表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言論弾圧フィルタ  作者: 破魔矢タカヒロ
6/14

第6話 その計画


 2018年12月23日日曜日。


 今日は天皇誕生日で3連休の中日だ。


 平成最後の天皇誕生日だ。


 益美の店で俺たちの説得を受けるはずだった自衛軍の浅井中佐にとって、俺たちは、むしろ、「渡りに船」になったようだ。


 浅井中佐は、俺たちに話を持ちかけられる前から、クーデターを決行する腹を決めていたからだ。つまり、あとはタイミングだけの問題だった。


 浅井中佐にとって、言論弾圧フィルタを無力化するなどの俺たちの計画は、クーデターを成功させるうえで重要な決め手になりそうだ。


 その浅井中佐は、今、プログラマーの横内の自宅にいる。浅井は既に俺たちの計画の概略を説明されているのだが、今日は計画の細部を確認することになっている。


 浅井は、その副官である三浦実俊大尉を伴っている。その三浦大尉は浅井の部隊の副隊長を務めている。


 今日、横内氏宅に集まっているのは、家の主の横内、システムエンジニアの佐藤、浅井中佐、三浦大尉、武田、益美、そして俺、長谷川の7人だ。


 前回の集会で横内氏宅にいたロボット設計者の藤田、電子機器設計者の吉田、そして応用化学技師の矢田部は、やはり今回の件で調べることがあり、別の場所を訪れている。


 浅井中佐と三浦大尉には、俺たちの集会ではタメ口でも構わないことを既に話してある。


 浅井大佐はその部隊の兵力を明かしてくれた。


「うーん、そうだな、我が隊が決行当日に動員できる隊員は1,200名ほどだな」


 武田は一応満足した様子だが隊員の数に少し心もとなさを感じているようだ。


「やはりね。いい線だとは思うのだけど、国会議事堂は広いからなあ、国会議員を軟禁するなら衆院か参院のどちらかにした方がよさそうだな」


 浅井は国会議事堂のレイアウトのことなどの諸々のことを既に調べてあるようだ。


「どの道、いずれか1院だけしか軟禁できないよ」


 益美には話がいちいち見えないようだ。


「どうして?」


 だから、浅井大佐をはじめとする他の者が話の解説をしたのだった。


「本会議の場合、参院の開議時刻は午前10時、衆院は午後1時と決まっているからさ。両院の本会議が同時に開かれることはないのさ」


「なんで?」


「それは、総理大臣が1人しかいなからさ。本会議の場合には、原則としてだけど、総理大臣の出席が必要だからね。衆参が同時に本会議を開いてしまうと、総理大臣はどちらかを欠席せざるを得ないだろ。」


