8.それが一番肝心なんだよ、基本
一つ分かった事がある。
ゲームの設定上、敵にも可動範囲が設定されているという事が。
脱兎のごとく居なくなったアリシアを、闇イノシシは追い続けなかった。俺たちが居る開けた場所から、森に向かって突進していたが、森の中には進めず止まっている。
実際、その辺の垣根があってこそのゲームだよな。街の中まで追いかけられたら大変な事になりそうだ。
あ、もしかして攻撃チャンスだったか?
そうなると、誰かが囮になる方法も使える可能性があるな。
アヤカに目を向けると、闇イノシシに怪訝な目を向けている。そりゃそうか、ゲームなんてやった事の無いお嬢様にとって、あのイノシシの行動は不可解なんだ。
まあいい、説明すれば分かってくれるだろ。現状、攻撃力の高いアヤカが攻撃に回るのが妥当と考えれば、囮は俺だよなぁ。
「あ、あの大きいイノシシはどうなりましたの?」
静閑の森の入口まで戻ると、レイピアを構えたままのアリシアが聞いてくる。本当にここまで逃げて来て、此処に居たんだな。
「倒しましたわ。」
アヤカの返事に、アリシアが安堵してか、レイピアの剣先が地面まで下がって行く。
闇イノシシはあの後、アヤカに状況を説明して倒す事が出来た。説明したうえで、俺が囮になる提案通りに事が進んだわけだ。
ただ闇イノシシの討伐よりも、「そんな卑怯な真似出来ませんわ!」とか言っている阿呆の説得に苦労した。魔物を倒すのに卑怯もくそもないだろう。
上手い人は一人でも倒せるかもしれないし、人数が揃っているならパーティプレイでうまく戦えるのかもしれない。
ただ、瀕死二人で倒そうと思ったら、そういう穴を利用するのもありだろう。そういうプレイヤーの為に、敢えてそういう作りにしているんじゃないかと思えた。
まあ実際、あの巨躯で森の中を駆けまわったら、木が邪魔で通れないか、木が薙ぎ倒されるかだ。クエストを実施するプレイヤーごとにそういった演出をするとも思えない。そう考えれば、あの広場内が移動範囲ってのは妥当なとろこだろう。
そんな事より、闇イノシシを倒した時に牙がドロップしたんだよな。これで武器がグレードアップ出来るぜ。
「一旦街に戻るか。回復薬の補充もしたいし。」
回復薬の補充は嘘だが。他のクエストで使う事はなかったから、必要がないのは分かっている。
「回復薬?それは何に使うのかしら。」
・・・
おい待て・・・こいつは最初のチュートリアルを覚えていないのか・・・
「その赤くなっているHPゲージを回復するための道具なんだけど。」
「そうですわ、これが何なのか気になっていましたの。」
マジだ・・・
こいつ間違いない、刀振ること以外の興味は無いんだろう。
それでよく俺に瀕死とか言って来たな。
「これからゲームを進めて、強敵と戦うためには知っておかなきゃいけない事だぞ。」
「そうですの?だったらちゃんと教えなさい。」
ヘルプを読め!
