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集団召喚、だが協力しない  作者: インドア猫
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真剣勝負

 剣撃。ぶつかり合う剣と剣。不壊の剣を日魔流闘術 洋剣二刀流派の技を以て操る。因みに、日魔流闘術には直剣を扱う洋剣二刀流派と刀を扱う和刀二刀流派に派生が三つ。合計四つがある。


 今回、デュランダルの規格は片手剣なので洋剣二刀流派を用いる。二対一という現況から、片方の剣を盾兼武器として扱い、もう片方の剣をメイン火力として扱う戦い方となる。


 御子神の剣を贋作不毀の剣レプリカ・デュランダルで受け、華谷の鞭を竜の尾で叩き落とし、死ノ鎖で地面に縫い付ける。信頼感ある戦闘だが、信頼によって成り立っている連携は、どちらかがミスをした途端、崩れる。


 鞭が封じられ、御子神を援護する手段を失った華谷が予備の鞭に持ち変えるまでの数秒。刺突、横凪ぎ、正面蹴り、袈裟懸け、頭突き。


 帝釈天や阿修羅もかくやの高速連撃。そして追い詰められた御子神の後退。そこには。


「糸、いや、鎖⁉」


 ピアノ線のように鋭利に張り詰められ、触れたものを切り裂くために常に目に見えないほどの微細な、されども200Hz 、一秒に二百回の速さで振動する鎖。


 直前で気付いた御子神は一瞬、思案する様子を見せるも、それも瞬きの半分が終わるか否かという短い時間。速さ手数が必要な乱戦では即座に決定することこそが生死を分ける。スキル【渇望サレシ勇者】の派生の一つ。【直感】系統スキルの一種に従い、全力突撃。


 脇目を振らぬ覚悟の決まった眼差し。防御を全て放棄したかのよう。だが決してただの博打的な突撃ではない。確かにあるのだ。防御の手段は。全く使い勝手が悪い、効率最悪と面倒なスキルだが、起死回生の一手に成りうるスキルが。


 クレルスが隙も止めもない連撃で追い込みたかった理由が。 


「そうか。例の瞬間的に先生のように無敵状態になるスキルか。……【覚醒派生 覇王】!」


 果たしてそれが三秒か、0.1秒かは、クレルスには分からない。だがその本質はある程度見抜いた。一目で見抜けたのは、単にその眼が願った故だろう。


 短時間の強化を自らにかけ、雷電の閃光を放つ。空を割る轟音と極光はスタングレネードと化す。直視。目の前が純白に染まる。深刻肉体の無敵を誇る者であろうとも、完全なる絶対ではない。


 だが、目と耳は封じても、鼻は、肌は。【直感】は無傷。直感に従い、武器を構える。【渇望サレシ勇者】。呆れるほどの性能を誇るスキルだ。


「欲しいな。そのスキル」

「今度は、簡単に奪えると思うなよ!」


 目より先に回復してきた音と、直感を便り(頼り)に、クレルスを切り裂く御子神。だがそれは虚影の分身。超高度、世界や物理法則でさえも騙す究極の幻術。小細工を以て両親との戦闘に挑んでいたクレルスの最大の武器。


 幻術は陽動。本命は右方からの狙撃。鉄砲の形を模した手で標準を合わせ、発射(ファイア)!稲光が疾駆する。それに対し、電撃が放たれる前に、御子神光正は身を屈め、空気抵抗を減らし、踏み込んだ。何という胆力か。


 だがその程度、クレルスが予測していない筈もなく、御子神の正面目掛けて雷電が翔ぶ。時間は刹那。


 御子神の髪が僅かに焼ける匂い。額を貫くことは叶わず、僅かに上方。髪を少し焼くだけに留まった。髪に燃え広がった炎も、彼が一歩踏み込んだ瞬間、その風圧で掻き消された。