「なるほどねえ。考えてみたこともなかったわ」


 武田は衆院の方を占拠するべきだと言う。


「どちらかなら、やはり衆院だろうな」


 浅井中佐も武田と同じ見解だ。


「当然だね、その方が、インパクトが大きいし、独立党の幹部も多い。だから、話が早そうだ」


 ここで、浅井中佐の部下の三浦大尉が口をはさんだ。


「ちょっと待ってください。一つだけ例外があります。それは国会の会期の初めに執り行う開会式ですよ」


 さすがに三浦大尉だけは上官の浅井中佐がいるからタメ口では話せないようだ。


 浅井はそのことを忘れていたようだ。


「ああっ、それがあったな」


 そして、やはり、益美がいちいち質問する。


「どうしてそれが例外なの?」


 これには三浦大尉が答えた。


「開会式だけは、衆参両院の議員が参議院の議場に一堂に会するのですよ。そして、天皇陛下をお迎えして開会式を執り行うというわけです」


「じゃあ、そのときを狙えば、衆参両院の議員たちを一網打尽にできるわね!」


 武田は益美の発言を咎めた。


「バカッ、天皇陛下まで一網打尽にしてどうするのだよ!」


「いけないの? それにバカッて何よ!」


「当たり前じゃないか、天皇陛下まで軟禁したら国民を敵に回してしまうだろ! 『バカ』と言ったことは謝るけどさ」


「そりゃそうか、わかったわ。『バカ』のもことも謝ったから許してあげる」


 俺は話を戻した。


「で、次の通常国会はいつから始まるのだっけ?」


 三浦大尉はどのようなことでも調べ上げているようだ。


「もちろん来年ですけど、えーと、あ、2019年1月21日の月曜日ですね」


「じゃあ、その日は、だめだな、開会式だものな」


「けど、やると決めたら、早い方がいいぞ。のんびりとやっていると、木下総理が憲法を停止する手に打って出そうな気がするからな」


 そこで、浅井中佐が決起日を提案した。


「俺もそう思うね。待てば待つほど、状況が悪くなりそうだ。そこで、1月22日の火曜日というのはどうだ?」


 そして、三浦大尉が浅井に続いて申し添えた。


「火曜日を逃すと木曜日になってしまいますからね」


 すると、やはり、益美が質問した。


「それは、なんで?」


 またもや三浦大尉が答えた。


「衆院の本会議は通例として火曜日、木曜日、そして場合に応じて金曜日に開かれることになっているからですよ」


 何でも答えてくれる三浦大尉に益美は感心している様子だ。


「世の中には知らないことが結構あるのね」


 ここで、時間を惜しんだ俺は決行日を決めにかかった。


「じゃあ、1月22日の火曜日で決まりだな。みんなはどう思う?」


 一同は賛成した。


 そこで、俺と武田と浅井中佐は問題点を洗い出すことにした。


「たしか、衆院の本会議は午後1時からだったね。それは、その時刻に議場閉鎖されるということかな?」


「いや、議場閉鎖は投票採決のときに議長が命じることで、本会議が既に始まっていても、議長が議場閉鎖を命じるまでは退場できるよ。」


「でも、本会議が始まってすぐに退場する議員は、たぶん、いないよね?」


「それは、そうだろうな」


「では、衆院本会議の議場のドアが午後1時に閉じたところで軟禁といくか?」


「うん、我々の部隊としては、それで行こうと思っているけどね」


 一同に異論はない。


 かくして、クーデターを宣言する日時が1月22日火曜日午後1時と決した。


 しかし、俺は不安だ。


「けど、1,200名の隊員で480名の衆院議員と衛視やその他の国会職員を軟禁するのか。マスコミも議場周辺にいるだろうし、それで足りるかなあ?」


 浅井中佐と三浦大尉は具体的なところを語り始めた。


「衆議院議員、議長、副議長、閣僚以外は逃げるのなら逃すつもりなのだよ。それに我々には隠し玉があるからね」


 「隠し玉」という言葉に反応した益美が聞いた。


「それは、なに?」


「うーん、この場では『ほのめかす』ことしかできないけど、それはな、つまりだな」


 俺たちには、浅井の部隊の1,200名という兵力が国会議事堂を占拠して衆院議員を軟禁するには頼りないように感じられたのだが、浅井は隠し玉があるから何とかなると言う。


 しかし、その「隠し玉」のことについては詳らかに出来ないようだ。


「では、そのへんのところを、三浦大尉から話してもらおうか。三浦、頼むよ」


「はっ、承知しました。


さて、御存じの通り我々の部隊の名称は第1特殊武器防護隊といいます。


調べて御存知の方もいるでしょうが、我々は何も特殊武器を持って戦うわけではありません。


その逆に、特殊武器を使用した攻撃に対応する部隊なのです。


例えば、生物・化学兵器等がその特殊武器に当たります。


また、放射性物質の除染をすることもあります。


現に、我々は、地下鉄サリン事件のときにサリンの中和に取り組みましたし、福島第一原子力発電所の事故のときには除染に従事しました。


それで、話はここからなのですが、サリンを使用したテロや原発の爆発などは、決して頻繁にはありません。


だから、慣れることなんか不可能です。


そこで、我々は、生物・化学兵器の使用等を想定して常日頃から訓練に励んでいるわけです。


例えば、サリンに対処する訓練を実施するとします。


民間の訓練なら、例えばオウム真理教が使用した例の透明のプラスチック袋を訓練用に再現する場合、中に水を入れておけば話はそれで済むわけです。


さて、そこで、我々の場合はどのような訓練をするかですが、私が民間人の皆さんにお話出来るのはここまでです。あとは、皆さんの御想像に任せます」


 三浦大尉の暗示的な話を聞いた益美は勝手な理解をしているようだ。


「その答えは簡単だわね。要は、サリンを想定した訓練ではサリンの現物を、そして、イペリットガスを想定した訓練ではイペリットの現物を使うのでしょ? もちろん、密閉された訓練施設の中でね」


