌々と光輝く。


「魔王様、御撤退ヲ」

「待て、ジョーカス。貴様、……まさか残る気か?」

「はい。先程ハ無様を晒しました故。今度こそは……」

「いやいや、一度死んだのだぞ、怖くないのか?私は怖いぞ。それに、礼を欠くが貴様はこの中で一番弱い」


 現実をズバリ、無慈悲に突き付ける。


「委細承知。ソレでも、私は……


 つまるところ、戦士の誇りとか意地とか、自信とかの話だ。負け犬のままでは終われないのだ。ミノタウロスの長として恥のない戦いをしたいのだ。


「あぁ、……もう好きにせよ!但し、今度こそは死ぬな。死んだら冥府の底まで赴いて呪い殺すぞ」


 説得は諦めた。バウムと共に早々と撤退する。見ればカイザーはもう王都から脱出している。


「さてさて、やりますかっと!勇者に皇帝、女帝、獣王、長老。相手にとって不足無し。……ちょっと調子にノリ過ぎたか?まぁ、勇者はいない奴もいるし、いけんだろ」



※※※※※※



「あら、もう大丈夫なの?」

 合流したサーシャの第一声。


「あぁ、問題ない」


 平然と、さも何もなかったかのように、暴走など最初から存在すらしなかったかのように答えるレバート。


「さて、去りたいところだが、阻むか。神託者、聖女、勇者よ」

「───無論。そして告げる【死ね】」


 開幕速攻神言。対策のしようもない最強の一手。途方もない重圧が襲い掛かる。


「だが断る!」


 ポーズこそとらないものの、堂々と、そして盛大にNOと突き付けるレバート。その一言で重圧は和らぎ、力すら湧いてくるかのようだ。


「佐伯さんたちは援護を。私が前へ出ます」

「了解。聖女さん」


 聖女とサーシャ。敗北の因縁。サーシャに完全に上を行かれたことが気に食わない彼女はまたも立ちはだかる。


「最速最短で片付けますよ」

「勿論。あ、あと魔王様、あの太刀、貸してくれない?この刀、もうすぐ折れるでしょう?それとも必要?」

「問題ない。……もう神託者は片付けた」


 沈黙が走る。恐る恐る聖女が神託者の方を見ると、そこには焼け焦げた死体が一つ。


「嘘……、そんな兆候すら無かった。一体何時の間に……


 簡単なこと。反則をしたまでだ。某星の白金のように時を止めた。先程、未来で時間把握を完了したレバートは、今なら然したる代償を支払わずとも、一秒二秒の時間を止めることが出来る。


 僅かだが、彼にとってはそれで十分だった。


「少し教会を破壊してくる。神々にとってもあそこは要地だからな。何せ一度顕現した場所だ。木っ端微塵にしておくというのも面白い」


 時間はかからん。終われば直ぐに脱出するという旨を言い残し、消え去った。


「ともあれ、こちらはこちら。外道め(クレルス)、覚悟!」

「……罵倒には罵倒で返すとしよう。片田舎の農家の小娘(田畑)ごときが、調子にのるな!」

「アハッ。今度こそ、殺してあげる」

「このバカ!また狂気に堕ちてる」


 こちらも何時のまにやら、何と本来の時間軸に無かった出来事。遠山瑠花が目覚めるのはもう少し先の話だったが、何故かいる。


「クレルス。さっきぶりだが、雪辱を晴らす!」

「御子神、まさかお前!記憶が……


 御子神はゆっくりと首肯し、剣を抜いた。

思ったより魔王様が尺をとった。

王都脱出まで終わらすつもりだったんだけどなぁ……

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