70.「そこの手錠馬! 手を上げろ!」と声が聞こえた件
円華の意味深な言葉は、俺を不安にさせた。一緒に異国の地に来てくれた彼女だというのに、円華だけが、俺よりも先に何かの決心を固めたように思えてしまった。
「ま、円華……さっきの言葉の意味はどういう――」
「き、気にしなくていい。わ、わたしは晴馬の彼女なのだぞ? 想いを噛みしめていた、ただそれだけのことなんだ。い、言っておくが、彼女なんだからな?」
「もちろん。円華は俺の初めての彼女で、すごく大事な彼女だよ」
「そ、そうか! ふふっ、それならば何も思うまい」
円華の様子がおかしいのは、普段さやめに強気な態度と言動があるのを見ていれば、分かることだ。
ここであいつに会ってしまう、ただそれだけのことのはずなのに、円華はその答えが分かっているかのような微笑みを俺に見せている。
「円華はここの言葉は分かるの?」
「バ、バカにするなと言ってあるだろう! す、少しは学んでいる。晴馬はどうか知らないが、家の力がある者はたとえ異国の言葉であろうと、学んでおく必要があるんだ。それはここ、阿蘭陀でも例外ではないぞ」
「そ、そうか……ごめん」
「気にするな! 晴馬、わたしは正面に見える食品店で、軽食を買って来るぞ。晴馬はここで待っててくれないか? 一緒に行きたい所だが、その手錠は危険だ」
「そ、そうだよね……」
「街中の歩道の上であれば、たとえ捕まる可能性があっても、危険なことはおこらないだろうからな! と、とにかく急いで行って来る」
「き、危険って! は、早く戻って来てね」
「もちろんだ!」
初の海外が阿蘭陀……それはいいけど、一人にされると一気に不安が押し寄せて来る。
国に着いて何も食べていなかっただけに、円華がいち早く気付いてくれたのはありがたいけど……
何で手錠姿なんだよ、俺は。
『フハッテット?』
あぁ、とうとう現地語で話しかけられてしまった。もしや捕まるのか?
後ろの方で女性らしき人に声をかけられているけど、振り向いたら最後な気がする。
「ソ、ソーリー……って、これは英語か……うーん」
『そこの手錠馬! 大人しく手を上げろ! 上げられないだろうけど。あはっ!』
この声……笑い方……しばらく行方知れずで、勝手に俺をこんな状態にしていなくなった、アイツの声。
『あれぇ? 振り向かないんだ? ほらほらぁ? こっちを見なよ! 晴馬』
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