1.「面白いね」などと彼女はほざいた。
ラブコメの新作です。
これからよろしくお願いします。
親の都合で今まで通っていた普通の学校から転校し、2年に上がるタイミングで新たに学園都市の中にあるひととせ学園に通うことになった。ここに通う為にはいくつか条件があり、一つは親が住む街区と離れて住むこと。そして学園生は学園都市の中で生活をすることだった。
「そういうわけだから、母さんと俺は仲睦まじく暮らさせてもらうぞ」
「そ、それはいいんだけど、食事とかどうすればいいの? 俺、鍋を振ることも出来ないよ」
「心配するな。晴馬が住む学園都市はここと違って何でも揃ってるらしいぞ。学園に頼めば飲食サービスも提供してくれると聞いてる。それか、お前の住む寮とかで出るかも分からないぞ」
「そ、そんなぁ……」
これまで両親と暮らしていた平凡な高校生でもある俺は学園都市に引っ越すことになり、それまで特に意識することが無かった食事や生活が一変することに、焦りと不安と寂しさを感じていた。
学園の出した条件は大したことではないし、一人で自由気ままに生活が出来るという点では歓迎すべきことだったのだが、何だかんだで親が作る飯を食べられなくなるのは手痛かった。
「あぁ、そういえば……留学で離れてたさやめちゃんが同じ学園にいるぞ。覚えているか? あの子は料理が好きだったし、もし会えたら頼んでみるといいかもしれんな」
「さやめって、すごく大人しくて物静かな女の子だったっけ?」
「中学の時に会ったきりか? とにかく、もし会えたら……いや、同じ学園に通うのだから会えるはずだ。そういうことだから、元気で暮らせよ」
「ううっ、なんてこった。食事問題がまさかの再従妹頼みになるなんて。しかも数年以上も会っていないのに、出会えたところであっちも覚えていないんじゃないのかな」
両親に離れて暮らすことには何の寂しさも感じない。むしろ嬉しいことだというのに、食事問題が早々に出て来るだなんて思ってもみなかった。そんな不安を抱えながらも、自分の住む部屋へ引っ越しトラックと一緒にたどり着いた。
「それじゃあ、明空さん。荷物はすでに室内に運んでありますんで!」
「すみません、ありがとうございます」
学園生向けの寮と聞いていたものの、誰かと同室になるわけでもなくワンルームマンションのような外観な上、近くにはコンビニもスーパーもあった。
これなら慌てふためくことなんて無かったんじゃないかと気持ちが一気に軽くなった。その足で自分がこれから暮らす部屋に向かって足を進めることにした。中層建ての6階に住むなんて期待しかなかった。
鍵を開けて上がり込むと、何故か人の気配を感じずにはいられなかった。早くも泥棒なのかな?
「そ、そこにいるのは誰ですか? こ、ここは俺の部屋なんですけど……」
「あなたこそ誰? ここは、さやの部屋なんだけど」
お、女の子が泥棒? そんなはずはないよね。声だけ聞いていれば、守ってあげたくなるようなか細い声をしているし、きっと俺が間違えたんだ。
「す、すみません。間違えました! 今すぐ出ていきます」
女の子は顔を見せることも無ければ返事もして来なかったけど、俺はすぐに玄関から出ようとした。だけど、玄関に無造作に積み上げられた段ボール箱をよくよく見ると、宛名は明空となっていたのでここは間違いなく、自分の部屋であるということを確認出来た。
となれば、勝手に自分の部屋と主張している女の子が勝手に入り込んでいることになる。これは怯える必要もないという結論だ。
「どこの誰か分からないけど、困るよ! ここは俺の部屋であってキミの部屋なんかじゃ無いよ? って……ちょ、ちょっと! あ、危ない!」
「危なくないし。出窓なんだから身を乗り出すくらい余裕なんだけど?」
見知らぬ女の子は、大胆にもバルコニー側ではなく出窓から細い足を出して階下を見下ろしている。銀色ストレートの長い髪をしていて外国の女の子のようにも見えた。
「あ、危なすぎるって! ここは俺の部屋で申請しているんだよ。女子がいるってことがバレたらさすがにマズイことになるよ。だから急いで部屋の中に戻ってくれないかな?」