 上下から二刀の不毀の剣(デュランダル)。まるで悪魔の持つ大鋏のように同時に切り上げ、切り下ろす。


 寸前。慣性の法則を完全に無視した超人的な動きで、先程までの音にも優に勝る速度の疾走が嘘かのようにピタリと間合いのギリギリで止まる。


 全身、特に内臓は慣性の法則に従い、進もうとする。体内の器官がぐちゃぐちゃに暴れる感覚。吐き気を無理矢理抑え込み、横凪ぎ。無銘の凡剣である筈なのに、その様はまるで高名な刀匠の逸品。


「【魔壁】、【魔纏】、【硬化】‼」


 咄嗟に剣と死ノ鎖が間に合わないと判断。出来うる最大限の防御体勢をとる。障壁を切り裂き、纏った魔力防御を打ち破る。


 【硬化】で創傷こそ避けたものの、人などとっくに超越した筋力に吹き飛ばされる。


 更に追撃の魔法矢を放つ御子神。【簒奪者の勘】が位置を算出予測。死ノ鎖が正面からぶつかり、相殺する。死ノ鎖は一瞬にして粉砕。最後の灯火を盛大に輝かせる。


「化け物かよッ!」


 思わず悪態も吐きたくなる。だが悲観に暮れる暇はない。異様に射程の長い鞭が襲い掛かる。延びる斬撃ならぬ延びる鞭打といったところか。


 デュランダルと自身の【竜爪】を地面に叩き付けることによって無理矢理自身の体を跳ね上げ、翼で調整しながら、曲芸師のような回転軌道で鞭打を避ける。


 その時には御子神に吹き飛ばされたことによって大きく開いていた彼我の差は縮まっている。


 速い。が、その愚直な踏み込みを見て確信する。かかったな(fish)と。本来であれば、本当に下らない悪戯(イタズラ)。ただの悪巫山戯(わるふざけ)


 されど致命的ミスを誘発する。御子神の足に引っ掛けられた緩んだ鎖が、今、長さの限界に達する。張り詰められた鎖に、御子神は足を取られる。


 このまま御子神の首を断てるかと、ご都合的な思考が頭を過るが、その考えを即座に切り捨て、その場を立ち退く。



 真に強欲なる者は知っている。真に強欲なる者はたとえその眼を欲望で濁そうとも、浅慮はしない。確実に手に入れるために。


 決して機を逃してはならない。チャンスは簡単には回って来ないから。されども、焦ってはならない。知っているから。急いては事を仕損じることを。


 その直感に従い、御子神の首を断つ時は今ではない、と判断したのだ。そして、クレルスが元いた場所には、行き場を失った鞭が空虚に振るわれる。


 クレルスの背後に回っていた華谷がデュランダルを奪い取るために奇襲を仕掛けたのだ。御子神の首を、防御力のステータスと【魔纏】を貫いて両断するためには、本物のデュランダルを使うしかないと理解した上で。


「これだから知恵の回る奴は……」


 急いては事を仕損じるということを知っていても、悪態をつかないことと同義ではない。折角のチャンスを潰されれば、流石に文句の一つや二つは言いたくもなる。


 ただ一つ、付け加えるならば、クレルスは自分のことは完全に棚に上げている。当然のことながら、そんな意見に反論が出ない訳がない。


「いや、貴方が言えた義理じゃないでしょ……」


 一番小賢しい奴が何を言っているのだという眼差し、意見が鞭に載って飛来する。攻守交替。鎖を断ち切り復帰した御子神と華谷が先程とは逆に果敢に攻め、クレルスを圧倒する。


 往なすクレルス。流石に二対一という条件が堪える。


「ッ!さっきより、質が……」


 異常。異様。御子神光正は今も尚成長していた。誰も及ばぬ速度で。更なる高みへと。疲労は確実に蓄積されている。だけれども、剣技の質が上がっている。


 対するクレルスは【覚醒】派生スキル【覇王】の効果時間切れ。先程までの無理な動きの代償で行動が鈍る。容赦ない刺突も【硬化】で苦し紛れに流すことで精一杯。


 このまま放置すれば、いや、鍛えれば……。武を極める。至る先は最強の座。一人の武道を歩む者として、見てみたいとも思う。だがしかし、魔族の軍人としてこの先の未来を見据えるならば。


