第7話 国会前で逮捕されたデモ参加者の行方
ここで、浅井中佐にはハッキングについて思い出したことがあり、
「そう言えば、たしか、防衛省のサーバもハッキングするのだったよな?」
これには、佐藤が答えた。
「そうだよ。自衛軍の軍人を説得するためのビデオも制作済みだよ」
「それ、どのような内容なの?」
「あの国会議事堂前のデモ参加者を標的とした発砲事件の一部始終を録画したビデオを手に入れたのさ。そのときの惨劇をフィーチャーしたビデオだよ」
スマホ全盛の今の世の中だから、撮影した人もいただろうとは思っていたが、マスコミがあの惨劇を敢えて無視する中、よくも手に入れたものだと俺は思った。
「すごいな! どうやって手に入れたのさ?」
佐藤は短く答えた。
「話が長くなるから、また機会があったら説明するよ。とにかく、一晩の徹夜で済んだよ」
そして、浅井中佐が佐藤に続いて言った。
「じゃあ、そのビデオを自衛軍の軍人たちに見せるのだな。しかし、我々は、発砲事件の噂なら既に聞いているのだぞ、効果はあるのかなあ?」
佐藤が自信ありげに答えた。
「効果は十分にあると思うよ。とても鮮明なビデオだからね。かなりの訴求力があると思う。『百聞は一見にしかず』だよ。実際に見れば、きっと、軍人たちの心が動くよ」
武田は佐藤の意見に賛同した。
「俺もそう思うな」
しかし、益美は流れを無視して話をタイミングのことに戻そうとする。
「あのねえ、だからさ、言論弾圧フィルタを無力化するタイミングの話をしていたのでしょ」
そのタイミングのことについて佐藤が意見を述べた。
「僕は、浅井中佐たちが武装蜂起する1月22日午後1時の12時間前がいいと思うね」
横内も同意見だ。
「根拠はないけど、世論を盛り上げて、しかも、総理や国会議員を警戒させないタイミングとしては、そのへんだと思うよ。だから、決起の12時間前ということで決めてしまおうよ」
一同は、それについて、しばらく話し合ったが、結局、決行の12時間前のフィルタ無力化ということで決まった。
ここで、俺はあることを思い出した。
「ふう、これで計画の大枠がほぼ固まったというわけだね。話は変わるけど、国会の前で機動隊に捕まった若い男たちだけど、どこに連れていかれたのだろうね?」
憶えているだろうか? 機動隊は国会議事堂の前でデモに参加する一般市民に向けて発砲したわけだが、デモに参加した市民の中でも若い男だけが機動隊に捕まり、女子供と中高年の男性は解放されたのだった。
その機動隊に逮捕された若い男性たちの「その後」が不明だった。
すると、浅井中佐が急に思い出したように言った。
「ああ、その人達だったら、ウチの駐屯地にもいるよ」
益美は重要そうな事柄に無頓着な浅井にイラついて言った。
「ええっ! 今頃、思い出したように言うなや、このハゲ!」
国会前のデモの際に機動隊に連れ去られた比較的に若い男たち。その若者たちのことが気になっていたのだが、浅井が今頃になって、その人たちの一部が浅井の部隊がある練馬駐屯地にいると言いだした。
ところが、浅井は、恐縮するどころか、逆に益美に食って掛かった。
「益美なあ、いくらなんでもハゲはないだろ!」
しかし、益美も負けずに応戦した。
「私の名前を呼び捨てにすな! それに、連れ去られた若い人たちのことが気になるって私の店で再会したときにも、アンタの目の前で言ったはずだよね?」
俺は話の次元が低くなるのを避けるべく二人の間に割って入った。
「ハゲも呼び捨ても止めようよ。真面目な打ち合わせをしているのだからさ。とは言っても、浅井と武田と俺の間は呼び捨てだけど、俺たち3人はかねてから親しいから例外だよ。それはそれとして、おい、浅井、それを言うのが遅いよ」
武田も連行された青年たちの行方のことを今頃になって急に言い出した浅井のことが心外なようだ。
「それもそうだし、浅井は、ついさっき、『我々は、発砲事件の噂なら既に聞いている』とか言っていたよな。でも、連れ去られた当の本人たちがいるのだから、噂なんかじゃなくて、逮捕された当の本人たちから直接の話が聞けたはずだよな」
ところが、浅井は全く悪びれずに平然と返答した。
「うん、確かに当の本人たちから、あの惨劇の状況を直接聞いたよ。そのこともあって、我が隊の隊員たちは蜂起に賛成してくれたのだよ。『噂なら』というのは、『自衛軍全体としては』という意味さ、我々の部隊のことではないよ。日本語を使うのは難しいな」
俺は、浅井のことを軍人のくせに話が曖昧な奴だと思った。
