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言論弾圧フィルタ  作者: 破魔矢タカヒロ
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第4話 浅井中佐


 しばらく考えてみたところ、俺は、あることを思い出したのだった。


「あっ、防衛省と言えば浅井がいるよな、ほら、武田、あの浅井だよ、小学校のときから一緒だった浅井だよ!」


「あーあ、そうか、浅井がいたよな。でも、俺は、10年前の中学校の同窓会で会って以来、最近は年賀状のやりとりだけだよ」


 実は、俺、武田、そして防衛省の浅井は小学校時代以来の3人組の友人なのだ。


 3人で小学校5年生のときから小説の同人誌を始めて、クラスメートに読んでもらっていた。けっこう評判だった。俺たちは、その同人誌を、月刊誌として、小学生時代に15号、そして中学生時代には18号まで発行してから休刊にしたのだった。


「そうか、武田は年賀状のやりとりだけか、実は、俺、浅井とは、年に2、3回飲むんだ」


「知らなかったな。俺たち、一応、3人組だったけど、そう言えば、生真面目同士のお前たち二人は馬が合っていたよな」


「そうだよ、武田は女にもてるし、ノリが軽いから、俺たち少し苦手だったのだよ」


「だったら、はっきりと、そう言えよ! まあいいさ、じゃあ、長谷川なら浅井にいつでも会えるのだな?」


「うん、会えるよ。でさ、あいつ、すっかり出世して、今は自衛軍の中佐になっているんだ」


 自衛軍? 中佐? そう、自衛隊は新たな立法により、今は自衛軍になっている。木下政権になってからと言うもの、独立党の圧倒的な議席数を利して、法案を次々と可決してきたのだった。


立法の件数があまりにも多いので、国民側には、取り沙汰する暇も与えられてこなかった。その間、危険な法案が憶え切れないほど法制化されてきた。


だから、自衛官の自衛隊時代の階級は軍隊のそれに改められている。自衛隊時代、浅井の階級は陸上自衛隊の二等陸佐だったのだが、今は、自衛軍の陸軍中佐になっている。


「それでな、浅井中佐は、今、東京の練馬駐屯地にいるのだよ。だから、2、3日前に連絡しておけば会えるよ。あいつは今や第1特殊武器防護隊の隊長だよ」


「それで、その防護隊の兵士は何人くらいなの?」


「そんなの公表されていないし、もちろん、浅井も言わないよ。ただ、一般論だが、中佐というランクの将校が指揮する部隊の兵士の数は500人から2,000人程度だね」


「それだけいれば、国会議事堂の占拠くらいは可能だな」


「おい、武田、危な過ぎることを言うなよ! 聞くだけでドキッとしたよ」


「いや、浅井は使えるよ、考えがあるのだよ」


「浅井をどう使うのだよ?」


「さっき言っただろ、浅井に国会を占拠してもらうのさ、国会議員もとろもね、クーデターだよ」


「クーデターってさ、あの保守的な浅井が言うことを聞くわけがないだろ」


「いきなりでは聞いて貰えないだろうな。まずは御様子うかがいからだね」


「御様子うかがいって?」


「自衛軍の中にも不満分子はいるはずだよ。なにせ政府がこれだけ無茶なことをしているわけだからね。もしも不満分子の数が多ければ話になるかもしれないだろ」


「無理だと思うけどね。ところで、クーデターが成功したら、政権が倒れるのだから、NGワード云々なんてどうでもよくなるよね、新政権にやめさせればいいだけだものね」


「いや、やはり、NGワードの問題は解消する必要があるだろうね。あの国会前の発砲事件みたいな政府側の凶行を世の中に知らせて世論を味方につける必要があるからね。世論が味方に付けば、国会を占拠した浅井の部隊は一気に政府転覆まで行けると思うのだよね」


「まあ、話としてはそういうことだけど、誰が浅井に話をするのだよ?」


「だから、長谷川に決まっているだろ」


「俺かよ」


「そう、お前だよ」


「それで、クーデターに成功したとして、最終的にはどうなるのさ?」


「最後はどうなるかね、それなら簡単だよ、自衛軍が治安維持と選挙管理のための暫定政権を樹立させて、樹立した暫定政権が衆参両院の選挙をやり直すだろ、そして、日本はシビリアンコントロール(文民統制=国民の代表が政治をつかさどり、軍を配下に置く)の国に戻るというわけさ」


