0.結婚式当日にて、消失
イズ・クーレディア大陸 王国歴七百三十二年
-リュステニア王国 ユーレリア地方-
雄大な新緑が織りなす小高い丘に、青い屋根と白い壁が映える教会が自己主張をしている。
教会の前には白い正装をした幾人もの男女が挨拶を交わし、談笑し、お互いを称えあう。
結婚式に集まった彼らは、教会の中で準備を進めている新郎新婦の登場を、歓談しながら待ちわびていた。
雲一つない青天の陽光は、教会も、鐘も、飾りも、参列者の衣装さえも輝かせていた。まるで、これから新たに歩み出す二人を讃える、祝福の光のように。
本日はテルメスタ男爵家、バートラント子爵家の結婚式である。
新郎はテルメスタ男爵家長男、ミルオーデ・テルメスタ二十八歳。
新婦はバートラント子爵家次女、アリシア・バートラント十六歳。
「此度、バートラント家との繋がりが出来る事、誠に光栄です。」
「こちらもテルメスタ家に娘が嫁ぐことを、嬉しく思っております。」
両家の主が、教会の聖堂にて言葉を交わす。
奥の控室にて新郎新婦、それぞれの準備が終わるのを待ちながら。
新婦控室
「アリシアお嬢様、いよいよ時間が迫ってまいりましたね。」
侍女がアリシアの横で佇み、来るべき時間を待ちながら言う。
「わたくしはこんな結婚、望んでなんかいませんわ・・・」
明らかな不満を顔に浮かべ、アリシアは侍女を睨み付ける。
既に支度は終わり、新郎のミルオーデと聖堂で会うのを待つばかりの状態でアリシアは待っていた。順調に行けば、聖堂にて新郎との愛を誓い、指輪を交換し、誓いの口付けをする予定になっている。
その時には外で待つ参列者も、聖堂に移動し静謐の中、二人の誓いを見守るだろう。
「男爵家の長男と結婚するだけでも、光栄な事だと思いますよ。」
「冗談じゃありませんわ。」
諭すように侍女は言うが、アリシアは納得がいかずに結婚自体を否定した。
「わたくしが次女だからこの様な扱いにされたのですわ。お父様は何時までもわたくしを、家に置いておきたくないのでしょう?」
「決してそのような事は御座いません。ルーデリオ様はいつでもお嬢様の幸せを望んでおられます。」
侍女の言葉に、アリシアは先程よりも増して鋭く睨む。
「本当にわたくしの事を思っていらっしゃるのなら、この結婚はありえませんわ!」
「お嬢様、落ち着いてください。お召し物や化粧が崩れてしまわれます。」
「そんな事、どうでもいいですわ。アーネお姉様はニアルーグ伯爵家に嫁いだのに、わたくしは男爵家。なにゆえ、下の家に嫁がなければなりませんの?」
アリシアは悔しさに顔を歪めて疑問を口にする。
「男爵家の中でも、テルメスタ家は立派なのですよ。バートラント子爵家に比べても遜色はありません。」
侍女は必死に宥めようとするが、アリシアの態度は変わらず、憤りが収まる気配は無い。
「アーネお姉様のお相手は年齢も近く、細身の長身で、端整な顔立ちをした素敵な殿方でしたわ。わたくしに対する礼もとても素晴らしかった。それに比べミルオーデは、わたくしよりも身長が低く、太り気味で平凡な顔立ちですわ。」
「ミルオーデ様もお優しい方と伺っております。」
アリシアは侍女の言葉に足を上げると、踵で床を打った。
「わ・た・く・し・は、素敵な殿方に出会いたいのです!お姉様ばかりずるいですわ。」
「しかし、もう決まってしまった事です。この結婚を破棄されますと、両家の間に軋轢が生まれてしまいます。」
アリシアは侍女の言葉に、左手を腰に当て、右手の人差し指をびしっと向けた。
「言いましたわね。わたしくが道具であるという事を。」
「そ、そのようなつもりで言ったのではありません!」
「両家の関係のために、わたくしをテルメスタ男爵家に嫁がせるのでしょう。わたくしを売ったも同然ですわ!」
「お、お嬢様、なんという事を言うのですか。ルーデリオ様はお嬢様の事を本当に思っていらっしゃいます。」
侍女がそう言うも、収まらないアリシアは部屋を出て行こうとする。
「わたくしには、そうは思えませんわ。」
「お、お待ち下さいお嬢様。」
アリシアが扉の取っ手に手を掛け開けた瞬間、まるで渦を巻いているように扉含む周囲が歪み始める。
「きゃぁっ!!?」
それを目撃した侍女が悲鳴を上げた。
歪みと同様に、アリシアの身体も歪み、渦の中心に吸い込まれるようにアリシアがその場から消え去った。
「お、お嬢様!?」
侍女は恐る恐る扉に近づき触ってみるが、この部屋に入った時と変わりは感じられなかった。
ゆっくりと扉を開けて確認するが、外は聖堂に繋がる廊下があるだけで、やはり訪れた時と変化はない。
ただ、アリシアだけが見当たらなかった。
「お嬢様?・・・アリシアお嬢様っ!」
廊下に出て、声を大にして何度も名前を呼ぶが、一向にアリシアからの返事は無い。
そこへ声を聞きつけたルーデリオ・バートラントが駆けつける。
「何を騒いでおる?アリシアがどうしたのだ?」
混乱する侍女にルーデリオは聞くが、侍女は錯乱状態の様に「お嬢様が」と繰り返していた。
「馬鹿な・・・教会の出口は裏口と聖堂だけだ。取り敢えず探してみよう。」
落ち着いた侍女からやっと話しを聞けたルーデリオは、侍女が夢でも見たのだろうと思った。しかし、アリシアが居ない事は事実の為、捜索の手配をする。
結婚に乗り気では無かったため、逃げたのだろうと思っているルーデリオは、見つけ次第テルメスタ男爵家への謝罪と、アリシアへお灸を据える事を考慮して。
「眩暈・・・かしら・・・」
アリシアは立っていられなく、額に手を当てて膝から崩れ落ちた。
その瞬間、身体に伝わる感触に違和感を感じる。
「こ・・・こは?」
手に伝わる地面の感触に疑問が沸いてくる。
「わたくし、教会にいた筈では・・・」
「おーい、大丈夫かぁ!?」
困惑するアリシアに、その時遠くから何かを言う声が聞こえる。
怯えながらもその声の主に、アリシアは目を向けた。