初仕事は恋の味(後編)
翌日、午前の授業中にわたしの携帯電話が唸りをあげた。この振動音の長さからするとメールを受信したようだ。
教師の目を盗みながら鞄からそれを取り出す。幸い、この日本史の先生はこういうことに鈍いようで、他の生徒が電話をいじっていても見つけたためしがない。現在もそこかしこにゲームや電話をいじっている生徒もいるくらいだ。
それでも、わたしは細心の注意をはらいながら、ボタンを操作し受信ボックスを開く。
送信者は百合子だった。
『あの絵について、答えがわかったので放課後に美術室に集合。オーケー?』
わお。心の中で大げさに驚いた。
昨日帰宅してからわたしも考えていたのにさっぱり答えが出なかった。今先生が言っている天保の改革の中身を憶えるよりも難しい難題を、百合子は解いたのか。いや、そもそも記憶と思考じゃあ、使う脳が違うんだっけ?
『りょうかい』
短くそう返すと、また電話を鞄の中へしまう。ミッションコンプリート。案の定先生にもばれなかったようだ。ほっと緊張を解いた。というか、わざわざメールで無くても、休み時間に直接言いに来ればいいのに。
ただ、わたしは今のメールについて少しうれしく思っていた。
この学校では、生徒は全員どこかの部活に入部することが校則で定められている。
最初から美術が好きで美術部に入部したわたしと琴羽はいいのだが、百合子は違った。中学のころにやっていたお料理研究部が高校にはなかったのだ。仕方なしに「紅葉がいるから」という理由で美術部に入部したのだ。
百合子はコンクールなどがあれば出展する、部活にはしっかり出る。といったいわゆる普通の活動は行っているのだけれど、芸術に関する興味は薄い。だから形がどうであれ、わたしは彼女が絵に興味を持ってくれていることがうれしい。
……もしかして、先輩の狙いもそこにあるのだろうか?
美術室の空気はラベンダーの香りで包まれている。それがなんとも心地よい。
琴羽だけでなく神崎先輩も呼び出されているようだ。私がここについたときには、二人は仲良く昨日と同じ場所に腰掛けておしゃべりを楽しんでいた。
どうやら、百合子は探偵役を演じるらしい。ただ、肝心の探偵だけが未だ姿を現さない。わたしたちはかれこれ十分近くは待ち続けている。
「それにしても、百合ちゃんはどんな推理を披露してくれるんだろうね」
先ほどから少し落ち着きのない琴羽が言った。彼女は百合子の推理を期待しているようだ。
「さあ、でも百合子のことだからね、私はあまり期待していないわよ?」
先輩はくすくすと笑いながら立ち上がり、教卓に近づきラベンダーをつついた。口に当てた左手の指が心なしか黄色を帯びている。
「……遅いね」
わたしがぼそりと呟くと二人も肯定した。
「でも、名探偵は得てして遅れて登場するものだからね。お、噂をすればなんとやらかな、探偵さんのご到着のようだよ」
「……だね」
パタパタと不規則な足音が聞こえてきた。そして、引き戸が勢いよく開かれる。
「お待たせしました!」
「待ちくたびれました。って、どうしたんだい、その顔は」
琴羽が大きな目をさらに見開く。琴羽の言うとおり、百合子の顔はすごいことになっていた。きらきらと輝く目とは不釣合いに目の下に濃いくまをつくり、顔全体はむくんでいる。一体、何があったのさ。
「徹夜で調べていたからね」
「何をだい? あ、絵の仕掛けについてか」
「その通り。先輩のトリック内容しっかり全部まとめてきたわよ!」
そう言って、ホッチキスで留められた数枚の紙束を前に突き出す。この鬱陶しいくらいのテンションは、やはり徹夜明けだからだろうか。
「あら、準備いいわね」
「もちろんですとも先輩。名探偵に抜かりはありません」
自信満々に言っているけれど、大丈夫だろうか。昔から、百合子が調子いいときはあまり言い結果になった試しがないのだ。
テストに美術作品、それから買い物なんかも。調子に乗ったときはすべて失敗している。正直、すごく心配だ。
「それじゃあ早速、その推理とやらを聞かせてもらえるかな?」
