ある一室にて
サンダルクが武具を調達していた丁度その頃。
同じフィフティスの街のとある建物の一室で二人の女性キャラクターが向かい合って話をしていた。
「ふぅん、それでフレイルを渡しちゃったのね。……怪しすぎでしょ、そんなの」
そのキャラクターはプレイヤーの心情を忠実に再現し、半ば呆れたようなじと目でもう一方のキャラクターを見る。
栗色の髪を肩口で切り揃えたサイドアップの髪型。ややつり目がちな目つきからは強気な性格を見る者に与えそうな女性だ。
そんな彼女の服装は上は白のタンクトップ、下はデニムのジーンズのようなズボンとかなりラフな格好をしている。
「うー……確かに私がうっかりしてたけど……」
そして彼女と相対しているもう一人のキャラクターは口を尖らせ、まるで叱られた子供のような表情をしていた。
蒼いロングヘアーを揺らし、現在一番装備人口が多いであろうクリーム色の帽子とマントを着た少女。
見る人が見ればすぐに分かる初心者特典の装備である。
「でもる……じゃなかった。ファルナがそれ持ってるってことは返してくれたの?」
女性が目の前にあるフレイルを指差すと、ファルナと呼ばれた少女は違うとばかりに首を横に振った。
「ううん、親切な人が届けてくれて……。あ、それでその人のこと探したいんだけど、皐月ちゃんなら何か知ってるかなぁって」
「こーら、リアルの名前で呼ばないの。今の私はサミーなんだからね?」
コツンとサミーがファルナの頭を軽く小突く。
特に痛くは無かっただろうが叩かれた手前ファルナが抗議の目を向けていると、サミーはテーブルに頬杖をつき難しいわねと難色を示した。
「正直探すのは勧めれないかなー。その人、多分男の人でしょ?」
「うん」
「ネットの世界だからかはっちゃけた人も多いのよねぇ。ヒーロープレイしたがる人なんて多いし」
「そうなの?」
「そうよ」
そうなんだ、と何やら考え込む様子のファルナにサミーは大丈夫かと少し不安げな表情を見せる。
そもそもこのゲーム、プレイヤーの性別は喋れば一発で分かる。
同性のサミーから見てもファルナは中の人含め可愛いのは知っているし、その声も違わず可愛らしいものだ。
目の前にいるキャラクターでそんな声を出されたらどうなるかなんて容易に想像ができる。
それにサミー自身、このゲームにおいて変な男に絡まれている経験はそれなりにあったのだ。
キャラクター的にあまり男受けは良くないと思っている自分ですらこうなのだ。ファルナだって今回の件で助けて貰ったとはいえ、その前段階で早速変なのに絡まれている。
今後を考えると今の内に釘を刺しておいた方が良いとサミーは感じていた。
(とは言ってもねぇ……)
その反面この世界に自分から誘った手前、サミーとしてはファルナにはもっと楽しんで貰いたいとも思っていた。
自由度が高いゲームなだけに、中々やりたいことを決めきれない人だって少なくはない。
そんな中ファルナが自発的にやりたいことを見つけたのだから、友人としては協力してあげたかった。
とりあえず変な男だったら遠慮なくしばくとサミーは心に決め、その人探しには可能な限り手伝うことにする。
「このゲーム、世界がかなり広大だからね。同じクランの人ならともかくねー。ちなみにその人の名前は?」
「それがあの時はいっぱいいっぱいでちゃんと見てなかったの……。あ、顔はばっちりだから見ればすぐ分かるよ!」
同じ様な顔は多そうだけどねぇ、と言う言葉をぐっと飲み込み、とりあえずサミーは他に何かしら特徴が無いか聞いてみる。
これでもサミーはそれなりにこのゲームで遊んでおり、プレイ時間も結構長い。
特徴的なキャラクターならもしかしたら知ってるかも知れないと思い、どんな人だったか可能な限り話すようにとファルナに促す。
「えーと、確か黒髪で短かかったかな」
(一番多いわね)
「あ、腰に剣下げてたよ。後見たことの無い鎧とか色々!」
(そりゃまだ初心者だから知らない武具は多いだろうし……)
「あとは……うーん……」
「……やっぱり難しいわね」
黒髪短髪の剣士系キャラはこのゲームで一番多いタイプだ。サミーの知り合いですら該当するキャラクターは十人を余裕で越える。
そんな中で名も知らぬキャラクターを見つけるなんて不可能に近い。
せめてファルナでも分かるような特徴があればチャンスはあったかもしれないが、あまりにも印象が無さすぎてサミーの手には負えそうになかった。
だがそこで何か思い出したのか、ファルナがポンと両手を合わせる。
「そう言えばその人の名前が赤かったよ! その時もっとちゃんと見ておけば名前覚えれたかもしれな――」
「ファルナ、悪い事は言わないからそいつは止めておきなさい」
先ほどまでの空気が一転。ファルナの言葉を遮り、断固たる態度でサミーははっきりとそう告げる。
急に態度が豹変した友人にオロオロし始めるファルナだったがサミーはそれどころではない。
赤い名前――それはシステムによって許容され、プレイヤーの大半が忌み嫌う者達の証。
数ヵ月前のアップデートにてペナルティが厳しくなり、南のエイタス地方と闘技場以外では滅多に見ることが無くなった人斬りの代名詞。
そんな彼らの事をゲーム用語ではこう表されている。
――プレイヤーキラー、と。