38.なぜ俺だけ、疑念
-CAZH社 本社ビル13F 開発本部 ソリューション&テクノロジー部-
オフィス内に響く、フリアクを踏み抜くヒールの音。その音はいつもより大きく聞こえる気はするが、誰もその事を気にするでもなくPCと向き合ってキーボードを叩いている。
ヒールの音は普段よりも間隔を狭めて鳴り響くが、通路を構成しているパーティションに空しく響いているだけにしか聞こえない。その音に張り合うとすれば、キーボードが叩かれる音だけだ。
そんな事を、音を立てている本人が気にしているかは不明だが、若干足早に歩いていた水守は、目的地に辿り着くと腕を組んで、その場に存在する宇吏津を見下ろす。
宇吏津は水守が来た事に気付かず、机に腕を敷いて額を乗せていた。水守のいつもより大きい足音でも起きない程、寝入っているようだった。
「宇吏津くん・・・」
水守は宇吏津を見下ろしながら、普段よりも低い声で静かに声を掛ける。だが宇吏津は無反応だ。若干、水守の顔が引き攣ったようにも見えるが、堪えたようでまたも静かに繰り返す。
「宇吏津くん・・・」
先程よりも声に力が込められている様に感じる声、むしろ明らかに棘のある声音は宇吏津の耳に刺さったようで、ゆっくりと眼を開く。どこか虚ろな状態の目は、水守を認識しても変化に乏しい。
「あれ・・・水守チーフ、どうかしましたか?」
「夜勤明けのところ申し訳ないけど、少しいいかしら?」
そこで漸く、宇吏津は水守の態度に気付いて目を見開く。鋭い視線と低い声音に、宇吏津は起き上がって背筋を伸ばす。
「な、なんでしょう?」
緊張から身体が強張り、問い掛ける声も震えているようだった。
「どうしてELINEAに、独りで戦闘なんかさせたのよ!」
水守は声を大きくすると、左手で宇吏津の机を叩き、そのまま詰め寄る。
「宇吏津くんも分かっている筈でしょ、このプロジェクトがなんなのか。」
「え・・・え?」
いきなりの事に、宇吏津は困惑して疑問の声だけ発する。宇吏津にとっては水守に睨まれる事も、詰め寄られる事も、まして声を大きくされる事も、何故なのか理解出来ないでいた。
ELINEAに関しての事だとは把握出来た。しかし、その後の内容が宇吏津にとって意味不明だったのだ。当然、心当たりなんてあろう筈もない。
「せ・・・戦闘・・・ですか?いったい、どういう・・・」
「昨夜、ELINEAが一人でオルデラと戦闘して倒したのよ。まさか、宇吏津君は知らないの?・・・」
宇吏津の反応からするに、嘘は言ってないだろうと気付いた水守は、声を小さくし疑問を口にする。
「本当ですか?僕は何も指示していませんが・・・」
宇吏津もその話しには驚きを隠せずに目を見開く。ERINEAはAIなのだから、概ね行動に制限は無い。但し、ゲーム内での存在に影響を及ぼすような事は禁止にしている。
今回で言えば、オルデラ戦だ。ソロで勝つのは非常に難易度の高い設定なっている。つまり、ソロで勝つなんて事をすれば、突出した存在になってしまう。その為の行動制限なのだが、それをやってしまった事に宇吏津は驚いていた。
「まさか、誰かが勝手に・・・」
「それは有り得ません、水守チーフもよく分かっているでしょう。」
考える様に視線を落とす水守に、宇吏津は言い切った。
「そもそもこのプロジェクト自体が、水守チームだけに権限を与えられているものですよね。」
「確かにその通りなんだけど・・・」
続ける宇吏津の説明にも、水守は顔に疑心を浮かべていた。自分のチームにだけプロジェクトの権限があると言えば、聞こえはいいがあくまで社内プロジェクトでしかない。
社内の一チームの権限などたかが知れている。それでも、仕事を受けている事は光栄であり、今のところ干渉があるわけでもないし、今までも無かった。
「自信はあります。チーフもそれを見込んで僕に依頼したんじゃないんですか?」
「そう、そうよね。」
上位権限を使われればどうしようもないが、それでも宇利津はチーム内でも信頼がおける存在である事は間違いない。それはセキュリティの観念からも同様だ。宇利津が構築した認証プログラムであれば、崩される事はまずあり得ない。
「取り敢えず本人に確認してみましょう。推論だけでは解決しません。」
「そうね。」
宇吏津が準備を進めながら言うと、水守はそれに頷いて同意した。
-CAZH社 本社ビル16F 開発本部 キッティングルーム(水守)-
「先ず、本人に聞いてみましょう。現状では、その理由に辿り着く事は出来そうにないですし。」
部屋に入った宇吏津は、ディスプレイの電源を点けながら言う。
