無い無い尽くしのスタート地点
光が目を開けるとそこは昨日ログアウトした丘の上。
視線の先には今もアニバーサリーイベントで盛り上がっているフィフティスの街並みが一望できた。
(さてと、これからどうしようかな……)
昨日あれこれ考えた結果、光はサンダルクのままゲームを続けていくことを決めた。
引退することも、一年前のウッドロウみたくキャラクターを作り直す選択肢ももちろんあった。
ある理由により一部のアイテムを除き全てを失ってしまったサンダルク。
今ならこのキャラクターを消しやり直せば、アニバーサリーイベントの初心者特典だって貰えるのも分かっている。
もし一年前の作りたてであれば即座に消していただろう。
「【ブック】」
ただこちらの呼び掛けに応じ現れた本の表紙を見ては作り直すなんてことは出来なかった。
苦労して手に入れた様々なアイテムも、多大な時間を使って研鑽した強さも、頑張って集めたお金も全て失った。
だけどこの本には光がサンダルクとして過ごした軌跡が綴られている。
それにもう一つの理由もあったが、今はこっちに関しては後回しだと光は頭を切り替えた。
「”ステータスオープン”」
再び自身のステータスを呼び出すと相も変わらず『1』のオンパレード。
ここまでくると逆に見事な光景に思え、光はいっそ清々しさすら感じていた。
ただこうなった理由は清々しさどころか人としての悪意の塊をぶつけられたからだ。
むしろ人の悪意はここまでのことをやってのけるのかと未だにあの時のことを思い出しては身震いしてしまいそうになる程であった。
(っと、今はその事は忘れよう……)
思考がマイナス方向に傾きかけたところでそれを振り払うべくサンダルクは首を振り、改めて自身のステータス表へと向き直った。
とりあえず光は記念に一枚スクリーンショットを撮り、これからこのステータスをどう割り振ろうかと思案し始める。
また一から始めるにせよソロプレイでやる以上ある程度方向性は決まっている。
ベースはレベルダウン以前の配分をなぞるような形で問題ないはずだ。
ただし現在ある制約の為全く同じとはいかないのが目下悩みの種である。
(とりあえずSTRとAGIかな)
現在のサンダルクは初期装備すら無い素手状態だ。一応探索者の本以外で唯一残った武器がインベントリにしまってあるがこれは今は使えない。
なのでさしあたり初心者用の雑魚のモンスターを倒せる程度にはステータスを割り振っておく必要があった。
STRとAGIに割り振ったのは敵に追いつく足と敵を倒す力が必要だったからだ。
とは言えさすがに光はサンダルクに縛りプレイを課している訳では無いので、このまま素手で戦うつもりは微塵も無い。
「こういう時こそ古参の経験が生きる、ってね」
こういう独り言なら普通に喋れるのに、と光は内心ぼやきつつサンダルクをその場から立ち上がらせる。
そしてまずは目の前のフィフティスへ向かう事にした。
◇
(リスポンポイントはこれでよし、っと……)
街の宿に入り帳面を書いたことで死んだ際のリスポーン地点が今までの僻地からフィフティス内へ更新される。
そしてサンダルクは宿から外に出ると、改めて街並みを見渡してみた。
普段はまるでヨーロッパのように整然と建てられた四階建ての建物が並び立っているが、アニバーサリーイベント期間中と言うこともあって万国旗に似たような飾りや魔法を使った電飾の様な物があちらこちらで見受けられた。
その街中で目立つのはやはり大量のプレイヤー。
最初の街であり、かつこの国の中心都市がこのフィフティス。初心者から上級者まで幅広いプレイヤーが散見し多種多様な装備を身に纏っている。
ソロプレイが長く今まではあまり街に戻らなかったためあまり見慣れぬ武具も沢山見受けられた。
中にはまとめサイトのスクリーンショットで見たものもあったが、やはり平面の画面とフルダイブのゲーム内で見るのでは印象が全然違って見える。
(その内武具もまた色々と取り揃えたいけど……今はまずは最低限戦える分を揃える所からだ)
その為にまずサンダルクが行うべき行動は金策だ。
もちろんLvが1であるサンダルクでは一攫千金を狙えるようなものは何も無い。
だがこの一年みっちりとFRO/FDで過ごした経歴は伊達ではない。一攫千金は無理でも、低レベル帯における効率的な金策の方法ならば彼は十二分に知っていた。
(それにあそこなら自分の事に気付くプレイヤーはほぼいないだろうしね)
周囲のプレイヤーの何人かがサンダルクを見ている気がしたものの、光はその視線に気づかぬ振りをして目的の場所へ向かうべく歩を進める。
目指す場所はフィフティスの東門を潜り十分ほど歩いた先にあるとある森。
それは『はじまりの森』と呼ばれる森林型の小ダンジョン。
何故ならここは初心者専用のダンジョンであるがゆえに、システム的に逆レベル制限が掛かっている場所であった。