40.「き、来てください」なんてはにかむ後輩女子は反則過ぎる
さやめに気を取られていたこともあって、朝に出会った下級生のことはうやむやになってしまった。妹のことを聞いて来たのは何の意味があったのだろうか。
「あれ、晴馬どこに行くんだ? もうすぐ昼だぞ」
「大したことじゃないんだけど、下級生がいる棟に行こうかなと」
「一年の? おっそうか! 泉に会いに行ってくれるんだな? それならあいつのことをよろしくな!」
「あ、いや……」
「この前も結局、何にも出来ずに帰らされたらしいじゃんか。相手がレイケだから仕方が無いけどな。だったら、俺の方に……じゃなくて、泉から言われたら頷いてやってくれよな! 晴馬になら泉を任せられる!」
「へ? ど、どういう意味なの? 何かしたら殴るとかカイは言っていたよね?」
「いや、殴らないぞ。むしろあいつの気が済むまで面倒を頼む。何なら授業早退してそのまま……」
初めは妹に変なことをしたら許さないようなことを言っていたカイだったのに、あまりに思い通りに行かないことにヤキモキしているのか、むしろ泉ちゃんとどうにかなって欲しいとまで思っているらしい。
そんな兄であるカイに関係なく、昼休みを利用して一年生がいる棟に来てみた。もしかすれば、ここに今朝の女の子がいるのかもしれないと思っていたからだ。
「わわわっ!? えっ、ええっ? セ、センパイ?」
「や、やあ、泉ちゃん」
「ど、どうして晴馬センパイがここに?」
「うん。それはね、探しに来たっていうか……何と言えばいいのかな」
「さ、探しに!? はわわわわ! わ、わたしを探しに来てくれるなんて、大変なことが起こっています」
「泉ちゃん、落ち着いて」
実は全然違う子を探しに来ただなんて言えない。それくらい注目されていることに気づいた。それもそのはずで、学年ごとに棟が違う関係で、上の学年が下の学年の子に会いに来ることはほとんどないらしく、会いに来るのは、主に兄が来るぐらいということのようだった。
「あ、兄者と呼んだ方がいいですか?」
「それは泉ちゃんに任せるけど、センパイのままがいいなぁ……今の泉ちゃんは間違いなく女の子なわけだし」
「は、はいっ! あのあの、それであの……」
いつもはさやめに邪魔されることの方が多いので、じっくり泉ちゃんと話すことが少なかった。しかしさすがに、一年棟にまでは邪魔しに来ることは無いはず。
「うん、何かな?」
「や、やっぱりセンパイの所にお邪魔しに行くから、駄目だったんだと気づいてしまったんです。だ、だから――」
「うん?」
「き、来てくださいっ!」
「どこに?」
「わ、わたしのお家に……ですっ! そ、それならいくらレイケでも来ないはずなので、センパイと二人きりになれるんじゃないかなって」
何とも恥ずかしがりながら誘ってきた泉ちゃんは、はにかみながら屈託のない笑顔を俺に見せている。こういう反応を見せる女の子は反則じゃないか。
「いや、でもさ、さやめはあの碓氷家にもいたんだよ? 泉ちゃんの家に来ないとは限らないよ?」
「だ、大丈夫です。レイケが許されているのは名家とか、格上の家じゃないと入れないみたいなので、だから大丈夫ですっ!」
さすがのさやめも、普通の家庭には入れない決まりはあるみたいだ。それでも来られたらどうにもならないけど。
「えと、カイは許してくれるのかな?」
「は、はいっ! 兄はむしろ歓迎……じゃなくて、本当に晴馬センパイを呼べた時には、留守にするって言ってたから平気です!」
「そ、そうなんだ。でも先に言っておくけど、泉ちゃんとは話をするだけだからね?」
「えっ……? 他に何があるんですか?」
「は、はは……だよねぇ」
これはヤバい発言だ。さやめにしてしまった行為のせいか、他の子にもそんな変な思いを抱いてしまっている。こんな考えをしていると思われたら、せっかく慕って来ている後輩の女の子との関係が、途絶えてしまいそうだ。
「あ、あの……ど、どうですか?」
「それじゃあお言葉に甘えてお邪魔しようかな? カイもいいって言ってたし」
「兄に聞いていたんですか?」
「そうだね、一応言っておかないと」
「それなら今すぐ行きたいです」
「午後の授業は? 前もこんなことがあったけど、こういうのって良くないことだよね?」
「そ、それなら大丈夫です! わたしは元々体が丈夫じゃないので、結構早退しているんです。だから平気です! で、でも晴馬センパイは抜け出せないですよね」
なるほど、泉ちゃんにはそんな事情があったんだ。それはそうだとしても、俺はそうじゃないわけで、しかも最近はさやめの監視網が以前よりも強化されている気がしているだけに、早退するのは簡単じゃない気がする。
「迷っているとすぐに後ろに立たれる気がするし、今がチャンスなのかもしれない。い、泉ちゃんの家に行こうか?」
「ほ、本当ですかっ! い、行きます行きます! わたし、早退届を出してきますから。晴馬センパイは、この棟のカフェで待っててください。すぐに戻ります」
「俺も自分のクラスの先生に行って来るよ。そうしないとまずいだろうし」
「だ、駄目ですっ! そんなことをしたら抜け出せなくなります。その辺は兄が何とかしてくれます! そうじゃなきゃ、兄が今回の話をするわけはないですから」
「え? うーん……堂々と抜け出してサボりってのも、あんまり良くない気がするけど……後で先生に謝ればいいのかな」
行くことを決めると、泉ちゃんは嬉しそうに早退届けを出しに教室の方へ戻って行った。体が弱そうに見えないのに、早退が自由に出来る子なのだろうか。
それにしても一学年の建物には滅多に来ないだけに、ここにいてはいけないような背徳感に襲われてしまう。学年ごとにカフェがあるだけでもすごいことなのに、学園でのカーストは確立しているということなのだろうか。
上級学年の奴がいるというだけでも、特異な視線を浴びせられているのが何ともキツい。女子が圧倒の学園だから余計にそう思ってしまう。どこを見ても女子ばかりで、視線をどこに合わせればいいのか分からずにいると、たまたま合った視線の子が声をかけて来たと思ったら、今朝の女の子のようだ。
「妹をお探しですか?」
「き、君は今朝の! 名前を聞いていなかったんだけど教えてもらえないかな?」
「それは妹にする為にですか?」
「い、いや」
何で妹にこだわった質問をされているのだろうか。
『センパイっ! お、お待たせしました!』
名前を教えてくれそうにないので、きょろきょろと周りに視線を移していたら泉ちゃんの声が聞こえて来たので、救われた気がした。
「泉ちゃん、早かったね。えっと、泉ちゃんはこの子のことを知っているかな?」
「えっ? どの子ですか?」
「ほら、目の前にいる……あれ?」
「他に話をしている子がいたんです?」
「待っている間に話しかけられたんだけど、名前を聞こうとしたら逃げられちゃってね……」
「センパイ、人気ありますね。私も頑張らないと……早く来てくださいっ!」
何故か一瞬だけ、泉ちゃんの雰囲気が変わった気がしたのは気のせいだろうか。
「頑張るって何を頑張るのかな?」
「ふふっ、内緒……ですよ? ウチに来てからのお楽しみにして下さいね」
「う、うん」
不思議なことが起きている気がするが、さやめに出会ってからの学園生活はどうにもそんなことばかりな気がするし、気にしていてはダメかもしれない。
泉ちゃんはともかくとして、堂々と午後の授業をサボったままで泉ちゃんの家に向かうことになった。
一部修正しました。