琴羽の言葉を待っていましたと言わんばかりに、にやりと百合子は笑った。
「いいわ、それではしばらくご静聴お願いいたします。まず、この絵を見てほしいの」
立ったままの百合子はまず問題の絵の一枚目を開いて見せた。
青い空に白い雲。昨日何時間も見た景色が今もそこに変わらず描かれている。うーん、やっぱり何度見てもうまいとはいえないかな……。
「この空の絵、雲のほうは普通の白だけなんだけど、青空のほうが若干紫っぽいのがわかるかしら、それと若干斑があるの」
わたしと琴羽が頷く。それは昨日、その絵を見ていて気がついていた。
「それがあたしは気になってね、少し、いやかなり長い時間掛けて調べてみたのよ。そしたらネット検索で一つの記事が引っかかったの。それがこのあたしが持ってる資料」
わざとらしく二回紙を手で叩く。タンバリンの面を叩いたような音が響いた。
芝居がかった推理をしている百合子は、いよいよテンションが最高潮に上ってきたようだ。
「これによるとね、ある材料を用いると、日が経つにつれて青色が落ちてき、下地に塗った赤色が出てくる。といった技法があるらしいわ」
「そんな方法があるのかい?」
「ええ、あたしも驚いたわ。まさかこんな方法があるなんて、ってね」
くすり、ラベンダーをつつく先輩の口から空気が漏れた。「それで?」と先輩は百合子を急かす。
「つまりはですね、先輩は下地に油彩の赤色を塗り、その上からある材料、露草の青色を使って、この空をだんだんと『夕日に染めていく』という仕掛けをこの絵に使いました。塗りに斑があるのがその証拠です」
百合子は、こほんと、わざとらしく咳をしてから満面の笑みで言った。
「以上があたしの導き出した答えです」
すごい、わたしは心の底から感心した。わたしは百合子から資料を受け取りざっと目を通す。
露草の色は退色しやすく、水で流せばすぐに消えてしまう。日に当てているだけでもだんだんと色が落ちてきてしまう。そんなようなことが、パソコンの活字で書き記されていた。へえ、こんな方法もあるんだなあ。
しかし、そんなわたしをよそにパチパチと拍手をしてから琴羽はこう言った。
「すばらしい推理だったよ百合ちゃん。でもね、私は一つ気になっていることがあるんだ」
「気になっていること、何なのそれ?」
いったい何があたしの推理に足りなかったの?眠いからだろうけどイライラした感情が表に出てしまっている百合子に向かって琴羽はなだめるように言った。
「いやね、先輩はこの仕掛けがわかったら、この絵は捨ててもいいと言っているんだよ。そんなに工夫を凝らした絵をそんな風に言うかなと思ってね。
それに……とても言いにくいことなんだけど、この絵には油彩は使われていないよ」
「ウソ!」
わたしと百合子が同時に絵を覗き込む。
……確かに、使われているのは水彩だけだ。ペインティングオイルを使った形跡がどこにも見当たらなかった。
昨日、あれだけ眺めていたというのに、わたしも百合子も迂闊だった。
しばらく続いた沈黙は破られた。先輩が声を漏らして笑ったのだ。
「やっぱり琴羽は視野が広いわね」
「え、ちょっと待ってください。……もしかして、あたしの推理、間違ってました?」
どうやら、思考がついていってないらしい。……もう、間違ったも何も無いだろう。
「んー、近くとも遠からずってとこかしら。私がその空に仕掛けをしたってとこはあってるんだけど、肝心のトリックが違うわね。だって、こんなにすごい技法があるなんて、私も知らなかったもの。驚いたわ」
しかし、一番驚いたのはもちろん探偵さんの方で、絶句したまま動かなくなってしまった。
「でも私はうれしいのよ、まさか百合子がこんなに熱心に絵に絡んでくれるなんて思ってなかったから」
つまりは、百合子が絡んできたのは、一応は狙いのうちだったと言うことか。さすが、先輩は大人だ。
「まあ、でもまだ一日あるし、これでも食べて考えて頂戴」
教卓の下に潜り込んだ先輩は、ダンボール箱を取り出した。側面には愛媛の文字が書かれている。