 浅井中佐も三浦大尉もこれには黙して語らない。


「・・・」


「・・・」


 益美は二人のこの沈黙について推察したことを披露した。


「そりゃあ、何も言えないわよね、内容が内容だけにね。ところで、三浦大尉は諜報要員には向いていないわね。なんで、そんなに、目が泳ぐの?」


「そうでしょうか?」


「あはは、今も泳いでいるわよ、黒目があっちこっちとね。まあいいわ、自衛軍の2人には敢えて聞かないわ。じゃあ、他のみんなはどう思う?」


「だから、現物を使うのだろ、それしかないよな、普通」


「そんな話は聞いたことないけど、三浦大尉の話しぶりでは、そのように解釈できるよね」


 ここで浅井中佐が話を遮った。


「なあ、素人の当て推量はそんなところで、もういいだろ。とにかく、1,200名で占拠しているところに、敵が現れたとしても、容易には攻め込めないことを我々が仄めかしたということだよ。そんなことより、本当の問題は、市ヶ谷駐屯地だよ」


 何が問題なのかまるで理解できない俺は聞いた。


「それは、どのような問題?」


「単純な話さ。市ヶ谷駐屯地は国会議事堂から一番近い自衛軍なのだよ。ほら、防衛省の建物の隣にあるのが市ヶ谷駐屯地さ。つまり、自衛軍の本部の御膝元にある駐屯地なのさ」


「その駐屯地の部隊って手強いの?」


「少なくとも、我々よりは強いね。大佐が率いる中央警務隊という部隊があるのだからね。兵士の人数だけをとっても、我々の4倍だぜ」


 益美は中央警務隊の戦力について更に詳しいことを知りたいようだ。


「4倍なら5,000人か、それは凄いわね! それで、どのような兵器があるの?」


 益美の疑問には浅井中佐が答えた。


「もちろん、戦車も装甲車もあるし、地対空ミサイルだってあるよ」


「浅井さんのところは?」


「戦車なんかないよ。一番大きな装備でも装甲車だな」


「それは弱そうね」


「弱そう、言うな。けど、まあ、弱いと言えば弱いか。決行当日には装甲車すら使えないからな」


「どうして?」


「市ヶ谷駐屯地は国会議事堂の目と鼻の先なので、我が隊が国会にアクセスするとしたら、通常の移動手段を使うしかないのさ。装甲車なんか走らせたら、市ヶ谷の連中に簡単に気付かれてしまうからね」


 これを聞いた武田は少し悲観的になった。


「やはり、そうなるよなあ」


 益美は何故だか強い関心を見せるわけで。


「じゃあ、地下鉄とか自家用車とかを使うの?」


「他にあったら、教えてよ」


「なんか、テンションが下がるわね。それで、自動小銃とかはどうするの?」


「部下にコントラバスとかベースとかのケースを買いに行かせたよ」


 これを聞いた佐藤が揶揄した。


「なんだか007の古い映画みたいだな」


 そして、益美も不安げだ。


「私、この話、降りたくなってきちゃった。言っては何だけど、自衛軍の兵士の人たちって、ほんとにミュージシャンなんかに見えるのかなあ? 現に浅井さんなんか、軍人そのものじゃない。ヤサ男の三浦さんはピッタリだけどね。ところで、三浦さんって独身?」


 この質問には浅井が答えた。


「あっ、こいつなら、今年の6月に結婚したばかりだよ、新婚さんでね」


 益美は露骨にがっかりとした表情を見せた。


「なによそれ、私、帰りたいな」


 さて、ミュージシャンに扮することだが、武田はそれを問題だとは思っていない。


「浅井の言う移動方法で十分だよ。ミュージシャンなんか、マッチョマンでない以外は、自衛軍の兵士と『どっちこっち』だよ。別に芸術的な顔をした奴なんかいないよ」


 俺もそれでいいと思った。


「それに、1,200人の兵員と1,200丁の自動小銃があれば足りるよ。なにせ、総理も国会議員も衛視たちも丸腰なのだからね。とにかく、国会議事堂に無事に入ることが最優先事項なのだからね」


 その場の民間人の心配をよそに、浅井中佐は意を決している。


「そういうことさ。後は、思い切って行くだけだよ。それよりも、例の言論弾圧フィルタを無力化するタイミングだけどね」


 これにはシステムエンジニアの佐藤が答えた。


「そこなのだよね。フィルタを無力化するためにスーパーコンピュータの『京』をハッキングするわけだけど、こちらのサーバは、2日程度は隠れていられるだろうね。ただ、日本国民がネット上で自由に発言できるようになるわけだから、政府側がそのことを知れば、半日もあれば感付かれてしまうだろうね」


 これを聞いた浅井中佐はしばし思案し、そして言った。


「それはそうとしても、フィルタを無力化するタイミングがクーデターの直前過ぎると、国民の世論が盛り上がらないだろ」


=続く=


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