二重の罠
雑踏に紛れる。今は何の特徴もない一般市民Aだ。クォーターというバレやすい特徴。サキュバスの翼は折り畳み、何とか服の間にしまう。角は髪で隠す。
与えられた条件は3つ。一つ、気配遮断以外のあらゆるスキルの使用を禁ずる。一つ、鬼への攻撃は禁ずる。一つ、鬼に体を触れられたら敗北。
つまりかくれんぼと鬼ごっこの混合競技。しかしそれが軍人や本職のアサシンのするものであれば、それは子供の遊びとは全くの別物と化す。最悪見つかっても逃げ回って撒くという選択肢もあるが、それでは認められないだろう。
匂いに関しては市販の香水で誤魔化す。足捌きもなるべく訓練を受けていない一般市民と同じ歩き方。極める。殻を破るには、更に強くなるには必要不可欠。
因みに今のところ全敗。五時間何て夢にも等しい。最高でも三時間。あと二時間もある。皆が皆これをクリアしてきたのだとすると自分の不甲斐なさに失望する。
夜がふける日が昇る。戦のときは来る。
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「ううっ、偵察って怖いよな。お前よくこんなところに志願したな。毎年志願者少ないんだろ?オレも無理矢理突っ込まれたけどもう無理だよ」
「少しでも帝国の役にたちたくてな」
そんな綺麗な言葉を放つクレルスの幻術によって産み出された人間擬き。本体、創造主はこの臆病な同僚をどう使うかを考えているのだが、それは決して悟らせない。
実はここ、どうしても手薄になる場所なのだが、それを知らない帝国兵は活気のあった町とは思えないその静けさに完全に怯えている。つまりはいい駒だ。敵をも駒として利用する。それが情報戦の究極形だ。
さて、では少し死にかけるか。
派手な爆発音を立てる。死ノ鎖がうねり、クレルスの幻術の肩を穿ち、そのまま建物の奥に引きずり込む。それと同時に、クレルスの幻術によって新たに産み出された人影が大量に現れる。
憐れな一般兵士Aは股間に何か暖かみを感じ、下半身を濡らしながら逃げる。穴という穴から液体を垂れ流しながら惨めに、一人の敵を数百数千と勘違いし、逃げ惑う。
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人族同盟、作戦室
「城の北東は手薄、南西は大勢の敵ですか。先ずは北東を潰し、乗っ取り、そこから南西を方位するように兵を広げましょう」
「そこまで上手く行くか?罠やも知れんぞ、聖女」
「では貴女ならどうします、皇帝閣下?」
皇帝閣下と呼ばれた全身を鎧に包んだ者が思案するような様子を見せる。ここにいるのは皇帝が女だということを隠すための影武者で、【念話】のスキルを使って別の場所にいる皇帝の言葉を代弁している。
「先ず何処かは制圧したいな。それは北東でいいだろう。そのあとは城を落とす。最低限の兵はおいているだろうが、一番多くおいているのは城だろう。偵察が失敗した南西を攻めれば挟まれるのは自明の理。ならばいっそ、城を落としてやろう」
憐れなる犠牲者たる彼等彼女等は着実に準備を進めていく。それが罠だとは露ほども知らずに。クレルス・ベルクという神も知らぬイレギュラーにして致死毒。それは誰も知らないうちに敵を蝕む。
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この世 されど誰にも観測出来ない場所
「へぇ、あの子面白いね。レバート君以来だ。あの【操作】の才能。何で取得してくれないかな?まぁ、いっか。【複製】も元々ボクが与えた物だしネ」
「でもまだまだ弱い。致死毒程度であの外来の神々を殺せると思ったら大きな間違いだ。あいつら死んでも死なないからネ。原生の神ももうボクとアイツの二人だけ、あ、あの魔王クンも神に成ったんだっけ。じゃあ三人か。もっと強くならないとネ。ちょっと手助けしてあげようか。ボクも原生の神だしネ」
「何の魔眼がいいかな?それは彼の本質次第か。頼むから美徳なんてつまらない真似はヤメテくれよ。大罪じゃないと面白くないからネ。レバート君や魔王クン、あと凉白、カイザー、鍛炉だっけ。彼等がどれだけ強くてもあの神々、うじゃうじゃいるしネ。もっと数を揃えないと勝てない」
「じゃあ、遊興の神の名の下に、加護を授けますか」




