プロローグ 失意の中で
『プレイヤーの皆様。現在FRO/FDでは1stアニバーサリーイベントを実施中です。普段とは違う彩られた街並み、限定クエストなど是非ご参加ください。また――』
運営から一周年記念のアナウンスが流れる中、街から幾分か離れた丘の上に一人のキャラクターが佇んでいた。
その外見は黒色の短髪に赤い瞳の青年。ゲーム内だと言うのに装備らしき物は何一つ身に付けておらず、全プレイヤー共通のインナーのみを着ているその姿はまるで追い剥ぎにでもあったかのように思わせる。
そんな彼は丘の上に設置された大きめの岩のオブジェクトに腰を下ろし、街並みをぼーっと見つめていた。
自身の足に両肘を置き頬杖を付く彼の姿は、十人いれば十人とも『たそがれてるなぁ』と言う程に気落ちした姿を晒している。
「はぁ……」
そしてその姿に違わず彼の口から溜め息がこぼれた。
あの街の中では現在進行形で様々なプレイヤーが思い思いに楽しんでいる。
MMORPGに属しているこのゲームでは当たり前の光景ではあったが、残念な事に彼はその当たり前の外側にいる人物だった。
更に言えばそんな当たり前の輪の中に入る道がもはや絶たれたと言ってもいい状態に陥っていた。
「……【ブック】」
頬杖の体勢から一度座り直し、左手の掌を上に向け魔法を一つ。
彼の言葉に応じるように掌の上に小さな魔方陣が描かれ、そこから一冊の分厚い本が現れた。
焦げ茶色の革張りのこの本は『探索者の本』と呼ばれる物で、先の【ブック】の魔法で現れるゲームシステム由来の物だ。
その為プレイヤーの殆んどはこの魔法と本を所持している。
「”ステータスオープン”」
そして特定の言葉、持ち主のステータスを見る指示を口にすると、本は自動的にページを捲りはじめた。
そして数瞬の後、あるページでその動きが止まる。するとまるであたかもそのページの内容を写し出すかのように、彼の目の前には半透明のウィンドウが表示された。
1、1、1……HPとMP以外がオール1と言う普通はどう足掻いても見れないステータス。
Lvも当然1だった。ちなみにゲーム開始時のキャラクリエイトの際に初期ステータスを割り振るので始めたばかりの初心者でもこうはならない。
一応その初期割り振り分のポイントはあるのですぐにALL1からは脱することは出来る状態であったものの、彼の精神状態がそれをさせるには至らなかった。
おまけに装備欄は全て空白。所持金は1どころか無一文と言う始末である。
アイテムをしまっておけるインベントリには売る事も捨てることの出来ないクエストアイテムと、まるで何かの情けかのようにしまわれた武器がぽつんと一つ。
そして彼は最後にステータス表の一番上に書かれている文字を見る。
(……”白”か)
ステータス一覧の一番上に表示されているのは『サンダルク』と言う彼のキャラクター名。
それはこのFRO/FDと言うゲームにおいて、現在最も有名なキャラクターの名前だった。
◇
Frontier Road Online/Full Dive。
略名称でFRO/FD。通称フロ、ないしはフロダイブと呼ばれるこのゲームが発売されたのはフルダイブ型ゲームが発売されて三年目の事だ。
元々はディスプレイ型のMMORPGとしてあったFROだったが、その続編として世界観をそのままにフルダイブ型として製作されたのがこのゲームである。
おりしもフルダイブ型ゲームの黎明期を越え、一般にも浸透し始めた時の大作RPG。
発売前からゲーマーの間で話題を呼び、そして製作・運営はその期待に見事に応え昨年のゲーム市場ではぶっちぎりの一位。そして今年も一位を取るのではないかと言うのが大方の予想となっている程だ。
そんなゲームが一周年を迎えたのが二週間ほど前の事。
既存プレイヤーに向けた各種イベント、新規プレイヤー獲得用のサービスの向上などにより大きな盛り上がりを見せている。
そして公式が大きな盛り上がりを見せている中、裏では別の盛り上がりを見せている場所が一つあった。
それはFRO/FDの匿名掲示板。
キャラクターの名前が分かる公式の掲示板と異なり、昔ながらの誰とも分からぬこの方式は気軽に使えることから今も尚根強い人気を誇っている。
その掲示板のFRO/FDのスレッドは元々高い回転率を出していたのだが、昨日からその速度が三倍に跳ね上がる事態があった。
分かりやすく言えば現在絶賛大炎上中だった。
後に『サンダル事件』と呼ばれる一周年記念の裏で発生した大事件。
それはサンダルクと言う無名の人物が一晩である上位クランを潰したと言う、既存のプレイヤーなら鼻で笑い飛ばしそうな出来事。
だが嘘か真実か不明点は多々あるものの、実際その上位クランは一夜にして壊滅状態へと陥ったのは紛れもない事実だった。
真っ当なプレイヤーが一周年記念で盛り上がっている裏側で発生したこの事件は噂が噂を呼び、嘘と事実と憶測と思い込み等が入り混じった結果様々な情報が錯綜中である。
そんな渦中の中心人物である当人もその事には気付いており、もはや自分ひとりではどうにもならない状況に何度目かのため息を溢す。
そして彼にしては本当に珍しく早々とログアウトをし、FRO/FDの世界から姿を消すのだった。




