56.「笑わせてくれるね」などと容赦なくほざく女の子
「さて、このまま晴馬くんの両腕を離さずに行動に移すのは、厳しそうですね」
真後ろで話す彼女の吐息が微妙に気になりながらも、俺はどこかのタイミングで全身を仰け反らす計画を立てていた。たとえ両腕の自由が利かなくても、さっきリイサにしたように、体を使って反撃することには想定していないと踏んだからだ。
「ぼ、僕なんかのどこにそんな価値があるっていうの? 学園から追い出される身なんだよ?」
「あぁ、そのことですか。レイケの許嫁に選ばれたキミを完全に奪うことが出来れば、面白いじゃないですか。晴馬くんの魅力はそこにあります。弱そうに、そして強そうに見せておきながら碓氷家の令嬢までも懐柔しているだなんて、名も無い学園の女子にとっては大いに価値があることです。実は私たち以外の家以外も虎視眈々と狙っていることは知らないですよね?」
俺ってば平凡すぎる高校に通っていただけの普通過ぎる高校生だったよね。どうして名のある家々に狙われることになっているのだろう。さやめってどこまでご立派過ぎる家なんだか。
「その話はいずれまた利用するとしまして、今は晴馬くんにナニかをしないと気が済みません。何をされるのが嬉しいですか? 何でもしますよ? それこそ妹になってくれって言うのなら、なります」
「え、でも、姉なんだよね?」
「形式上はそうなりますね。そういうのは何とでもなります。妹として生きて欲しいなら、晴馬くんの妹になります……それとも、レイケにされているようなことをお望みですか?」
「えっ? されている……って、そんなことまでどうして……」
「時間がありませんので、強行的にやります」
そう言った彼女は掴んでいた俺の両腕を一時的に離したと思ったら、ずっしりとした重みのある物を手首にかけ、ひんやりとした何かでガチャッと鍵をかけている。
「な、何をしたの……?」
「手錠をかけさせてもらました。こうすれば迂闊なことは出来ないはずです」
「そ、そんなものまで用意していたの!?」
「いえ、これは隣の部屋に置いてあったので借りました。隣はレイケの部屋なのですよね? いい趣味しているというか、いずれ使うつもりだったのではないでしょうか」
「あ、あいつめ……何でそんな」
「……そこまで進まれていた関係だったことに驚いています」
手錠を部屋に置いて何をしようとしていたのか、今となってはこういうことをしたかったのだと思わざるを得ない。かろうじて目隠しをされていないとはいえ、自由を奪われているだけにどうにも出来ない。
「え、何をするの!?」
「決まっています。晴馬くんを裸に……まずは上半身を失礼させていただきますね」
「ひ……ちょ、ちょっと!? 痛……っうぅ」
「暴れるとその手錠はもっとキツくなる仕様みたいですので、大人しくされたほうがいいと思います。私も晴馬くんには痣を作って欲しくありませんから」
くそーさやめの奴……何でそんなハイテクな手錠を準備していたんだよ。そんなことを思っている間に、つづりさんは俺の上半身を全て脱がせていた。本当に俺の体を裸にしたところで誰が得をするというのか。
「苦しいですか?」
「そ、そんなのっ、見れば分かるよね? 両手の自由は奪われているし、つづりさんをこの目で睨むことが出来ないんだよ?」
「本当は正面から行きたい所ですけれど、今回は背中だけにしておきます。お楽しみはこれからいくらでも訪れるでしょうから」
「へ? な、何を……?」
首を多少動かせても、後ろにいる彼女の姿や顔を見る事が出来ない。上半身を脱がされ、ムチでも打たれてしまうのかと体に力を入れて強張らせていると、後ろから聞こえて来るのは、何かをカーペットに落としている音だけだ。
「……どうです? どんな感じですか?」
「んんっ? な、何かが背中に当たって来てるけど、ム、ムチの試し打ちとか?」
「違いますね。もっと柔らかいはずです」