 さて、クーデターという極端にして過激な話を武田は持ち出したわけだが、どうしたわけだか益美が武田と俺の話に入ってきた。


「その浅井中佐とかいう人を私の店にお連れして、そこで長谷川さんに話をしてもらうというはどうかしらね?」


「えっ、俺と浅井が益美さんのスナックで話をするのかよ。益美さんのお店って話をしやすい雰囲気のところなの?」


「ええ、寛ぎながら話が出来るわよ。ウチは、カラオケなんか置いていないし、準会員制の事実上のクラブだし、邪魔になるような頭の悪い女の子なんか雇っていないからね。私はアホとブスが嫌いなのよ。席もゆったりとしたラウンジ席で、お隣の席からも十分に離れているしね」


「じゃあ、広いお店なのだね」


 武田は益美のスナックの常連客なわけで。


「うん、確かに、町田では一番広いと思うよ」


 しかし、俺は、やはり、益美の店でわざわざ話をする理由が解せないので、その点を益美に聞いてみた。


「けどさ、俺が浅井と話をするだけなら、例えば俺が浅井の自宅に行けば済む話だよね、それをどうして益美さんの店に行くのさ?」


「そのことなのだけど、長谷川さんと浅井大佐という人は似た者同士なのでしょ。武田さんと違って二人とも生真面目なのよね、そこが心配なのよ。だから、私もいた方がいいと思うのよ」


「具体的には、どういう風に心配なのさ?」


「だから、長谷川さんがストレートに『おい、浅井、国民のためにクーデターをやってくれよ』、で、浅井中佐が『えっ!? バカ言え、そんな話なら帰るぞ』、で、長谷川さんが短気に『もう、あんたとはやっとれんわ』・・・チャンチャンみたいなことになるんじゃないかとね。長谷川さんの実直さは、まあ、嫌いじゃないけど。自動車のハンドルみたいな遊びも必要よ。相手をジワジワと諭しながら納得させないとね」


「俺はそれほどのバカじゃないよ!」


 しかし、武田は俺という男をよく知っているわけで。


「いや、長谷川はそれほどのバカだと思うよ。少し短気だし、すぐに白黒つけたがるしね。しかも、浅井も同じような奴だからな」


「やはりね、だったら、いかにも私が言った通りになりそうよね。だから、私がブレーキ役になったり狂言回しになったりしてあげるわよ」


「うん、そうして貰った方がいいよ。俺も同席するよ、長谷川には口下手なところもあるからな」


「確かに武田は、口は上手いけど、ノリが軽すぎるよ。当日、若い娘に悪ふざけとかしたら、話の重みとか信憑性とかがなくなってしまうだろ。浅井は、武田のそういうところが気に入らないのだからね」


「大丈夫だよ、製薬会社のプロパーと言っても、要するに営業マンだぞ。いったい、何年、営業をしていると思っているのだよ。相手に応じて振る舞うことくらいは出来るよ」


「本当かね、まあいいや、じゃあ武田も益美さんも同席してくれ。けど、俺、マジに浅井と話すのかよ?」


「ああ、マジだよ。浅井が話の入口のところで乗ってこなければ、単なる飲み会にしてしまえばいいだけの話だろ。俺、長谷川と違って浅井とは久しぶりだからな、それも悪くはないさ」


「じゃあ、決まりね。ところで、武田さんはウチの店の常連さんだから知っているのだけどさ」


「何だよ?」


「ウチの店のセット料金は2万円だからね」


「高っ! 町田で2万円かよ。おい、武田、接待費とかで落としてくれよな」


「落ちないよ。東京には会議とかで頻繁に来るけど、俺の営業テリトリーは奈良なのだからさ、割り勘だよ。ところで、益美ちゃん、こういう場合だし、まけてくれない?」


「だめよ! 私もお手伝いをするのだから、逆に割増を頂きたいくらいよ。それよりも、さっきから気になっているのだけどさ、ねえ、横内さん、『京』とかいうスーパーコンピュータがNGワードを検出するサーバということで話が進んでいるけど、本当にそうなの?」


「ほぼ間違いないと思うよ。」


「どうしてそう思うのよ? 素人にもわかるように説明してよ」


「通信事業者やプロバイダのサーバのトラフィックをモニタしていたのだけど、ソフトバンクもAUもNTTも、他のどのキャリアも、それぞれのサーバから一定量の情報が『京』に送られて、そして『京』から同程度の量の情報が各社のサーバに戻されているのだよ」


