洗濯日和(7)
わたしが話し始めようとすると、ちょうど授業終了のチャイムが鳴り始めた。そこでわたしはもう一度頭の中で整理する時間を経た。
事件の始まりとか、誰が犯人とかそういう以前に気になること。まずはじめに、このことから話し始めようと思う。
「あのね二人とも。わたしずっと気になってたんだけど……やけに学校が静か過ぎない?」
わたしの疑問に怪訝な顔をして琴羽が返す。
「うん? まあ、さっきまで授業があったしね。そろそろ賑わう頃だとは思うけど」
「そうじゃなくて、警察が学校に来てないんだよ」
「あ……」
二人が豆鉄砲を食らったように言葉を失う。正直な話、わたしが二人の立場ならば、同じようになっていただろう。
百合子よりも早く立ち直った琴羽は、驚きの表情のまま確認するように口にする。
「そういえばそうだ! 二枚も絵がなくなっているのに、警察が来ないなんておかしい。おかしすぎるよ」
「だよね。どうして学校は警察を呼ばないのかな?」
「……そこまでして大事にしたくない、とか?」
「やっぱり、そうなんだろうね」
百合子の言葉に琴羽が相槌をする。
そうだ、学校はこの事を大きく広めたくないんだ。でも、どうしてこんなにもかたくなに警察を拒むのだろう。
また一つ疑問が出来たが、わたしはひとまず置いておくことにした。まだ別に、気になっていることを話す。
「それともう一つ。わたしはあの新聞が発行されたこと自体が、すごく気になってるの」
またも二人が感嘆の声を漏らす。しかし、今度は気の抜けたような、言っていることが理解できていない様子の声だ。
こみ上げてくる感情を冷静になるように抑えながら、わたしは言葉を継ぎ足す。
「だって、絵が盗まれたかもしれない。なんて記事だよ? 部活紹介のときにわたしたちのアクションペインティングがひっかかって、こんな……って言っちゃああれだけど、でも、この記事が生徒指導部のお叱りを受けないのは納得がいかないよ」
この言葉は百合子の頭に火をつけた。
「確かにそうよ! 何でこっちが通ったの?」
叫ぶように言い放った言葉は、完全に彼女の怒りをあらわにした。
数日前、わたしは藤林先生と生徒指導部の先生に部活動紹介について話をしに行った。答えはこの前にも書き記したとおり『不可』だ。でも、この内容がわたしがはじめに思っていたものと少し食い違ったのだ。
体育館が汚れてしまうから。
生徒側からそういう文句があったらしい、というのは聞いていたので、わたしは生徒指導部からも似たようなことを言われたのだろう。と、そう思い込んでいた。しかし、指導部の男性教諭に、わたしと先生はこんなことを言われた。
「昔はね、そういうのもやってもいいとしてたんですよ? ただね、パフォーマンスに感動して部活に入ったが、いざ部活動をしてみるとね、いるんですよ。こんなの僕が思っていたところと違う、転部させてくれー、って言う生徒が。それがあまりにも多いものだからこちらも困りましてね。
だから私たちは生徒指導部として、あんまり生徒に期待させないように派手なパフォーマンスをやらせないようにしているんですよ。……まあ、去年の書道部は無断でやりましたがね、厳重注意でとりあえず事を済ませましたが、次からはそういうことが無いようにしないといけませんのでね。頼みますよ」
この言葉に納得して、わたしたちはアクションペインティングを諦めたけれど、新聞部の記事はこれに反しているはずだ。
派手なパフォーマンスをしてはいけない。というところは、つまり目立った部活勧誘は禁止とも考えていいと思う。そんなに厳しい指導部が、誰かの犯行を予感させる記事を書いて、新入部員獲得を目論んでいるこの新聞を、黙って見過ごすはずが無い。
どうして許可がおりたのだろう。ううん、一人で考えていても埒が明かないので、わたしも百合子と同じように誰にでもなく問いかける。
「どうしてなんだろう。そもそも、誰が許可をだしたのかな?」
「……確かあの時、花川君は先生に許可をもらってるって言っていたよね」
「それじゃあ指導部のヤツが許可を出したって言うの?」
「いや、多分ちがうだろ」
