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振り向けば妹がそこにいる件  作者: 遥風 かずら
第一章:消えた思い出の子
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19.「わたしも行くね」と話す彼女は妖艶に笑っていた。


 さやめの姿は教室に戻っても見つけることが出来なかった。もなかちゃん先生を始めとして、クラス連中もさやめがいないことに関して、触れもしなければ話題にすることも無かった。


「ね、ねえ、たくみは何か知らないかな?」


「レイケのこと? 不思議なことではないから誰も何も言わないけど、晴馬は知らないんだったっけ?」


「何のこと?」


「レイケも人の子って奴だよ。年に4回くらい、学園を休んで親とかお世話になった人に会いに行く権利を持ってるんだよ。それ以外は夏休みだろうが冬休みだろうが、レイケに長期的な休みは無いからね」


「それって季節ごとって意味だよね? あいつに休みは無いってこと? 何で……」


「あぁ、それは……うっ?」


「どうしたの? さやめのことをもっと教えてよ」


「お、お主たちは授業を聞く気が無いのか? そ、そんなに……もなかの授業は面白くないのか? 特に明空! お前に聞く」


 たくみの動きが止まったと同時にもなかちゃん先生の震え声が、真後ろやや下から聞こえてきた。もなかちゃん先生の姿は、俺からは見えない。それなのに存在感が半端ないのは、担任ゆえだからだろう。


「お、面白いです。授業も聞いていないようで聞いていました。ほ、本当ですよ?」


「ほぅ? では先ほどの答えは何じゃ?」


 答え? いや、そもそもいつの間に授業が始まっていたのだろうか。休み時間はすでに終わっていたとか、もなかちゃん先生が教室に入って来ただとか、全く気付かずにいた。


「えーと、笑えば許します。です……」


「お、おい、晴馬。問題も出ていないのに答えを言うとか、お前大丈夫か?」


「へ? だって今は授業中で、もなかちゃん先生がいて、それで何かの問題が出ていたんじゃ?」


 てっきりそうだとしか思えなかった。現に他の人は話をしていないしカイは寝ている。静かな空間になっているだけに、何かの授業をやっているとしか考えられずに適当な答えを言ってしまった。


「登戸は口を慎め! もなかが聞いているのは明空じゃ」


「す、すみませんです……ってことだから、晴馬あとよろしく」


「ええぇ? そ、そんなぁ」


「その答えはどういう意味じゃ? 明空にとっての問題が発生していて、それについての答え……そういうことでいいのじゃな?」


「た、たぶん、それです。問題はあの、調月つかつきが出していたものでして……」


「ほぅ? レイケが出した問題とな?」


 もちろん大嘘である。そもそも、さやめがここにいないのに、答え合わせなんて出来るはずもないわけで。もなかちゃん先生なら笑って許してくれそうな、勝手な予感があったからこその答えだった。


「笑えば許す……か。ふふ……では、レイケに答えを聞くとしよう」


「へっ? レイケ……じゃなくて、さやめが来ているんですか? え、あれっ? だって」


 いつもは知らずのうちに背後にいて、思わぬところから声をかけてくるさやめだった。それが今回は、恐らく俺にとっては初めて、真正面からさやめの姿と声掛けを体験することになる。


「そういうわけじゃ。レイケ、改めて明空に問題を言うのじゃ」


 もなかちゃん先生の声により、黒板のある檀上に普段はまともに見たことのない服を身にまとった、さやめの姿があった。制服に見えなくもないけど、真っ白なワイシャツに何かのネックレスをぶら下げていて、胸元は開けている。黒のタイトなスカートを穿いて……妙に艶めかしい。


明空みよく晴馬くん。感想は?」


「あ……う……あうあ――」


 銀色に輝く長い髪を揺らし、前髪を掻き上げて彼女は俺の顔をじっくりと見つめている。整えられた眉毛、ほんのり桃色に照らされた薄い唇は閉じられたままだ。


「んー? 晴馬くんは言葉を忘れてしまったか? それとも見惚れてしまったとか?」


「はっ!? だ、誰がさやめごときに見惚れるって? 馬子にも衣裳って奴だなぁと思っていただけで、自惚れるなっての! 大体何でそんな、先生が立つ所にいるんだよ。偉そうにするなよ!」