と、心の中だけで叫んでおく。そう言うにしろ、説明するにしろ、面倒な事には変わりがない。だったらまだ精神的に平穏な気がした。
「とりあえず街に行くぞ、道中で説明するから。」
「分かりましたわ。」
酷く疲れた。
何でHPというものが存在するのか、とか。
仮想世界なのに、何故HPが減ると戦闘不能になるのか、とか。
ゲームってそういうものだし、その設定を受け入れてしまっている俺には出て来ない疑問だが、それが無かったら面白みが無いよな。
ってか俺に聞くな。
簡単に説明しようとしたんだが、そんな感じで話しが逸れるから余計に疲れた。
「ゲームって面倒臭いですわ。」
とか最後に言いやがって。じゃぁやめてしまえ、その方が俺の精神のためだ。
ちなみにアリシアにそんなものは存在しないらしい。蒼文字のくせに、NPCだなんて、何処で見分けろってんだよ。紛らわしいにも程がある。
精神的に疲れた俺だが、クエスト屋に着いて報告を済ませたら気が晴れた。
「よし、これでLV1-1クエスト完了!」
そう、LV1-1で最後に残っていたクエストが闇イノシシだったから、これでコンプリート。LV1-2のパネルがクエスト屋の前に浮かび上がったので、俺はそれをタップする。
クエスト情報をシステムデバイスに転送しましたのアナウンスが、頭の中に響く。
アヤカへの説明の件はもうどうでも良かった。
さっそく内容を見てしまおうか。
「・・・」
今何か目の前を・・・
それはアヤカの手だった。
太刀を握る仕草で俺の前を振り抜いたらしい、その振り下ろした姿勢で、鋭い視線が俺を見上げてくる。街の中だから武器は消えているが、感覚は本当に目の前を刃が通り過ぎたような気迫があった。
こえぇよ・・・
「誰が抜け駆けなどしていいと言いました?」
するなとも言ってねーだろうが!そもそも抜け駆けってなんだよ、一緒にクエスト進めていこうなんて話しすらしてねーよっ!
あほか!
「俺の分のクエストは進めたっていいだろうが、アヤカのクエスト手伝う事には変わりないし。」
そこまではいいが、出来れば今後一緒にやりたくない。
「そういう事なら構いませんわ、てっきり終わったクエストは出来なくなるのかと思っておりました。」
「俺のクエストは終わってるが、アヤカの終わっていないクエストに俺が参加するのは可能だからな。」
これでクエスト報酬がもらえるなら、自分のを終わらせて、他の奴の手伝いで報酬を稼ぐってのもありだな。
「下民の考えそうな賎しい発想ですこと。」
そういうところは察しがいいよな!軽く見透かして見下してんじゃねーよ。
だったら一人で行けと言いそうになったが、似たような事を少し前にやって解放されなかった事を思い出す。
結局、付き合わざるをえないわけだ。
「俺はこのゲームをやりたくてやってんだ、アヤカのためにやっているわけじゃない。手伝いはするが他のプレイに関してとやかく言われる筋合いはない。」
だがこれだけははっきり言っておく。
「そうでしたわね。」
その境界さえ分かってくれればいい。扱いに関しては、住む世界が違うと考えれば、発想も変わってくるだろう。諦めておくしかない。
「で、どのクエストから行くんだ?」
「わたくし、疲れてしまったのでお先に失礼させて頂きますわ。」
俺の質問にアヤカが答えるより早く、アリシアがそう言って来た。そう言えば静かだったが、こいつも居たんだよな。NPCだが。
不思議だよな、なんの為に着いて来てんだか。
「ああ、お疲れ。」
言いながら俺はシステムデバイスから時間を確認する。
(げっ、もう日付変わってるじゃねーか。)
「私も就寝致しますわ。夜更かしは身体によくありませんもの。」
良かった、今日は解放されるわけだな。俺は夜更かし全然おっけーだからな、むしろ眠くなるまでこれから頑張ってやろ。
「そうか、お疲れ。」
「続きは明日手伝いなさい。」
「わかってるって。」
と返事はするが、何故上から目線。いや、現実を見ればそうか、ゲーム内じゃ同じ初心者だが、現実はただの一般人と財閥の令嬢だもんな。
そう考えると、使用人とかにゲームやらせて手伝わせればいいじゃないか。今度聞いてみよ、それで俺が解放されるならそれに越した事はない。
ゲーム内での俺の部屋に戻って行くアリシアと、ログアウトしていくアヤカを確認した後、俺はさっそく鍛冶屋に向かった。LV1-2のクエストを始める前に、武器を作りたくて。
そのために闇イノシシを倒すまで制作を我慢したんだ。