「ここで、確実に‼」


 重い身体に鞭打ち、覚悟を決めるクレルス。だが直後。遊興の神ゲレンと魔王レバートによって爆弾が投下される。


「あぁ、いい忘れてたけど、ここで死んでも現実世界では死なないヨ」

「その言い方は些か語弊があるな。正確には世界の表面、俺たちが元いた場所は時間遡行中だ。ここで死んでも死んだことすら綺麗に忘れてやり直すことになる。魔族以外は、な」


 時間遡行という離れ業を軽々しく口に出すレバート。彼の言葉を信じるなら本質的にはこの戦いに意味はない。謂わばただの時間の浪費に過ぎない。


「魔族には遡行前の記憶を残す。が、人族側にはそれがない。大きなアドバンテージとなるのは明らかだ。時間遡行は既に完成している。今も時間遡行の最中だ。今から何とかしようと足掻いても意味はない。喩え俺を殺したとて……


 つらつらと並べ立てられる言葉の数々は耳を素通りするばかり。


「ハイハイ。そこまで!今のはこのコの自慢の羅列だから気にしないでいいヨ。まぁ、つまり。クレルス君は絶対殺すって覚悟してたけどネ。それは不可能かナ。無意味無意味」


 覚悟を正面から全否定するかのような発言。だがそれは同時に覚悟を問うための発言でもある。


「で、その程度のことでキミたちは戦うことをやめるかナ?」

「見くびるな。俺は勝つ。勝って証明する。どちらが生存競争の勝者足り得るのかを」

「勝負を挑まれてるから、師範代として、日魔流闘術を背負う立場として、逃げるわけにはいかない。だから、……一つ訂正を。無意味なんかじゃない。決して」


 実に単純明快な思想。善悪などと言った重苦しいモノを考えず、ただ生物の原初に立ち返り、生きるためと語る御子神。


 自分の矜持と両親、祖父母を背負い戦うというクレルス。


 これは既に戦争ではない。勝負なのだ。


「そっか。邪魔して悪かったネ。ちょっとクレルス君が後でショックを受けそうだったからサ。つい。要らないお節介だったみたいだけどネ」


 それを機に、神たる嘘つきの少女は引き下がる。その言葉は決して嘘ではないのだろう。だが真実でもない。単純に発破を掛けたかっただけでもある。そっちの方が面白いから。


 すると、この出来事が現世では無意味な行為であってもいいという答えが返ってきた。期待通りだと胸を弾ませるゲレン。そして少女の顔に似合わぬ慈母のような笑みでその戦いを見届ける。


 クレルスにとっては僥倖だった。【覚醒】系統スキルは大きな代償を持つ。例えば、【狂化】及び【真狂化】。これは分かりやすい。逆境を反転させる程の力を開放するが、理性を失う。


 今回の場合は時間切れ後に発生する極度の疲労。疲労を癒す時間。求めて止まなかったものが手に入った。


 さてさて。


 発破は掛けられた。


 引き金は引かれた。


 【渇望サレシ勇者】御子神光正

 【叛逆の簒奪者】クレルス・ベルク


 気を取り直していざ尋常に。


「勝負ッ!」

「日魔流闘術師範代を嘗めるな。返り討ちだ!」


 真剣勝負は続いていた。



※※※※※※



「結局、貴様は何も手出ししないのだな」


 魔王の言葉に答えるものはいない。呼び掛けた相手はいるのだが、黙殺無視。いや、正確に言うのであれば、完全に他のことに気をとられている。


 少女は見惚れていた。少年の様に。奮闘するその勇姿に。奇策を以て戦闘を制するその頭脳に。


 信条が好き。勿論見た目も好き。安心する気高い匂いが好き。静かでも、堂々とした声が好き。何かを思案する横顔が好き。ふとした瞬間に見せる笑顔が好き。真剣な時に纏う雰囲気が好き。


