55.「弟にしてあげるよ」なんて声が前後から聞こえて来る件
「こ、困るよ……どうしてこんなことするの?」
自分だけの特別待遇を聞かされた直後くらいから、自分の口調はすっかりと素を出すようになってしまった。ここで強がったところで、誰にも勝てないと判断してしまったのも関係しているかもしれない。
「晴馬くん、可愛いね。もしかして今の姿が本当の君なのかな?」
「そ、そんなことない……」
「いいえ、それが先輩の素だと思いますよ。隠していたのはレイケのせいでしょう? もう素直になられてはいかがですか? 私たちで晴馬先輩を、いえ……晴馬くんを裸にしてあげますね」
「はっ、裸に!? こ、ここここ、困るよ!」
「……そういう意味じゃないですよ? 成績があまり良くないことを聞いておりましたけれど、言葉の理解度はその程度でしたか?」
一瞬動揺したものの、それくらいの意味くらいはいくら何でも分かる。物理的な意味じゃなく、素の自分を開放してあげるってことのはず。
「息は苦しくないかな? お姉さんが優しく手ほどきしようか?」
「い、いや、リイサは妹なんでしょ? お姉さんって言われても……」
「あ、それもそうか。でも出会った時にはお姉さんって勘違いしてたじゃん? その時と今とで、大して意味は変わらなくない?」
「どっちもどっちなレベルなんですね……まさか手のかかるのが二人だなんて」
「あ、あの、後ろでため息をつかれると、その息が首にかかってしまうから困るよ……」
「そう言われても、晴馬くんの両手も所在ないせいで思いきり寄りかかって来ていますし、お腹に当たっていますけど、お腹が好きなんですか? 姉としては可愛がり放題で嬉しいことですけれど」
「い、いや……で、でででも」
どんな状況になっているかなんて言いたくない。ましてこんな所をさやめに見られでもしたら、とんでもないことになりそうな気さえする。
「晴馬くんの全てを面倒見てあげるって言ったのは覚えてる? 教室で言ったことなんだけど、今がまさにそれじゃん?」
「み、見えるのは服の生地だけです……な、何も見えなくていいから」
「息は苦しくない? 逃げないとは思うんだけど、このままでいさせてくれる?」
「さ、さやめが来たらどう説明を……」
目の前にはリイサの胸が……ではなく、洋服の生地の繊維が見えている。後ろにはつづりさんがピッタリとくっついて来ていて、身動きが取れないでいる。両腕はぶら下がりのままでロクに動かすことが出来ない。
「レイケが? あぁ、それは簡単じゃない?」
「え?」
「晴馬くんは、私たち夢咲が貰いました! 彼は弟になったので、レイケの出る幕は無いですって言いますから問題は無いかと」
「そ、そんな……せめて今の状態から解放してくれないかな? そ、そうじゃないとそんな説明を素直に聞いてくれるはずが無いよ」
リイサの方がやや背が高く、つづりさんは同じくらいの身長なこともあって、挟まれた状態から抜け出すことが出来ない。もしこんな姿をあいつに見られでもしたら、三人まとめてとんでもない目に遭いそうだ。
「そ、それに弟にするとか、そんなの出来るはずが……」
「簡単だよ? 晴馬くんを養子に迎えてあげればいいんだよ。そうだよね、つづり」
「そういうことですけれど、それでは包囲出来ませんね。晴馬くんのご両親ごと迎え入れるくらいはするべきです」
「あーそっかぁ! さすが姉さんだね!」
「学年だけは上のあなたが、それを言うのは何だか嫌な感じになります」
「だって事実なわけだし?」
何やら複雑な環境のようではあるけど、そういうことは挟んでない時にして欲しい。自由な空間が得られないまま、さやめが来そうで怖い。
「セ、セキュリティがあるから、すぐに駆け付けて来るよ? ど、どうするのかな二人とも」
この部屋は元々は普通のマンションタイプな寮だった。少なくとも初めてさやめを見た時は、まだ改造はされていなかった。それが今では入る時には認証式だし、すぐ隣にはカーテンだけで仕切られた、さやめの部屋があるわけで。こうなって来ると、部屋のどこかに監視カメラがあってもおかしくない。
「それなら心配ありません。今は学園理事と話をしている最中でしょう? それも碓氷の人間と同時に。晴馬くんのことだけでも長い話になることは必須なのです。セキュリティのことに関しては、すでに手は打っていますので、心配無いですよ。本当に可愛いですね、晴馬くんは」
姉かもしれないけど、下級生な子に舐めた態度で言われているのは、何だか無性に腹が立ってきた。さやめや円華が実際強いのは理解しているけど、リイサとつづりさんはそれほどでもないはずなので、ここは男らしく行動するべきだ。
「――い、いい加減にしっ――」
挟まれた状態から抜け出すには、横に抜けるのが最適と考えたものの、そんな隙は無かったので後ろのつづりさんはこの際気にせずに、力で押さえ付けて来ていないリイサを、頭で勢いよく突き飛ばすしか考えられなかった。
「いったぁ……び、びっくりしたー! 晴馬くん、大胆なことも出来るんだ? 頭で押して来るとかやるじゃん? あたしはそのまま押し倒してもらいたかったけど、甘かったね?」
「う……くっ、ぐぐぐぐ……何て力」
「そう来るのも想定済みでした。確かになずきは普通に弱いですからね。頭もそうですけれど……」
「頭は関係なーい! つづりは一言多すぎだってば!」
「なずきは念のため、玄関にいてもらえますか? 私は晴馬くんを押さえ付けておきますので」
「えー? あたしを起こしてくれないの? しりもちをついたのにー!」
「それくらいは自分でやってください」
「はいはい、分かりましたー! じゃあ、晴馬くんはごゆっくり」
すっかり忘れていた。そう言えばこの子は、腕を掴んで来た時に全く外されないくらいの力だった。それが途中で力を抜いたのか、反動でお腹に触れてしまったという出来事があった。
「思いつきは褒めてあげます。その辺りは、なずきよりも知恵が働くようで姉としても嬉しい限りです。ですが、あなたの両腕には自由がありません。それも手のひらが裏返しの状態ですから、力も入れられないでしょう? どうしますか?」
つづりさんの言う通り、がっちりと腕は掴まれている挙句、手の甲が自分側に向いているので力を込めることも難しい。幸いなことにこの子はリイサと違って、色気づいた行動をして来ないことだ。
これならいくら力で制圧されていても、そういう意味での恐怖感は感じることは無い。
「……晴馬くんのことは全てお見通しですよ? 言いましたよ? 裸にすると」
「そ、それは物理的な意味じゃないって言っていたよね? リイサじゃないんだから、それはさすがに……」
「……そう思いますか? 何のためになずきを玄関に行かせたのか、分かりませんか?」
「――え、ま、まさか……!? き、君は常識のある子だよね? リイサはそうかもしれないけど、君は違うはず……ちょ、ちょっと? 聞いてる?」
あれ、これは最大の貞操危機とかいう奴? そもそも俺が脱いだところで誰も喜ばない。どうすればこの状況から抜け出せるんだ。
言いたくないけど言うしかないのだろうか。あいつを呼ぶために……。
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次話は5/14の夜になります。




