43.「本当にするなら次はこっちな」とほざく彼女に「えっと」としか言えなかった時間
ああどうしよう、どうするべきか。可愛い妹ちゃんからキスをされるのは本来なら嬉しいことだ。
元々は男装女子として近づいて来た泉ちゃんに、キスが出来るかどうかをあいつに言われた挙句に、結局出来ずに終わってしまったわけで。
その時から事あるごとに邪魔されて来た泉ちゃんにとってみれば、これが最初で最後のチャンスのはず。
「晴馬センパイ……好きです」
「……泉ちゃん、落ち着いて? 泉ちゃんの想いには応えられないんだよ?」
「だったら、なおさらです。わたしに思い出をください……」
彼女の膝の上に自分の頭を乗せたまでは良かった。それなのに偶然にも、両腕は古びたベッドのコイルスプリングに絡まってしまった。泉ちゃんの仕掛けた罠などではなく、本当に偶然だったのは彼女の反応を見ても明らかだ。
「センパイ、ごめんなさいです。このベッドもしばらく使っていなかったので、きっとそのせいだと思います。だけどベッドの老朽化がわたしにチャンスをくれたのなら、わたしにもチャンスをくださいっ!」
ここは泉ちゃんの昔の家で、確かに住んでいたらしい。彼女の部屋も寂れた感じに見えたのはそのせいだった。それが最近になって、壁と天井に俺の顔写真を貼りに来ていたとなれば、ベッドまでは触らないはずなので、こんな偶然みたいなアクシデントが起きてもおかしくない。
「分かったよ泉ちゃん。元はと言えば俺が逃げたのが良くなかったんだ」
「センパイ……」
……と見せかけて、両腕はすでに自由が利くようになっている。ここは大人しくされるがままな泉ちゃんのキスを受けるのは避けて、体を起こして彼女を抑え付けて叱ってあげることにする。
「センパ――」
「泉ちゃん、そうはいかな――っ!? あっ!」
「えっ……?」
膝の上にあった自分の頭は思いの外、重かった。それに加えて、急に自由を得た両腕は力を入れ過ぎたせいで、彼女の両肩に手を置く予定が押し倒す羽目になってしまった。これではまるで襲うカタチに見える。
「あ、いやっ、ち、違うんだよ? こうするつもりじゃなくて、説得を……」
「晴馬センパイ……このまま、センパイからキスを……ください」
何とも弱々しい泉ちゃんの顔が真下にあって、最初からこうなることを望んでいたようにも見える。両腕が動かせなくなっていたのは偶然だったのに、結局は彼女をベッドで押し倒している。
「い、いいのかな? もう止められないよ……?」
「はい……今度こそ、センパイのキスを――わたしに」
『ドンッ! ガシャーン……!』
「へ? な、何だ? ガラスが割れた音?」
「そんなことより、センパイ……早く……」
「……泉ちゃん」
制服シャツの泉ちゃんは、上三つくらいまでボタンを外し、胸元が少しだけはだけていて理性を失いそうな予感さえしている。
あともう少しで彼女の唇に届くところまで迫った時、その位置から動く事の出来ない声が聞こえて来た。
「へぇ……? 危ない目に遭わされていると思って来てみれば、ふぅん? そういうことなんだ?」
「さ、さやめ!? な、何でここに」
あとほんの僅かなキスをしようかと思う位置で、自分の顔は奴のいる所に向けながら動けずにいる。何でここにいて、そもそも部屋の場所まで分かったっていうんだよ。
「晴馬センパイ、早く……ください」
「え、えっと……」
物音がしたのは聞こえているはずだし、さやめの声にも気づいているはずなのに、泉ちゃんは目を閉じたままでずっとキスを待っている。ここまで来て彼女にしないままでやめるのは駄目な気がして来た。
「泉ちゃ……」
「はーるー? しちゃうんだ? 意気地なしなはるくんが本当にしちゃうんだね? それでもいいよ? いいけど、その子にしたらそのキスはわたしにもするんだろ? ねえ、はるくん……」
「……そ、それは、えっと……」
「センパイ……? えっ!?」
実はさやめの存在に気付いていなかったらしい泉ちゃんは、なかなか迫って来ない俺の様子にようやく気付いたようで、キス待ちのままで硬直していた。
「どうするつもりなのかな? するの? しないの? あはっ、してもいいけど~?」
キスを待つ泉ちゃんにキスをすることは出来る。出来るけど、すぐ近くには不敵な笑みを浮かべているさやめがいて、泉ちゃんにキスをしたらさやめにもキスをしないといけなくなる。
「ほらほら~せっかく押し倒しているのに、何をしているのかな? んー?」
「く……うぐぐぐ」
「晴馬センパイ、わたしは受け入れますから。わたしのお部屋に来てくれて、お話が出来て……後はキスだけで、それだけでいいんです。たとえその後に起こることが分かり切っていたとしても、センパイにして欲しいんです……お願い……します」
こうまで言われたら、もう考える余地なんて意味は無い。さやめの存在は一先ずこの場から消し去って、押し倒したままの泉ちゃんにキスをすることにした。
「――ふふん……へぇ?」
鼻で笑う奴を尻目に、俺は精一杯の気持ちを込めて泉ちゃんにキスをした。彼女の唇は柔らかく、ずっと緊張をしていたのか、小刻みに震えていた。好きでいてくれてありがとう……そんな気持ちをキスに込めて、彼女とのキスを終えた。
「あ、あの、晴馬センパイ……わ、わたしは本家に戻りますっ……どうせ外には兄が来ているはずですから。その、ありがとうございました。好きです、センパイ」
「あっ――泉ちゃん」
本家に? ということはここは旧家だったのか。男装女子だった時の泉ちゃんは榛名と名乗っていたけど、そういうことだった。取り壊すことなく時々来ていた家に、きっと勇気を振り絞って招き入れてくれたに違いない。
「……お前、何でここに来れたんだよ? こんな外れの閑静な住宅地のことなんか、レイケが知り得ないことのはずだろ?」
「どうだっていいことを聞くよりも、やることがあるだろ?」
「で、さやめにすればいいんだよな? されたいんだろ?」
「やれるものなら。いや、やりなよ? それがここに来たわたしへの約束だろ。わたしとの約束は破らないよねぇ? ねえ、はるくん」




