57.「じゃあ連れて行くし」と言い残し、奴は姿をくらました。
「それで? はるくんはどうされたいのかな? 言ってごらんよ」
「く、くそぅ……」
「んー? 何かな、その反抗的な態度は」
今の状況は非常に良くない。
何でどうして……などと心の中で思ったところで、さやめの手錠が外される訳も無いわけで。
その心を覗かれているかのように、さやめの挑発的な目が俺を刺激している。
前々から思っていたけど、コイツはサディスティック女子とかいう奴なのか。
「し、知らない女子に勝手に手錠を使わせといて、さやめにとやかく言われたくない!」
「じゃあ手錠をしたままで生きるんだ? それでもいいけどねさやは。一生飼いならすことが出来そうだし、逆らわずに動かすところだけ動かしてくれれば、何も問題は起きないものね?」
つづりさんに手錠をかけられたのも不運だったけど、問題はその手錠の持ち主がさやめだったことにある。
外し方は間違いなく、コイツしか知らない。そしてその鍵もコイツしか手にしていない。
「お、お前はそれで……」
「はるくんごときに、お前なんて言われたくないんだけど?」
「く……さ、さやめはそれでいいって思ってるの? このまま手錠をされたままの僕と一緒にいたい? そ、それに、僕はこのままでは自分で着替えることも出来ないし、食事だって――」
「あはっ! いいよ? 全部面倒を見てあげる。どうする? どうしようか?」
まるで外す気が無いみたいだ。どうすればかけられたままの手錠を外してくれるというのか。
円華にもはっきり言っていない二文字をコイツに使うべきなのか?
たかが手錠ごとき問題の為に、使っていいものなのか。
「……泣きなよ? はるくん。昔を思い出して、ここでも泣いて欲しいなぁ? そしたら、さやは許してあげなくも無いよ?」
「い、いつ僕が泣いたんだよっ! 昔よく泣いていたのはさやめちゃんの方だ! 僕じゃない」
この場合の思い出はどっちかが嘘をついている。だけど、俺の思い出のさやめちゃんは大人しくて地味で物静かな子だった。
泣いていたかは定かではないものの、そうだとしてもさやめに上から目線で言われるいわれはない。
「じゃあいいや。その手錠の解除方法がそれだったのに……そういうことならどうでもいい」
「……えっ、ま、待って! 泣けば解除? ほ、本当なの!?」
「信じたくないんでしょ? 思い出もさやのことも」
「し、信じるから! だ、だから、泣く。泣くよ!」
「泣くの? 本当に? じゃあ5……4、3……2……」
「ま、待って待って! す、すぐに泣けないよ。そんな自由自在に人は泣けるもんでもないし、何か痛み……あ、いや、痛いのは嫌だなぁ」
目薬でもあればすぐに涙を流すことが出来たのに、泣けと言われて泣けるほど悲しい目に遭っているわけでもないだけに、泣くことが出来ない。
「はい、時間切れ。痛くしないけど、泣くって言うなら連れて行くし」
「え、どこに?」
「そこで泣いてくれたら、きっと手錠どころかはるくんの全部を許してくれると思うんだ。だから、さやは行くね! はるくんはここで大人しく待っていろよな」
「お、おいっ!? ど、どこに行くんだよ! 手錠を外してから行ってってば! さやめちゃん~……」
引き留めるにも両手の自由は奪われたままでどうにも出来なかった。
意外なことに、てっきり手錠をかけたままの俺に対して、色んなコトをしかけてくるとばかり思っていたのに、何もして来なかったのが不気味すぎる。
泣けば許してくれる場所って、そんな場所があるんだろうか。
『ピーンポーン……!』
さやめが部屋から出て行ってからすぐにインターホンが鳴った。もしかしなくても、どこかに連れて行こうとする為に戻って来たのかもしれない、そう思って素直に返事をしてしまう。
「はい~鍵は開いてるよ」
言ってから気付いたことだけど、そもそもさやめは勝手にどこからか入って来る奴なのに、インターホンなんか鳴らすのだろうか。
「あぁ、やっぱり……! そのまま放置されてる系?」
「げっ!? リ、リイサ? な、何で……」
「あたしの予感ってやつ! どうせレイケに色々と言われても拒否ってたんでしょ? そしたら、予想通りに怒って出て行ったー! でしょ?」
「え、えっと……」
「うんうん! 絶対、あたしにもチャンスは巡って来るって思ってたよ? つづりもいい仕事してくれたし、レイケもここからいなくなっているわけだし! やっちゃおうかな? いいよね、晴馬くん」
さやめの奴が一切関わろうとしなかったリイサは、年下の姉であるつづりさんの指示通りに動いていた。
最初こそとてつもなく危険な女子が近づいて来たと思っていたのに、姉に従ってる時点でリイサは勝手に何かして来ないだろうなんて、安心しきっていた。
それなのに、何で単独で部屋に戻って来れたというのか。
「や、やるって……で、でも、つづりさんの命令というか、姉に逆らっていいの?」
「あぁ、姉? 姉と妹……ねぇ。本当に可愛いよね、晴馬くんって! キミはあたしに出会った時にお姉さんて言ってくれたじゃん? あれ、あながち間違ってないよ」
「え、つづりさんの妹だよね!?」
「本当に信じてるのかな? 純粋で可愛いなぁ……レイケにも勿体無いし、つづりなんかに触らせたくないな。うん、手錠姿の晴馬くんはお姉さんが助けてあげよっかな」
「は、外せるの?」
さやめがどこかへ行ったままで気になっているにもかかわらず、姉じゃない疑惑のつづりさんとは別行動のリイサがここへ来たことについて、何で何の疑問も持たずに返事をしてしまったんだろう。
「外してあげる」
「じゃ、じゃあ! お願いしま――」
「その代わり、もらうね?」
「え? な、何を?」
「……晴馬くんを!」
「お、お金も無いただの庶民だよ? あげるものなんて何も……わわわっ!? な、何してるの?」
冷静に考えれば分かったことだったのに、どうして簡単に気を許してしまったのか。
「えっ――そ、そこはベッド……」
「うん、そうだよ? 両手首が痛そうだし、ふわふわな所に寝かせてあげるね? 仰向けに寝て、手錠のかけられた両手は、天井に掲げたままの状態にしていてくれるかな?」
「なんだ、そ、そんなことなら……」
「うん、いい子! 後は何も心配いらないからね。お姉さんが何もかもしてあげる。せめて、指先だけでも動かしてね。そうしたら、ご褒美をあげるから」
「――え」
リイサの言われるがままに、俺は自分のベッドに移動して手錠が外されないままの状態で、仰向けになった。そうすることで、手錠を外してくれると信じてしまったからだ。
「良く出来ました! じゃあ、少しだけ待っててね。準備するよー」
「へっ? 準備?」
仰向けに寝た状態で、自由の利かない両手を天井に掲げたままでは、リイサの姿を見ることが出来ない。
何の準備なのかは分からないまま、リイサが顔を覗かせて来るのをじっと待つしか無かった。
「ちょちょちょちょ!? リイサ、な、何して――」
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