「田舎のおばあちゃんのとこから送られてきたのよ。うちの家族だけじゃあ食べきれないから、みんなにおすそ分け」
よく見るとダンボールの近くにはみかんの皮が転がっていた。なるほど、手が少し黄色かったのはみかんを食べたからだったんだ。
「……百合子、残念だったね」
今思うと、わたしが言ったこの言葉はちょっと残酷だったかもしれない。
百合子の気を紛らわせるために、わたしたちは近くの商店街に立ち寄った。活気のある商店街の空気に触れたら少しは元気が出るんじゃないかという、琴羽のアイデアだ。
三人とも、先輩からもらったみかんをビニール袋に入れて提げていた。
「ほら、百合ちゃん。元気だしなよ。あれは確かに残念だったけどさ。ほら、あそこで鯛焼き買ってあげるから」
「ううん、いいのよ……」
先ほどからこんな調子が続いている。
いつもの元気はどこ絵やら。今の百合子は、わたしと競り合っても負けないくらいに喋らない。いや、何を競っているんだって感じだけど。
商店街はかなり賑わっている。子供連れのお母さんや、おじいちゃんおばあちゃんが仲良くお買い物していたり、お店のほうからも「いらっしゃい、今からタイムサービスだ!」なんて声も聞こえてきて、なかなかに活気がある。
わたしは百合子を励ましつつ、先輩の言っていたお花屋さんを探してみる。確か、三毛猫がいるお花屋さんだ。きょろきょろとしていると看板が見えた。『ブルーレースフラワー』なんとも可愛らしい名前だ。
しかし、残念ながらシャッターが下りていた。シャッターに貼ってある紙を見る限り、どうやら今日はお休みらしい。ちょっとがっかり。
「それにしても賑やかだね」
「うん、わたしもそう思う」
会話をしつつ百合子を引きずり、さらに商店街を練り歩く。途中に焼き鳥や鯛焼きなどを買って食べ歩いていた。すると、さっき通ったところからカランと軽快な鐘の音が聞こえた。
「大当たりー!奥さん運がいいねえ、四等賞があたったよ!」
ピクリ、百合子の耳が動いたのをわたしは見逃さなかった。
「……くじをやってる。抽選券あれば一回引けるみたい。一等は豪華旅行券だって」
「そういえば、さっき鯛焼き買ったとき抽選券一枚もらったね」
先ほどまで俯いていた百合子が顔を上げた。
「百合ちゃん。引いてくる?」
「もちろんよ。こうなりゃ何が何でも当てて見せなきゃ!」
わたしと琴羽は笑いあった。作戦成功。
そして、とうとう最終日の日が訪れてしまった。もちろんのこと、答えはまだ出せていない。
わたしは、授業中にこれまでにわかったことを書き記してみる。
一、青空の絵は二枚あり、どちらもほとんど同じものである。
二、どちらの空も少しだけ紫がかっている。
三、雲はしっかりと綺麗に塗られているが、空のほうは塗り斑がある。
四、使われているのは水彩絵の具だけ。
ダメだ。言葉にして書いてみてもさっぱりわからない。
時間は刻一刻と過ぎていき、とうとう放課後になってしまい、わたしたちはまた、美術室に集まっていた。今日はまだ、先輩の姿は見えていない。
「全然わからないわ……」
考える気力をなくしている百合子はさっきからこの言葉ばかり言っている。それもそのはず、昨日のくじで当たったのはポケットティッシュ一つだけだったのだ。
「……なにか見落としてるのかな?」
呟いたわたしに琴羽が答える。
「もしかしたら、私達は絵だけに仕掛けがあるっていう概念に縛られてるのかもしれないね」
この絵以外にも仕掛け? 意味のわからないわたしに琴羽が言葉を付け足す。
「あの日この部屋に変わったところがあったとか。例えばほら、あのラベンダー」
そう言って指を指す。
「あの日、変わったところ」
そうだ、確かに問題を出すあの日、なぜラベンダーを持ってきた?
先輩は花屋で目に付いて、美術室に花があってもいいと思ったから。確かそう言っていた。
しかし、そのほかにも何か理由があったんじゃないか。その理由を考える。ラベンダーの特徴。紫色の花びら、強い香り。……香り?
