洗濯日和(6)
一度ため息をつくと、琴羽は口を開いた。
「じゃあ、もういちど最初からはじめるよ。まず、絵が盗まれたのは一昨日の放課後以降から昨日の早朝まで。つまりこの事件が始まったのは昨日の朝だ。これは、百合ちゃんが調べてくれた通りであってると思う。私も一昨日の放課後には見た記憶があるしね。
で、新聞部の号外が発行されたのが昨日の一限目の直前。これについてだけど、ちょっと早すぎるかな? とも感じたんだけどね」
ひとつひとつ、百合子が事件のことについて記していたノートに書き足していく琴羽。
――本当だ。事件の発覚から新聞の発行まで、どんなに朝早く来ても一時間がいいところだ。そんな短時間で作れるものなのだろうか。
琴羽は横においていた自分のカバンを開くと、中からファイルを取り出した。百均とかで五つまとめて売っているような簡素なものだ。
そのファイルから出てきたのは二枚の藁半紙。一枚は昨日発行された号外。もう一枚は先月の日付の山名高校新聞だ。
「別にこの事は関係なかったみたい。これを見てもらえば分かるとおり、普段の新聞と違って、号外はずいぶんと雑なつくり方をしているよね、全部が手書きで書いてある。つまりこれは、前々から準備していたわけじゃないと思うんだ。頑張って朝の短時間で作ったんだろうね」
「えっえっ? ちょっと、どういうこと?」
話についていけない。どうしてこれが前から準備していたとかそういう話になるの?
「ああ、ごめんね。はしょりすぎちゃったかな? つまりね、あまりにも記事が出来るのが早かったから、もともと記事が作られていたのかなあ、と思ったのさ。もとから記事があったのならば事件が起こることを知っていたはず。つまり花川君が犯人なのは決定するからね」
「でも琴羽、それって、あえて雑に作ったとも考えられない?」
「ああ、百合ちゃんの疑問ももっともだね。でも、これはそういうのではないと思うんだ。だって新入生の目を引きたいのにわざわざ雑に書いたりするかな? 確かに、一部だけ文字を変えてインパクトを出すやり方もあるけれど、これまでの記事のレイアウトの上手さを見る限り、そんなことをしなくても彼には充分目を引く書き方が出来ると思うんだ。それなのに、この号外の記事。それと今朝発行された四月号は、事件の記事以外の部分。つまり、一般の知らせの部分は機械で打たれているんだよ。でも、盗難記事のところだけ手書きで書いている」
そういうと、琴羽はファイルからつい数時間前に見ていた四月号の新聞の縮小コピーも取り出し、わたしと百合子に記事が読めるように差し出した。
記事を見ると、なかなかレイアウトも凝って作られている。ただ、右下の小さな一部分。二枚目の絵が無くなったことの記述については琴羽の言うとおり汚く印刷されている。これは、ルーズリーフか何かの跡だろうか? ここの文字の横にだけ不自然な線が入っている。多分、はじめここに書いてあったことを紙を張って消して、その上から手書きで記事を書いたんだ。
「それと、一番重要なのが新聞部の部室にパソコンが置いてなかったということ。推測だけど、彼は家で新聞を作っていたんじゃないかな? 絵が盗まれるという事件は今朝になってから分かった事実だから、こんな形で書かれているんだ」
「ふーん、なるほどね。確かにそれなら、手書きで書いてあるところもしっくりくるか」
琴羽の意見に百合子は感嘆の声をもらした。わたしも納得した。琴羽の言うとおり、あの部屋には記事を作るためのパソコンもプリンターも無かった。それなのに新聞が打ち込みの文字なのは、どこか別のところで新聞を作っているとしか考えられない。
それに、はじめから絵がなくなることを分かっていたとしたら、もう少し事件のことを大きく取り上げても良かったはずだと思う。事件の記事が小さく書かれているのは、予期せぬ事態だったからだろう。
「それじゃあ話を進めるよ。昨日の放課後、私たちは新聞部の部室を訪れたよね? その時、百合ちゃんの言うとおり、花川君はわざわざ廊下に出てくるという、ちょっと不自然な行動をとった」
「なんだ、やっぱり琴羽も不自然だと思ったんじゃない」
「ああうん、ごめんね百合ちゃん。でも、この行動をした理由が百合ちゃんの意見と違うんだ。百合ちゃんは絵があの部屋に隠されているから、私たちを部屋から遠ざけた。そういったよね?」
問いかける琴羽に渋々といった感じで百合子は頷く。それを見てから、琴羽は不思議なことを言い出した。
「私はね、あの部屋の臭いも気になったんだよ」
「臭い?」
思わずわたしの口から出た言葉に、琴羽は口許を上げて返す。
「そう、あの時、あの部室からなんだかとても嫌な臭いがしたよね。きつーい芳香剤の臭いみたいな」
「ええ、確かにしたけれど……」
答える百合子の言葉に、わたしも頷いた。あんな臭い、もう二度と嗅ぎたくない。そう思うほどにきつかった。
「私たちを部屋から出したのは、おそらくあの臭いのせいだろうね」
またまた良く分からない。もうあえて分からないようにそう言っていているとしか思えない。頼むからわかるように説明してください。と心の中で小さく呟くと、琴羽は一度こっちを見て微笑んだ。……確信犯か。
「あの臭いね、タバコの臭いのカモフラージュだと思うんだ」
「タバコって……それ、本気で言ってるの?」
「もちろん」
驚きの表情を見せる百合子に、琴羽は笑みを作る。
わたしもようやく理解した。いや、それはいいとして、もしそれが本当だとしたらまずくないだろうか?
「琴羽の言うことが正しかったら、ばれたら何かしらの処分を受けるんじゃないの? そうしたら、多分新聞部自体なくなっちゃうかもしれないよね」
「そう、だから彼は、わざわざ廊下に出てきたんだ」
断言する琴羽は、この推理に自信があるようだ。その大きな目も強く輝いているようにも見える。
百合子は少し納得いかない様子だったが、とりあえず、最後まで話を聞くようだ。琴羽に続けるように促す。しかし、
「あー、ごめんね。私の考えはもう終わりなんだ」
琴羽は手をすくめたが、百合子はそんな琴羽を少し不思議な目をして見た。
「あれ、でもさっき、琴羽も絵は学校にあるって言ってたじゃない、それについては?」
「ああ、それはね、本当にただの推測になっちゃうんだけど……」
琴羽は眉を細め、ためらいがちに話し出した。
「あのね、一般の高校生の絵を誰かに売ったところで、たいしたお金にもならないだろう? 歴史的価値があるわけでもないんだ。だから私はこの事件、絵が目的なんじゃなくて事件が起きることそのものに意味があるんじゃないかと思ってるんだ」
「……琴羽のその意見じゃあ、あたしの意見と一緒じゃない? それじゃあ結局、新聞部が一番怪しいわよ」
「あれ、言われてみればそうだね」
うん? 犯人は絵自体に用は無くて、事件が起きることに意味があって、それで怪しいのは新聞部で、でも新聞部は犯人じゃない……? ああ、もう何がなんだか分からない。
思わずわたしは口を挿んだ。
「ちょ、ちょっと待って二人とも、なんだかわけが分からなくなってきたから整理しよう。それと、わたしが気になってることも話していい?」
宙をさまよっていた二人の視線がわたしに集まる。
一度深呼吸をして、気持ちを落ち着けると、わたしは話し始めた。