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集団召喚、だが協力しない  作者: インドア猫
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死を運ぶ者

「ハアッ‼」


 御子神がデュランダルでクレルスを切り上げる。クレルスから血が……流れずに粒子となって消える。治癒の【魔弾】を自らに撃ち込んだ際に幻術の分身と入れ替わっていたのだ。


 ふと、御子神の頭上に人の影がさす。


「オラッ‼坊主、気をつけろ‼」


 ミラが飛び込み、大剣で影の主を切り裂く。だがそれも粒子と化して消える。クレルスは何処に行ったのか。空間を支配する妙な静けさは何か。


 裏路地の陰に巧妙に隠されていた闇の魔弾が炸裂する。デュランダルで、大剣で、槍で、鞭で叩き落とすが、はっきり言って弱すぎる。


 ダメージを負って一旦戦略的撤退をとったとしても、クレルスならばもっと賢く、(さか)しい足止めをする筈だ。今行われている攻撃は余りに稚拙で、まるで幼児に攻撃されているかのような錯覚を覚える。


「妙だ」


 誰かが声を洩らす。皆同意し、罠を警戒する。そして足を止め、周囲を見渡す。すると、あら不思議。何故か稚拙な、足止めにすらなっていない足止めで足止めがなされている。


 ミラの首筋に妙な感覚が、感じたことの無い感覚が走る。今まで頼りにしてきた、正確無比に危機を告げる直感にしてはえらく曖昧な虫の知らせ。


 なんのことはない。今までの稚拙な足止めは、何かおかしいと相手に感じさせて警戒させるための布石なのだから。罠を警戒する余りに足を止めた面々は見事に罠に引っ掛かっているのだ。


 クレルスは面々、主に遠山を警戒し、最低でも母親と共に、できるならば全員で叩くべき相手と認めた。ならば最優先事項は他の者を殺すこと。



※※※※※



 ミラはアマゾネスの族長として数々の戦場に出没し、華々しい戦果を飾り、敗北しようとも決して諦めず、努力を怠らず、次に繋げてきた。言動は粗暴でありながらも、この世で一番真面目な人間とまで言われている。


 クレルスに敗北してから一時間後にはもう、妥当クレルスの特訓をしていたほどだ。聖女も、一人の戦友としてだけではなく努力家として彼女を尊敬している。


 何が言いたいかと言えば、彼女は信頼されている。特訓を積んだ彼女ならば、そこに獣王や勇者支援が加われば、きっと今度こそはクレルスを倒してくれると。幸か不幸か、まだ獣王が死んだことをしる者は少ない。


 高揚によって視野が狭くなっているのもあるが、最も大きな原因は魔王の意識誘導にかかっていること。


 魔王、彼女は王になるべくしてなった者。彼女の得意とする分野は精神に作用する魔法。神話の時代を綴った人間の叙事詩にサキュバスは人を誘惑し、惑わすと記されているように、元来、サキュバスは性質上誘惑が得意な種族だ。


 それを極めたのが魔王ケリー。民衆の誘導、煽動に加え、軍隊の士気向上などに、精神誘導を使っている。恐らく現代日本で使えば犯罪だ。日本の価値観が少なからずあるクレルスは軽く引いた。


 彼女の性格の優しさ故に行わないが、彼女が実行しようとさえ思えば精神を弄ることによって、痛みを感じず、死の恐怖を感じず、ただ生命活動が続く限り戦い続ける兵を作り出すことだってできる。


 ここに集う歴戦の猛者達の魔法に対する抵抗力の高さ故に、相手を完全な廃人に仕立てあげることはできないが、対象者はこの場にいるだけで精神を蝕まれ、スキルの使用や体を動かす度に頭痛を感じ、何とも言えない恐怖を感じることになる。


 既に、壊れかけの者もいるが、エルフの長と神官たち、そして聖女の精神浄化によって何とか凌いでいる。しかし、人間側のじり貧でこの均衡が崩れるのは時間の問題。少しずつ魔族優勢になりながらことは進んでいく。


 連合軍隊に焦燥が募る。打開の一手を求む。凄まじいパワー、若しくは絶妙にして奇妙な妙手。何でもいい何か、何かないのか、と。そこに、その焦りに隙が生まれる。

 ──そしてクレルスはそれを見逃すほど、馬鹿でもお人好しでもない。


「疾ッ‼」


 誰も予想だにしていなかった一撃。


 てっきり路地裏に引きこもっていると思っていたから、それを前提に動いていたのだから、いや、正確には、そう思い込まされていたのだから。


 死ノ鎖が皇帝の全身鎧の隙間をすり抜け、刺し穿つ。鮮血が鎧の隙間から飛び出る。


 誰にも気取られない殺し。それが、暗殺。その定義に則るならば気取られていなかった先程の殺しは暗殺と呼ぶのだろう。


 しかし、そう呼ぶには余りに堂々とした、白日の下の暗殺だった。この世で一番謎の看破が簡単なミステリーにすらならない暗殺だった。


「やられたッ‼」


 ミラが気付き、皇帝に駆け寄るが、それよりも早く追撃として鎖が皇帝を絞め殺す。テレビゲーム等ではこの行為をこう言う。


 死体蹴り。


 正しく死体蹴りだった。確実に致死量の血を流させておきながら更に油断なく攻撃を加える。屋根瓦の上から、悠然と見下しながら。


 万が一にも【再生】スキルを持っていたら、もしも血糊による偽装、油断を誘うための巧妙なる罠だったら。限りなくゼロに等しい可能性を完全にゼロにするために。


「アッ、……うぅ、カァッ……──」


 脳に酸素が残っていたのか、まだ生命活動を維持していたのか、溢れ出る喘ぎ声。だが、途切れて、沈黙する。


「貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様ッ‼」


 ミラが叫ぶ。堂々とした勝負もクソもない。確かに戦場にルールはない。罠も使っていい。卑怯な謀殺もしていい。だが、死体を更に苛める、プライドの欠片もないやり方は許せない。ミラの中ではタブーとして認定されている行為だ。


