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振り向けば妹がそこにいる件  作者: 遥風 かずら
第二章:さやめの変化
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34.「下がいいって聞きました!」そんな無邪気に言って来たら怒れない罠。


 さやめの不意打ちは目が覚めたら痛みそのものを感じることはなく、普通の保健室で普通に眠っていたらしい。あの後、さやめは紅葉さんにやられたのだろうか? それだと今の状況にはなっていないはず。


「晴馬、目が覚めたか?」


円華まどか? え、どうしてここに?」


「良かった! 晴馬が無事ならそれでいいんだ。レイケに土下座をしてしまったが、こうして無事に戻って来たのだ。レイケに感謝するしかない」


「え? 土下座? 円華がどうしてさやめに謝るの?」


「いや……晴馬を行方知らずにした責任はわたしにあるのだ。こんなことでは彼女失格ではないか! 常に寄り添うべき立場でありながら、一瞬でも彼氏である晴馬の姿を見失うなど……何て浅はかだったというのか」


 このお嬢様はどこまで純粋なんだ。誰かを悪く言うよりも、自分のせいにするなんて純粋すぎる。あの人にされそうになったことや、さやめにされたことを含めて自分がいかに恥ずかしいか思い知った。


「いや、円華は悪くないからね? そもそも気づいたら連れ込まれていたわけだし、誰が悪いとかそういうのはないし。だ、だから、頭を上げてよ」


「……晴馬」


「あ、いやっ……」


 これはまずい雰囲気になっている。ここはあの保健室では無くて、普通の保健室だ。白いカーテンで仕切りがあるとはいえ、彼女である女子に何かを求められているというのは本当に良くない。


「わたしにはしてくれないのか?」


 こんなことを言わせている時点で、さやめにはしたという事実を知られていることに気づく。何もかもを知ったうえで、俺と付き合っている円華はいい女なんだなと実感するものの、素直に応じられるかは別だったりする。


「こ、ここではしないよ。そういうのは、円華の部屋でしたいからね」


「そ、そうか。そこまでわたしのことを考えていてくれたんだな。すまない、晴馬。こんなはしたない女ですまない……」


 武家屋敷のご令嬢に下手なことは出来ない。これは本当にそう思えた。円華は時代劇マニアだったけど、少なくともご両親は本物だっただけに、軽はずみなことはしてはいけない。


「体は平気か? もし立ち上がるのが辛いのならば、わたしが晴馬を抱えるが……」


「いやいやいや! だ、大丈夫だからね? ちなみに今は何時限目だったりするのかな?」


 長いこと保健室にいる気がする。そんなに時間は経っていないはずなのに、あんなことが起きてしまった以上は、半日くらい経っていそうな感じがした。


「あ、あぁ、それは……」


「晴馬ー! 無事か?」

「晴馬、ごめん! 俺がもっと気を付けていれば」


「カイ? それと、たくみまで?」


「たくみから聞いた。男限定でウワサの紅葉に食われそうになったんだって? っと、おじょ……」


「く、食われ……? いや、えっと……」


「カイはともかく、俺はまさに該当者っていうか……もっと言うべきだった。晴馬、本当にごめん!」


 たくみに疑いをかけた自分も、この場で頭を下げたくなった。それを察してなのか、邪魔をされたからなのかは分からないけど、円華は明らかにしかめっ面になっていて、カイとたくみ……特にカイを睨んでいる。


「そ、その話は今はいいよ。それよりも今って何時なの? もしかしてもう放課後とかじゃないよね?」


「放課後だ。結構な時間いなくなってたからヤバいと感じていたけど、レイケに助けられたんだろ? っと、その前に、碓氷お嬢様の訴えによるものか。お嬢様に感謝したか? まぁ、晴馬の彼女だから後で思いきり甘えさせてやればいいんじゃね?」


「そ、そうするよ。ありがとう、カイ」


「ごめんな、晴馬。朝の時点でもっと注意しとけばこんなことには……ひどいことされた?」


「え、ええと……大丈夫だったよ、うん。たくみもありがとう」


 このままでは円華が二人を、特にカイを模造刀で斬りかねないだけに、ここは素直にしておかないと。


「疲れたろ? 晴馬は俺らが責任もって寮に送るからな。碓氷お嬢様は、心配しないでくれるか?」


「……貴様の言葉を信じるに値するかは分からないが、下手なことをすればどうなるか分かるはずだ」


 たくみはともかくとして、どうして円華はカイを嫌っているのだろうか。


「んじゃ行くか、晴馬」


「うん、よろしく。円華、ありがとう! 俺は大丈夫だからね?」


「承知した。ま、また後で会いたい」


 何とも言えない可愛さが溢れていた。出会ったばかりの態度はどこに行ったのだろう。そうだとしても、彼女には彼氏らしいことを、何一つしてあげられていないのが何とも言えない。


「晴馬、カイ。俺はここで……」


「おう、じゃあな! たくみ」

「うん、またね」


 朝は分からなかった通学路も、帰りは何故か分かりやすく思えた。見たことのある角を曲がったところで、たくみと別れてカイと二人だけで寮に向かうことになった。


「責任感じてるっぽいな。あいつ」


「たくみのせいじゃないのに、そんな……」


「それに寮に行くとレイケがいるだろ? あいつは知らないけど、寮までは送りづらい思いでもあったかもな。赤城紅葉ってのは、たくみが入れ込んでいた女だったしな。どこまでやっていたかは聞いてないけど、そういうのもあって晴馬には目を向けられないかもな」


「そんな、そんなのは別に」


「実際の所はどうなん? イクとこまでイった?」


 その前にさやめにされたなんて言えない。さやめには無い胸に興味はあったけど、それも言えない。


「そんなわけないでしょ。カイは俺がそんなことを出来るように見えるの? 泉ちゃんにすら何も出来なかったのに……」


「それな。後から聞き出して分かった。悪いな、少しでも疑っちまって。で、そのことなんだけどな……」


「うん?」


「俺は寮までは送る。けど、そこからは泉の相手をしてやってくれ! といっても、イクとこまで行けってことじゃねえぞ? 兄としては妹の恋を応援してやりたいだけだしな。晴馬ならほぼ無害だし、任せられる」


「へっ? む、無害って……」


 夕暮れの薄暗さが差し掛かった辺りで、寮に着いた。そこには男装姿の泉ちゃんが直立不動で待っていた。


「ってことで、またな! 晴馬」


「いや、ちょっと?」


「レイケがいるかもだが、泊めてやってくれ! 何もしないだろうし、話をしてやれ! じゃあな」


「えええー!?」


 嘘でしょ? さやめがいる……といっても、壁の向こう側。そうだとしても、何で泉ちゃんを任せられるのだろう。


「あ、兄者! お、お待ちしていました!」


「あ、うん。ひ、久しぶりだよね」


「あのっ、私は……じゃなくてオレは兄者の下でも構いません! それでも兄者が望むなら、下ではなく上になります!」


「はい?」


「し、下がいいって聞いたんです。兄者は女子の下になるのが望みなのだと。それなら、オレが兄者の上に!」


 怒れない罠が待っていた。恐らく何の意味なのかすら、泉ちゃんには知らされていないはず。まずは深呼吸をさせて、それから中にいるであろうさやめを諭すことにしよう。またアレコレ言われたくない……はぁ。

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