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振り向けば妹がそこにいる件  作者: 遥風 かずら
第四章:ライバルの影
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47.「泣いてる?」と謎のカノジョは声をかけて来た。


「そ、そろそろ帰るよ」

「もう帰るのか? わたくしはこのまま晴馬にいてもらいたいのだが……しかし、さすがに母上が様子を見に来るかもしれないな。残念だ……しかし教室でも会えると思えば寂しくはない」


 円華はそんなことを言っているけど、明らかに寂しそうな表情を見せている。彼女なのに切ない表情ばかり浮かべさせているなんて、何なんだろう。


「じゃ、じゃあ……」


 広い庭にある部屋の窓から、靴を出して帰ろうとすると、円華が何かを言いたそうにしているように見えたので振り向こうとすると――


「円華? どうし――」

「――晴馬……」

「えっ、あっ……」


 振り向きざまの右頬に、彼女はそっと押し付けたように軽いキスをしてきた。


「晴馬、また明日」

「う、うん。円華、また」


 初々しい彼女とは、円華のことを言うのかもしれない。何も問題が無ければ彼女と一緒にいたいと思えるし、嫌になることなんてないのに、どうして上手く出来ないのか。


 名残惜しさを残しながら円華のお屋敷を後にした。したまでは良かったのに、そもそもいつの間にか敷地内まで歩いて来ただけで、どうやって来たのかすら分からなかった俺は、またも道に迷ってしまった。


「どこをどう歩けば見知った道に戻れるんだよ……ううっ」


 辺りを見回しても、果てしなく続く長い塀。ひと気の無い道で、独り言を呟き嘆いていても、誰も通る気配が無かった。こんな時にこそあいつが世話焼きで、姿を現わしてくれればと思うところが駄目なのかもしれない。


「誰かー?」

 

 お屋敷を囲っている塀は侵入者を阻むかの如く、人の声すら聞こえて来ない。こんな時に携帯を持ち歩かない自分はダメダメすぎる……そんな後悔をしながら、その場にしゃごみこんでふさぎ込んでしまった。


『キミ、泣いているの?』


 またもさやめかと思って、チラッと腕の隙間から見上げてみると、見知らぬ人が心配そうに顔を覗かせていた。その人の顔は夕陽の光と重なっているせいか、よく見えない。


「な、泣いてなんかいないです……」

「そうかな? その声といい、表情といい……困ってたでしょ?」


 まさに図星。誰でもいいのでこのエリアから連れ出して欲しいと思っていただけに、誰か分からなくても、声をかけてくれたのは嬉しすぎた。


「あの、こ、ここから表通りに出たくて……でも道が分からなくて」

「ここって、碓氷家でしょう? キミは関係者かな? それともただの訪問者とか」

「え、えと……」


 彼女の家なんですなんて言えない。しかもそこから迷って帰れないんですとか、どういう奴なのか。


「いいよ?」

「な、何がですか?」

「大きな通りに出たいんでしょ? そこからならキミは一人で帰ることが出来る。違う?」

「そ、その通りです! 見たことがある景色にさえ戻れれば、自力で帰れます」

「だよね。キミは学園の子?」


 ここは名乗っておかないと多分、失礼になりそうなので素直に名乗っておくことにした。


「俺……僕は、明空みよく晴馬はるまと言います。ひととせ学園の二年です」

「……学園の晴馬くんね。そっか、あの学園か……」

「あの、お姉さんは?」


 長身で色っぽい雰囲気が出ているこの人は、恐らくお姉さんに違いない。どう見ても妹には見えない。


「お姉さん……? あ、そっか。年上に見られるのかー」

「ち、違いましたか?」

「まあまあ、それは後で教えるとして、名乗っておこうか?」

「あ、いえ、道さえ分かれば大丈夫です」

「そう? じゃあ後ででいいか。それじゃあ、こっち」

「は、はい。付いて行きます」

「キミ、可愛いね。気に入ったかも」

「へっ? 可愛いって……」


 お姉さんなのか、そうでないのか、そんなことを考える余裕もないまま謎のカノジョの後について歩いて、何とか見知った道に出ることが出来た。


「な、なるほど。角をいくつか曲がればいいんだ……」

「難しくないよね? 今度は大丈夫かな?」

「た、多分」

「よしっ、いい子だね!」

「なっ!? なななな!? 何を」

「あれっ? 嫌だった? 可愛い感じだし、弱そうな子に見えたからしてあげたんだけど、嫌かな?」

「びっくりしただけで……ごめんなさい」


 見た目お姉さん兼態度もお姉さんな彼女は、突然頭を撫でて来た。こういう行動はどう考えても年上のような気がしないでもない。


「こ、この辺までで」

「あ、そう?」

「あの辺にいたってことは、近くだったんですか?」

「んー……どうかな。むしろ、この辺りが近いよ。晴馬くんもこの辺りかな?」

「そ、そうです」

「おけおけ! あたしもだよ。奇遇だね! じゃあ、気を付けて! またね、晴馬くん」

「ありがとうございました」


 その場に立ち尽くす俺を見ながら、ブンブンと豪快に手を振って謎なカノジョは帰って行った。またねと言っていた言葉の意味なんて分かるはずも無ければ、聞く暇も無かった上に、まともに顔を見ることが出来なかった。


「あはっ! へたれ馬くんが自力で帰って来てるとか、奇跡ですかぁ?」


 親切なお姉さんの余韻を残して歩き出そうとすると、背後から奴の声が聞こえて来ていた。ここで振り向くといつものパターンになりそうなので、どこかに寄り道をしてから帰ることにする。


「おいっ! シカトすんな!」


 優しいお姉さんの言葉と姿を反芻しながら、気持ちよく歩き出そうとしたのに、ソイツは許してくれないらしい。


「何だよ、さやめ」

「晴馬はいつから偉くなったんですか? あ、エロくなった、のミスだった」

「何もしてないだろ!」

「もちろんわたしにじゃなくて、お嬢さまにだけど?」

「……何もしてない」

「あっれぇ? 何かな、その間は。してない、じゃなくてへたれくんだから、求められたのに出来なかった、の意味じゃないんですかぁ?」


 円華と会っていた余韻と、親切なお姉さんのことがあったせいか、どうにもさやめの奴がいちいち絡んで来るのが腹立たしくてしょうがなかった。


「あーうるせー! 何だよ、お前! 俺にばっかり絡んで来て、他にいないのかよ? いや、いるわけないよなー。レイケ様は特別すぎて、学園の男は相手になんかならないもんな」

「……悪い?」

「え、な……何で」

「さやには、はるくんしかいない……何で分からないの? どうしてそんなに意地悪ばかりするの……」


 いつも通りの対応で、てっきり猛反撃な口撃をして来ると睨んでいたのに、これはいつものさやめではなく、さやめちゃんになっていた。


「時間が無いの。もうすぐ来るのに……あんなのが来たら、ますますはるくんが遠のいちゃう……」

「あんなの? ど、どんなのだよ」

「言いたくない……」

「お、落ち着いて。と、とにかく、帰ろう。さやめちゃん」

「ぐすっ……おんぶ」

「わ、分かったよ」


 これは完全に思い出のさやめちゃんモード。さっきまでとは全然違ってしまった。さやめちゃんの言うあんなのとは、一体どんなモノなのだろうかと気になりつつ、力の抜けたさやめちゃんを背に乗せて寮に戻ることにした。


「チョロ馬……」

「え? 何か言った、さやめちゃん」

「ううん、優しいなって」

「は、はは」

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