潜入作戦
「勇者には逃げられました。しかし帝国と獣王国に忍び込ませておいた分身体は無事、勇者の飛来を確認。潜入作戦を継続します」
帝国と獣王国。双方には元々、分身体を放っていた。王国は商業と情報の集まる場所とは言え、やはり、他国の情報は直接見ておきたかった。
過去の自分ではできなかったが、ステータスの封印を解いた自分なら、分身体を操る【並列思考】の完璧な制御ができると思った。
前回、田畑に見破られた最大の要因は反応の鈍さ。【並列思考】による制御が甘かったせいでいつもより反応が遅く、ズレが生じた。一回二回なら誤魔化せるが、それが三回以上となってくると、違和感が大きくなるのも当然だろう。
今回は帝国には一般兵、その中でも情報を取り扱う伝令兵に。獣王国には民の噂話が集まる酒場に吟遊詩人として放っておいた。世界を騙す程の【幻術】とは言え、無駄なところは再現していないので、腹が減ることはなく、金を稼ぐ必要もない。吟遊詩人の方は適当でも問題はない。
「うむ、それについて、何か問題点、注意点はあるか?」
「【並列思考】を使うとは言え、やはり多少の思考リソースをそちらに割かれるので、戦闘中の高度な読合いが難しくなる恐れがあります。並みの相手に負けはしませんが、聖女、皇帝、それから、魔法による遠距離戦を強いられるであろうエルフの長老辺りは厳しいかと」
「了解した。戦力を遊ばせる訳にはいかないが、情報のためだ。あまり強敵がいないところに配属させよう」
魔王のその言葉を聞いてほっとする。今回のミラとの戦闘中にも少なからずヒヤッと、背筋に悪寒が走るような場面はあった。これがさらに強い相手や、厄介なだと死ぬ可能性が高くなる。
「うーん、惜しいなー。情報よりやっぱり戦場でガツンとこう、戦力を投入したいんだが・・・・・」
「情報は大切だぞ、脳筋。その情報次第では一万の軍勢にも匹敵する。それに、奴は全く戦闘できないとは言っていない。損か得かで言えば確実に得だ」
「そして、早速、情報が役に立ちそうです」
※※※※※※※※※※
帝国
「ここに集いし帝国が誇る軍勢と市民たちよ‼今、王国の王都は憎き魔族によって誠に遺憾であるが占領されている」
帝国十傑首席の忌々しそうな表情と、苦虫を潰すような話し方が民衆にそれを真実だと伝え、大きな動揺が走る。人間は共感し、それを増幅させる生物だ。ざわざわ、ざわざわと最初は小さかった民衆の不安が全体に広がり、ピークに達する、その寸前に、演説の続きが話される。
「だが安心してほしい、王国国王様と聖女様、そして召喚されし勇者殿たちはご無事だ。ここに」
聖女が前に出て、演説台の上に立ち、戦闘中の罵詈雑言を放つ時とはうって変わってその美貌を悲壮感漂う色に染め上げ、口を動かす。
「皆さん、どうか聞いてください。今、人類連合は魔族の急な奇襲と、あの忌まわしきサーシャ・シルバーの復帰により、今までにない危機を迎えています」
サーシャ・シルバーの名を聞いた途端、民衆のざわつきが再発する。聖女を以てしても倒しきれなかった強敵にして、今日まで死亡したと思われていた人類の天敵。
「だがしかし、こちらには勇者がいる。この戦、否、この聖戦、負ける道理はない。王国を抑えたとはいえど、奴等はエルフの長老様のご活躍もあり、今疲弊している。我々の見立てでは数日の内に王都から一時的に退去するだろう」
そこで言葉を区切り、大きく息を吸い込む。
「そこを我らが帝国軍勢、王国軍の生き残り、勇者、獣王国の戦士達、アマゾネス、エルフ魔法師団の大軍勢で奪い返し、国境まで進軍、一気に攻める。そして遥か昔から続くこの戦いに終止符を討つ」
不安や焦りを塗り返す勢いで伝播するもの、それは熱狂であり、狂信だ。さらに帝国十傑首席の持つ、集団を合理的に纏め上げることのできるスキル【カリスマ】の力によって、人々はそれを信じる。
「神より神託は下りました。聖戦の開幕です‼」
※※※※※※
「ふむ、聞いたか。奴等は聖戦ときた。だが、正統性なら我らにもある。酒牙、数日後、軍を少し休ませてから一時的に軍を下げ、奴等が油断し、ノコノコと王都に現れるのを待て」
「はっ‼」
「オリビア、できるだけ多く罠を仕掛けよ」
「畏まりました」
「クライム、王都各地にシャドウ族奇襲部隊をちりばめ、襲撃に備えよ」
「御意」
「サーシャ、また頼らせて貰う」
「了解、勿論大丈夫よ。あなた、まだ戦えるわよね」
「夫の実力を疑うかい?」
「そう、それならまだまだ余裕そうね」
話が直ぐに纏まる。信頼、ここまで優秀で、強い者たちであれば逆に難しいことだろう。他と自分のレベルが違いすぎる。だがそれを纏め上げてこその魔王と言ったところか。個性豊かな魔族の上に立つ者には通常の王以上の実力が求められる。
「こちらに負けてやる義理などない。早急に取りかかれ‼」




