サーシャ・シルバー
「させません」
【転移】の大合唱は成功した筈だ。なのに飛べない。どう言うことだ?後ろを見てみると全員がカタカタと震えている。
「聖女、貴様何をした」
「少し威圧しただけですわ。この程度で震えるとは、魔族の兵の練度が低すぎるのではありませんか?」
お前がチート級に強すぎるだけだろ。と、声を上げて叫びたかったが、それを堪える。どう考えてもあからさまな挑発だ。
戦意を喪失していない三人俺たちだけでは勝てない。数でゴリ押し戦法が封じられた今、戦闘で勝つのは不可能だ。戦闘で勝てないなら交渉で引き分けにすればいい。
「そこの横の、誰だかは知らないが、ほっといたら死ぬぞ。さっさと連れ帰らなくていいのか?」
「【高等治癒】。これで問題ないどころか、こちら側の戦力が増えましたよ。さて、大人しく死んでください」
「いいのか?例えばだが、俺が重大な情報を持っていたとしたら、お前らがそれを手にする機会を失うんだぞ?」
完全な口八丁。つまりブラフだ、ハッタリだ。それが何処まで見破られずに時間を稼げるかだな。時間稼いだところで何があるって言う話だが。
「俺は中々の地位を持っててな、国の中枢の情報も持っているが、それをみすみす見逃すのか?ま、それで人間が負けたらこっちとしては大万歳なんだがな」
「その仮面、認識阻害ですか。厄介ですね。それがある限りブラフかどうかは分からない、と言ったところでしょうか。死にたくなければ今すぐその仮面をとりなさい」
そう来たかー。クソッ、その可能性は考えてたが外したら確実にバレる。これ以上人間に対してスパイ行為をとれなくなる。それはまずい。
「顔に大火傷があるもんでね、あまり他の者にに見せたくない。できれば隠しておきたいのだが、それでは駄目かな」
「駄目ですね。十秒待ちます。その間に外しなさい。十、九」
チッ、仕方ないか。背に腹は変えられん。十秒の間に出来ることなんてないしな。いや、最後にもう一度だけ悪足掻きするか。
「サーシャ・シルバーは生きている」
寒気がした。背筋が凍りついた。そのレベルの圧倒的な威圧感がこの場を支配した。顎がカクカク震えて歯が音を鳴らす。
「奴は私が葬った筈ですが。何を言い出すかと思えば証拠もない戯言、聴く価値もないですね」
「あら、それはどうかしら」
───ドゴゴゴゴ
地面が揺れ、亀裂が走り、人間を地の底へ落とす。それがたった一人の女ので拳で起こされた。
日魔流闘術 体術 月落し
クレルスが使ったものとは一線を画すその威力。この世で出せるのはたった二人、クレルスの両親だけである。
「相変わらずイカレてるよな、母さん。転移の魔力、あと十五年はかかるんじゃなかったのか?」
「そんな物、息子への愛でなんとかなるわよ。諸々、これが終わったら聞くわよ。覚悟しなさい」
「実際は門下生のみんなに魔力を借りて、それでも足りなかったから節約するためにちょっと本気で体強化してそれでジャンプして無理矢理大気圏抜けただけだけどね。それでも魔力が微妙に足りなくて、転移したら超上空で、大気圏抜けた勢いそのまま落ちていったから。死ぬかと思った」
「そりゃまぁご苦労さん」
父さん大変だったんだろうな。毎回毎回母さんの滅茶苦茶っぷりに付き合わされてるもんな。合掌。幸あらんことを。
しかし、超上空から超スピードで落ちてきたからここまで月落しにパワーがこもったのか。でないとさすがに可笑しいよな。
というか今更だが、これ認識阻害掛かってる筈だよな。一瞬で気づくのはそれも万能愛のパワーですか。
「久しぶりね。二十五年かしら」
「四年と少しです。私にやられたせいで頭が馬鹿になりましたか」
「あー、時間の流れが違うんだ。そこは仕方ない」
ひしひしと伝わってくる二人の殺気。顎カクカクが治ってないんだが。魔力切れかけだろうに。本当に毎度毎度無茶苦茶だこの人。
「撤退です。兵を纏めて逃げなさい。早く」
「何故だ。今なら奴は魔力が枯渇している。殺せるだろう」
「はぁ…分からないのですか。無知は罪ですね。あの化け物は魔力無しで私相手に三十秒は稼ぎます。その三十秒が有れば、そこのさっき来たもう一人の化け物が兵を蹂躙するでしょう。違いますか?ならより被害が少ない方がいい」
「了解だ…」
去った去った。これで一安心か。なんだよあの化け物は。聖女、普段と全然違うじゃねぇか。
「クレルス、いままで何してたの。心配させないで。会いたかったわ」
母さんがそう言って抱きついて来た。豊満な胸が顔に当たって潰れる。「うわっ」と情けない声を出して倒れそうになるも、なんとか踏ん張る。
「ガキじゃないんだがな。まぁその、なんだ、ちょっと集団召喚に巻き込まれて、そこに魔族の神様が割って入って、まぁ結果ここにいる」
「はぁ…本当に、爆発を抑えるのは大変だったよ。おかえり、と言うのは正しいか分からないが、一応おかえり」
「ただいま」




