その力を解くものは
(くっそ、体が重い! 力が出ない!)
コボルトーガの攻撃をいなしつつ光は内心で悪態をつく。
レベルが下がってから初の本気の戦闘。一度にレベルが九十以上も叩き落されたせいでキャラクターのスペックが極端に低下しているのは自覚していたが、それまで馴染んでいた感覚と現状の動きに齟齬が生じていた。
以前であれば文字通り瞬殺していたコボルトーガに逆に瞬殺されかねない現状に歯噛みしつつ、敵の剣を全力で回避する。
(右薙ぎ、上段……受け止めるな、剣ごと折られるぞ)
彼我のレベル差は大よそ三十。通常ならば単独でここまで継戦出来る初心者はいない。
しかし光は、サンダルクは違う。
レベルこそまだ一桁なれど中身は一年間一人で戦い続けた古参プレイヤーである。
ボスモンスターでは無いコボルトーガを屠った数は十や二十では収まらないしその上位種とも幾度となく戦った。
通常種と同じとは言えいかんともしがたい能力の差。だがそれをサンダルクは圧倒的なプレイヤー経験値を以って何とか喰らい付く。
(とは言ったものの手詰まりなんだよなぁ)
敵の行動、一挙手一投足を逃さず次の行動を読み切ることでサンダルクの現状のステータスでもどうにかやり繰りできている。
しかしやり繰りできているだけで活路は全く見出せない。
マニュアルカウンターをしてもこちらの攻撃力の低さと相手の防御力の高さから有効打を与えることが出来ないのだ。
更にはボス仕様の為か、通常種は持ってないあの剣にはHP吸収効果が付いていた。
おまけとばかりに本体に至っては時間経過での自動回復機能付きである。
つまるところこのボス仕様のコボルトーガを倒せるだけの火力を現状のサンダルクは所持していなかった。
(SPは残ってるけどスキルには振れない。ステータスを多少上げたところで劇的な改善は望めない)
目まぐるしく変化する視界。
残存HPの把握、敵のモーションの確認、回避、戦術を組み立て、聞き覚えの無い通知音と共に現れた良く分からない小窓を横にずらし、後ろに飛ぶ。
時計を一瞬だけ表示させ時間を確認すると戦い始めてからまだ数分。
このボスモンスターは現れてから一定時間を経過することでNPC達が討伐しにやってくるのを光は知っている。
ただしボスのポップした時間が現状不明。最大であと十分ぐらいは戦わないとNPCは現れないだろうと予想だけは立てておく。
そして光にはそれ以上に気になる事がもう一つあった。
(あの子まだいるし……)
ちらりとサンダルクが視線だけ後ろに向けるとファルナは逃げずにまだこの場に留まっていた。
邪魔にならないようにと言わんばかりに木の陰に隠れてはいるものの、ずっと覗き見るようにしているためあちらが狙われないか光は気が気でなかった。
ちなみにやられたショウゴとジェシルは蘇生復帰時間を越えたためこの場にもういない。
(ほんとどうしよう……って?!)
意識を分散させてしまったためサンダルクの回避がワンテンポ遅れる。たったそれだけで均衡があっさりと崩されコボルトーガへ一気に傾いた。
振るわれた大剣が直撃する直前にショートソードを盾の様にして受け止めたのは経験の賜物だろう。
しかし相手の膂力が上回りサンダルクの体があっさりと持ち上がるとそのまま後ろへと吹き飛ばされる。
(くっ……)
モーションアシストシステムを用いて体を回転させ足から地面へと着地。
だが直撃を避けたとは言えダメージ判定が無くなる訳ではない。見るとサンダルクのHPが半分程削られていた。
そしてそれ以上に悪いことがひとつ。
「剣が……!」
ファルナが言った通り、今の一撃でサンダルクのショートソードがほぼ根元からへし折られていた。
市販品とは言え買った当日に壊されたことに光は内心憤慨しつつ、その気持ちをぶつけるかのように残った柄の部分をコボルトーガにぶん投げる。
壊れた剣は放物線を描きコボルトーガの頭に見事に命中。スコーンと小気味の良い音を響かせる結果になった。
更に命中した箇所が頭頂部にある耳付近だったせいか音に驚いたコボルトーガが少しだけ怯む。
その隙を見たサンダルクは手早くベルトにあるポーションを引き抜くと体に振りまき、失ったHPを全快させた。
「危っ!?」
だがその怯みも一瞬のこと。
サンダルクの首を狙った斬撃をしゃがんで回避、そのまま蹴られそうになるところを後ろに転がって難を逃れる。
そして再び起き上がったところでまたもや通知音。先ほど横によけた小窓がこの案内をどうするかと前に出てきて視界の一部を占領する。
(さっきから一体何なん……)
苛立ち半分にその通知を見て思考が一瞬止まる。
そこに書かれていた内容が光の頭に入り、そして脳が理解すると同時に思わず口端が吊り上り笑みがこぼれる。
その小窓には今まで光が一度も見たことが無く、そしてこれからも絶対に無いであろうと諦めていたシステムメッセージが一つ。
『プレイヤーネーム"ファルナ"さんからフレンド申請がありました。承認しますか?』
そう言えばコボルトーガに襲われる寸前に彼女が何かしていたことを思い出しつつ、光は即座に承認ボタンを押下する。
『ファルナさんとフレンドになりました』
「来た来た来たぁ!!」
現れたシステムメッセージに思わず歓喜の声がサンダルクから漏れる。
コボルトーガの剣戟を二度、三度と避けながら腰の皮袋――インベントリの口に手を突っ込みそこからある武器を取り出した。
それはサンダルクが全てを失ってなお彼の持ち物でありつづけた武器。
そしてとある事情から使われる事無く封印され、そして今後も封印され続けるだろうと彼が予想していた代物。
「あれは……十手?」
サンダルクが手にした物に若干困惑気味の声を漏らすファルナ。
それはそうだろう。彼が手にしたものは時代劇でしか見ることのないような細い鉄の棒と言っても差し支え無い物。
初心者であるファルナの目から見ても、先ほどまでサンダルクが手にしていたショートソードの方がずっと武器として優秀と思える程である。
しかし光は知っている。
この武器がこのゲームにおける最強の刃であると言うことを。
そしてそれ以上にこの武器が盛大に欠陥――もとい、とてもひどい制約を抱えていると言うことを。
だが今この時を以ってその制約の一部が解除される。
『該当武器の制限緩和の条件達成を確認しました。第一封印・解除』
システムメッセージと共に武器の固定能力の一部が開放。
光の頭に能力の発動方法が流れ込み、逡巡する間も無く即座にそれを行使する。
「”花咲け、【重桜無刃】”!!」
能力行使の言葉を放つとサンダルクの持っていた十手が変化する。
まるでそれが真の姿であるかの様に真紅の刃が形成され、長大なの片刃の剣――大太刀が姿を現した。
「お披露目がボス戦とか燃えるよね。覚醒シーンみたいでさ」
片手で重桜無刃と呼ばれた大太刀を横に振るいコボルトーガに対し軽く牽制を行う。
そしてサンダルクは攻守逆転とばかりにこの戦闘にて初めて攻勢に打って出るのだった。




