告白
死者蘇生なんて代償無しに出来る行為ではない。遠山を殺すなら今が好機。潰す。確実に。今ここで。あのチカラは強すぎる。戦争のバランスを軽々と破壊してしまうルールブレイカー。そんな存在はどんな手を使ってでも殺さなくてはならない。
死ノ鎖に魔力を以て念ずる。駆けろ、そして這い回れ。八本の鎖が巨大な蛇の、いやワラスボの口のように広がり、遠山に襲いかかる。
因みに、ワラスボというのは佐賀の有明海などで獲れる、食べられるが、その姿をみれば食べる気力を一瞬にして失うような気持ち悪いエイリアンのような生物のことだ。
悔しいが旨かった。
獣王が襲いかかる死ノ鎖を察知し、遠山とミラを引き摺って路地裏から離脱する。だが、人間を二人持っている状況では、いくら隼の獣人と言えども遅い。
狙いが外れ、地面に突き刺さった死ノ鎖を巻き取ることによる高速移動で距離を詰める。その距離は、およそ10メートル。
つまり0.1歩圏内。獲った。
死ノ鎖で加速した勢いをそのままに地面を蹴る。レンガによって舗装された路地裏の道が見るも無惨に破壊される。石片を撒き散らし、その歩みと共に混沌を産み出す。
「【竜爪】」
ドラゴニュートの鉤爪が、右足のブーツを突き破って出現する。並大抵の靴ではクレルスの走りに耐えられず、素足で走った方が速いため、ブーツが破れた程度なら何の問題もない。
つまり、よく運動会でいる、「本気出す」とか言ってイキって裸足で走る奴(主に目立ちたがりの馬鹿な男子)のやっていることをそのまま実現しているのだ。
加速した、0コンマ何秒の、人の限界を遥かに越えた世界。【思考加速】によって全てが鈍足と化す世界でなお速いと感じるスピードで、右足を振り上げ、銃で敵を狙撃するスナイパーを真似て、足の標準を合わせる。
日魔流闘術 体術 落陽
スッ、と浅く息を吐く。そしてそれから秒以下の単位の時間で逃げる獣王の頭を捕らえ、踏み潰す。
流石に獣王というべきか、頭蓋が固く、音の速さで頭を地に叩き付けられてもヒビで済み、潰すには至らない。だが、脳が揺さぶられ、思考能力は奪われた。
そんな中、本能だけで、思考せずに短刀を振り抜く。それはあまりにも遅く、軽すぎた。
元々隼の獣人という性質上、パワーファイターではなく、遊撃手という立ち位置。踏み込みも何もない一撃で、クレルスの肌は破れない。
追い打ちの死ノ鎖。獣王が頭を地に縫い付けられ、レンガとディープキスを交わしているところに襲いかかり、滑稽な死のダンスを舞わせる。
当然、遠山に対する対応も忘れていない。落陽を獣王にあてたタイミングで、尾で弾き飛ばしている。咄嗟に受け身をとっていたが、もしも受け身を失敗していたら即死レベルの大怪我を負うほどの一撃。それなりの手応えもあった骨の数本は折っているだろう。
何より、蘇生能力があると判明した今、殺した者と近付けておくのは得策ではない。また蘇生されかねない。
獣王は確実に殺った。遠山を、‼殺気。矢か。大通りに近づきすぎたな。邪魔者が入った。だが現時点での優先順位は依然として遠山が最上位。
「無視、するなぁッ‼」
聞き慣れた田畑の声。分かりきった起動。見え見えのお粗末槍術。そも魔法使い系がここに出てくることが間違いだ。格の違いも知らない温室育ち。甘いな。こっちは年季が違うんだよ。
日魔流闘術 体術 蜃気楼
ぬるっ、という擬音がつくようや滑らかな動きで懐に入り込み、……いや、成る程、考えたな。罠か。
家屋の上から御子神がデュランダルの切っ先を真っ直ぐクレルスに向け、飛び降りる。一歩でも間違えれば田畑まで巻き込む針穴通しの奇跡。
成る程。これが御子神の【真勇】。神の加護とやらのチカラか。面白い。打ち破ってやろう。
軽いバックステップ、そして突き出された田畑の槍を軸に、体操競技の鉄棒のように回って、頭上をとる。そのクレルスを狙って、
「鞭か。女王気質にでも目覚めたか?華谷。それとも、もともとそうだったか」