「そんなことより、晴馬に問題。わたしはこれからどこへ行き、何をして来るでしょうか?」


「知るかよ! お前いつもどこかにいなくなるし、俺と違って特別なんだろ? 俺の知ったことじゃないぞ」


「あはっ! この期に及んで強がりを言うんだ? 教室の中で……や、わたしを真正面から見たことのない晴馬にとっては、ショックだったか?」


 驚愕した。さやめの雰囲気がガラリと変わり、誰も誰にも彼女の邪魔をすることを拒むかのように、カリスマ性のある出で立ちが、教室の重苦しい雰囲気を呑み込んでいた。


「キミの答えは檀上では聞かない。直に目を見て聞くことにしようか」


「何をするつもりだ?」


 檀上にいたさやめは、タイトスカートから出しまくっている素足を気にすることなく、俺の席の前まで歩いて来た。代わって、もなかちゃん先生が壇上に戻り、俺とさやめを除いたまま授業を始めてしまった。


「授業が始まるのに、お前何で……」


「黙りなよ、晴馬」


 檀上と黒板とクラス連中を見えなくするようにして、さやめは俺の机に両手を置き、俺の顔に近づいて来た。まさか人工呼吸でもする気なのか?


「何を期待しているのかな? あはっ――変わらないね」


「な、何っ?」


「バチッ」とさやめの両手で頬を叩かれたと思ったら、彼女の手はすぐに離れ、前髪を掻き上げて額のほくろをおもむろに見せて来た。


「思い出さないか? わたしと晴馬の誓い……おでこのほくろを見て、何とも思わない?」


「い、いや、どうかな……それが思い出の中に残っているのは確かだ。だけど、誓いとかそんなのは分からない。第一、思い出の中のさやめは今はいないんだぞ? どうやって思い出せって言うんだよ」


 思い出のハトコ、さやめちゃんは大人しくて物静かで、とても優しい女の子だった。それが今や、見る影もないどころか、あれは幻だったのかと思うくらいに原形をとどめていない。


「答えをもう一度、わたしに言いなよ」


「は? 答え?」


「妙義先生に言った答え。わたしに出された問題の」


 適当だったし、そもそも問題すら出されていなかったことなのに、何故それを聞いて来るんだ。


「……笑えば許す、だ」


「あぁ、うん。そうか、そうだね……今日はこの後に、お嬢の家に行くんだろ? ビビりの晴馬が人様の家に行くだなんて、心配だな」


「さやめが俺を心配してくれるのか? 意外だな」


「心配にもなる。お嬢と付き合うことを決めたくせに、誰かさんはお嬢を見ていないわけだし。まるで迷いネコのように、道が定まっていない。心配にもなる」


 さやめの顔しか見えないこの状況では、もなかちゃん先生はおろか、お嬢の姿も見ることが出来ない。


「お前こそ貴重な年4回の休みで家に帰るんだろ? 気軽に行ってくればいいだろ! 俺に構わずに」


「それは聞いたんだ? そう、そうだね……」


 俺の言葉に彼女は、細目になり、口角を上げて妖しげな笑みを浮かべた。それはまるで妖艶のように。目の前に迫るさやめの顔にも困るし、胸元をわざと開けて見せつけている肌にも視線が泳いでしまう。


「あはっ! 行くよ? わたしも家に行くの。いずれ晴馬も行くことになるだろうけど、今のわたしと思い出の中のわたし、どちらを選ぶのかな? 楽しみだね……」


「な、何が? 家に? 選ぶって何のことだよ」


「それは晴馬自身の答え。わたしじゃないな」


「俺は答えを言ったのに、お前は言わないなんておかしいじゃないか!」


「笑って許してあげた。それが答え……それと、こっそり胸元を覗き込んでいるヘタレな晴馬も許した」


「なっ!? むぐっ――!」


 口を開けて驚いたと同時に、口を塞がれた。またしても人工呼吸だ。幸いなのか不幸なのか、誰にも気づかれてはいない。


「――チュッ……ん、はぁっふっ……と、これで許す。誰にも見られていないから、晴馬の名前が馳せることは無いけど」


「お、お前、どういうつもり」


「何も。さて、わたしは行く。晴馬は自分の部屋を綺麗に保ちな。それと、お嬢をきちんと見てあげろ。彼女はアレが彼女なんだ。晴馬は目を背けるな! じゃあね、はる」


「あっ、おい!」


 人工呼吸にも驚いたが、やること言うこと全てに呆気を取られていた。さやめは俺から離れ、誰に挨拶をするでもないまま、教室から出ていった。


「何なんだよ、あいつ……あれがさやめちゃんなのかよ、くそっ」

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