 好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。


「……大好き」


 だからこそ自分の手で殺す。歪曲した、蛇口から零れ落ちる滴のように漏れでた小さな言葉。


 されどそれは、千年万年。否。仮令(たとえ)、亀や鶴が絶滅しても永遠不滅。色褪せることのない。ほどの輝きを持つ言葉だった。


「眩しいな。嗚呼。全く」


 魔王の心中にあるのは、愛ゆえの殺害などと高尚なものではない。憎悪ゆえの殺戮。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!出来る限りの悪逆を以て弑すると。


 復讐の泥に身を沈めて生きてきた自分とは対極の座標に位置する感情。それは歪んでいるが、それでも尚、復讐者たるレバートにとっては麗しく眩しいものだ。


「好き、欲しい。そのような感情で戦えるなら、貴様らはきっと、正道を歩むことができる」


 自分は復讐に身を捧げ生きる。怨念と血にまみれた棘の道を進む。当然のことながら、自分の命の灯火を肥大させ、全てを燃やし尽くすことも視野に入れている。


 復讐を果たせるのであれば、この身がどうなろうとも構わないと、本気で考えている。三代目魔王ジギル・アーラーンに言わせてみればただの戯け者。


 だが彼は如何に敬愛する王の言葉でも、その復讐だけは変えるつもりはない。


「こちらの事情に巻き込んだのは、千年前では神々の根絶には到底至らなかった俺たちの落ち度だ。すまない。……それさえなければ、歪むことなく成就した恋であろうに」


 自分もまた、巻き込まれ、復讐を己自身の胸に誓約した身でありながら、謝罪する。独善的思想。勝手な憐憫。それには理由がある。


 彼には【操作】の極地を極めた故にある程度、見えるのだ。未来などと不確定なものは、可能性のルートが大量に見えるだけだけだ。が、もっと見続けたもの。一千年もの間、ひたすらに読んだものは見える。


 運命。


 「未来より不確定じゃないか」と、誰かは言った。だが、それでも見続けた。ただ一人の、自分の崇拝する男の運命を。その男の生ける亡骸を。魂なき人型を。1㎜も動かず、ただそこにあるだけの体を見続けたのだ。


 結果として、感情の極地をその双眸に宿す男。悪意に誰よりも敏感な復讐者は、感情の不確定要素も、その人物の人となりも、一瞬にして全てを分析し、見ることが可能になった。


 運命を。


 そしてそんな彼が、止めなく溢れる罪悪感を抱くほど、二人、クレルスと遠山の運命は崩壊していた。歪曲していた。絶望的だった。


 自分達の起こす終末戦争(ラグナロク)よりも惨たらしく。自分達の成す神仏滅殺(ラグナロク)よりも更に酷い。残酷無慈悲な運命が。


「嗚呼。だからこそ願おう。さて。あやつほど上手くはないが……。見るのは得意でも干渉するは不得手故な」


 魔王は自らの指を噛み切る。生々しい肌の千切れる音。意図的に【再生】スキルの発動を抑制し、血を垂れ流す。ドス黒い血は小さな川の始流のように頼り無く流れる。


 量が足りず、拉致があかなくなったのか、指先を【再生】させ、今度は手首を筋肉と骨を繋ぐ腱ごと喰い破り、先程とは比ではない程の血を流す。


 先程が川の始流なら、こちらはちょっとした滝だ。致死には至らないものの、おおよそ常人が流していい量の血ではない。


「確か、こうだったか?【血液操作】だったか。一点特化の操作。才能ない物が使うには一点特化を極めるしかないのは分かっているが……今代の魔王も面倒な【操作】を使っている。全く、ゲレンの御業はどうしてこうもやりにくい」


 悪態をつきながらも、直ぐにケリー並みに血液を動かす。我が手をただ上に挙げるかのような自然な動作で。空中に波紋のない見事な、それでいて少し触れば破裂しそうな球を作り出す。


 そして徐にソレを焼いた。


 シュワッ!


