洗濯日和(4)
山名高校壁新聞、四月号
先日、美術部の卒業生の山名校寄贈作品が盗まれる、という事件があったことを皆様に号外で知らせたが、本日未明、また絵が一つなくなっていた。
無くなった絵は体育館までに続く渡り廊下付近にある絵、タイトルを『教室から見た世界』という名の作品だ。
昨日、下校時間ぎりぎりまで我新聞部が校内を見て回ったが、昇降口の桜の絵以外に紛失していた作品は無かった。
つまり、絵が無くなったのは昨日十八時から今朝、事務の方が来るまでの間(六時半頃)までの間と考えられる。
職員の方々から話を聞けていない今、盗難だと言い切る事はできないが、もしそうなのであれば、これは一大事であろう。教職員の方々も何かしら行動をしなくてはならないのではないであろうか。
新聞部はこれからもこの事件について調査していこうと考えている。興味のある方は新聞部まで足を運んで欲しい。
一刻も早く犯人が捕まらんことを祈る。
著 花川 良平
「と、言うことみたいだよ」
掲示板に張り出されていた壁新聞の縮小コピーを読み上げた琴羽は、それをひらひらさせながら呟いた。というか、そのコピーをどこで手に入れたのだろう。
さすがの琴羽も憤慨の色を隠せないようで、その猫のような大きな目は天敵を見つけたようにぎらぎらさせている。
「それにしてもなんだろうねこの記事。言ってることが滅茶苦茶じゃあないか。見出しに盗難って書いておきながら記事は盗難と言いきれないなんて、矛盾もいいとこだね」
「ホント。なにが『一刻も早く犯人が捕まらんことを祈る』よ。その皮引っぺがしてやりたい」
ぴりぴりとした空気が美術室をつつむ。今は丁度、五時限目が始まった時刻。三年生のわたしたちは今日は午前授業で終わり、無論、自習をしていなければならないのだけれど、今はそれよりも犯人を捕まえたいという考えが先立っていたので、またここに集まった。
それにしても、と琴羽が話を変えだす。
「最初から気になっていたんだけど、犯人の狙いはなんなんだろうね。高校生の絵なんて盗んでどうするつもりなんだろう?」
それについてはわたしも思った。歴史的、芸術的価値のある偉人の作品などを盗むのならば話は分かる。しかし、盗まれているのは琴羽の言う通り一高校生の絵なのだ。
考えるわたし達と違い、百合子はやけに落ち着いていた。
「それについてなんだけどね、あたし思うんだけどやっぱり新聞部が犯人じゃないかな」
「新聞部が、かい?」
「そう、昨日の話聞いた限りだと新聞部は廃部の危機にある。存在を新入生に知ってもらうには大きな事件的物が必要。否定はしていたけれどこれは全部、新聞部の自作自演だと考えるのが一番しっくり来ると思うの」
「ちょ、ちょっと待ってよ百合ちゃん。犯行動機が分からなくともまだ外部犯の筋が消えたわけじゃないし、新聞部だと決め付けるのはよくないよ」
「そうだよ百合子。花川君を疑っちゃうのは分かるけれど、それは外部犯の犯行という線があるかないかはっきりさせてからでも遅くないんじゃないかな」
わたしと琴羽の連続した反撃を受けて百合子は少し口を尖らせた。
「じゃあ、どうやってそれをはっきりさせるのよ?」
そう、そこが問題なんだ。わたしは心の中で呟く。
物語の世界ならば犯行予告とか、犯行声明とか残されていたりして分かりやすいんだけど。……残されていたら大体の確立で小説とかでは犯人は内部犯だし、そういうことを考える人もいるだろう。まあ、これはわたしの偏見かもしれない。
とりあえず一人で悩んでいても埒が明かない。思ったことをまず口にした。
「じゃあまず、外部犯の犯行って事にして考えてみようよ。外部犯が校内に入るとしたらどこから入るだろう?」
「入るって、そりゃあ人気の無いときに窓を割ったりとか扉の鍵を壊して、でしょう」
百合子の言葉にわたしと琴羽が頷く。ただ、それには一つ問題があって、
「でも窓は壊されていないし、鍵も壊されていないよ」
そうなのだ。昨日今日とどこかが破損していたという情報をまったく聞いていない。窓なんかが割れていたらすぐに誰か気がつくだろうし、扉を壊せばセキュリティに引っかかるだろう。
「じゃあ犯人は、夜は動いていないってことだよね」
「花川君の推理とは異なるけれど……そういう、ことになるかな、うん」
