はじまりの森~金策と小技は惜しむべからず~
『はじまりの森』は初心者プレイヤーに対し冒険のイロハを教える場所である。
モンスターとの戦い方はもちろんのこと、それ以外でも必要なことを自然と覚えれるような工夫が施されていた。
例えば森の入り口には探索者ギルドの出張所があり、ここでは『はじまりの森』限定の依頼が受けれるようになっている。
また施設内には道具屋や買取施設も完備。ただしフィフティスまで戻った方が得だったり等、時間や金策面、またその情報の有無を教え込んだりと鍛える事に余念がない。
(ただ道具屋しかないのが難点だよなぁ)
久しぶりに見た道具屋の品揃えに光は懐かしさを感じていた。
一年前のあの時も一人でここにやってきては戦ったり依頼をこなしたりと色んな事にチャレンジしていたことを思い出す。
むしろ一人でもやっていけると言い聞かせるようにがむしゃらだったとも言えた。
その甲斐もありここのレベル上限――Lv10に達する頃にはこのゲームにおける戦いのイロハは覚える事が出来ていた。
(採取依頼は……お、あったあった)
クエストボードに張られている様々な依頼書の中から採取系の物を三つほど剥がし受付に持っていく。
リンゴにキノコ、それに薬草とどれも『はじまりの森』で採取できるものばかりだ。
それにこの森は初心者用に優しく設定されているのか、アイテムのリポップの間隔が他の場所より短い。
依頼報酬は正規のものより値は下がるものの、回転率はこちらの方が断然上である。
(討伐依頼も同時に出来ればよかったけど……)
Lv1の上に素手ではあるが別にこの状態で戦えないわけでは無い。だがそれ以上に要らぬ苦労を背負い込む必要はもっと無い。
まずは採取依頼で小銭を稼ぐ。そして目標金額まで溜まったら一度フィフティスに戻り最低限の武具を調達。
そして今度は討伐依頼も受け、レベリングと金策を同時に行う。
(まずは剣と革鎧、あとは靴だな。可能ならバックラーも欲しいけど……)
とりあえず頭の中で今後の予定を立て、その為の予想最短経路をはじき出す。
本当の初心者の邪魔にならないように気をつけようと心に刻み、サンダルクは二回目となる『はじまりの森』へと入っていった。
◇
『はじまりの森』は初心者プレイヤーで溢れ返っていた。
右を見ても左を見ても必ずプレイヤーが歩いている。ポップしたモンスターに対し複数のプレイヤーが追いかけ回すシーンすら散見された。
一周年記念で新規プレイヤーがどっと雪崩れ込んだせいだろう。
フィールドのキャパシティに対し明らかに人の方が多かった。
ただ光はこの光景を以前にも目にしている。
リリース直後の『はじまりの森』も実はこんな感じだった。
あの時はプレイヤー全員が初心者だったのだ。下手をすれば初心者特典の装備が無いあのときの方が酷かった気さえする。
そんな昔の思い出を懐かしみつつ、サンダルクは目標の採取アイテムを見つけては腰の皮袋に次々と放り込んでいく。
普通なら指定のアイテムか見比べたりドロップ箇所を探しに行くものだが、すでに知識だけは一丁前にある。
初心者が見落としがちな箇所や少し奥まった場所を狙い打ちしていくことで、誰ともバッティングすることなく依頼分をすぐに集めることが出来た。
なお本来なら魔物対策も必要なのだが、今のはじまりの森はさながら獲物を狙う争奪戦が開幕されているようなものだ。
何もせずとも他のプレイヤーが片付けてくれるため、その点で言えば非常にありがたかった。
(とりあえずこんなところかな)
欲を言えばもう少し稼げそうではあったものの、何かの拍子にプレイヤーの魔の手をすり抜けた魔物と遭遇しないとも限らない。
本格的に稼ぐのは武具を買ってからにしようと言う本来の予定に沿い、一度『はじまりの森』を後にすることにしたのだった。
◇
はじまりの森のギルド出張所で報酬を手にしたサンダルクはその足でフィフティスに一度戻ってきていた。
目的は街にある武具屋での買い物だ。
あまり目立たぬよう裏通りを潜り抜け目的の店へと辿り着く。
店中に入ると言っては悪いがプレイヤーは誰もおらず、まさに閑古鳥が鳴いている状態であった。
(そりゃまぁ一年も経てばそうなるよね)
本当に自分が初心者だった時はここもプレイヤーが沢山訪れて買い物をしていた。
しかし一年も経てば事情も変わる。
プレイヤーの中にはその後鍛冶スキルを収める者も少なくは無く、NPCが売る量販品よりも性能が良くてリーズナブルな武具が沢山出回るようになっていた。
安くて良い物があるのなら人がそちらに流れるのは当然の事。
だからこそ逆にプレイヤーがいないと言う理由で、光は安心してここを訪れる事が出来た。
「いらっしゃい」
一年前に何度も世話になった恰幅の良いNPCの店主。
彼に軽く頭を下げると早速店内を見て回る事にする。
(あぁ、ゆっくり見て回れるのって素晴らしい)
店主には悪いと思いつつも人がいない室内に感謝しつつサンダルクは店内を物色する。
(とりあえず掘り出し物は……特に無し。まぁNPCに売るよりはプレイヤー同士で売った方が高いもんね)
プレイヤーが売った武具は掘り出し物コーナーに出ることはあるが、予想通りこちらには特に何も置いてはいなかった。
光としてはあればラッキー程度と思っていたため特に気落ちする事も無く、当初の目的の物を探し当てる。
(とりあえずショートソードだよね。予備含めて二本欲しいけどまた今度かな。後は防具だけど……)
頭の中で所持金と格闘すること数秒。
大よその初期装備の構想が決まったところでカウンター付近に置いてあるシートに手を伸ばす。
半ばオブジェと間違われそうなその紙の束には実はちゃんとした役割があった。
(今の普通のプレイヤーじゃもうこんな小技使わないだろうしね)
光を含め初期古参組と称されるプレイヤーに取っては良く使ったテクニック。
それはとある古参プレイヤーよって発見され、プレイヤー間でのやり取りが主流になった事で消えてしまったちょっとした小技だ。
必要事項を記入し店主に渡すと、彼はとても珍しく、そして何か懐かしむような表情をした。
いくらAIが発達したとは言えゲーム内のNPCがここまで顔の表情を表現できるものかと相変わらず感心してしまう。
「ちょっと待ってろ。すぐ用意してやる」
少し嬉しそうな表情をした店主が店の奥へと行き、そしてある防具を持ってくる。
それは店頭に飾られている防具とは少しだけ違う形状をした物であった。