 蒸気の音。一瞬にして沸騰。離れて、クレルスに夢中になっていた遠山留華は何事かと、一時とはいえ、愛する者から目を放してまで振り向くほどの灼熱。


 先の太陽神との我慢比べで見せた、鉄を越えた融点を持つ金属であろうとも、一瞬で蒸発させる程の灼熱。


 ありうべからざる現象が顕現する。それは真紅の蒸気。通常、血を蒸発させても、融点の低い水分などが先に蒸発し、鉄分などは固体として残る。


 蒸留や再結晶の理論だ。だがもし、あまりの熱に0.01秒の差もなく同時に蒸発し、あまりの上昇気流に大気より重さの違う気体も殆ど同じ速度で持ち上げられ、同時に蒸気として結露し、瞬間にして混ざりあったらどうなるか。


 霧吹きで血を撒き散らすより更にきめ細かい血液の粒。レバートの息によって指向性を与えられたソレは大気中に広がりながら、遠山留華を優しく包み込んだ。


 彼女も何事かと思ったが、敵意あるものでもなく、害意あるものでもなく。憤怒の炎に焼かれたものである筈なのに怨念も感じないそれを無言で受け入れる。


「罪は対価を以て贖罪すべきものだろう。免罪符とは言わないが。少しの気休めと思っておけ。所詮、神の技を人の可能な範囲にランクを落としたものだからな。劣化版だ。本家本元程の力は期待するなよ」


 そう断りを入れて、呟いた。ゲレンがクレルスに施したものを編纂したものの名を。


「【万象操作・祝福】。我等が神に乞い願おう。どうかその恋路に祝福あれ」


 復讐王からの暖かき贈り物の名を。



※※※※※※



「縛った!」

「あとは、これでッ!……終わりだァッ‼」


 棘の鞭で縛られ、今まさに剣を振り下ろされようとしているクレルス。鞭には魔封じの呪符が貼ってあり、スキルの発動が禁じられる。【転移】を発動させることは叶わない。


 まさに絶体絶命。そして、一閃。一瞬の剣。上段からの切り下ろし。不死の男にも思えたクレルスの胴を真っ二つに裂く。


 過たず心臓に届いた。確かな肉と骨を叩き斬る感覚。何とか倒れ伏さず、殆ど気合いだけで、まるでかの武蔵坊弁慶のように堂々と立つクレルスだが、死にかけのその体躯で何かを成せる訳もなく、ただ立つことで限界だった。


「見、事だな。……まさか負けるとは。ははっ。覚えてろ。───次は勝つ!絶対だ」

「楽しみにしてるよ。そうだな。クレルス。お前流に言うなら、返り討ちだ!」


 先程とは立場が逆転。挑戦者がクレルスとなった。愉快そうに、クレルスの口の端が上がる。


「そうか。それは良かった。……では、今、挑む!」


 背後から声。閃光を放つ剣撃。死ノ鎖上部の短剣による一閃。おおよそ、太い首を断つには向いていない武器だが、過たず骨と骨の間、軟骨の間を掻き斬り、御子神の首と胴体が泣き別れする。