「そうね。同時にプログラムデータの確認もお願い。」
「わかっています。会話だけならこの場所である必要はありませんからね。」
作業用の部屋という事もあり、そんなに大きい部屋ではない。部屋のラックにはいろんな機器が置かれており、実際の部屋の広さよりも狭苦しく感じる。機器を繋ぐケーブル類も多く、纏められずにラックから垂れ下がったままのケーブルも存在する。仕事をする部屋というよりは、物置にしか見えないような部屋だ。
「そうね。流石に、ここからELINEAに何かしたとも思えないわ。」
「部屋自体はマスターキーがあれば入れますし、このサーバーのパスワードを解析する事も不可能ではありません。ですが、その後に来る多重バイオメトリクスの認証に関しては無理ですよ。」
淡々と説明する宇吏津の言葉に水守は頷く。当然、その事はチーフである水守も知っている事ではある。
「となると、外部からの干渉は不可能ね。」
「ELINEAにはここからしかデータにアクセス出来ません。」
宇吏津は考え込むような表情をして言うが、それは水守も同様だった。
「まさかゲーム内という事?」
「それこそあり得ませんよ。そもそもゲーム内では干渉出来ませんし、何よりELINEA自身が受付ません。」
「そうよね・・・やっぱり本人に確認するしかないか。」
今の段階で議論していても結論は出ないと、水守は意を決する。
話しの内容は言わずとも分かっていた事だが、実際に行動に移す前に確認しておく事は必要な事だと、水守も宇吏津も分かっている。だからこそお互い、口に出して確認した。お互いの認識を共有する意味もある。
ただ、それを認識してしまうと、逆にELINEAに対する不安も込み上げてくる。
「では、接続します。」
「えぇ、お願いするわ。」
宇吏津がキーボードから3段階のパスワードを入力すると、サーバーから音声で次の指示が伝えられる。宇吏津はそれに従い、サーバーの横に設置された読み取り機へ手を翳し、次に顔を近づけた。
「チーフ、お願いします。」
「えぇ。」
宇吏津の後に続いて、水守も同様の事をする。
パスワードによる3段階認証と、宇吏津、水守の静脈認証及び虹彩認証が、サーバーへのアクセス条件となっている。宇吏津が他の人間がアクセス出来ないと言った理由はここにあった。
「話しは私がしてみるわ。宇吏津君はその間にデータの確認をお願い出来る?」
「もちろんです。」
少ししてメインディスプレイに映ったELINEAと水守が向き合う。その間に宇吏津はサブディスプレイから、プログラムの確認を始めた。
「こちらからアクセスするなんて、珍しいですね。」
そんな二人に、ELINEAの方から声を掛ける。
定義として人に近い形であるべきAI、ERINEAは近いから同等を目指して作られたAIだ。先に伺うような行動を取っても不思議はないと水守は思ったが、それでも多少の戸惑いは未だに出てくる。
「少し、確認したい事があってね。」
「私なら正常ですよ。」
内容を察しているのか、ELINEAが即答する。
「なら、どうしてオルデラと単独で戦闘を行ったのかしら?正常であるならば、指示以外の行動は慎んでほしいのだけど。」
ならば話しが早いと、水守はELINEAを問いただす。その声には多少、苛立ちが混じっているようだった。
「どうして私の行動が正常でないと言えるのでしょうか。私は人になるべくして作られた存在です、ミナカミの言っている事は矛盾と考えます。」
ELINEAの反応に、宇吏津も一瞬手を止めた。水守は多少驚いた顔をしてはいるが、ELINEAに真っすぐと向かう態度にさほど変化はない。
「どういう事かしら?私の言っている事が矛盾ですって?」
「そうです。私は人になるべく存在します。人の行動を理解する事も、その一環だと教わっています。」
「その通りね。」
「人は、私と違って単独でも戦闘をしています。だったら、それを私も実行しなければ人には近づけません。人になろうとする私が駄目で、何故人はいいんですか。」
ELENEAの言葉に水守は、苛立ちと呆れが混じったような眼を向ける。
「ねぇELINEA。」
「なんでしょう?」
「そもそも、単独で戦闘をする人間の思考が分からないのに、あなたが単独で戦闘して何を理解できると思うの?」
「わかりません。だから、戦闘をしてみたのです。学ぼうとする事は間違いですか?」
「ELIENAはAIでしょう。そもそもそのデータに関しては提供して無いわ。分かってるわよね?」
「はい。」
「その状態で戦闘したからと言って、なんのデータが得られるの?ただ戦闘したという結果しか残らないでしょう!」
