26.「やれるもんならやれ!」なんてそんな言葉はお前しか言えない件
何が何だか分からないままに、仮のさやめちゃんを久々すぎる俺の部屋に入れることに成功した。もちろん第一声は、「うっわ、きたなーい!」ということを言って来るに違いない。
「うっわ……ここがはるくんのお部屋なんだぁーうんうん、男の子の匂いがするよね」
「あれ?」
「どうしたの? わたし、何か変なこと言った?」
「そ、そんなことないよ。さやめじゃなくて、さやめちゃん? えと、どっちなのかなと」
「わたしだよ? おかしいね。どうしてそんな変なことを聞いて来るの? どっちもわたしなのに、変だね」
どっちもさやめということは、もしやこれがウワサに聞く多重人格者か。いや、でも……そんなんじゃない感じを受けた。少なくとも、お母さんと話をしている時はいつものさやめと、さやめちゃんとしての彼女が出ていた。これはもしかしなくても、からかわれているのか?
さやめちゃんのままの彼女は、俺の部屋に入るとすぐに、今は使われていないベッドの上に腰掛けた。本来ならそこは、部屋に入った時点で真っ先に自分が座ろうとしていた場所だった。それを何故彼女がしてしまうのか。カーペットとベッドとの段差で、彼女は両足を交互に動かして挑発をしているようにも見える。
「そ、その髪の色はどうして? 普段は銀色だろ? 何で今は普通に黒茶色になってるのか、意味が分からないよ」
「何だ、そんなこと。銀色なんて簡単に染められるし。わたしの地毛はちょっとだけ茶色がかった黒でしょ? 何を今さらそんなくだらないことを言うかと思えば……それなら、近くで見る? いいよ、はるくんになら間近に迫られても」
「間近で? べ、別にいい! そうやって俺のさやめちゃん像を壊していくのはやめろよ!」
「さすがにアホ馬くんでも気づいたね? どっちもわたしって言った。晴馬のさやめちゃんは、晴馬が思い描いていた理想の妹であって、そのまま大きくなるとかあり得ないし。はるくんは大人しくて地味で、言うことを聞いてくれるさやめちゃんをお望みかな。それならずっとさやめちゃんを出してあげてもいいよ?」
やはり同一人物で、ずっと俺をからかっていた。時々さやめちゃんとなって、からかっていたわけか。
「そ、それならお前のその……髪染めの真実を間近で見てやる! ち、近づくからな?」
「へぇ……? 小心な、違うな。小者な晴馬がわたしに迫れるの? いいよ? やれるもんならやりなよ!」
なんたる態度だ。学園内や寮にいる時のさやめそのものじゃないか。間近に迫って、髪はもちろんのこと、おでこのほくろを確かめてやる。ここは俺の部屋だ。自分の部屋で弱気になってどうするよ!
「んー? 来ないのか? さすがびびり馬くん。本当に晴馬は変わってない。期待して待っていたのに、期待したわたしの気持ちを返してくれない? 学園外の学校に通っていた晴馬は、所詮そんなもんか」
「う、うるさい! そのままそこに腰掛けたままで待ってろよ? に、逃げるなよ?」
「あっれぇ? わたしにソレを言うんだね。ベッドに腰掛けている時点で後ろは壁しかないのに、どこに逃げろって? はるこそ、そのまま部屋のドアを開けて、「お母さん、さやめちゃんが怖いよー!」なんて、泣きながら逃げるのかな? それだったら面白いけど」
先読みしすぎな上に、やはりひどい女だ。ちっとも可愛げのない奴に成長を遂げていたようだ。こんな奴に思い出を美化していた俺も、大概間抜けではあるけど、ここは男を見せてやる。
「ふ、ふざけんな! さやめ、お前は何なん――うっ?」
痺れを切らしたのか、さやめに迫ろうとする間にコイツから無理やり腕を引っ張られてしまった。そして間近にはさやめの整いすぎた顔が見えている。
「面倒な奴。つべこべ言わずに、押し倒してみろ! 口ばっかりの晴馬に飽きて来たんだけど?」
「くっ……」
「壁じゃなくて、ベッドに押し倒せ。少しは女子の身体を優しくする努力をしてみろっての!」
「う、うるさいな」
生意気すぎるさやめの口を封じようとするには、人工呼吸しかないがそんな度胸は俺には無く、まずはさやめの言う通りにベッドに押し倒すことに成功した。こんなにも間近に顔が迫ったのは、教室でされた時と、おでこのほくろを見せられた時だけだ。
「――押し倒して終了ですか? 小者すぎて泣けてきたんだけど?」
「や、やってやろうじゃないか!」
「声が震えてますよ? やれるんですか? ほらほら、晴馬の両手を使いなよ? もしかしてわたしが指示を出さないと行動できないんですかぁ? ヘタレ野郎! わたしが許してんのに、やれっての!」
迫力がありすぎて、若干びびっているのは悟られないようにしたい。まずはさやめの髪をかき上げることから始めよう。本性を現したさやめごときに兄としての弱さを見せつけてたまるものか。