 許せない。


 話は逸れる。例えばアンデルセンにシェイクスピアやデュマ。もしくはヘラクレス、アキレウス、アーラッシュ。あるいはモーツァルトやバッハ、ベートーベン。またはゴッホやピカソ、ダヴィンチ。


 偉大なる作家達が、神話の時代の勇者が、音楽家、芸術家が感動を与えられるのは何故か。答えは、情報と思念、そして感情は膨大なるエネルギーを保有しているからだ。


 特に激昂、憤怒は大きなエネルギーとなる。四代目魔王レバート・アーラーンの憤怒ノ魔眼のように。生物の感情はチカラとなる。


 両親というチートの権化に慣れているクレルスが、驚きの余りに目を見張るようなスピードで、これまでとは比較にならない速さでミラが踏み込む。地は隆起し、最早整備された道は完全に消滅した。


 だが足りない。確かに速さには驚愕した。だがしかし、行動については読めていた。ならば然したる問題ではない。優雅に、風雅に回避する。


 余裕ができた故に、所作には先程までの焦りや乱暴さは無い。代わりに、(みやび)な趣ある、舞踊のような所作へと変わっている。美しく効率的な動きだった。妖精のダンスというものがあるのならばこれを指すのではないか。


 ミラには、その余裕綽々の動きが、見下すようなクレルスの表情が、気に入らなかった。余計に怒りが増す。共感するように瓦が舞う。


「死ねぇエエッ‼」


 怒りはエネルギーを与え、脳はリミットを外し、火事場の馬鹿力が破壊を撒き散らす。だがその分、単調で実に分かりやすい攻撃だった。


 体術、蜃気楼を用いた足捌きで悠々と避け、

日魔流闘術 鉄杭

 膝蹴りを腹に叩き込む。


「カハッ‼」


 空気の塊を吐き出すミラ。クレルスの中に湧いた言葉は無様という二文字だった。


「隙あり。ハッ‼」

「甘い」


 蹴りの技後硬直が解けていないクレルスに聖女がアサシンも真っ青な動きで後ろから接近。横に薙ぐが、クレルスは、仰け反って回避。髪を数本、聖剣が切り裂き、その鋭さを物語る。


「私のこと、忘れないでくれるかしら」

「始めて敗北を味わったあの日から、一度たりとも忘れていないッ‼」

「あら、この子、ストーカーかしら?」


 今度はサーシャがアサシンも真っ青な動きで聖女に袈裟懸けをお見舞する。この場に本職の暗殺者がいたら驚愕の余りに卒倒するのではないか。


 袈裟懸けを聖剣を逆手に持って防いだ聖女が攻撃体制に移ったところでクレルスがT字砲火。【魔弾】を三方位から囲む形で放つ。


「クレルス、ナイスッ‼」


 安全な残り一方に逃げたところで、待ち構えていたサーシャが華麗な突きを放つ。


 刀はその切れ味を評価されがちだが、武士たちが刀を用いてよく使っていたのは突きだ。間合いをとることが可能で尚且つ隙の少ない突きは強い。


 親子の無言の連携。見事な連携に対し、横っ飛びでの回避を図る聖女。それを予測し、利き手からどちらに飛ぶかさえ予測しているサーシャ。


 聖女は、何とか心臓を守りきったものの、左腕を失うことになった。場所を整えて回復儀式を使えば完治する程度の部位欠損だが、一分一秒を争う戦場では致命的。


 両手で長剣サイズの聖剣を振るう聖女にとっては特に。敗北必至のダメージだった。


 更に追い撃ちをかけようとするクレルスが殺気を感じる。遠山がクレルスに背後から短刀による刺突で攻撃を仕掛ける。本日は背後のモテ期が到来したようだ。みんな背後が好きすぎる。


 皇帝の死で一気に下がった士気を気にせず、狂った愛に従い、クレルスを葬りさらんとする遠山。


「好きって言ってくれて嬉しい」


 恍惚とした微笑みを浮かべ、男を殺す文句を言いながら驚異的な速さで苛烈な攻撃を繰り出す遠山。だが、微笑みから一転。首をかしげ、瞳に狂気を写して……


「なのに何で他の女の相手をするの?私の相手だけをして‼」


(やはりおかしい。こんなことを言う少女ではなかった)


 怪しく光る双眸そこからおかしな気が流れている。誰かに操られているような、そんな気がする。ならばここで殺す訳にはいかない。仮にも惚れた少女なのだから。


(だが、殺さずに捕らえるなどできるのか?今の遠山相手に)


 短刀をいなしながらじりじり後退するクレルス。聖女とは離れたが、母さんならまず負けない筈だと思考を打ちきり、【並列思考】を全て動員して可能性を模索する。


「全く、聖女も情けない」


 戦場に突如響いた、中性的な声。声の主は顔をベールで隠し、貫頭衣を着用しているため性別が分からない。連合軍とサーシャはハッと正体に気付く。


 遅れてクレルスも気付く。帝国で演説をしていた者。神託者だと。


 そしてその後ろに控える、純白の翼を生やし、白金のように煌めく絹織物をその身に纏った病的なまでに白い肌に金髪碧眼の、神々しさを感じさせる美女集団。


「神の御使い様よ、どうか願わくば魔族の蹂躙を」


 その神々しさと少しのおぞましさに目をとられていると、首を狙って短刀が薙がれる。


「他の女に目移りしないで」


 何とか仰け反り、避けるもそのまま流麗な動作で刺突に移り、クレルスの肺を捉える。

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