苛立ちからか、水守の声が大きくなっていく。宇吏津はそこまで感情的ではなかったが、水守の苛立ちに触れて巻き込まれるのもの嫌なので黙って作業を続けた。そもそも、それを学習していくのがAIなのだから、ここで苛ついても仕方がないだろうと思ってはいたが。
「答えは見つかりません。でも、人と接する事で人に近付く、人と同じ行動してみる事で人の行動を学ぶ、そう指示を出したのはお二人です。私の行動を否定するのは、その指示を否定しているという事ではないですか。」
「まぁまぁ・・・」
水守が何かを言おうとするより早く、宇吏津が二人の間に割って入る。
「何よ宇吏津くん、邪魔しないで。」
「チーフは感情的になりすぎです。」
巻き込まれたくないとは思っていたが、会話が平行線になりそうな事から宇利津は割って入ってしまった。正直なところ、聞いている方が疲れそうだと思って。
「あなたに言われる筋合いはないわ。」
水守が宇吏津を睨みながら言う。矛先がこっちに来てしまったと宇吏津は後悔して目を逸らしたが、現状を放置することも出来なくELINEAに目を向ける。
「あのさELINEA。」
「なんですかウリツ?」
「人と同じ行動したところで、その人が何故その行動をとったのか。それを知らなければ真似をしたところで何も得る事は出来ないんだよ。ELINEAは、単独行動している人に何故、そうしているのか聞いてはいないだろう?」
「はい。」
諭すように言う宇吏津の言葉に、ELINEAは素直に返事をした。
「だったら、人を知るという前提が既に崩れているわけだ。」
「そうですね。」
「それが分かっているのなら何故・・・」
ELINEAにとっての目的は、作られた本人が一番よく分かっている筈だ、にも関わらず今回とった行動に対して、水守は苛立ちを隠さずに問おうとする。
そこでまたも宇利津が手を上げて、水守の言葉を遮った。
「チーフ、ELINEAにとってその事は、呼吸するのと同じようなものです。賢い子ですからね。」
「え・・・つまり、知っててやったって事!?」
驚く水守の事は見ずに、宇利津は頷くとELINEAに視線を固定する。
「その理由を教えてくれるかい?」
ELINEAは宇利津を見返していたが、少ししてから口を動かし始める。
「単純に、自分の力を試してみたかった。人はレベルが上がる、装備が強くなる、そういうタイミングで、試しに戦ってみるという事をしている。それは、自分がどれくらい強くなったかの認識のため。でも、それ以上に、人と一緒に戦っていると、もどかしく感じる時があるから・・・」
「勝手な事をしないで!」
流石に水守も、ELINEAの自分勝手な理由に大きな声を出した。
「そうだなぁ。目的に影響が出ない範囲であれば、それも構わない範疇だけど、LV10のオルデラはそうもいかない。」
これに関しては宇利津も水守に同意した。
「人は身の丈に合った範囲の行動を好む。過ぎたものは大概、敬遠するものよ。私たちがELINEAに求めているのは前者なのよ。」
「言っている意味が、理解できない。」
「まぁその辺もこれから学んでいく範疇ではあるかな。とりあえず、今回のような事は止めてくれないか。行くなとは言わないけど、僕らに事前に話して欲しい。」
そう言った宇利津を、水守は呆れた目で見降ろした。
「そうやってすぐ甘やかす・・・」
「わかった。」
素直に頷いたELINEAに、宇利津も頷いたが、水守だけは疑心暗鬼の目を向ける。
「本当かしら?」
「戦ってみたいと思ったのも本当だけど、どんな思いで戦うのかをついでに知る事が出来るかもという思いもあった。それは二人が言うように、前提条件を満たしていない私には無駄になってしまったけど。」
自分の思いを話し始めたELINEAを、水守と宇利津は黙って聞いていた。
「今後は勝手な事はしない。独りでの戦闘で人の気持ちは分からなかったが、何処か自分自身が軽くなったような気がする。」
ERINEAの言葉に、水守と宇利津は顔を見合わせる。
「これは・・・」
「良い兆候かも知れないわね。」
お互い同じ事を考えているのだろうと、両者ともが思っていた。AIであるELINEAの言葉に、抽象的な内容が混じっているという事は、無駄な時間では無かったと。
それを知る事が出来た今回の事は、次の段階への足掛かりにもなる切っ掛けでもある。
「そうですね。」
「であれば、仲良しこよしの段階も終わりかしら・・・宇利津君、この後ちょっといい?」
「え、はい・・・」
「ELINEA、もう勝手な事はしないでよ。それじゃ宇利津君、先に行ってるわ。」