「あら、戦場で無駄口叩けるなんて、随分と余裕ね。回復で瑠花にお株を奪われたの。少しくらい、活躍させて欲しいわ。そうね、例えば……貴方を倒すくらい」
殺気が満ちている。完全に殺しにかかっているな。二方を囲まれ絶体絶命?思考をクリアに、俺ならやれる。そう自身に自信を刷り込む。
「私を、忘れるなあアアアアアッ‼」
(チッ、優先順位を低く見積もっていたのが失策か。ミラが復活したか。四体一。いいハンデだとでも考えろ、俺。冷静さを失った相手は、御しやすい。)
死ノ鎖が微かに差し込む陽光を反射する。死神の息のかかった武器の煌めき。一斉に解き放たれる死ノ鎖。それをミラは空中で魔力を放出することによって方向転換し、回避。否、死ノ鎖側が避けた。
家屋に突き刺さる死ノ鎖。そのまま、家を薙ぎ倒し、生き埋めにする。アサシンの殺り方からはかなり離れてしまったな。精々最初の奇襲くらいか。
ミラが蹴飛ばし、御子神が切り裂き、命からがら助かったといった表情。焦っているな。だが、その奥で確りとした視線を、感じた事のない───
──……欲望と憎悪と、泥と産業廃棄物で出来た汚い殺気が、遠山から注がれる。
あまりの変貌。
「遠山?」
思わず素で語りかける。一生の不覚。
「カハッ‼」
吐血する。見れば遠山の手刀が腸に突き刺さり、背中まで貫かれている。どうやって移動した。何の気も無しに間合いを詰められるなんて、侮っていた訳ではないが、……それでも有り得ない。あるはずがない。
「愛してる」
端的に告げられる言葉。密着しているクレルスだけに聞こえる音量。それは甘美な響きで脳髄に染み渡り、浮かぶ満天の星空を体現したかのような笑顔と合わさって惚れるには十二分だった。
普段は冷静にしてくれる痛みさえ、忘れてしまう。
「愛してる。だから、私が殺す」
脈絡のない言葉。前後の繋がらない狂人の思考。泥のようなしつこく、陰湿な殺気によって正気に戻される。危ない。心臓が龍のように激しくうねる。恋と、緊張と、そう。
恐怖。
おぞましい。そして怖い。本気でそう感じた。これが本来の遠山?俺が見誤っていたのか?そんな訳がない。言葉には出来ない不思議な間隔だが、確かに、絶対に、いまの遠山はおかしい。狂っている。
「悪いな。この程度の傷では死んでやれない」
【魔弾】スキルの治癒の力を持たせた【魔弾】を自分に叩き込むことによって応急措置をする。一先ず傷口は塞いだ。残念ながら伝説級スキル、【再生】は所持していない。
だがしかし、腹に穴が空いても死んでやるものか。
「あと、一ついい忘れていた。ずっと好きだった。遠山」
狂い果てた愛。殺し愛の華が咲き誇る。神の謀略によって壊された両片想い人の戦い。その火蓋が切り落とされる。
※※※※※※
「狂い果てた愛か、なんと面白い。クツクツクツ。やはりあの魔眼を与えた判断は正解だった。」
「貴方、いい趣味してるわね。でも、私もあの手の愛憎劇は大好物よ。フフフッ」
「解せんな」
「殺戮卿に理解していただけずとも結構」
「やはり殺す。そう、殺すことが至高」
「その恍惚とした笑みはキモーい」
「私たちは搾取する側。あの仔豚たちは搾取される側。もうすぐよ。もうすぐあの世界は私たちの天国となり、仔豚たちの地獄となる」
「また例のごとく魔族の神、あの世界の本来の神が邪魔してきているよー」
「レゼブネラルか、奴も懲りぬな。遊興の神、ゲレンの動きが掴めぬのも怪しいが」
「ま、今度は全力で潰すから」
「左様、前回のあやつらが若輩なだけだ。クツクツクツ」
「あの面倒な魔王もいないしねー」
「我々の同胞を殺した神殺しの魔王か」
「ま、何とかなるっしょ」
神の座にて、残虐な決定が下される。そんな中、たった一柱。一千年の間、神を騙し続ける神がいる。
「フッ、今の内に威張っておけ、道化ども。ようやくこの時がきた。一千年。待ちわびた。レバートよ、もうすぐ、我らの悲願が叶う」




