61.「そういうことですの?」と表情を一変させてしまうお姉さま
「それで、手錠のあなたにもお名前はありますの? 勝手に話に割り込んで、挙句にはしたないことをしてくるなどと……無礼にも程があるというもの。厳罰を与える前に名乗りを許しますわ」
「僕は晴馬です……そ、それで先輩は?」
「わたくし、晴馬の先輩などではございませんわ。名を名乗った後には、わたくしを姉と慕って欲しいものですわ」
どうやら意外と素直な人みたいだ。名前を名乗るくらい安いものだし、さやめのことを聞き出せるならぶっちゃけ何でも言うことを聞いていいくらいだ。
「八方ヶ原ことぶきですわ。晴馬はわたくしの弟ということで理解したのですけれど、よろしくて?」
どういうわけか、ここ最近は妹よりも姉が優勢になっている気がする。いや、単に俺だけが弱さを見せているだけで、態度的なことによるものに過ぎないだけだ。
「ことぶき先輩、ですね。それで、さやめのことを――」
「違う! お姉さまとお呼びなさい!」
「お、お姉さま……」
「そう、晴馬はいい子ですのね。わたくしに忠節を誓うことを約束するのであれば、全て与えて差し上げますわ」
「はい、何でもしますので色々教えて下さい! (さやめのことを)」
思いがけない所でさやめの情報を聞き出せそうだ。今回はたくみに礼を言わないと。
「それでその、さやめ……レイケのことについて知っていることをお聞きしたいのですが」
「存じませんわ」
「えっ? で、でも、さっき話をしていて……」
「何を聞いていたのです? わたくしは得体の知れない者のことは、何も知らないと言っていたのだけれど?」
さやめというキーワードが聞こえてきただけで飛び出してしまったけど、これは完全にアウト?
『晴馬~? 飲み物持って来たけど……って、あれ?』
タイミングがいいのか悪いのか、飲み物を貰って来たらしいたくみの声が聞こえて来た。それと同時に、何かに気付いたのか、次の声が聞こえて来ない。
「は、晴馬、お前何で? てか、前もそうだったけど……俺が好きになった人間に近づく奴なの?」
「え、何が? こ、このお姉さまはさやめのことで、ここにいる先輩たちと話をしていて、それで注意をしていただけなんだけど」
「特別待遇だからって女のことで隠し事はやめろって! 友達なのにそれは無いだろお前……」
「いや、本当に今知り合ったばかりで……落ち着いてよ、たくみ!」
あれ、これは完全に誤解が入っている感じ? 前の紅葉さんのことといい、偶然にも程がある。
「あら? あなた、わたくしに会いに来て頂けたの?」
「晴馬とどういう関係なんですか? 俺はことぶきさんのことを真剣に想って会いに来ているんですよ?」
「あぁ、そういうことですのね。晴馬はわたくしの弟、いえ、僕ですわ。あなたとは意味合いが違うのではなくて?」
「え、しもべ!? あれ、そ、そんなつもりは無かったんですけど……レイケのことさえ聞ければそれだけで」
「あなた、嘘偽りを申したのね? 悪い子にはしつけを施す必要がありますのね」
ちょっとした考えの行き違いが、友達であるたくみとの関係に亀裂を及ぼすだとか、おかしなことになってきた。
「ぼ、僕はお姉さまからレイケに関することを聞き出せればそれだけでよくて、たくみとあなたとの関係に水を差すつもりは無いです。なので、僕は戻ります」
「何だ、そうか。だよね、晴馬はそういうことするわけないもんね」
たくみとの行動は何かしらの女子が関わって来て、しかもあんまり良くないとか勘弁して欲しい。
「お待ちなさい! わたくしの許可なくどこへ行くというのです?」
「いえ、僕はたくみとお姉さまとの関係に入り込むつもりは無いので……」
「何だ、そういうこと……誤解しないで頂けるかしら? そこの男とは何も無いの。あなたたち、たくみを好きにしていいから、お連れして下さる?」
「え、ちょっと? 俺はあなたに会いに――」
たくみの言い分を聞かずに、ことぶきさんは取り巻きの女子たちに命じて、たくみをどこかに連れて行ってしまった。
あぁ……これでまた男の友達を失うことになるのだろうか。何もしていないのにどうしてこうなるのか。
「さて、レイケのことは存じませんけれど、アールトのことでしたらお教えしてもよろしくてよ? 聞きたいのでしょう?」
「は、はい。聞きたいです」
何でもいい、誰でもいい。さやめを早く探しに行きたい、ただそれだけのことなのに。
「では手錠の晴馬、わたくしの元へおいでなさい」
手錠が名前っぽくなっているのは決定事項とか、泣きたい。
「き、来ました」
「そうではなく、わたくしの傍に近づきなさい!」
どうにもこのやり取りは、単純に姉と弟のそれではなく、もしかしなくても別の意味でのお姉さまに聞こえなくもない。
美織センセーの時といい、先輩格の女性たちはそれ系だったりするのだろうか。さやめにしても偉そうな態度で接して来るし、男が少ないからってそれはあんまりだ。
「――では、口づけを」
「いやっ、それは無理です! ぼ……俺には彼女がいるんです」
「どちらに?」
「え、えーと……同じ学年の」
「その方は、わたくしよりもお可愛いのかしら?」
「は、はい、それはもう……」
「ではこの場に今すぐお呼びしなさい! これは命令! すぐに無理ということは晴馬の偽りということになる」
名家のお嬢様ではなく、女王さまとかそんな感じに思えなくもないことぶきさんの態度は、なりふり構わず命令をしてくるようになってしまった。
さやめの手がかりと、あいつを探したいだけなのにどうしてこうなった。
『何じゃ、明空もつくづく節操のない男じゃな』
押し迫って来ることぶきお姉さまから逃れようと少しずつ後ろに下がっていると、背後の下段辺りから、救世主っぽい人の声が聞こえて来ていた。
これで方向性を正しく直してくれる、そう信じ、振り向いてすぐに下の辺りに目をやった。
「明空、こんな所にまで来て、はあれむとやらを作るのか?」
「い、いえ、そんなことはなくてですね……もなかちゃん先生こそ、どうしてここに?」
「迎えに来たのじゃ」
「へっ?」
小さすぎるもなかちゃん先生の登場は、一気に安心感を出してくれた。それと同時に、口づけを迫っていたことぶきお姉さまの声色が、低すぎる声になって空気感も違うものになっていた。
『……そういうことですの? ソレが晴馬の彼女……晴馬はソッチ側……』
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