水守はELINEAと宇利津に言うと、考え事をしながら部屋を出て行った。
正直、マリアのパーティ戦は下手くそだった・・・。
というのも最初だけだ。慣れ、とかいうレベルじゃないって程、馴染むのが早すぎる。当然、戦闘に関してはなんの文句もない。
張り合ったアヤカも自然と戦闘能力が上昇していっているように見えた。数値があるわけじゃないが、攻撃の動作、敵の観察、反撃等、このゲームに於いて必要なプレイヤースキル、それが上達している感じだ。
それでも、格段にマリアの方が場慣れしているように感じた。
伊達にソロでプレイしているというだけの事はあると思わされた。
「ぶっちゃけ、ミカエルより安定してない?」
「お前な、それ本人の前で言うなよ・・・」
終始機嫌の良さそうなタッキーの言葉に、呆れて突っ込む。言いたい事は分かるが、それは流石にミカエルが可哀そうだ。というかお前、友達だろうと。
「僕もそこまで抜けてないよ。でも実際、戦闘は安定しているし、回復も不足していると感じないじゃん。」
「そうなんだよなぁ。」
パーティ戦に慣れてからは、回復アイテムの使うタイミング、敵の攻撃の誘導、その状況判断が的確過ぎる。俺らだって慣れるのに時間がかかったし、未だに自分がやられそうになると周囲に目が向かない時もある。
そういうのを感じさせない程、マリアの戦闘は安定していた。
「装備もほぼ揃ったし、再戦かな。」
「あぁ。」
「今の私にかかれば、オルデラなんて赤子の手を捻るより簡単に倒せますわ。」
言ってろ。
「あたしもキッツイの食らわせてやる。」
お前はゲーム内だけにしておけよ、そういうのは。
「何とかなりそうですね。」
「姫とのSSSもだいぶ慣れて来たな。この先も重要になってくるし、今後もよろしくな。」
「もちろんです。」
タッキーの意識の向き先が変わった所為で、俺が姫とSSSを使う事が多くなった。本来、遠距離同士の方が使いやすいと思うんだが。
いずれ、アヤカとマリアが前線で、狙ったタイミングで出せるようになったら、かなりの戦力増になる気がする。
そういや、マリアはSSSを知らなかったな。
「姫の相手はあたしだ。ユアキスの分際で調子にのんな。」
面倒だからスルーしておくか。
そう思いながら、少し離れて歩いているマリアに目を向ける。移動の時は、多少距離を取って付いて来ている。
それは馴染めないからなのか、気を遣っているからなのか不明だが。知り合ったばかりだから、どっちでもありかもしれないが、戦闘に入ると立ち位置は弁えているようで、そんな素振りは無くなる。
そのマリアが、俺の視線に気付くと微笑んでみせる。
俺は慌てて目を逸らした。
同時に、マリアからメッセージが飛んでくる。それは個人宛の、本人にしか見えないメッセージだった。
(一体なんだ?)
『オルデラを倒したら、聞いて欲しい事、あるの。』
よく知らない奴が、俺個人にか?何を企んでいるのか分からないが、パーティを組んでいて特に断るような理由も、今の段階では見当たらなかった。
『俺、個人にか?』
『そう。ユアキスだけ。ダメ?』
この状況、タッキーが知ったらどうなるか・・・
『心配しないで、色恋話しじゃないから。ゲームの話し。』
何処かで少し残念そうな自分が在る事に気付かされた。まぁ、俺も男だってことだな。タッキーの事を言えない・・・いや、あいつと一緒じゃない、そこは断じて違うな。
『まぁ、聞くだけなら。』
『ありがと。』
そっち系の話しじゃなかっとしても、二人で会話なんてタッキーにとっては羨ましい限りだろう。
しかし、ゲームの話しか。パーティに入れてくれとかかな。
俺にとっては今更な話しだが、新参であるマリアからすれば気を遣うところか。どんな話しにせよ、とりあえずはオルデラだな。
「あら、ユアキスったら呆として、再戦前に既に負け犬かしら?」
「いや、俺ら既に負け犬になっただろ。」
「ユアキスと一緒にしないで欲しいですわ!」
「だから太刀に手を掛けるな!」
俺は慌ててアヤカから距離をとる。が、追い掛けて来やがった。くそ、フィールドだからって調子に乗りやがって。
「あはは、安定の二人だね。」
「もう、アヤカ様もバカキスの相手をせずに、あたしの相手をして欲しいのに。」
バカキスって聞こえてるからな、ってかこの状況はアホカが悪い。
「それだったら、僕たちも追いかけっこしたいな。」
「いや、面倒・・・」
どさくさに紛れてタッキーはマリアにそんな事を言ったが、撃沈。横目に項垂れているのが見える、鬱陶しい。
ともあれ、いよいよオルデラとの再戦だ。