「それがどうしたの?」


「その『京』というスーパーコンピュータは、『STAP細胞はありま~す』で有名になった理化学研究所に設置されている科学技術研究用のコンピュータなのだよ」


「だから?」


「だから、一般ユーザが使用するAUやソフトバンクやBIGLOBEといった通信事業者やプロバイダは『京』とは無縁のはずだよ」


「なるほど。ブロガーとかの書き込みが『京』に送られる必要はないということね」


「その通りさ、木下内閣の前には、『京』は一般のネット回線に繋がっていなかったはずだよ」


「つまり、木下内閣の差し金で、ネット利用者たちの反政府的な発言とかを監視するために、通信事業者の使用する民生用のネット回線を『京』に繋げたというわけね」


「そう、その通りさ。国民の反政府的な言論を強硬かつ秘密裏に弾圧するためにね」


 これ以降、横内氏宅に集う面々は木下政権の思惑について見解を述べ合った。


「でも、その最終的な目的がわからないな。木下政権は国民の口を塞いで最後に何をしたいのだろうね?」


「うん、僕もそのあたりが気になるのだよ。軍国主義化とか独裁化とかしていることは確かなのだけど。その先にあるものが分からないのだよね」


「アメリカ側が現政権の強引な政治手法について黙して語らないことも気になるよね」


「そうだね、俺もそのことが気になっているのだよ。たとえ国会議事堂を占拠して国会議員たちを軟禁して人質にしても、アメリカが出てきたら、面倒どころか、万事休すのような気がするものね」


「確かにそうだね。万全を期すには、そこのところの見通しを立てておかないとね」


「ふふっ、考え過ぎよ。それに、浅井中佐にまだ何も話していないうちから随分と気の早い心配よね。それはともかく、アメリカの裏の顔って醜いのよね、でも、表立っては、自由の国であり、民主主義が至上の国なのよね」


「だから何だよ?」


「だからね・・・」


 益美は、スナックを営んでいるが、実は、神戸大学医学部の出身だ。それなのに、何故、スナックなのか? その話の方がむしろ言論弾圧の話なんかよりも気になってしまいそうなものだが、ともかくも、その益美は、アメリカが自衛軍のクーデターに介入するかどうかの見通しを語り始めた。


「アメリカってさ、お腹の中は真っ黒なのに、体裁だけは取り繕うでしょ。だから、アメリカにとっては表向きの話が案外重要なのよね。


表向きは、自由主義、民主主義、そして正義の味方の国でないと都合が悪いのよ。


アメリカとはそういう国なのだから、だったら、日本の木下政権が実はとんでもない『悪党』ということが表沙汰になればいいわけよね。


私たちが言論の弾圧に使用されるスーパーコンピュータを無力化するでしょ、すると、国民が木下政権の凶行なり弾圧なり横暴なりの実態をネットで書き立てるわよね。


となると、マスコミも、政府からの圧力を受けているとはいえ、国民からの声に呼応せざるを得なくなるわよね。


しかも、日本人の生の声がネット経由で海外へと拡散するでしょ。すると、ヨーロッパの人権に敏感な諸国が日本政府の人権侵害や凶行や言論弾圧を非難するようになるわよね。


そのような中で、自衛軍の浅井中佐の部隊が蜂起した。


さて、アメリカは誰の味方をするでしょうね?


米軍が介入して自衛軍の蜂起を潰すのかしらね?


結局、アメリカは動かないと思うわよ。米国政府にとって世界や自国民に対する体裁は予想以上に大事な気がするもの。


それに、アメリカは世界の中でかなり多忙よ。日本の事ばかりに構ってはいられないわ。彼らには中東の問題があるし南米やアフリカの問題もあるでしょ。なにせ、世界中に問題を抱える国ですものね。


確かに、アメリカは、これまで、木下政権の軍国主義化や独裁化に目をつぶってきたわよね。それは、日本がアメリカの軍事を分担すれば、アメリカが楽になるからよね。


でも、それは、日本国民や世界や自国民に憎まれてまで後生大事にすることではないはずよ。


アメリカにしれみれば、木下政権の次の政権が誕生したら、それはそれで、その政権に言う事を聞いてもらえば済む話よね、そうでしょ?」


 その場の一同は、益美の演説めいた見解を聞いて、少し呆気に取られてしまった。いくら神戸大学医学部の出身だからって、スナックのママが国際情勢について饒舌に語るとは思わなかったからだ。


 それはもちろん、俺とて同じだったが、その俺は、益美の見解を聞いて十分に納得した。


「確かに、益美さんの言うとおりだね。米国政府には、自分が悪者になってまで木下政権をかばう動機がないよね。木下政権が倒れたら倒れたで、『あっそう』で終わりだと思うな」


「うん、僕もそう思うよ。益美さんは、商売柄、人をたくさん見てきたから、その考えに間違いはないような気がするよ」


「なるほどね。じゃあ、その心配は無用ということにしておくか」


「あら、みんなやけに素直に納得してくれたわね。けれども、こんな話をするのは、まだ早過ぎるわね。だから、まずは、浅井中佐に話をするところからね。長谷川さん、早速、セッティングをしましょうよ」


「わかったよ、でも、今日はもう遅いから、明日の昼休みにでも浅井に電話してみるよ」


 このような話が終わると、この日は、午後11時過ぎに解散した。


=続く=


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