 戸惑い。焦燥。既に遅い。首が回転しながら落ちるという奇妙な感覚をスローモーションで味わう。鈍痛。バウンド。三半規管を酷く揺さぶられる紐無しバンジー。


「あ、ぁ……光正!?」


 動揺する華谷。直ぐに自分の鞭の先を見る。そこには死体。されどそれは光の粒子となり、消滅寸前。


 自分の失態を呪う。今までも幾度となく見てきていたではないかと。何故今更、虚影ごときに騙されたと。


 今まで、幻術の分身は殺された瞬間に光の粒子となって消えた。が、今回は明らかに致命傷を受けていながら消滅せずに、最期の言葉を語っていた。


 だから油断した。


「油断大敵。Safety is the biggest enemy.だったか?魔封じの呪符は発動を阻害するものであって、発動済のスキルには作用しない」

「訛り丸出しじゃない。発音も悪くはないけど微妙ね。聞き取りにくいわよ」

「流石、留学経験のある奴は言うことが違うな。母さんから教わったから、オーストラリアの訛りが入ってるのかもな。発音に関しては許してくれ」


 死ノ鎖が周囲を取り囲む。絶体絶命大ピンチ。打ち落とす?不可能。数があまりに多すぎた。だが、華谷美奈は怖れなかった。だって彼がいるのだから。


 背後からクレルスに襲い掛かる御子神光正。


「ああ。予想通りだ」


 今度こそ、演技でも何でもなく華谷は絶望する。御子神光正の心臓が穿たれた。次に再生途上の脳。突飛な奇襲も予想の範疇。振り返ることもせず鎖を振るった。


 ソレ以上の化け物を知っているのだから。偉大なる先王は指の一本から再生してみせるのだから。御子神の【再生】速度はお世辞にも早いとは言えない。所詮は擬似的なものだから。あの魔王には及ばない。


「……───ァァァアアアアあああ!」


 だが、御子神光正は止まらなかった。脳と心臓を失ったまま、筋肉を動かしたら。蛸などの生命力の強い生物は切り離した後でも腕が動いたりするが、まさにそれだ。


 流石に予想外。後ろから袈裟懸け。鮮血の花が咲く。竜翼を叩き切られる。仰け反った隙に腕を鞭に縛られる。縛られ、締め上げられた手から零れるように落ちたデュランダルをなけなしの力で蹴っ飛ばす。


 迂闊さを後悔するがもう遅い。こうなれば最終手段とばかりに。自爆覚悟の魔力光がクレルスから迸る。が、それは臨界寸前で急速に減衰。そして無に。


「……魔封じの呪符か!?」

「御名答。さっき自分で言ってたじゃない。発動を封じるって」


 してやったりと、狐のような笑み。その手には呪符。呪符を鞭に巻くことによって間接的にクレルスを封じた。万策尽きた。


「──訳がない。まだ。まだっ!」


 片腕が封じられた。翼はもがれた。追加でスキルは使えない。魔力を外に放出することすら不可能。そしてたった今、脇腹に風穴が空いた。何とか心臓は避けたものの、胃が破れ、胃酸が体内を焼く。


 強烈な痛みに歯を喰い縛る。強靭な竜の牙が削れ、歯茎から出血する。口の中には錆鉄の味。唾と血を、歯茎が破れ抜けた牙とともに吐き出す。


 吐き出した牙は高速で飛翔。鍛えられた鋼鉄をも上回る硬度の牙の礫が、魔封じの呪符に触れて、華谷の肩にくい込む。それでも彼女は鞭を手放さない。


「ぺらぺらの紙に物を当てても破れるわけないじゃない。それに、この程度の痛みでは……ッッッ───!?」

「【魔…纏】‼」


 華谷に激痛が走る。再生しかけ、攻撃してくる御子神に後ろ向きの頭突きをかまし、炎を纏った竜の角で首の血管を突き破る。


 攻勢の手が止まった隙に、覚束(おぼつか)ない足取りを蝙蝠羽の羽ばたきで何とかサポートし、距離をとる。鞭は相変わらず右手を縛り付けるが、力は緩んでいる。


 強引に、鞭の茨が自らに突き刺さることも厭わず振りほどく。見れば鞭の圧力で右手の骨は粉砕骨折。少なくともこの戦闘中に再使用が可能だとは思えない。


「──ハァ、ハァ。俺の唾には、治癒効果が、あるが、……血はソレ以上の、猛毒だ。効くだろ。……あと、呪符も紙だ、からなぁ。唾とか、血とかで、滲んで破れるだろ?」


 先程、【魔纏】を使用可能になったのはそういうカラクリだ。


「アアアあああ!クレルスッッッ‼」

「熱い咆哮有り難う。でも俺、同性愛者じゃないんだよ」


 今度こそ、クレルスの身体が煌々と光輝く。御子神が獲物を振るうよりも早く。閃光が迸った。薄水色の衝撃が弾ける。


 散りも残さず、御子神光正と華谷美奈は消え去り、焼け焦げたクレルス・ベルクだけが残った。

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