「あはっ、キミって臆病だ。とにかく、この部屋はさやの部屋。嘘じゃないから出て行かないし」
「ワンルームでそんな広くも無いのに困るよ! キミ名前は? 俺は明空晴馬って言うんだけど……」
「はるま? 晴馬って、意気地なしで弱虫で見かけ倒しの晴馬?」
「なっ!? ち、違う! お、俺は強いし、根性も居座ってるし見た目よりも――って、誰なんだよキミは! そんな失礼すぎることをべらべらと! 外国の女の子か何か分からないけど帰ってよ」
「外国? 面白いね。あなたのことをこんなにも知っているのに、それでもわたしのことを聞いて来るんだ? ダメダメだね。ちっとも変わってない。男子っていつになったら変わるんだろ。そう思わない? はる」
目の前の見知らぬ彼女は、何故か部屋から出て行こうとせずに、俺の性格……と言っても中学までの中身を話し出した。この子は誰なんだ。こんなにも頑固で失礼で、表情を変えずに話す女子は初めてだ。
「晴馬は鈍いね。そこが面白くもあるし、つまらなすぎる所でもあるんだけど。まだ気づかないの? こんなにも上質レベルな女子を目の当たりにしているのに。何てヒドイ兄貴なんだろうね」
「え? 兄貴?」
「そ。兄貴」
俺にはかつて妹のような子がいたというと語弊があるが、大人しくて物静かでおまけに弱々しい妹というか、再従妹なら確かにいた。中学まではしょっちゅう遊んでいたけどまさか、この子が?
「俺の知る再従妹は、すごく大人しくて弱っちくて女の子って感じの子なんだけど、もしかしてキミが? 嘘ついてるんじゃないの? 一応聞くけど、さやめ?」
「はるのわたしへのイメージって、従順女子か。面白いね、見下してる所とか真面目にムカつく。調月・レイケ・さやめ。これでも思い出せないか?」
目の前の彼女がそう言うと、前髪をかき分けて額のほくろを見せた。小さい頃はよく分からない遊びか何かで、互いのおでこをくっつけたりしていた。その時によく見ていた特徴ある額のほくろがこの子にあった。
「う、嘘だろ? あんな大人しかったさやめちゃんが……なんでそんな」
「想像と違いすぎたってこと? そういうことならやっぱりここはわたしの部屋にする。はるも住みたかったら、ルール守りなよ? 守らないと追い出す」
「ル、ルール? いや、ここは俺の部屋だからね? いくらハトコだからってそんな横暴は許されないぞ!」
「妹に優しくなれない男には、優しくするつもりは無いんでその辺、よろしく」
追い出すどころか追い出される側とか、何でそんなことになったんだよ。どうしてよりにもよって、真っ先に出会えてしまったというのか。食事のこととかそんなのはすでに解決済みだから、どこかで会えればいいやなんて思っていただけなのに。
「あーあと、別に変に仕切り作るつもりなんて無いけど、さやに変な気を起こしたら遠慮なく追い出すからね? それと、食事関係は自分で何とかすること! さやに作ってもらうとか夢見すぎだし。理解した?」
「くっ……変なことをするわけないだろ! どんなに綺麗でも可愛くても、性格に問題がある以上そんなことにならないから安心しろよな。それと、追い出すのは俺であって、さやめじゃない。お前こそ理解出来たのか?」
「変わってないね本当に。妹に態度をでかくしたっていいことないんだし、早いとこ認めなね? そしたら優しくしたげる」
俺の想像上の可愛いさやめは消滅してしまったようだ。ワンルームの狭い部屋……といっても、面積はそこそこあるからそれはいいとして、再従妹と同室で暮らしていくなんてそんなの出来るのだろうか。
「不安だ、不安すぎる……」
「呟いてないで、段ボールをなんとかしときなよ? そうじゃないと、友達も呼べないんだし」
「よ、呼ぶつもりが?」
「当然。今すぐじゃなくても呼ぶし。あなたも呼べばいいよ。彼女でも何でもね」
「か、彼女なんてそんなの……」
「あーうん、いるわけないよね。フツメンには厳しかったね、ごめん」
ああ、もう本当にこんなキツイ女子になっていたなんてどうしてなんだ。でも見惚れるくらい綺麗すぎて文句すら言いづらい。こんなんで本当に一緒に生活していけるのか? こうなれば早い所友達と彼女を作って、この部屋からさやめを追い出すしかなさそうだ。