もしかして、あのときこの部屋には他ににおいのするものがあったんじゃないだろうか。そして、その匂いを隠すために不自然のないように芳香剤などではなく、あえてラベンダーを使った。
でも、それを決定付けるその匂いのするものがわからない。あの日、ここには何があったんだろう。
それに、あのお花屋さんって……。
「うーん、わからないなあ」
「あたしはもうお手上げ」
「……あ!」
脳内に光が過ぎたように一瞬の閃きだった。
わたしは机の上に広げてあった二枚の絵を手に持つと、一目散にある場所を目指して走り出した。
「え、ちょ、ちょっと紅葉?」
「何がどうしたんだい?」
「先輩の仕掛けたトリックがわかったの!」
「ええっ!」
二人の感嘆の声を背に走り続けた。目的地が見えてくる。南校舎の一階東側突き当りの調理室。確か今日は林間学校から帰ってくる一年生のために豚汁を作っているはずだから、開いているはずだ。
わたしは静かに引き戸を開けると、一人のおばちゃんに向かってコンロを一つ貸してもらえないかと聞いた。
おばちゃんは不思議がりながらも了承してくれた。感謝を込めて、これからはお姉さんと呼ぼうと思う。
そしてコンロの火をつけたわたしは、手の中の絵を炎にかざした。
「も、紅葉!なにやってんのよ!」
追いついてきた百合子が叫んだ。お姉さんたちが何事かと入り口側を振り向く。
「大丈夫、これが答えなはずだから」
ちりちりと紙の焦げる匂いがしてきた。しかし、紙全体が焦げているわけじゃない。
その光景を見て琴羽が言った。
「そうか、炙り出しだ」
その通り、青空には見る見るうちにこげ茶色の文字が浮かび上がってくる。
……なるほど、これはわたしたちにしかできないゲームだ。
わたしたちが美術室に戻ると、先輩が教壇に立っていた。ラベンダーの香りに混じって、今は何か甘い匂いがする。
「おかえり、どうやらその絵の仕掛けがわかったようね?」
微笑みながら問う先輩に、わたし達は口々に答える。
「はい」
「それはもう見事に」
「紅葉ちゃんが解いてくれました」
最後の琴羽の言葉に先輩が吹き出した。
「ぷっ、ウソ?まさか紅葉が解くとは」
「……本当です。あの文字はちょっと不本意ですけど」
少しむくれて、わたしが言うと先輩は意地悪そうに言った。
「でも決定事項は決定事項なのよ」
でもまさか、あの絵に『次の部長は、あなたです』なんて二枚に分けて書いてあるとは思いません。
何も言わないわたしに代わって、百合子が言葉を出す。
「先輩、だから燃やしてもいいなんて言ったんですね」
「そ、燃やさないと答えが出ないからね」
「それに、返答期間の事を聞いたときちょっと考えたのは、一年生にはできない仕事だからですよね」
「あら琴羽、そんなとこにも気がついたの?」
「ラベンダー、あれって買ってきたんじゃないですよね?」
「え?」
とぼけた声を出す先輩に、わたしは話を続ける。
「昨日、先輩が言っていた商店街に行ってきました。……でも、あのお花屋さん、一週間くらい前からお休みしているみたいなんです。買うとしたらその前です。なのにラベンダーはしおれてもいなかった。ということは、先輩があのラベンダー育ててたんですよね」
そう、わざと開花時期を遅らせて、自分で種から育てていたんだ。
しばらくあっけにとられた先輩は、一度ため息をつくと、「まったく、あなたたちには敵わないわね」と笑った。
「あの絵はね、部長を決めるのができなくて描いた絵なの。紅葉の言うとおり、何ヶ月も前から描く事は考えていたの。だって、あなたたち三人ともみんないいところを持ってるんだもの。決められないわ。
……でも、形だけでも決めなきゃいけないしね。絵の謎を解いた人が部長ってことにしたの。だから、頑張ってね紅葉新部長さん!」
「……みかんで決められた部長ってのはちょっと嫌です」
「いいじゃない、みかんは恋の味、部長の初仕事には可愛らしいし、部活に恋をしたと思って、ね?」
