13.年下くんは「はわぁっ!?」と可愛い声を出した。
さやめに構いすぎたおかげでえらい目にあってしまった。授業が始まっていたことを知らせない意地悪い妹のせいで、俺とさやめはもなかちゃんの所に頭を下げに行った。しかしさやめにはお咎めが無く、俺だけがもなかちゃん先生に頭を下げ続ける時間が満載だった。
「はるはわたしをどうかしたいんじゃなかったかな? それなら目の前にあることを一つずつ解決していきなよ。差し当たりはその恋文なんじゃないか? 年下くんから貰ったんなら、その子の心に応えてあげなよ? 結果は後で聞くから、授業には出なくていいよ。それと特別に部屋に入れていいから好きなことをしてあげなよ。それじゃあ、行く」
言いたいことだけ言い放って行くとか、一方的過ぎる奴め。恋文かそうでないかはともかくとして、そもそもこれをくれたのはお嬢と呼ばれている女子であって、年下くんではない。同性の年下くんから恋文を貰うこと自体がおかしなことだとは思っていないのか?
イマイチ納得の出来ない俺だったが、くいくいと袖を引っ張られていることに気づき、振り返るとまさにその年下くんがもじもじしながら俺を見ていた。授業の時間は共通ではないのだろうか。
「な、何かな? キミはどうしてジャージ姿か聞いてもいい?」
「はいっ! あ、兄者のお好みに合わせてみたんですっ! 兄者が良ければコレをわたしの――じゃなくて、オレの通常装備にしていく所存です! ど、どうですか?」
何やら変な世界観を持っていそうな年下くん。それと同時に何故か変な奴と思われているのが何とも悲しい。それにしてもよく見ると、サイズの合わないジャージを着ている年下くん。ブカブカで特に足の裾上げすらロクにされていない。
「えーと、泉くんだったよね? その裾って、買った時に直さなかったの?」
「ひっ! は、はい。そのままですっ! も、問題ですか?」
「うん……いや、そうじゃなくて気になるから、泉くんは授業とか終わりなの? それともサボリとか?」
「さ、さぼっ……ではなく、お腹が痛くて早退を……」
「えっ? 具合が悪いならどこかで休むか、早く家に帰った方がいいんじゃ?」
「こ、これはいつものことで慣れっこなので、平気ですっ! あのあのっ……言いかけたことを言ってください!」
腹痛が慣れているとか、実は我慢強い子なのか。見た感じは男子にしては華奢だし、筋肉もさほどなさそうだし、何かの香りをつけているのか彼が近くに寄るたびに鼻がくすぐったいんだけど。
「泉くん、俺はとある事情で強制早退をすることになったから、よかったら早退仲間として俺の部屋に来る?」
「ええっ!? あ、兄者のお部屋にですかっ? え、えっと、お着替えセットは必要ですか? それと、お布団はシングル……それともセミダブル……い、一緒に寝ることになりますかっ?」
「へ? いや、泊まるまではさすがに……泊まろうとしているなら誰か家の人に言って来ないとダメだと思うよ? でも、今日に限っては泉くんと一緒にいられることが出来たら、嬉しいよ!」
「はわぁぁっ! ど、ど……どうしよう。い、行っていいのかな。で、でもでも……あいつに言っておかないと面倒だし……えとえと、兄者! わ、わたし、兄の許可を求めてからにするので、玄関で待っててもらっていいですか? す、すぐに向かいますからっ! で、では!」
「泉くん? ちょっ!」って、素早すぎるな。泉くんの一人称はオレ以外にわたしも使うのか。ということは、躾が厳しいお家柄だったりするのかもしれない。兄もいると言っていたし、相当怖そうだ。
さやめによる強制早退はいいとして、見事に誰も歩いていない廊下で一人呟いているのは寂しさを通り越して、ただの危ない奴としか思えない。玄関で待っててと言っていたが、学園の玄関でいいのだろうか。
「こらっ! 転入早々にさぼり常習? お姉さん、悲しいな」
「え、あっ……美織センセー?」
「ノンノン……その口を今すぐ私の口で閉ざして、口の利き方を教え直そうか? んー?」
「お、お姉さん先生」
「よろしい! それで、キミはこんな誰もいない廊下で何をしているの? もしかしてお姉さんを探していたのかな? 叫んでくれればいつでも晴馬くんの元に駆け付けてあげるのに~」
危険すぎるお姉さんの再臨だ。しばらく見かけないと思っていたのは、恐らく本物の担任でもある、もなかちゃんが出て来たからだと思われる。きっとお姉さん先生は副担か何かだろう。
「いえ、俺……いや、僕は早退するのでこれから玄関に向かうところで……」
「――誰の許可で?」
「さや……調月です。彼女に許可を貰えたので、それでです」
「ちっ」
「舌打ち……?」
「あ、何でもないよぉ? そう、レイケがそうしたんだぁ? それなら仕方ないかな。今は我慢してあげるね? それじゃあ、気を付けてね~ばいばい」
「はい、さようならお姉さん先生!」
「は? そうじゃないだろ?」
「バ、バイバイ、美織お姉さん」
「うんうんっ! いい子だね」
時々どこからか視線を感じることがあるけど、さやめの他に実はあの人なんじゃないのかと思うくらいに、恐怖を感じてしまった。それは気にしないとして、初めて自分の部屋に友達? を呼ぶことが出来るのは凄く嬉しい。
さやめもたまには気が利くじゃないか。それなら、年下の泉くんとは男同士の親睦を深めるために一泊だけでも泊ってってもらおう。これは楽しみな展開になって来た。恋文は部屋に帰ってから、泉くんと一緒に対策を練るのもいいかもしれない。