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「美馬津、物資転送の方は問題ないか?」
「物資転送に関しては、八鍬主任も心配してないんじゃないですか?」
椅子に座った中年男性、八鍬は、ディスプレイに視線を固定したまま青年、美馬津に声を掛ける。美馬津もディスプレイから目を離す事無く、背後に居る八鍬に問い返した。
「このプロジェクトが第二段階に移行したした時点で、物資転送は確立済みだからな。」
「前提条件の一つですからね。」
お互い呆れたように笑みを浮かべる。
「ただ、運用となると様子を確認するのは当然だろう?」
「はい。維持管理の段階になってからが本番ですからね。」
「まだプロジェクトの第二段階とはいえ、既に人命が関わった以上、それは本番の運用と同等に対処せざるをえないだろう。」
現段階の状況を確認するように言うと、八鍬も美馬津も表情が険しくなる。同時に、その顔に疲労感も浮かべていた。
「そうなると一番の問題は、人・・・ですね。」
ディスプレイから目を離さない美馬津の言葉が、重くなっていく。
「分かっている。依頼元へは再三に渡って言ってはいるんだが、返事は芳しくない。」
「僕に死ねって事ですかね・・・」
苦笑混じりに美馬津は言ったが、その目は笑っていなかった。むしろ諦めの色さえ含んでいるように。
八鍬はそれを見て、ディスプレイから視線を外して溜息を吐く。
「実際、そうなのだろう。私たちは彼らにとって、替えのきく使い捨てという事だ。監視など誰でも出来る、倒れたら次を投入すればいいのだろう。」
「本当にそう思っているんですかね、構築からやってきた僕らが居なくなっても、頓挫はしないって。」
美馬津はそう言うと、口の端を上げて笑みを浮かべた。それは自嘲でもなく、自棄になったわけでもなく、疲れた目に不穏な色を浮かべているようだった。
「美馬津、何を考えている・・・」
美馬津の状態は、八鍬にも明らかに伝わっていた事から懸念を漏らす。
「プロジェクトの心配をしているだけですよ。これだけのプロジェクトを、人を入れ替えて続行出来るのかと、ね。」
「言いたい事は分かる。だから、今の顔は見なかった事にしておこう。」
八鍬は美馬津の態度に関してそれ以上は言わず、ディスプレイに視線を固定させた。それは美馬津の考えの仔細が分かったわけでは無いが、想像するところに自分が同調したから言及しなかったのだ。
何故ならその可能性は、八鍬も考えないわけでは無かったために。
寝落ちで強制ログアウト・・・
本当にこのVR-HMDはやってくれるんだな。半信半疑ではあったが、心身の状態を察知してゲームから強制的にログアウトさせるって機能。
それをまさに体験したわけだ、寝てたけど。
(2時過ぎまでは記憶にあるんだよな。)
寝る前の事を思い出してみる。
クエストで採集している間に限界が来たようで落ちてしまった。
(あ、って事はやったぶん無駄か?)
損した気分ではあったが、起きた事はしょうがない。とりあえず喉が渇いたので、リビングに移動する。
「休みの日にしては早起きね、珍しい。」
朝食を用意していた母さんがそう言って来た。時計を見ると7時だ。確かに、休みの日の俺はこんな時間に起きる事はまずない。
「食べる?」
「うん。」
何時でも食べられるものだが、用意してくれるなら。
まぁ、温めるだけだから、誰がやっても同じなんだけどさ。
目玉焼きにベーコン、ポテトサラダにコンソメスープ、主食はクロワッサンとありきたりな朝食を見ながら、とりあえず食べて頭を起こして、クエストの続きをやろうと思った。
朝食を食べた俺は、歯を磨いてシャワーを浴び、すっきりした気分で部屋に戻る。
「さて、やるか。」
俺は呟くと、椅子に座りVR-HMDをセットして、背もたれに凭れ掛かった。
ログインすると、メルフェアの街の門からゲームが始まる。
(えっと、クエストは何処まで終わったんだっけな・・・)
「来るのが遅すぎますわ!」
システムデバイスでクエスト状況を確認しようとしたら、突如頭に声が響いてくる。誰かっていうのは分かっているけど、まさかいきなり話しかけられるなんて予想もしていなかった。
ってか、HPも知らなかったくせに、なにチャット機能はしっかり使ってやがんだ。
「別に時間の約束はしてないだろ。」
「あら、そうだったかしら。」
しらばっくれているのか不明だ。だがチャット機能を覚えたという事はそれは、今後のプレイにおいて嫌な連想しか出て来なかった。