不意にまぎれた声にわたしたち三人は出入り口のほうに顔を向けると、九条君が学生カバンを片手に立っていた。その後ろには有沢さんが縮こまるようにしている。
一体いつから、とも思ったけどたった今だろう。そういえばさっき授業終了のチャイムが鳴っていたっけ。
わたしがぼうっとしていると九条君が言葉を続ける。
「新聞部の話だろ? 俺も気になってたんだよ、あの新聞が何で許可がおりてるんだって。で、許可を出すのはまずは生徒指導部よりも顧問のヤツが先だろう」
「ああ、確かにそうかもね。あたし達もまず藤林センセーに許可もらいに言ったもんね。……ってか、あんたいつから聞いてたのよ? やけに的確じゃない」
「んあ? えーと、部長が推理し始めた辺りからかな。丁度チャイムがなった頃からだし。」
なあ、と同意を求めるように有沢さんの顔を見ると、彼女はなんだか顔を赤らめながら頷く。
「ちょ、ちょっと授業が早く終ったんで早めにきたんですけど……」
そんなに前からいたのなら入ってくればいいのに。わたしが目でそう訴えると、九条君は頭を掻きながら、「いや、なんか入りにくい空気だったんで」なんて言い返してきた。……まあ、確かにこのときのわたしたちの空気は怖いものだったのかもしれない。
二人がわたしたちの近くの席に腰を下ろしてから、今までの考えを教えるために、百合子はノートを九条君に差し出す。
九条君はそれを受け取ると、有沢さんにも見えるように横に座って、机に広げた。
男子と女子だからだろうか。なんだか二人ともぎこちない風に見える。
「とにかく、今の九条の考えからすると、顧問がその許可を出したって事よね?」
「うん、そうだね」
百合子の考えにわたしは肯定する。それなら気になることがまたできる。わたしは琴羽に問う。
「ねえ琴羽、新聞部の顧問の先生って誰かわかる?」
「新聞部のかい? ええと……、確か副校長先生だったかな。部活数に対して教員の数が足りないって話で、副校長までもが、みたいな事を聞いたことがあるから、多分間違いないと思う」
この一言で、ひとつ繋がった。
「ねえ……、って事はさ、指導部の先生よりも偉いんじゃないかな?」
「ああ、そうよ! あのおっさんなら許可出せるじゃない!」
頭の中に出てくるのは白髪の眼鏡のおじさん。しかし、百合子とわたしが導いた考えに、琴羽はなおも冷静に疑問をだす。
「でも、いくら副校長が偉いからって、校長を差し置いてそんな勝手なこと出来ないんじゃないかな?」
「いや琴羽先輩、大丈夫ですよ。校長は昨日今日と出張でいません」
そう、九条君の言うとおりだ。つまり、今この山名高校で一番偉いのは副校長先生。あの人なら、指導部の先生も口出しすることも出来ないだろう。ただ……、
「ただ、仮にそうだとして動機はなんなんですか部長?」
そう、そこなのだ。たとえ副校長が犯人だとしても肝心の動機が分からない。
わたしたちがさっき導き出した考えに基づいて考えると、犯人は絵自体に何か様があるわけでなくて、絵が盗まれたという事実そのものに意味がある。つまり、新入生へのアピールが目的だ。
「ねえ、新入部員が入って顧問の先生にメリットになることってある?」
わたしが訊くと、みんなが考え込んだ。真っ先に答えたのは百合子だ。
「そんなもの無いんじゃない? むしろ部員が増えたらその分面倒見るのが大変でしょ」
「そうだね、私もそう思うよ。それに新聞部が部として成立しなかったら顧問をやらなくていいわけだから、副校長の仕事は減るんじゃないかな? そっちのほうがメリットになると思うよ」
琴羽の考えには説得力がある。確かにそっちのほうが暇も出来るし、いい考えだと思う。
――じゃあ、副校長は犯人じゃないんだろうか?
いいや、もしそうだったら今度は新聞が発行された理由がつかなくなる。絶対何かあるはずだ。考えろ、考えろ。
美術室が静まり返る。聞こえるのは廊下や窓のほうからの運動部の声や吹奏楽や軽音部の演奏だけ。そんな中、ぽつりと琴羽が声を漏らす。
「新入部員が入っておこるメリット、ねえ……」
――その時、わたしのなかで何かがつながった。