ひとつひとつ確認するようにゆっくりと琴羽は返事をした。
でも、もちろんこれにも無理があるわけで、百合子が問題を口に出す。
「そうかもだけど、昼とか夕方はまだ生徒も教師達もいるじゃん。いつ盗んだのさ」
「それが分からないんだよね……」
わたしの言葉は沈黙に霧散して、また全員が考え込んでしまった。
しかしすぐに琴羽が話題を切り替える。
「じゃあさ、侵入のことはおいといて、犯人はどうやって絵を持ち出したんだろうか。それについて考えてみようよ」
そう言って人差し指を立てた。
「あんなに大きな絵を目立たずに持ち運んだか」
「ああ、確かにそうよね。外に持っていくとしたら手持ちは目立つし、かといって自転車やバイクも……また一緒か」
「と、いうことは車を使ったんじゃないかな?」
あ、とわたしは声を漏らした。
そうだよ。車を使ったら絶対に通らなくちゃいけないところがあるじゃないか。
「車を使ったら校門を通るよね。この学校は山道だから裏門もないし、出入り口は一つだけだ」
「そうよ! それに校門にはいいものがついてるじゃない!」
三人で頷く。防犯カメラだ。これで外部犯かどうかがすぐに分かる。そうとなれば善は急げ、行くべき場所はひとつしかない。
美術室をあとにして事務室を目指すわたし達。さすがに授業中ということもあってか日はまだ高いのに校内は静まり返っている。こういう空気もなんだか新鮮だ。
――ただ、なんだろう。違和感がある。
しかし色々考えている内に事務室についてしまい、思考は一度中断された。百合子が扉を二度ノックする。
「失礼しまーす」
簡素な扉の向こうはなかなかに清潔感があり嫌な臭いもしない。事務員って男の人が多いイメージがあってもっと雑然としていたり、タバコの臭いとかするものだと思い込んでいただけに意外だ。見た目としては綺麗に片付けられた小さな職員室みたい。新聞部の部室とは正反対。
中心に集められた四つのデスクのうち一つに、白髪で色黒のおじさんが一人座っていた。
「はいはい、何か御用ですか?」
元気のいいというより、意気のいい声と表したほうがいいような声で迎え、おじさんはわたし達の方を見る。
「あの、実は防犯カメラの記録を見たくって……」
「防犯カメラ? ああ、例の事件のことかいね。あれなら不審な車なんかは見つけられなかったよ」
「え、それどういうことですか?」
当然の疑問に百合子が問う。まだわたし達は防犯カメラとしか言っていないのにどうして車だと思われたのだろう。
もしかして、警察の人が来てもう確認したのだろうか。そんなことを考えていると、事務のおじさんは腕を組みながら答えた。
「今日新聞部の男がきてね。聞いていったんだよ」
予想ははずれ、そして意外な人物がでてきた。
……あれ? 犯人がつかまらないほうがいいと言う考えの花川君が何でそんなことを調べたんだろう。
疑問を感じたわたしに、横にいた琴羽が囁いた。
「多分、犯人についての記事を書くためだろうね。こういうネタならみんなも食いつくんじゃないかな」
なるほど、そういうことか。確かに犯人の事はみんな興味あるだろう。わたし達も探している身なのだし、こういう立場じゃなければ興味を示したかもしれない。
お礼を言って去ろうとするわたし達に、おじさんは声を掛けた。
「それにしても大変だねえ、絵が盗まれるなんて。ただでさえ先生方は部員確保戦争でぴりぴりしてるって言うのにねえ」
「戦争?」
聞きなれないフレーズに琴羽が食いつく。
「おっと」
が、間の悪いことにそこで電話が鳴った。
おじさんは子機を手にしてわたし達に一言言うと、そのまま電話に出た。受け答えをしながら淡々と書類に何かを書き始めている。
さすがに待っているのも失礼だろう。おじさんにも仕事がある。わたし達はもう一度お礼を言って、事務室をあとにした。
歩き出してすぐ、百合子が一声を放った。
「見知らぬ車がなかったって事は、犯人はこの学校内の誰かって事ね」
「そうだね。でも、今のおじさんが言っていた『新入部員がたくさん入ったらなんかおごってもらいな』ってどういう意味だろう?」
「あたしが思うに、入部祝いにって事じゃないかな? たくさん入ったらパーティーでもって事じゃない?」
……それは、さすがに無いんじゃないかな? なんとなく、その言葉は言わなかった。