「難しいのは浅井の話の聞き方だろうが! で、その人たち、今何人いて、何をしているのさ?」
「100人ほどいて、軍人になる訓練を受けているよ。反政府だからと強制的に入隊させられたそうだ」
横内は「とんでもない」みたいな表情で言った。
「とにかく、現政権は、もはや、無茶苦茶だね。どのような法律を作って、どのように拡大解釈したかは知らないけど、それでは徴兵制そのものだね」
武田も強制入隊させられた若い男たちのその後のことが気掛かりなわけで。
「で、浅井の部隊は、彼らを訓練しているのだね?」
「いや、俺は志願しない連中の訓練なんかしないよ。上官から彼らの訓練をしろとは言われたがね。軍隊というものは士気が大事だし、木下政権のあのようなやり方は気に入らないからね」
「じゃあ、彼らは浅井の部隊で何をしているの?」
「健康を考えて、朝、5キロほど走ってもらっているだけさ。あとは飯を食って適当に過ごしているみたいだよ」
この話を聞いた佐藤には政府の思惑がわからない。
「政府は、どうして徴兵みたいなことをするのかな?」
この疑問には、もちろん、浅井が答えた。
「その疑問を解くカギは自衛軍の軍人の構成にあるのだよ。昔から、将校 対 下士官 対 兵士の比率は1対3対10が理想だと言われているのだがね、自衛軍の現在の比率は1対3対4だ。実のところそれは50年以上前からのことなのだよ」
益美には浅井の意味するところがわからない。
「つまり、何が言いたいの?」
「つまりだな、本来なら兵士が10必要なのに4しかいない。あとの6は有事の際に徴兵で集めるという構想が自衛隊発足当時からあるのだよ。それで、その構想が今になって実現されつつあるというわけさ」
「けれども今は有事ではないよね」
「そう、確かに今は有事ではないな。俺にしてみれば、いや、他の将校たちの多くも俺と同様だと思うけど、そのような強引で独裁めいた木下総理のやり方が気に入らないのだよ」
「なるほど、自衛軍の内部にそのような雰囲気があるから、浅井さんは蜂起することにしたのね」
珍しく三浦大尉も自分の考えを述べた。
「それに、我々は、自衛軍とは無縁の戦闘に駆り出されることも不満ですね。このあいだのシリアとかエリトリアとかのことですよ。米国政府の求めに応じて合計で1万人も派兵したでしょ、我々は日本と家族のためなら勇んで戦いますがね、因縁も敵意もない外国の人たちを殺すのはごめんですよ」
自衛軍の内情を聞いて、武田と俺は自らの思いに自信を得た。
「なるほどなあ、確かに蜂起する理由がしっかりとあるな」
「それにしても、浅井は、どうしてデモの逮捕者が自衛軍に放り込まれたことを今頃になって言うのだよ?」
「ごめん、単に言い忘れていたよ」
俺は当然ながら呆れた。
「あっそう。まあ、浅井らしくはあるな。綿密そうに見えて、抜けているところは相変わらずしっかりと抜けているのだね、ヘヘヘ」
話は出尽くしたと判断した武田が解散を促した。
「さっ、話に落ちがついたところで今日は解散とするか。今日するべき話は特に残っていないと思うし、もうすぐ12時だよ」
解散するとなれば、歩くのが嫌いな益美は、当然、タクシーを呼ぶわけで。
「そうよね、今日はもう解散よね、私、タクシーを呼ぶわよ。長谷川さんも町田だから乗って行くでしょ? ただし、タクシー代は割り勘ね」
俺は益美の毎度のチャッカリぶりにもう慣れっこだ。俺と武田が益美のスナックで浅井中佐と話をしたときも通常の料金をしっかりと取られた。
「あはは、益美さんは、稼ぎがいい割にはチャッカリさんだな。ところで、種子島と磯子に行った3人の話はいつ聞けるのかな?」
俺の問いには横内が答えてくれた。
「磯子の方も種子島の方も明日の夜には聞けると思うよ」
浅井中佐は3人が調査に出たと聞いて関心を示した。
「磯子のどこに行っているの?」
「ヘリコプター空母『いずも』の改装をしているドックだよ」
「へえ、『いずも』は改装を受けているのか、それは初耳だな」
俺もその話に関心を持った。
「ヘリコプター空母の改装って、それ、自衛軍の中佐殿でさえも知らない話なのだね、なんだか興味が湧くね、その調査の結果って、いつ聞けるのかな、俺も聞きたいな」
横内にしてみれば、クーデターの話を共有する全員が仲間なのだから、調査の結果を聞かせない理由などない。そこで、俺たちのことも報告会に誘ってくれた。
「もちろん、いいよ。ここで明日の夜に集まることにしているのだけど、他の皆さんも宜しかったらどうぞ」
=続く=