何かがペタっと背中に付けられている。確かに感触だけなら柔らかくて、でもどことなく体温を感じるような、そんな感じを受けている。小さい頃にさやめちゃんをおんぶした時に近い気がしなくもない。
「……鈍いとは聞いてましたけれど、気づきもしないんですか? やっぱり目に見えなければ駄目なのかな」
「あの、もしかしておんぶみたいに抱きついてるのかな?」
「それに近いことです。正確には私も上だけを脱ぎまして、胸を当てているだけです」
「はっ!? む、胸を……えっ? ぬ、脱いでって……こ、こここ、困るよ! こんなところを見られでもしたら!」
「ですから、なずきを玄関に行かせたんです。他に見るような人なんていないですよ」
「い、いやっ……そ、そうじゃなくて!」
手錠ごときにハイテクっぷりを駆使しているさやめが、部屋に勝手に入ったことを感知していないはずがない。俺が恐れているのは、つづりさんの大胆な行動ではなく……いつ現れるか分からないあいつだけだ。
「やはり視覚的にも触覚的にも露わにしないと、鈍感な晴馬くんには効き目がなさそうですね」
「て、手錠を外してくれるの?」
「いえ、私、正面に立ちますので、顔で受け止めてください」
「か、顔で!? な、何を……」
「もちろん、私の――」
『あはっ! はるくんって、どうしてこんなにも笑わせてくれるんだろうね?』
後ろにいたつづりさんが正面に回り込んで、視界に感触の正体が飛び込もうとした時、背後から聞き慣れた声が聞こえて来た。背後にはすぐにカーテンがあり、さやめの部屋ということを示していただけに何となくの予感はしていた。
「……あぁ、やはりセンサーを仕掛けていましたか。その辺は抜かりがないんですね」
「わ、分かっていたのに、は、裸に?」
「来るのは分かってましたけれど、どこまで出来るのかな、と。上半身だけでもやれることは沢山ありますから」
「やれることって……えっ!? んぷっ!?」
「っと、声の主が本当に戻って来たみたいなので、この辺でやめときます。なずきも暇していることですから、今回はこの辺でおいとましますね。晴馬くん……これからよろしくお願いします」
「……い、今のは――まさか……」
顔に押し付けられたのは、何をどう考えてもつづりさんの胸部だった。視覚ごと覆われてしまったので、柔らかさしか感じることは出来なかった。
それはともかくとして、手錠をかけたまま放置とかそれはあんまりすぎた。
「うわ~戻って来てみれば笑わせてくれるね、キミ。しかもいつか使おうと思っていたソレ! あははっ! 待ちきれなかったのかな? んー? ねえ、はるくん……?」
どこをどうすればこの部屋に帰って来れるのかなんて、聞きたくない。それよりも、手錠をされたままでコイツが戻って来たのは、ある意味でさっきのつづりさんよりも悪い予感しか感じられない。
「な、何だよ?」
「べっつに~でも、本当に行儀が悪いよね、はるくんって」
「な、何のことだよ?」
「勝手に見知らぬ女……まぁ、一人はともかくとしても、新たな女と知り合いかと思えば部屋に入れて、イケないことをされるなんてさ。それって裏切り行為だと思わない? 許嫁はわたしなんだぞ?」
「そ、そんなことより、手錠を外してよ! 外してくれたら、さやめの言うことを何でも聞くから!」
「ふふん、何でも聞くんだ? どうしよっかな? まさか得体の知れない女の手で、昔のはるくんが戻るだなんてさ、何か納得いかないんだよね」
コ、コイツ、まさか面白がって何かムカつくことを企んでいるのか? 助けに来た奴のセリフじゃない。何でこんな、さやめごときに好き勝手にされそうな感じになっているんだよ。
「はるくんを助けに来たよ? でもまずは、オイタをしたお仕置きをしてあげるね?」
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