……俗に言う恋の味ってレモンなんじゃあ、とは、嬉しそうな先輩を見ていると言えなかった。
先輩のトリックは百合子の考えたほど難しいトリックではない。
あの青空にはみかんの果汁が混ぜられていただけなのだ。空が少しだけ紫がかっていたのはみかんの色が混じったからであって、よく絵の匂いを嗅いで見ると、ほのかに酸味のある甘い匂いが感じられた。
そしてあの日、先輩は教壇の中にみかんのダンボールを隠していたのだ。それがヒントにならないようにと、神埼先輩はラベンダーの香りで、みかんの香りを消した。
そして二日目に私たちにあげるために、いかにも今日持ってきたと言わんばかりにわたし達に渡し、証拠をなくそうとした。
それで、わたし達はこの匂いに気がつかなかったのだ。
「それじゃあ頑張った三人には豪華商品をあげなくちゃね」
百合子の目がまた輝きだした。先輩はまた教卓の下にもぐると何かを取り出した。……そこは先輩の金庫かなにかですか。
さっきまでほのかに感じられていた甘い香りが急に強くなった。
「私特製のパンプキンプディング! さて問題です。今日は何の日かしら?」
誰かの誕生日、いや一年生が帰ってくる日? ううん。
……今日は十月の三十一日。それにかぼちゃと言ったら、もうあの日しかない。
神埼先輩が掛け声を掛ける。百合子が声をそろえた。
「合言葉は?」
「トリックオアトリート!」
こうして、釈然としない気持ちを抱えたままわたしは部長になってしまった。
しかし、あのときの胸のどきどきは、それからの一年間が楽しいものになるかもしれないと、心のどこかで考えていたのかもしれない。
「そんなこともあったわねー、なんか懐かしい」
過去の世界から帰ってきた百合子はこんなことを呟いた。
「あれで紅葉が部長だもんね、なんか今考えても笑っちゃう」
「……だね」
「にしてもあのパンプキンプディングおいしかったなあ」
百合子が虚空を見つめる。
あの甘い香りに、かぼちゃの決め細やかな甘さにプディングの滑らかさ。今もこの記憶の中に変わらずに残っていた。
「なんかおなか空いてきちゃったわね」
食べ物のことを考えたからか、わたしもおなかが空いてきた。
ふとわたしは時計を見る。
十八時五十分。外はもう、完全に日が暮れていた。
「……あ」
不意に漏らした声に百合子が振り向いた。
「あー!大掃除終わらなかったじゃない!」
あー、もうだから紅葉は。なんてわけのわからない愚痴をもらす百合子を見て私は笑った。
百合子とわたしは高校を卒業した後近くの美大に入った。医療系の大学にいった琴羽とは離れてしまったけど、未だに連絡は取り合っている。まだ仲良し三人のままだ。今日はこれから、三人で初詣に行く約束をしてさえいる。
変わらないものなんて数少ないものだけど、少なくとも私の部屋はまだまだ汚いまま変わりそうにない。きっと、わたし達の絆も変わらずにいられるだろう。
騒いでいた百合子が突然こちらに向かって笑顔を作った。まるで、人の弱みを見つけた意地悪な悪魔のようだ。
「まさか、紅葉がこんなもの書いてるなんてね。こういうのって人に見せるの恥ずかしくない?」
そうかもしれない。確かに、こんなもの人に見せるのはかなり恥ずかしい。なんだか急に顔が熱くなりだした。
冬の空気に冷えた手を頬に当てると、ひやりとして気持ちいい。少し落ち着くと、こんな考え方も出てきた。
「……百合子と琴羽なら平気」
「うわっ、なに恥ずかしいこと言ってんのよ」
今度は百合子が頬に手を当てる。そして、目をそらしながら言った。
「まあでも、今のノート面白かったから、続きがあったらまた読ませてよ」
こくりと頷き、ノートの山を二度叩く。まだまだ、物語の続きは書き記してあるのだ。
後数時間で年が明ける。
きっと来年もこの毎年片付かない部屋のように、変わらず三人の物語も続くのだろう。
いつまでも仲良しでいたいから、わたしはこの部屋を片付けられないでいるのかもしれない。